012:マスターの手腕
王国のギルドマスターであるアミタ・マルタはふらりと現れた人物と静かに睨み合っていた。
豪華絢爛な軍服のその男は、不躾な目でこちらをみている。
彼女はこんな視線には慣れていた。
ラルヴァの民である自分を、トラン至上主義の王国貴族が税金も持って来ない厄介者と目障りに感じている事も知っている。
ラルヴァの民の容姿は目を引く。
額の赤い宝玉もそうだが、淡い髪色にすっきりと整った顔立ち、なによりも不老。
不老であり、不死ではないが、ヒト族よりも少し長命で100歳をこえるのは当たり前。150歳で大往生というところ。
トラン王国の貴族は"美しさ"をどこまでも重視する傾向が強い。
容姿が美しく、所作が美しいこと。教養や嗜みは付加価値にすぎない。
それが、貴族たる条件。トラン王国によるラルヴァの民差別はやっかみであること、それは平民ですら知っている。
この国あり方は馬鹿げている、そう気付いた一部の聡明な貴族は公爵家が主となるローレイ公国に移住し、貴族議会で国政を担っている者も多い。
つまり愚者はトラン王国に残されたのだ。
軍曹と兵長もチラリと互いに目配せをし、同じように肩を震わせ怯えている相手にさらなる絶望感を抱えていた。
我々に行けと命じたアンドレア少将は、なぜか自分たちより早く馬で駆けてきた。信じられない。
彼らはもう帰れないかもしれない我が家、それから家族のことを考えて怯えていた。
帰れたとしても、平民の自分がギルドで騒ぎの渦中にいるのだ。今後の生活はどうなるかわからない。
アミタは大きく息をついて言う。
「アンドレア少将?だったか?君は王国とギルドの条約はご存知かな?」
冒険者たちも仁王立ちで、アンドレア少将と軍曹、兵長の3人を取り囲んでいた。
「もちろん、知っているとも。私としても尊重したいのはやまやまやまだが、国を脅かす大罪人が隠れているやもしれんのだ。ギルドマスター殿、もちろん協力していただけるのだろう?そのための条約だ」
なんと馬鹿げた質問か‥とアンドレア少将はゆったりと流れるように掌を上げて見せた。
「協力?」
ハハッとマルタは吐き捨てた。
アンドレアはそれに不快感を隠すこともせず顔を歪める。正確には隠すことができなかった。王国のギルドマスターがラルヴァの民だったことだけでなく、さらにそいつは貴族である自分と対等‥いや、下に見て話をしている。これが不愉快でなければなんなのか。彼にとっては予想外の反応だった。
「ギルドと各国で結んだ条約が協力関係だと、それは王国の総意か?それとも君の無知さ故かな?アンドレア少将」
見下げた、とマルタは冷たい瞳でアンドレアを見る。
宝石と見まごうほど美しいその瞳に、ぐぅっとアンドレアは拳を握っていた。
少将である前に貴族である自分になぜこれほど高圧的なのか、彼には理解できない。
「我々は互いに無干渉の条約を結んでいたはずだが、王国ではそれが何者かに書き換えられているようだな?まったく舐めてもらっては困るよ、我らギルドを」
「こんな時に無干渉だと?!危険な人物かもしれないのだぞ!王国に店を構えているならば王国へ報告すべき事だろう!」
アンドレアはカッと目を見開き剣を抜く。しかしそれは一瞬でねじ伏せられた。
マルタが掌を軽く上から下へ動かしただけで、アンドレアは床に叩きつけられて、ぐぅっと苦しそうに顔を歪める。
「なんと愚かな軍人だ。トラン王国だけが衰退する理由がよくわかった」
マルタのため息に、静かに見守っていたギルドのあらくれたちから堪えられない小さな笑いが漏れ出る。
「我が国は衰退などしていないぃ‥」
苦しそうに言葉を捻り出すアンドレアに、周りからは言葉尻を真似てからかう声。静かではあるが腹を抱えて息を荒くしているものもいる。声は出ていなくとも笑われているとアンドレアも感じていた。屈辱的だった。
子爵家の次男として生まれ育ち、当たり前のように国軍では少将の位が用意されていた。もちろん騎士の称号も。そんな自分が、こんな薄汚い床に擦り付けられているとは。
「お引き取り願おう。ギルドへ依頼があるのであればもちろん大歓迎。ギルド員に報酬金さえ払えるなら依頼は誰でもだせるからね」
出すだけならな、とギルド員たちが笑いまじりの小声で言うのが聞こえてくる。
マルタは手をまた軽くあげた。今度は床に擦り付けられていたアンドレアがふわりと浮かび、彼は慌てふためいて手足をバタバタ動かそうとする。
「なにをする!無礼な!私にこの様な悪事を行って実刑を免れるとおもうなよ!ラルヴァの民なぞ簡単に死刑にできるのだからな!!」
自分がひどくみっともなく喚いている事に、アンドレアは気付けなかった。
「残念なことにギルドの敷地内は王国ではない。王国の法は通用せんよ。君は家に帰ってギルドとの条約について勉強しなおしてくることだな」
マルタは仰ぐ様にひらひら手を振って、アンドレアを外へ突き出した。
空中でマルタの魔法から解き放たれ、彼はうまく着地ができなかったようで、なんとも無様に転んでいた。
軍曹たちが誰となくギルドに敬礼して、慌てて追いかけていき、玄関扉は閉じられたのだった。
はぁっとマルタは息を吐いて、こめかみを抑える。不可侵、無干渉、そして対等。たったそれだけのことを、貴族が理解できず簡単に破るとはトラン王国には未来がない。それも軍部で兵を率いる地位に居る者が。マルタの落胆とは裏腹に、ギルド員からは拍手が湧き上がり、ギルドマスターをねぎらった。
「みなよくぞ侮辱に耐えたな、ご苦労だった」
マルタがそういうと、また拍手と歓声が沸き上がった。
荒くれ者をまとめるのにより有効なのは、秩序や決まり事よりも1人の力ある者なのだ。




