「死ぬかと思った」
そういえば。
祭が息を整え、戦力として活躍し始めて数分。あたしは、ようやくこの銃撃戦のルールを思い出した。
「異形のモノを傷つける、ね」
たしか、そういうようなルールだった。といっても、皮膚が既に堅く、鎧まで着込んでいる異形のモノにダメージを与えるのは難しい。ただでさえ、先ほど祭がおとりとなっていた時に浴びせた銃弾も、異形のモノたちを傷つけるには至らなかった。
傷つけられそうなところと言えば、鎧からちらちら見える関節部分の皮膚か。あとは、爪くらいだ。弱点だと言っていた目は、がっつり仮面で覆われているから狙えないし。
「爪、ね」
狙えるだろうか。少なくとも、かすかにしか見えない関節よりかは狙いやすいだろう。
ぐっと狙いを定め、銃を構える。ターゲットは異形のモノの爪。引き金にかかっている爪を、銃ごと吹き飛ばす勢いで狙おう。
そこまで考えて、相手を傷つけることばかり考えている自分に怖くなった。銃撃戦とあれば仕方のないことかもしれないが、普段の生活までこの思考を引きずりたくはない。というか、あたしはもともと平和主義で、相手を傷つけることなんかめったに好まないはずなのに。
でも、ここで怖気づくわけにはいかない。祭と同じように、あたしの背中にも一般市民の命がかかっている。命とまでは行かなくても、安全くらいはかかっている。しっかりしなきゃ。どれだけ今の自分が嫌でも、今だけは残酷にならなくちゃ。
再度銃を構え、一人の異形のモノを狙う。銃ごと吹き飛ばせば、爪がすこしくらい欠けないだろうか。
壁から少し身を乗り出して撃てば、ヒュッと耳元で音がした。その音にぞわりと背筋が粟立ち、考える間もなく壁に隠れる。
あたしの脇をかすめた銃弾は、無事、砂浜のどこかに着地したらしい。が、そんなことより、
「死ぬかと思った」
ばくばくと、うるさい心臓を押さえつける。改めて、死と隣り合わせのことをしているのだと思った。
息を整え、もう一回銃を構える。銃弾は相変わらず飛び交っており、あたしがいる壁にぶち当たっているのも多々ある。壁に当たった銃弾のガンッという音が一際大きく響いたとき、ミシリ、と嫌な音がした。
はっと壁を見れば、見事にひびが入っている。
「うそだろ」
本日二度目だよ。
あわてて隣の壁へ移ろうと、足を出す。と、いきなり今まで以上の銃弾が飛んできた。
あいつら、壁を破壊して出てきた人を狙うつもりか! 敵とはいえ、頭が良い。がしかし、こちらとしてはとても困る作戦だ。急いで壁に移ろうと足を動かすも、砂地に足を取られて危うくこけそうになる。
数メートル間隔で建っている壁。その数メートルが、ひどく遠い。
「うわっぷ」
ぐらりと体制を崩したあたしは何かに強く腕をつかまれ、思いっきり引かれた。その勢いをそのままに、誰かの胸に無遠慮に飛び込んでしまう。
「っぶねーよ、ばーか」
千尋の声が耳元でする。
「千尋?」
顔を上げれば、千尋は優しく頭をなでてくれて。ほんの少し、涙がにじんだ。
怖かった、なんてここで弱音を吐けるほど可愛くないし、素直でもないけど。
ぎゅっと千尋の服につかまり、顔をうずめる。死を一番強く感じていた場面での千尋のぬくもりは、あたしを落ち着けるには十分すぎるほどで。
「怖かったな」
と完全に子ども扱いする千尋の態度に文句も言えないまま、しばらく抱き合っていた。
――怪我、したか?
頭の中で、異形のモノの声がする。
(ううん、してない)
奇跡的に、あたしの体にはどこも傷ついていなかった。
――そうか
異形のモノはそれだけ言って、あとは何も言わなくなった。