021:迷宮都市と魔王様
迷宮内はちょっとした混乱状態だった。
「どうなったんだ?」「何が起きてる!?」とあちらこちらから状況を把握しようとする人らを見かける反面、別段興味のなさそうな人も多かった。
「ここにいる人に、この迷宮がヨースケ大帝国って国になりましたよって伝えてくれない?」
「あい、いいですよ」
混乱をおさめようと、洋介はおじいちゃんに声をかけた。彼は気安く請け負って、辻占いの棒の束を、いっぺんに手にもってガチャガチャと揺すり始めた。
「ほいっ」と、間抜けた声を出せば、すぐに結果は出た。
『こんにちは、迷宮の恋人です。この迷宮都市は、これより魔王様の管轄となります。以後、魔王様の裁量により統治されます。これに異議がある場合は、速やかにヨースケ大帝国から出国してください。繰り返しますーー』
機械的な声で、アナウンスが流れた。
「むっ無茶苦茶ですよ……」
青い顔で頭を抱えたレオンだったが、マクシムは結構面白がっていた。当の洋介は、目まぐるしすぎてついていけていないが、ゴミ溜めと称する迷宮都市を国土にしたらロイが嫌がりそうだ。
――と、思っていた。彼が近衛時代に鍛えた統率力を発揮している姿を見るまでは。
「いいか! 貴様らはもはや浮浪者ではない、魔王様に守られている! だが貴様らも魔王様に忠誠を誓え、できない奴は今すぐ出ていけ! この迷宮は魔王様の眷属だ!」
――ウォォオオオオオオ!!
――仕事ができたぞー!
――住民権をタダでもらったー!
なんて事だ。鋭い眼光をした奴らが魔王様! 魔王様! と足踏みしているではないか。
――正直怖い。
ロイは迷宮都市の中の治安を整え、統率する事に尽力し始めたため、彼のいつものルーティンが最低限になり迷宮姉妹が忙しそうに畑の手入れをしていた。
洋介はというと、マクシムと剣の稽古をしたり、レオンと魔法の微調整を練習していた。ヤマブキが寂しくならないように話をしたり、昼寝の多いマホガニーと昼寝したり。アンセムは迷宮都市で武器屋を臨時オープンしたそうだ。都市内は一時的に購買意欲が上がっているので今のうちだと、彼は言っていた。彼にそんな商売っ気があるとは。
「なんか俺、こんなんでいいのか?」
洋介はソファーに座っていた。マホガニーはいつも通りオットマンに転がっている。
「なにが」
めんどくさそうに返事をする彼は、目蓋も開けてくれない。
「友康の事とか、王国の疫病の事とかさ!」
「……疫病はともかく、友康が仕掛けてこない限り、探しようがねぇ。拠点のある魔王と違って、あいつは勇者なんだからな」
「え、そういうゲームルールみたいなのって有効なの?」
「お前は気付いてないから教えてやるけどよ。この世界には法則がある」
「法則……?」
「そう。お前が魔王で、自分の拠点を作るように、王の援助を受けて、勇者はフラフラする。好きな時、好きな時間まで。魔王城をクリアするしないも勇者次第」
「ええ? 冗談……」
マホガニーはばさりと羽をはためかせ、起き上がった。
「冗談なわけないだろ。魔王を選んだ時点で安息はないぜ。魔王と勇者は戦う運命で、勝つのは勇者だ」
「なんで黙ってたんだよ、じゃあ」
「俺もレオンが持ってきた勇者の本を読んで、自分が3回と1回死んだ事をよくよく思い起こして、それで、やっと。その可能性に辿り着いた」
ハァ、とため息をつく姿はおおよそ鷹らしくはないのだが、むしろ人間なのによく鳥のフリができたもんだと、感心するくらいにはマホガニーは鷹らしさを兼ね備えている。
「なんだよ、俺無理ゲーってこと?」
洋介は俯いて頭を抱えた。勝ちのない事に仲間を付き合わせられない。命がかかっているのだから。ただでさえ、一度死んだ、二度巻き戻されたと言われて気分が悪くない筈がない。自分の命運をゲートの能力が担っているなんて、気分が悪すぎて吐き気がするだろう。
「無理ゲーじゃない筈なんだよ。迷宮姉妹が言ってただろ?眷属は記憶が巻き戻らないって。んで、ココは魔力が濃いし、ヤマブキが隠蔽してるから平気だって。つまりそれは、観てるやつがいるんだよ、このゲームを」
――ぞっとした。
マホガニーは嘘や確信のない話をしてる風ではなく、明らかに事実として言っていた。こちらの世界の経験は彼の方が長く、魔王としての意識も彼の方が強い。眷属となった今でも、魔王先輩、マホガニーだ。
そんな彼が言う、観てるやつがいる、と言うのは兎にも角にも恐ろしい事だった。
「勇者補正を切り崩す。それしか勝てる道はないだろうな」
「どうやって?怖いんだけど、もうやめたい。ねぇ死んでロードしなかったらどうなるか知ってる?」
今にも泣きそうな、至極情けなーい顔で言う洋介に、彼は首を振った。
「いっぺんやってみたら1時間くらいで1番上のセーブが勝手にロードされた」
「そうか」
一縷の望みもないか、と洋介は頭を抱えた。マホガニーも負け越しで、最後に笑うのは勇者だけだとしても、今はこちらが有利だ。洋介ロードはまだ2つあるのだから。
そろそろ迷宮に顔を出してくれ、とロイに頼まれて都市へと足を踏み入れた洋介、圧倒的なロイの力に寧ろあんたが魔王だ、と言いたくなった。
それもそのはず、洋介が足を踏み入れた瞬間、ザッと人が割れた。皆が跪き「魔王様おかえりなさいませ!」と野太い声が響く。
――これが全部、女の子だったら許したかもなぁ。
洋介は、気が遠くなるのを感じた。むさ苦しい。迷宮に女性はいないものなか、ロイはすぐ答えをくれた。
「子供は親がわからない子が殆どで、孤児院を作って管理しています。老人や病人は静養院です。女性は不本意に連れてこられた者が多く、希望したものは元の国へ送りました。帰る所がない者は孤児院と静養院で働いています」
スラスラと現状を説明するロイは、話口もいつもと違う。威厳ある彼がさらに謙るのが、魔王様、と見せつけたいという意図はわかるが、むず痒くてたまらん。
「自警団は解散させ、今は魔王軍の編成準備中です。そちらは近くお披露目させてください」
「わかった。みんなロイを手伝って、励んでくれよ」
「はい!魔王様!」
単独で返事をした彼が、ロイの側近候補だろう。目の輝きを取り戻した他のゴロツキたちよりも、より一層煌めいている。
そしてマホガニーを肩に乗せ、迷宮姉妹の衣装を纏う洋介を、羨望の眼差しで見つめていた。時折ホゥ、と息を吐いては、ハッとして我に帰るを繰り返している、――不安だ。
その後は孤児院と静養院の視察や、病だったり、手足が欠損していたりと体が不自由で、軍には入れない者らの仕事場を見せてもらった。
縫製工場と言って差し支えない。それも糸から作る工場だ。確かにロイの知識があれば、糸を紡いだり、布を織ったり染めたり、はたまた服にすることは容易だろう。子供たちは顕著だったが、迷宮都市の住民は着ているものが汚い。いや、汚かった、だ。
今はこの縫製工場が稼働しているので、順番に新しい服が配られているようだ。
「出て行った人は?」
「もちろんいる。数えてないがな、けど戻ってきた奴もいる。そういう奴らは手厚く育てられている住民を見て、出て行った事を後悔しているから、忠に仕えてくれるだろう。教育次第だが……」
「教育って?」
「……気を悪くするなよ、魔王様へ傾倒するように……いや、崇拝が近いか。崇拝するようにいかに魔王様がお前たちの事を考えてくださっているかを説いている。あと圧倒的な力に、この都市程度の迷宮なら一瞬で消し去れるとか……迷宮を移動させたのは魔王様だとか。事実だが聞こえが変わるようにしている」
「うん、なんとなくわかったから、その先は聞かない事にする」
「兎にも角にもヨースケは威厳たっぷりに居てくれや。その服とマホガニーが居れば、ちと若いが悪くない。小難しい顔もしておいてくれ」
ロイの注文か、はたまたプロデュースか、それには大人しく応える事にした。小難しい顔をして見せたら、マホガニーにケラケラ笑われた。




