013:10年前の謎
次の日の朝、洋介はいつもより早く目が覚めた。
ソファーで寝たのだから当然と言えばそれまでなのだが。
リビングで寝ていたので、アカネ達が作る朝食の香りに誘われてキッチンを覗けば、結構な勢いで怒られた。
「ロイって、まだ寝てる?」
「ロイ様は夜中1度お戻りになられてェ、またすぐ外へいかれましたわァ」
「え?!」
夜中に一体どこへ。このあたりの夜は本当に真っ暗だし、何かあったのではないだろうか。
「お前の地図で探せるからみてみろ」
マホガニーは鳥の姿で器用に、オットマンの上で仰向けに寝転んでぐうぐう寝ていたが、飛び上がるとひらりと洋介の肩に乗った。
「ほれ、ここにいる」
ここなんだろう。
洋介は首を傾げた。
示す位置からしたら家の中で、ちょうど洋介のアイコンと重なっている。
「屋根の上?」
ヤマブキに言われ見てみたが、いない。
「もしかして地下室があるのか?」
洋介は首を傾げた。
詳細地図は、基本的にその階層に行かなければ地図が表示されない。
ロイを探しているからロイのことが表示されているだけで、いつもなら二階や三階の事はわからない。
「これは‥探さない方がいいのかな」
無事みたいだし、と洋介は俯いた。
実はロイの近衛時代の話はあまり知らない。
疫病が流行った事、王が対策をしなかった事、家族を失った事、王に対策を進言した事。
ここに来る事になった経緯はそう話していた。
「俺が捕らえられた頃な、ぶっちゃけ3度もやり直して記憶が曖昧だったんだけどよ、確かに王国内がゴタついてたことは間違いない。近衛の団長だったんなら王直属だし、秘匿されてる情報も知ってるだろうよ」
マホガニーは狭い部屋を飛び回り、ウグイスに怒られていた。
赤黒い軌跡が部屋中を這う。
洋介にはどこまで踏み込んでいいものかわからなかった。
家族を失う事が辛い、苦しい、それは洋介の中では想像でしかなく、胸を裂かれるような辛さだったろうと推測するしかない。
本当の意味での共感は、体験していなければむずかしい。想像だから。
もしかしたらその疫病がマホガニーに何か非があるのかもしれないし、魔王だと知ってショックだったのかも。
「おはようございます」
重い声が聞こえて、ふらふらとレオンが起きてきた。
「お、おはよう!もう大丈夫なのか?」
洋介は慌ててレオンを支え、ダイニングに座らせた。
「平気です。久しぶりに魔力を使い果たしました。頭はまだ痛いですが…」
「今日は動けませぬ。ロイ様からこちらを頂いておりますので1日お休みくだされ」
ウグイスがそう言って、赤いお茶をティーカップに並々注いで差し出した。
洋介はなんだろうと首を傾げる。
ステータスには魔力の泉の水、飲むと魔力が少しずつ自動回復。たくさん飲めばたくさん回復、加熱すると効果がなくなる、と書いてある。
なるほど。
「魔力の水?!こんな高価なもの!しかもこんなにいただけませんよ!ロイさんはどちらですか?!」
「それが昨日、何があったか伝えたら時間くれって出て行って戻ってこないんだ」
慌てふためくレオンに洋介が言う。
「なんで?!まさかロイさんまだ王国と繋がってて、援軍を呼んでるとか?!いや、それなら魔力の水なんか渡さないか?!」
レオンが珍しく慌てている。
トンチンカンなことを言いはじめたところで、マクシムが起きてきた。
「うっす。悪りぃけど朝飯前に走ってくるわ、日課だからこなさねえと気持ち悪いんだわ」
「これだから脳筋馬鹿野郎は‥」
睨むレオンにシッシと手を振り、彼は外へ出て行った。
「あのアホは放っておきましょう、とにかくロイさんとお話がしたいです」
「あの、レオン!ロイは近衛時代に人に話すのも辛いような事あって、昨日の話でそれを思い出させてしまっただけです。家の地下にいるし、昨日夜に1度この水置きに戻ってきたみたいですから、大丈夫」
「あ、ああ‥そうですか。もしかして近くに魔力の泉があるんですかね?これは保存がきかないから高価なんですよ。商人にとってこんな‥タダなんて‥恐ろしい事はないですが、洋介の師ですし、ここは効能が失われる前にいただいておきます」
レオンは震える手で魔力の水を飲み干した。
金を払わねばならないなら、飲まずにこのままただの水に戻ろうが同じことだ。
皆朝食を済ませニュースレター鳥が窓を叩く時間になった頃。
ロイが紙束を抱えて戻ってきた。
「昨日は悪かったな。もう終わったと思ってたんで、ちと動揺した」
どさっとテーブルに紙束を置いて、ロイはソファーに腰を下ろした。
みなもリビングでくつろいでいたので、自然にテーブルを囲む形になり、ロイは皆の顔を見渡した。
「改めて、レオンとマクシム。洋介が世話になったな、ありがとう」
「こちらこそ、魔力の泉の水を戴き助かりました。ありがとうございます」
そう頭を下げるレオンに、ロイは首を振った。
「すぐ近くに泉があるんだ。
俺は金はいらんから売りに行く必要もないし、色が抜けたのを水として使うだけだからな、気にしないでくれ」
それより、とロイは前置きし、紙を1枚広げると左手をかざした。珍しい事に大きな青い石がついた指輪をしていた。
「地におわす精霊よ、拙きものに力を貸し裏切りのネイマを炙り出せ」
ロイの指輪から広げた紙に、黄色の光が落ちた。
ポタポタと指輪から溢れて落ちて、紙を満たす。
黄色い光は丸と三角の線、そして見たことのない文字を浮かび上がらせた。
そうそれはまるで魔法陣。
洋介がこちらにきてそんなものを見るのは初めてだった。思わず、おお、と感嘆の声が漏れる。
「え!なんて手の込んだ魔法を‥!」
レオンの驚きに、ロイは首を竦めた。
「魔法はあまり素養がないんだが、魔力の泉で漉いた紙とこの指輪があれば俺でも複雑な魔法を使える」
「誰も燃えてないとこみると、裏切り者はいないらしいな」
マホガニーが言った。
洋介はそれで全てを理解したが、ステータスを見ずにはいられなかった。
紙は魔法紙と言うらしい。魔法をレオンが発動する時ですら見たことのない魔法陣たるや、なんと格好いいことだろうか。
「裏切り者は燃える魔法?おっかねぇな」
マクシムがわざとらしく肩を竦めた。
「でも王国のスパイはここにはいないって事ですね」
レオンが重々しく頷くと、ロイは魔法紙を丸めてテーブルの隅に追いやった。
「これをみてくれ」
ロイが紙束を皆に示す。
それは10年前の疫病の記録。
「これ‥王都の一部の地域に集中していますね‥不自然に、まるで線を引いたように」
「そうだ。ギルドや商業区のある地域は1人もいない、が、貧民区と平民住居区の北区、そして貴族区でも北側に集中している」
「なるほど見えてきたぜ。疫病の原因がそもそも王国の仕組んだ事ってんだな?」
「いや‥それはわからない。どのようにしたのか方法もわからないんだ。だから元魔王にあの時のことを説明してほしいんだ」
マクシムに首を振るロイの視線がマホガニーに飛んで、皆マホガニーに注目する形になった。
「疫病なんてのは、知らないぜ俺は。だいたい‥この疫病が最初に発生したと思われる日だが、俺が名前を取られたのはこの日より1年も前だ」
「やはりか!疫病が流行る前に、枢密院でおかしな動きがあった事は確かなんだ。近衛兵も何人かが枢密院によって引き抜かれた。そもそも王国が魔王とやりあってたなんて話は近衛の自分でも知らないんだよ。名前を捕るなんて事も!枢密院と現王は何か隠してる」
「じゃあ王国には枢密院を主体として何か秘密の機関があるってこと?」
それはありがちな事です、とレオンが洋介に言った。
「ヨースケはしらねーだろうけど、トラン王国はあんましいい国とは言えねえんだよ。政治も経済もな」
それはなんとなく気付いていたし、ロイが王国について語る口ぶりからもわかる。
けれど思っていたよりも相当なものなんだろう。
「現王が枢密院の傀儡になってたとしてもだ。まあ王が主体なのかもしれんが、どちらにせよ目的がわからん。あの時の疫病がなんだったのかも」
ロイはぐぅっと手を組んだ。
悔しさに奥歯を噛みしめ、わずかに唇が震えている。
マホガニーがひらっと洋介の肩から降り人の姿にもどった。皆は初めてみたので驚いていたが、彼は構わず話しはじめた。
「俺はなぁ、あの頃は眷属が50人くらいいて、気付いたら魔王って称号ががついてやがった。王都のそばの森で建物5棟くらい建てて暮らしてたんだけどよ、ある日突然寝込み襲われて死んだり‥‥や、死にそうになったり?次んときは王国の仕業って突き止めて調べてたら死にそうになり‥‥んで魔王って名乗ることにして、復讐の決意をしたけど今度は勇者を名乗る奴にやられた。で、次はいっそ城を破壊してやろうと思ったが、色々あってタイミングも悪くて、名前を盗まれ後はお前らの知る通りだ」
死にかけた、と言うのが死んだという事で、最後は近い日のセーブしかなく、なす術もなかったということだろう。洋介は1人頷いて納得していた。
詳細を語るつもりはマホガニーにはなかったようだ。ただロイに、疫病の原因は自分ではないと、そう伝える為だけに話したような。
「勇者だと‥?そんな者はいなかった‥いや、隠されていたのか?なんのために‥」
ロイはとても辛そうだった。
「まあロイさん‥あれだ、自称勇者かもしんねーしな」
マクシムは居心地悪そうに頭をかいて、目を伏せた。
「これからどうしますか?ヨースケの目的が国を興すことなら、王国との衝突は避けられないでしょう。昨日の一件で顔を見られている可能性がありますし、王国に出入りするのも危険なんじゃないでしょうか」
「そうだな、もう王国の土地では洋介のワープは使えない。3度敗れた先輩魔王としては、王国に関わるのはやめとけ」
マホガニーはまた鷹の姿へともどり、洋介の肩に舞い降りた。
「言っとくが、俺はもう洋介と同じ魔法は使えないぜ?名前を書き換えた事でどうやらステータス機能の多くも失ったらしい。あてにすんなよ?鳥なんだからよっ」
バサバサっと羽をはためかせて今度はロイの肩に乗る。
「お前は?どうすんだ元近衛団長」
復讐すんのか?とロイを煽るように覗き込んだ。
しかしロイは首を振り、しない。とそう言い切る。
「復讐しても家族は戻らない。だが、何があったのかは知りたい」
ロイはまた紙を取り出して広げた。
それはトラン王国の城、その見取り図であった。
城下や地下道へ通じる隠し通路と思しき場所まで書かれている、かなり詳細な地図だった。
「これは‥またどこで…」
レオンがその極秘中の極秘情報に目がこぼれ落ちそうなくらい驚いている。
その物の価値がわからぬ洋介ではなかったが、ただただ‥ロイの真剣な顔に不安を覚える。
「まさか直接城に行くとか言わねぇよな?」
マクシムはあーっとしゃがみ込んだ。
できれば関わり合いになりたくない、王国の闇には。
「これは俺の勝手な作戦だ。話を聞いて協力できないと思ったらそれはそれでいい」
ロイの前置きに、洋介はゴクリと生唾を飲んだ。
「現王は毎日、日記を書いている。10年も前だから今でも続いているかわからないが、幼少期からの癖だ。そこにはおそらく真実が記されている。そして、それは自室に隣接する書架室に並べられているはず‥もちろん書架室はおろか王の自室に入れる者は限られている」
ロイがトントンと王の部屋を指で指し示した。
「ここには不在の時も当たり前のように近衛が立っている、が、こちら側から攻撃すれば死角となって見つかり辛いだろう。もちろん王の不在と、中でメイドが掃除をしていない時を狙わねばならない。メイドは午後はいない。掃除や洗濯は午前に済ませ、夜は湯あみや晩餐の用意に追われるからな。だが問題は王の不在だ。こればかりは王のスケジュールを知らない今ではわからない、ので‥ヨースケ」
ロイは洋介に目線をあげた。
その真剣な眼差しにドクリ、心臓が跳ねる。
「お前が勇者として謁見を望めば、王は必ず会う‥つまり‥」
「おとり、って事だね」
洋介はみるみる不安そうな顔になるロイに、力強く頷いてみせた。
「やる、俺。できるよ」
「幸いにも謁見の間は半分外みたいなもんだ。天井は高いが、上の方は柱の間が吹き曝しになっている。何かあってもそこから逃げ仰せられる、と思いたいがどうだ?」
「僕が待機します。移動魔法を使って洋介を飛ばしますよ。もちろん追跡の恐れがあるのでまた南へ。湖あたりでマクシムに待機してもらいそこで合流しましょうか」
「書架室には俺が行く」
ロイが言った。彼の広い肩が、怒りで震えているように思える。
「さすがに1人じゃ心配だ。マホガニーはロイと行ってくれないか?」
洋介の問いに、二つ返事でマホガニーは頷いた。
「書架室からは脱出できますか?王の居室となると魔法の類は制限されるでしょうから」
「場合によっては王の脱出用ルートを使う。外からは入れないが、中からなら使える」
「移動魔法の魔法紙はないのか?」
マクシムにそう言われ、ロイは首を振った。
「念のため持っては行くが、魔法紙だと距離が伸びない。城から出られないかもしれないから、下手に使って思いもよらぬ所に出るより脱出ルートのが安全だ」
「我らは主様と行きまする」
黙っていたウグイスは耐えきれずに口を挟んだ。
「ドンパチやるなら妾たちは重要ォな戦力ですわァ」
アカネはしなをつくり微笑む。
ヤマブキだけは隅で大きな体を丸め小さくなっていた。
僕は無理です、と言わんばかりに微笑んでいる。
「まあ1人飛ばすのと3人飛ばすのは大差ありませんけどね」
レオンはそう言ったが、洋介としては手札を晒したくない気もする。
「うーんと、2人はマクシムと待機でもいいかな?わざわざ眷属を伴ってやる必要はないし、いざという時の戦力ってことで」
湖でドンパチあるかもしれないし、と洋介は付け加えた。
アカネもウグイスも不満そうに口を尖らせむくれていたが、マホガニーの眷属達の話を聞いた後では、わざわざ彼女らを紹介したいとは思なかった。
「皆、協力してくれるのか?王の日記を盗むだけの馬鹿みたいだが‥‥命をかけた作戦に」
「正直、勝手にやってくれって感じだけどよ」
手ぇ貸すぜ、とマクシム。
「知ったからには放っておけませんよ。言っておきますけど、僕らは善人ではないですからね。知りたいのは同じですから、協力はします」
ロイはありがとう、と頭を下げた。
「俺らは眷属だからな、洋介が行くとこ俺らも、だ」
「決行はレオンの魔力が完全回復してから」
洋介はロイの逞しい背中をトントンと叩いて言葉を続けた。
「ロイ、寝てないだろ?早く休んでよ。今日の仕事は俺とヤマブキがやっとくからさ!」
ロイは寝不足で充血した目を見開いてハッとしてから、すまんな、と目頭を押さえた。




