93 外交
魔王の脅威も無くなって、一週間後にいよいよ結婚式。とその前に、初めての外交です。
昨日、ホワーズ魔法王国にある魔王討伐協会から、使者が来ました。
ホワーズ魔法王国については『ガリア王国より西の、海を越えた内陸の山奥にある、魔法を主体とした国』と習いますが、魔王討伐協会については、存在すら教わりません。
今思えば、ガリア王国が魔王について存在を秘匿しているからでしょう。
三日前。レリック様より魔王討伐協会について、初めて教わりました。
「魔王討伐をした国は、魔王討伐協会に報告する義務がある。
報告を受けた魔王討伐協会は、魔王の情報を世界と共有する為、魔王討伐任務をした国に使者を派遣して、報償金を届け、魔王について情報収集する。
また、アイテムを使える者(勇者と呼ばれている)について、聞き取り調査をすると決まっている。
アイテムに選ばれたセシルは、聞き取り調査の対象だから、使者に会わなければならない。二人きりで。」
話の最後、一瞬、レリック様の眉間に皺が寄った気がしました。
ただ、その後、特に不機嫌でもなかったので、気のせいだったのでしょう。
約束の午前十時。
私室の扉がノックされました。
「セシル様、お時間です。本日の護衛はルペーイと」
「アルパです。」
二人はそう言うと、回れ右を二回しました。
今回、魔王に騙され、封印行事が失敗した事態を重く受け止めた騎士団は、魔王討伐に関わった全ての騎士から、聞き取り調査をして、対策を講じました。
その結果、私には護衛が一人増やされて、二人になりました。
私に就く護衛騎士は、魔に囚われて身体のどこかに錠前がついていないか、私が確認出来るよう、回れ右を二回すると決定したそうです。
護衛される度に確認しなければならないので、面倒ではありますが、再び解錠してはならない場所に拐われてもいけませんから、仕方がありません。
錠前が無いと確認出来ると、護衛のアルパとルペーイに付き添われて、王族専用区域から、一般区域へと向かいます。
そして、一階にある休憩室へとやって来ました。
ここの休憩室は建国祭の日、初めてレリック様と出会った時に、連れて来られた部屋です。
ルペーイが扉をノックして、扉が開かれました。
室内のテーブルには、紅茶やお菓子が用意され、男性が一人、ソファーに座っていました。
彼はホワーズ魔法王国の第二王子で、二十三歳の若さながら、魔王討伐協会の責任者でもあるメリーク殿下です。
サラサラと艶のある黒髪と、陶器のように白い肌、切れ長の目に、赤い瞳が印象的な、顔立ちの整った男性です。
背はレリック様より少し低いですが、細身なせいか、背が高く見えます。
服装は黒の上下ですが、襟や袖は、金糸の刺繍で飾られ、金のボタンが高級感を演出しています。
休憩室に入室すると、メリーク殿下は素早く席を立ち、挨拶をしてくださいました。
「私はホワーズ魔法王国の魔王討伐協会から派遣された、使者のメリークです。もしかして、貴女は双子ですか?」
少し困惑されています。
「いえ、レリック殿下の婚約者、セシルでございます。昨夜の晩餐会で、ご挨拶はさせて頂きました。アイテムが使える事を黙っていて申し訳ございません。」
昨日、メリーク殿下が護衛二人と共に、転移陣で王宮の客間に転移してきました。
その夜、歓迎会として、王家だけで晩餐会が開かれました。
私は、まだレリック様の婚約者ですが、もう家族も同然だから晩餐会に出席するようにと国王陛下に言われて、自己紹介をさせて頂きました。
「アイテムを使えると言うと、メリーク殿下は仕事モードになって晩餐会でリラックス出来ないだろうから、聞き取り調査までは聞かれない限り、こちらから話さない方が良いだろう。」
レリック様より事前にお話があったので、アイテムについては黙っていました。
「謝る必要はありません。まさか魔王を倒した勇者が、若く美しい貴族令嬢とは驚きました。」
ホワーズ魔法王国では、アイテムに選ばれて、魔王を倒した人を勇者と呼ぶそうです。
「貴女の事は、セシル嬢と呼ばせてもらいますが、宜しいですか?」
「はい。私はメリーク殿下と呼ばせて頂きます。」
「私は魔王討伐協会の使者として来たので、メリークと気軽に呼んで貰っても良のですが、文化が違いますから、無理強いはしないでおきましょうかね。」
一見、整った顔立ちと、目力の強い紅色の瞳は、妖艶で近寄りがたい雰囲気ですが、話すと思ったより気さくで、話しやすい印象です。
一通り挨拶をして、ローテーブルを挟んで向かい合うようにソファーに座りました。
部屋には、私とメリーク殿下だけで、お互いの護衛と侍女は扉の外で控えています。
本来、ガリア王国では、婚約者以外の男性と二人きりになるのは、非常識とされています。
ですから、レリック様以外の男性と二人きりなんて、少し、居心地が悪いです。
でも、きちんとした理由があるので、仕方がありません。
魔王を討伐した勇者は、魔王を倒した後、国によって、英雄として扱われる人もいますが、多くが、危険な力を持った危険な人物として冷遇され、悲惨な末路を迎えてしまう場合も多いそうです。
魔王討伐協会は、世界を救った勇者の人権を守るため、勇者本人から聞き取り調査をして、冷遇されていると判断した場合、保護する権利を世界から認められているそうです。
聞き取り調査の際、他者の存在が圧力になり、勇者が話せない状況に陥らないよう、国は協力しなければならないと決まっている為、特例として、メリーク殿下と密室での二人きりが許されているのです。
「では、お近づきの印に、こちらをどうぞ。」
メリーク殿下が右手を握ったまま、ローテーブルの上に手を置きました。
そして、手を開くと、一輪の赤い花が現れました。
薔薇に似ていますが、花弁が大きくて見たことのない品種です。
「素敵。どこから出したのですか?」
袖、でしょうか?
でも、袖はきっちりと閉じています。
私の観察するような視線が可笑しかったのでしょう。
メリーク殿下がクスクスと笑っています。
「魔法です。私の国から呼び出しました。ガリア王国は他国との情報を規制していますから、知らなくて当然です。」
そうでした。メリーク殿下は魔法が使える国から来たのでした。
あまりにも馴染みがないので忘れていました。
陣ではありませんが、性質は似ている気がします。
「この花は、枯れませんから、髪に飾るのがお勧めです。きっと、よく似合います。私と会う時は、この花を着けて来てください。会う時だけで良いですから。」
メリーク殿下は微笑みながら、立ち上がって、私の隣に腰かけると、流れるように花を髪に着けて下さいました。
レリック様とは違う系統ですが、見目麗しい方なので、女性からもモテて、こういう事にも慣れているのでしょう。
さりげなく隣に座られてしまいましたが、向かいのソファーに戻る気配がありません。
もしかして、戻るのが面倒になったのでしょうか。
「素敵なお花を、有り難うございます。あの、メリーク殿下がいらしたのは、私を保護すべきか調査するのも、目的の一つだと伺いました。」
「ええ、それで間違いありません。何か心配事でも?」
「いえ、私はこの国が好きですし、一週間後には結婚式も控えています。とても幸せですので、保護の必要はございません。」
ハッキリと気持ちを伝えられたと思いましたのに、何故でしょう。
さっきまで、にこやかだったメリーク殿下から笑みが消えて、真顔になっています。
美形の真顔は迫力があって、少し怖いです。
「初めは皆さん、そう言うのです。不満など無い、幸せだ、と。国は世界を救った勇者に酷い扱いをしていると知られたくないので、勇者に圧力をかけている場合がよくあります。セシル嬢もそうではありませんか?」
メリーク殿下が窺うように見詰めて来ます。
これは、私の言う事を全く信じていません。
何としても分かって頂かなくては!




