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蛇足のあとがき

「ぐっすり良く眠られたわ。やはりわたくしの美しい領地での睡眠は格別ね」


 シンデレラの朝は早い。習慣で雲雀が囀り出す頃にはもう目がパチリと覚めている。


「おはようございます。お嬢様。昨晩はよくお眠りになられましたか?」


 礼服を着た家令のサルヴァトーレがシンデレラの寝室へ様々なものの載った銀のお盆を持ち込んで、テキパキとメイドたちに指示を出し朝食の支度をさせる。


 王国南部の住人の朝食はとにかく甘い。血糖値を上げてとにかく脳の活性化を図るのである。

 現にシンデレラの前には砂糖が大量に入ったカプチーノ、チョコレート入りのクロワッサン、高価なガラス容器に入った甘いイチゴのジャム、自家製オレンジなどが並べ立てられている。


「よく眠られたわ。それにしても朝食はこうでなければ。わたくし、幸せよ」


 計算され尽くした飲みごろの温度のカプチーノ。ちょうど食べごろに焼かれたクロワッサン。本人が食べ残すことのないきっちりな量のパンとジャムと果物。

 シンデレラの朝食は一切の無駄がなく最適であり、効率的である。


 食べ終わる頃、シンデレラが口を開く。


「それはそうと、あなたのお名前はなんでしたっけ?嫌だわ。家令のあなたの名前を忘れてしまうなんて。チェルノヴィッケ?ハチャトゥリアン?いいえ。ムソルグスキーだったかしら?」

「はあっ!今、お嬢様はなんと?」

「ハハハ。冗談よ。サルヴァトーレ」

「お嬢様。冗談が過ぎますよ!じいは心臓が止まるかと思いましたぞ」

「そうね。それは困りますわね。有能な人材は砂漠でオアシスを見つけ出すように得難く、そして貴重ですわ。あの後継者候補はサルヴァトーレの目からしてモノになりそうかしら?」

「あの緑の目の小僧のことですか。やつの狡猾さ、図太さにもう少し慎重さを加味すればぎりぎり合格点というところ、ですかな」

「サルヴァトーレは相変わらず手厳しいのね。わたくしはロミオ君のことを買っておりますのよ。遠からず彼が裏の社会で名を馳せるものとしてね」

「ククク。それは楽しみでございますね。お嬢様」


 裏の顔を持つ腹心の家令とブラックな会話を楽しんだシンデレラは身繕いをすませて居間へと向かう。

 しかし、居間では劇画調の顔をしたふたりの義姉たちがシンデレラを待ちわびていた……。


「待ってたで。シンデレラはん。

 昨晩はあんじょう引き回してもろてほんま目えから涙がちょちょ切れるほど感動しましたでえ。目の前で築き上げてきたものが一瞬でわやになるときって怒りより妙な爽快感すら感じるんやなあという珍しい体験までさせてもろたからなあ。

 うちら、もうちょっとで王太子の玉取れるとこやったんやで。それをようもパーにしてくれちゃって。

 シンデレラはん。この落とし前、どないつけるおつもりなんでっしゃろ?ええっ?あんじょう納得できるよう聞かせてんか」

 2番目の義姉が任侠映画ばり(それも関西系)の脅し文句を並べ立てる。


「これ。妹よ。

 勝負に負けた悔しさで八つ当たりしても余計惨めになるというもの。罵ってはダメよ。

 シンデレラ。わたしはねえ。真っ白になりたかったの。魂を燃やして、灰になるまで燃やし尽くして真っ白になりたかったの。

 相手のハードルが高ければ高いほどわたしは燃えるの。王太子のハードルは高かったわ。たとえ勝負に負けても後悔しないだけの、いいえ、わたしが満足して真っ白になれるだけの相手だったの。

 もう一度言うわ。シンデレラ。わたしはねえ。真っ白になりたかったの。

 不完全燃焼に終わったわたしは一体どうしたらいいの?」

 1番うえの義姉は某ボクサーのような嘆きを漏らす。


「負ける、ということはそういうことですわよ。お義姉さま方。

 領地経営のため効率性を追求するというわたくしのやり方が玉の輿狙いの女を磨くというトラディショナルなやり方よりも少しく優れていた。ただそれだけのこと。

 勘違いしないでくださいね。お義姉さま方。

 わたくしは決してお義姉さま方を侮っているわけではございませんわ。

 つまり、わたくしが言いたいのは、やり方の違いがどうであれ努力したということが大事であって、それだけで十分なものをいただけたということですわ。

 勝負に負けてもいいではございませんか。

 ひとは輝ける未来を夢想して努力しているときなんの憂いも感じてはおりません。ひとは努力しているとき楽しいのです。嬉しいのです。脳内でドーパミンが溢れかえるのです。生き甲斐を感じるのです。

 勝敗など結果に過ぎません。狙い通り玉の輿に乗れたからといってなんだというのですか。経済的な安定性を得られる?権力志向を満足できる?スカを掴んだ知り合いに自慢してしばしの間優越感に浸れる?

 フン。つまりませんわ。そんなもの。

 結果よりも努力するという過程の方が人の生き様においてずっと何百倍もの価値があるのですわ。

 お姉さま方は真剣に努力されてこられました。それによって人生が輝いたのです。『我が人生に一片の悔いもなし』と言えるのです。

 それなのになにに対してお怒りになるのですか?なにをお嘆きになるのですか?

 わたくしはかつてお義母さまに『努力することは尊い』と申し上げたことがございます。それはこのことを意味していたのでございます」

「「……」」


 言い切ったシンデレラはそっと横からエスプレッソを差し出す緑の目の美少年に微笑みかける。


「「ムカつくわ。シンデレラの癖に生意気な!!」」

 嫉妬の目をした義姉ふたりの声がハモる。


「ーと、ここで不毛な言い争いをしていても時間の無駄ですわ。

 効率性を追求することに生き甲斐を感じるわたくしはお義姉さま方のため、ちゃーんと用意しておりますのよ。新たな挑戦相手として厳選したハードルの高そうな殿方の情報を」

「「おおっ!!」」

「まず、はじめはアストリアのウェリントン公爵。

 このお方のお家は代々海軍卿をお勤めになり、政界でもしばしば保守党の領袖を輩出することで有名。ご本人も現在の海軍卿であってしかも保守党の副党首でありますわ。生まれゆえに本物の気品と洒脱さを身につけられ、本人の美貌と相まって押しも押されぬ社交界の寵児としても有名ですわ。しかも、ケチなところはなくお洒落で紳士でかなり有能。彼の国では御婦人方の垂涎の的……」

「欠点とか醜聞とかはないの?」

「そうですね。そういったものはあまり聞こえてきませんが、ただアストリアでも指折りの大金持ちの癖に搾り取る小作料が異常に高いとか、労働者向けの貸家業に手を出して厳しい家賃の取り立てで多くの人の恨みを買っているということぐらいでしょうか?あと、かなりのプレイボーイで泣かせた麗人が数知れず、との程度?」

「「……」」

「どうしました?お義姉さま方。

 王国内でこんな糞虫がいたらわたくしが即座にたたきつぶしてご覧に入れますが、何分外国のことですから。わたくしの領地経営とは無関係ですから問題にするまでもないことかと」

「そうね。シンデレラの独自の基準をコロッと忘れていたわたしたちが馬鹿でした。

 次。次、行ってみよう!」

「次はですね。セレナの山林王ことフィリップ・ド・ジェラール伯爵ですわ。このお方は……」


 女性の恋愛談義は尽きぬもの。姦しくも楽しげな姉妹の会話が長く長く続いたとか。


『仲良きことは美しき哉』



 おあとがよろしいようで。これにて『とあるシンデレラの物語』御終いであります。









ご高覧ありがとうございました♡

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