91 セシルがいない間(レリック視点)
レリック視点です。
深夜。
バルト副団から私経由で、セシルに緊張要請の連絡が入り、転移陣でクリス副団の実家であるカロン伯爵邸に直行した。
セシルが無事、参加者の魔を吸引し終えたので、事後処理はバルト副団と任務当番の騎士達に任せた。
クリス副団は別の場所で、魔に囚われていない侍従達の対処をしているらしく、夜会会場にはいなかった。
母親のモーナ夫人が極刑となり、久々に休みを取って実家に帰ったかと思えば、実家が開いた夜会で、参加者が集団で魔に囚われるとは……。
本人は至って真面目で、全うに生きているのに、気苦労の絶えない男だ。
気の毒に思いながら、セシルの手を握り、夜会会場を出て、カロン伯爵邸の敷地に設置してある転移陣へ向かった。
安堵から気が緩んだのだろう。
セシルが、歩きながら欠伸をした。
「ご免なさい、何だか急に眠気が……。」
「いや、突然深夜に叩き起こされれば、眠いのも仕方がない。抱き上げて運んでやろう。」
悪戯心で繋いでいる手を放して、抱き上げようとセシルの背中に腕を回した時、人の気配を感じた……。
「!?シアーノ?」
何故かシアーノが私の顔を見下ろしている。
「おはようございます。レリック団長。と言っても、まだ深夜ですがね。」
「は?」
何が何だか訳が分からない。
体勢からして、私は寝ていたらしい。
しかも屋外のこんな草だらけの場所で……。
状況が呑み込めない私に、シアーノが説明してくれた。
「ここは、カロン伯爵邸の敷地に設置された、転移陣の近くにある草むらです。エド団長を手伝うよう、バルト副団に言われて、一足先に陣へ向かっていたら、たまたま光が目に入ったんで、何かと覗いて見れば、睡眠の陣が貼られているレリック団長が横たわっていました。」
「睡眠の陣だと?誰がそんな事……」
言いかけて気付いた。
「セシルはどこだ?私と一緒にいた筈だ。」
シアーノを見上げると、溜め息を吐かれた。
どういう感情か全く分からない。
「魔王封印の箱を安置している部屋に、クリス副団といたそうです。少し前、エド団長から連絡がありました。」
「エドがその部屋にいるのは分かる。今朝、いや、もう昨日か。封印行事を行うと連絡が来ていた。だが、何故クリス副団とセシルまでそんな所に?」
そもそもセシルには、魔王が封印している箱の詳しい場所を教えていない。
それに、クリス副団について、先ほどバルト副団から、魔に囚われていない侍従達の対処をしていると報告を受けたが、違ったのか?
「さあ。我々にも分かりません。取りあえず、レリック団長とセシル嬢は行方不明で、捜索中だったんで、見付かって良かったです。その胸ポケットの転送陣が光らなければ、もっと発見が遅れていたでしょう。」
「私とセシルが行方不明!?私は結構寝ていたのか?」
「三十分位ですかね。レリック団長とセシル嬢の腕輪が、騎士棟の転移陣付近に落ちていると気付いた者がいて、二人と連絡がつかないと騒ぎになったんです。それで総長が、レリック団長の私室を確認した結果、まだ二人とも戻っていないと分かって、全部署に捜索命令が出されました。」
腕を確認すると、確かに腕輪が無かった。
「!?剣もない!箱は……無事か。」
騎士は戦死した際、形見として剣を仲間が持ち帰れるように、誰でも取り外せるようにしてあるが、箱の入ったポーチは私か兄上、または父上しか外せず、開けられない仕様にしていた。
だから、盗まれずに済んだのだろう。
それよりもだ。
「セシルが魔王封印の箱がある部屋にいるって事は、鍵を開けたのは……」
「恐らくセシル嬢かと。部屋の鍵は陛下とエド団長しか持っていないにも関わらず、セシル嬢とクリス副団は、エド団長よりも先に魔王封印の箱がある部屋にいたようです。」
私を放置して?
「二人はグルって事か?」
「分かりません。エド団長は騎士団に緊急事態宣言を出して、教会封鎖の指示と、魔王が復活する可能性を考慮した対応を呼び掛けています。」
「分かった。直ちに教会の地下室へ向かおう。」
この目で真実を確かめるしか方法は無い。
「その前に、転送陣で何が送られたのか、確かめてみては?自分はレリック団長が見つかった事を、皆に報告しておきます。」
「頼む。」
シアーノが、腕輪で全部署に報告している間、セシルのくれたハンカチを胸ポケットから出して広げた。
転送された物は、セシルが髪を纏めていた青いリボンだった。
リボンを異性に送る意味は、いつも一緒とか、無事を祈るといった意味がある。
馬鹿だな、私は。
セシルが私を裏切る筈がない。
でなければ、リボンなんて転送しないだろう。
ギュッとリボンを握り締めた。
「何か伝えたかったのかもしれないですね。」
「ああ、良い状況ではなさそうだ。急ごう。」
リボンをポケットにしまって、シアーノと共に教会の地下室へと向かった。
途中、地下道で、大きな杭を担いだアレク率いる黒騎士団に出会った。
「おや、レリック。無事見つかって何よりだよ。大事なセシル嬢を手放すなんて、気が抜けていたのではないかな?」
「そのようだ。返す言葉もない。」
アレク達と合流して、魔王封印の箱が安置されている、教会の地下室へと辿り着いた。
部屋の扉は三重になっている。
最も手前の扉前には、青騎士団の団員が、新しい封印の箱と共に待機していた。
最奥にある扉にいたエドが、扉の隙間から室内の状況を確認している。
我々に気づいたエドが、溜め息をついた。
「二人とも来たか。全く面倒な事になった。
俺が箱を持って部下とここへ来た時、見張りは既に睡眠の陣で眠らされていた。
剥がして話を聞くと、クリス副団にやられたらしい。セシル嬢も睡眠の陣で眠らされていたそうだ。
恐らく、見張りを眠らせた後、セシル嬢を起こして、この部屋の扉を開けさせたのだろう。
動機は分からないが、嫌な予感しかしない。」
クリス副団は『先読みの加護』がある。
相手がどう動くかが事前に分かる為、戦闘では無敵だ。
何人もいる見張り相手に、睡眠の陣を貼るのも簡単だっただろう。
だが、何が目的だ?
「私が存在を消して状況を確認しよう。」
「僕も行こう。何かあった時、初動は僕の方が早いからね。」
「その前に腕輪を渡しておく。拾った部下に転送させた。」
エドから腕輪を受け取って、自分用を腕に着けて、セシルの腕輪はポケットに入れた。
室内を覗くと、クリス副団は話に夢中で、セシルに気を取られている。
存在を消してアレクと部屋に入り、クリス副団の声が聞こえる場所まで近付いた。
クリス副団が私の剣をちらつかせながら、セシルに陣や箱の解錠を迫っている。
何を血迷っているんだ?
アレクと顔を見合わせた。
「知りたいのはやまやまですが、やっぱり出来ません。」
セシルが気丈に言い切った。
私の婚約者は、愛らしいのに勇敢で惚れ直してしまう。
「そうか。ならば、別の者に頼むまでだ。いるのは分かっているぞ。そろそろ入って来たらどうだ。行事の準備があるのだろう?」
クリス副団は、初めからエドの存在に気付いていたらしい。というか、口調がいつもと違う。
実は二重人格なのか?
「残念だが、セシル嬢が無事なのは、ここまでだ。我を解放してくれるなら、エド団長でもセシル嬢でも、どちらでも良い。セシル嬢は便利だが、断られたし、何かと厄介だと分かった。」
クリス副団の言動が明らかにおかしい。
嫌な予感がした。
クリス副団がセシルの背中を押して解放したかと思えば、剣を構えて斬りかかろうとしている。
させるか!
アレクを放置して咄嗟に走った。
私に触れてセシルの存在さえ消せれば、クリス副団は切る対象を見失う。
クソッ!間に合ってくれ!
必死に手を伸ばした。
セシルを失うかもしれないと思ったのは、魔溜まりの闇に閉じ込められた時と、今回で二度目だ。
もう、こんな胸が締め付けられるような思いは二度と御免だ。
「なっ!」
カシャン……
クリス副団の握っていた剣が床に落ちた。
アレクの投げたクナイが、クリス副団の振り上げている手の甲に突き刺さっている。
助かった。
クリス副団を見て、怯えたように固まっているセシルの腰を強く引き寄せた。
「おい、アレク。手を離した反動で、剣がセシルに当たったら危ないだろう。」
セシルの恐怖を和らげるため、敢えて軽口を叩いた。
アレクがいつものように、余裕の笑みを浮かべて、私に合わせてくれた。
「そこは当たらないように、ちゃんと計算して狙ってるよ。僕が令嬢を傷つける筈が無いだろう。」
知っている。
今までアレクが的を外した事は一度もない。
いや~危なかったね。なんて思っていそうだ。
アレクには、感謝してもしきれない。
礼として、最高品質の高級赤パンを年齢の数と、王宮シェフのバターロール一を、毎週七個ずつ。
一年をかけて進呈してやるとしよう。
アレク団長の愛用品と好物については、目次54です。




