016:save and load
「先輩!よかったっスわー!」
変わらない笑顔でこちらへ歩みを進める。
マクシムがそれを遮るように一歩前へ出た。迷宮姉妹も既に臨戦態勢だった。
「あれ?オレ歓迎されてないすね」
ははっと軽薄そうに笑う。
友康ってこんな感じだったっけ、と洋介は完全に思考停止していた。
「ところで先輩、今何回目のロードなんすか?」
にこっと笑う友康に、なぜか洋介は心臓が跳ねた。
「まてまて友康、お前なんでここにいるんだ?」
つぅっと汗がこめかみを伝い、やけに背中がヒヤリと落ち着かない。
「やだなー何言ってんすか先輩!俺も飲み会の後、こっち来たからに決まってるじゃないっスか」
笑みを絶やさない友康だが、やはり何かおかしい。
「って言ってもオレはこっち来て10年以上たってますけどね。先輩、全然変わんねー!こっち来たばっかっスよね?」
友康の張り付いたような微笑みは、次第に口角を吊り上げた嫌味っぽい笑顔に変わっていく。
「お前‥」
ステータスには勇者とある。
だがこれほど邪悪な顔で笑う勇者がいるだろうか。
皆の警戒も最高潮で、誰もが友康の一挙一動見逃すまいと注視していた。
「オレはもう残機1なんすよー。前回はまじやばかったす。先輩にやられてかなり最初まで戻るハメんなって!後は昨日のセーブしかないっすよ!もう動かせねー!」
「何言ってんだよお前」
洋介は確信をつくような友康の答えを最後まで聞きたくないと思った。
「その前も別の魔王にやられたし!先輩知ってるっスかー?セーブも勇者と魔王でせめぎ合いなんすよ!全員セーブまで戻るんす!まじなんなんすかねこの世界!俺たちが中心?ははっ!」
「こいつ、俺を殺した勇者だわ。しかも眷属惨殺してくれちゃったのもコイツなんだよなぁー!」
マホガニーは大きく羽ばたくと、空中で回転しはじめた。その中心に赤黒い丸が浮かび上がり、バチバチと電気を放つように揺らめきはじめる。
「あー!ヒグチジョージ!だっけ?あ、自分の名前もうわかんねーか!オレが捕まえたもんな!お前もうゼロ機だよな?な?オレマジがんばったんすよー!聞いてくださいよ先輩!コイツ、眷属何十人も連れてんすよ?!やっべぇっスよ!オレ1人もいねーのに」
「わけわかんね。俺とお前1回やりあってんの?」
洋介はぐっと拳をにぎる。
ケラケラ笑う友康はそうなんすよー!頷いた。
「先輩が城に乗り込んできて、カチあったんすよ!今日よりもっと後なんすけどね?先輩つぇーから!オレなんか秒!秒でしたよ!」
「それで俺が友康を殺したのか?」
「ですです!マジでそれっス!!セーブとロードってお互いに干渉し合うんで、帳尻合わせて戻るんすよ、勝手に。どのセーブに戻るかで、どんでん返しあるんスよ!!てか!1回俺がロードしてるから、先輩もなんかおかしくないすか?ほら、その今一緒にいる人たち!なんか仲良くなるの早くなかったっスか?眷属だけじゃなくて!その赤い髪の人とかも見覚えあるっスわ!」
にんまり、友康がわらった。
キュッと剣を握ろうとする彼に、マホガニーが赤黒い球を飛ばした。
とてつもない勢いに、バチバチと空を裂いて友康に命中したが、彼は平然としたまま傷すらない。
「なにやってんすか〜ジョージさんはもうゲートの能力ほとんど無いっしょ。俺が奪ったんだーからっ!」
よっと、と軽い動作で一振りの剣を構える友康。
「次先輩はロードなんで、100パー今日の事は覚えてるはずだし、めっちゃサービスで教えてあげるっスよ!これ俺の特製!魔力を錬って鍛えた妖刀っス」
「何言ってんだよ‥わけわかんねぇ…」
たじろぐ洋介にお構いなしで、友康は剣を垂直に立てる。
「飛燕火妖‥」
友康がグッと低く腰を落とした。
マクシムと迷宮姉妹が飛び出すが、友康の方が数段速かった。
「地獄行き朧車!!!」
ニタァと笑う友康が剣を真っ直ぐ地面に振り抜いて、業火が洋介むかって突っ込んだ。
凄まじい熱量と爆風に、飛びかかったマクシムと迷宮姉妹が焼かれたのはもちろん、あたりの木々が吹っ飛んだ。
それを泣き喚く前に、洋介は一歩も動けず焼かれて死んだ。
マホガニーやレオン、それにロイがどうなったか、どんな顔をしていたかもしらない。
でもあれなら、全員死んだんだろう。
「さぁーてと、先輩。これであと2機っスよね。どこまで戻っても先輩がこっち来た日はわかってんだから、オレがめちゃくちゃ有利っスよ」
友康はにやーと笑って、燃え盛る森に立ち尽くす。
そのうち洋介がロードして、己の時間も彼がロードした日まで巻き戻ってしまうのだから、どこへ行っても意味がない。
真っ暗な洋介の視界にステータス画面が浮かんでいた。
ロード
ロード
ロード
三つ並ぶ文字にセーブした日付と時間、場所、写真付きだ。
洋介はロードを押せずにいた。
死ぬのは痛くも痒くもなかった。
友康が放った炎がすさまじく、何かを感じる前に燃え切れた。
しかし勇者が、地獄行き?車?なんて技はどうかと思う。
きっとあの後、湖の森も焼き切れて干上がったにちがいない。
あんな攻撃をしてくる相手を、自分が1度殺したなんて。とてもどうにも信じられない事だった。
ああ、もう怖いから。
このままやめたい。こんなゲーム。
早く帰って、母さんの飯が食いたい。
なんだかな。
友康もあんなヒネちまって。
なんで勇者があんな極悪人なんだよ。
なんか忘れてんなって思った。
あいつの事が気になってたのも、そーゆーことか。会ってたのか、もうこっちで。
はぁーっとため息深く、洋介は暗闇に寝そべった。
このまま死ねないだろうか。
クソ友康!と気持ちも奮い立たせられなかったし、後1つ、セーブが友康にあるならおそらくまた襲われるだろう。
セーブとロード機能を持つ人が同時に複数存在しているとは考えなかった。
マホガニーはもう残りがなかったので、気にもならなかった。
根本的に同時に存在できると思わなかった。
今から自分がロードすれば、友康も戻る。
洋介は様々な考えを巡らせ、また深くため息をついた。
陳腐な言葉だが、こんなのもうやめたい。
何かおかしいとまでは考えなかったが、レオンとマクシムが居る事をとても当たり前に感じている自分はいたし、2人も当たり前のようについてきたのだ。
なんで?と疑問に思うことすらなく、今までもそうしてきたような気がしていて、自然すぎてそれがどのタイミングかはっきりとわからないのは、ロードシステムの帳尻合わせのせいなんだろうか。
確かに互いのロードとセーブのタイミングによっては、やったはずの事をやっていなかったり、2回同じ事をしたりする時もあるだろう。
それに関してはロードする側が記憶があるなら、有利にできているらしい。
が、多分友康のロードで洋介は最初の方まで戻されたらしい。
だがまた同じ事をしていると思われる。
友康は、城に忍び込む日の事を覚えていて、このタイミングで追いかけてきたんだろう。
まだロイの家は知られてないのか、それともセーブがそれより前に無かっただけか。
いずれにせよ、地図で検索されるかもしれない事を考えると、逃げるという選択肢も難しい。立ち向かわねばならいだろう。
そもそもなぜ戦っているのかわからないが。
「このままみんなを死なせらんねーよな」
洋介はロードを押した。
戻るのは、今日城に向かう前。レオンの家を出る前だ。




