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84さっさと答えないと

 施設からはまだ距離がある場所で、万里は二輪を下りて、それを見つからない場所に、つまりは《武器庫》の中に隠した。桐子が聞いたら「ついに武器庫どころか車庫になったか」と呆れそうな話だが、万里の異能は明らかに手に収まらない巨大な武器であっても、はては乗り物であっても収納可能である。そのうち猛獣の一頭くらいはキープしておけば、なにかと役に立ちそうくらいには思っている。

 上方を見遣れば、不規則に木々が立ち並ぶ林の斜面が広がり、その上に灰色の高い壁が立ちはだかっているのがかろうじて見える。輝から聞いた話から、彼が脱出してきた経路はこのあたりだろう、と万里は推測する。輝が逃走したルートを逆に辿って、塀を乗り越えて、すぐ目の前にあるはずの搬入口から進入するのが万里の計画だ。

 輝が会社から拝借中の《鬼の隠れ家》で姿を隠して隠密潜入、という作戦もなくはないのだが、自分で使うには、練習なしの一発勝負で上手く使いこなせる自信がないし、輝に遺産を使ってもらうには彼を伴って施設に乗り込むしかないわけで、それはあまりに危険だと思われた。

 結論として、姿は隠さないけれど、できるだけばれないように静かに侵入し、バレたらバレたで潔く暴れる、という方向性で落ち着いた。

 斜面を早足で駆け上がりながら、万里は自身の武装を確認する。今回の万里はいつになく装備を整えている。右手にはアサルトライフル、腰のベルトにはナイフを差してある。その他、予備のマガジンに、何かと便利なワイヤーやスタンガンなど、持てるものは予め準備した。ふだんは戦闘中に気が向いたときに《武器庫》から好き勝手に武器を取り出す万里にしては、これはかなり珍しいことだ。

 というのも、今回の戦闘においては《奇術師の武器庫》の異能は使えないからだ。否、正確に言うならば、使えないではなく、使いたくない、だろう。

 なにせ、《奇術師の武器庫》の遺産を与え、万里を異能者に仕立てたのは他ならぬ名張なのだ。



 万里が在処の手によって名張から逃れたのは六年以上前の話で、成長期の万里はその頃からだいぶ大きくなった。名張はどうせ、万里の顔を見ても、かつての子供だとは思い至らないだろう。だが、異能を使えば、その瞬間に素性がバレる。

 目の前で《奇術師の武器庫》が使われれば、あの狡猾で計算高い男のことだ、すぐさま万里のことを思い出すだろう。

 逃げ出した身としては、自分はとっくにどこかで野垂れ死んでしまったものだと思っていてほしいので、こちらの素性が割れるのは非常にまずい。ゆえに、今回は異能を使わずに何とかしたいのだ。

 そういうわけで、こうして前もって武器を用意している。名張の組織の規模が、いくつか予備のマガジンを用意しておけば事足りる程度であることを祈ろう。

 作戦の方向性と武装の確認が済んだところで、万里はいよいよ壁の手前までやってきた。ここを越えたら戦闘開始だ。

 準備はいいか。万里は自問する。

 その答えは――万里はふっと不敵に笑う。なんのことはない、いつもやっている通り、強気に笑ってみせればいい。逆境の時こそ笑ってみせろというのは、御影在処の教えである。

「さて、派手にぶちかまし……いや、駄目だ静かに行こう」

 いまいち締まらない独り言を合図に、万里は高い壁を涼しい顔で蹴上がった。




 輝と桐子が壁の上にのぼった時、敷地内では特にアラートは響かなかったらしい。つまり、この短時間で突貫工事でもしていない限り、壁の上に侵入者検知用のセンサーなどは取り付けられていないということだ。

 塀に上がって、素早く視線を巡らせ、下に人影がいないことを確認すると、さっと敷地内に降り立った。想定していた通り、目の前に搬入口のシャッターがあった。シャッターは現在下りているが、一番下まで閉まりきっておらず、人ひとり潜れるくらいの隙間があいている。お誂え向きな侵入口に万里はにやりとする。

 輝の話によれば、桐子は搬入口から脱出を図ろうとした際、外で待ち伏せしていた敵武装集団をまとめて薙ぎ倒すために、停まっていたバンを蹴り飛ばしたという。車を蹴って敵を倒すという発想がもうクレイジーで、流石《神速撃》の異能者というところだが、この頭のおかしな攻撃の際、どうやらバンが柱にぶつかったらしい。その際、柱が歪んで、シャッターが閉まりきらなくなったようだ。

 開きっぱなしのシャッターの前には見張りがいなかった。正門は社員証がないと通行不可、そして周りは高い塀、というので、「そもそも敷地内に侵入できないだろう」と高をくくっているのか、それとも単に桐子による被害が甚大で人員が不足気味なのか。もしかしたら、入り口をあえて無防備にして中に招き入れた上で、逃げ場のない建物内で囲うつもりなのかもしれない。いずれにしても、万里からしてみれば中に入らなければ始まらない。罠だとしても構うものかと、万里はシャッターを潜り抜けて施設内に忍び込んだ。

 中に入ると、ひしゃげたバンが一台停まっていた。これが例の、桐子が蹴り飛ばしたというバンだろう。車の潰れ具合からすると、そこそこ能力を発揮していたことが窺える。このあたりでいよいよ力を使い切ったのだな、と万里は納得する。

 その先の通用口は施錠されていなかった。万里は音もなく通路を進んでいく。途中、蹴破られた隔壁を踏み越えると、やがて別れ道に差し掛かる。

 さてどちらに進もうか、と考えながら歩いていると、右側から歩いてきた二人組とばったり出くわした。

「あ」

「っ、侵入者――!」

 やっぱり見つからずに全部済ませるのは無理だったか、と半ば予期していた通りの展開になりつつあるのを自覚しながら、万里は騒がれる前に、二人組のうち、咄嗟に叫び出そうとしていた男の顔面に拳を叩き込んだ。

 ぐらりと後ろに仰け反り緩慢に倒れていく男を、隣の仲間が唖然と見送る。事態に頭が追い付いてくるより先に、もう片方の男に足払いをかけて床に叩きつける。仰向けに倒れた男に跨り身動きを封じた上で、額に銃口を突き付けてやれば、ひっ、と引き攣れたような悲鳴が男の喉から漏れていた。

 いつものように、万里の銃に装填されているのは模擬弾で、ヘッドショットを喰らっても地獄のように痛いだけで死にはしないのだが、そうとは知らない男は面白いくらいに一瞬で青ざめる。こうなった敵は面白いくらい口が軽いものだ。万里はにこりと笑って、しかしその笑みには似つかわしくない酷い台詞を吐く。

「ついさっき捕まえた、凶悪キックの女子の居場所、吐いてもらえる? ちなみにさっさと答えないと、三秒ごとに穴開けるから」


★★★


 殴られた頭の傷が不意にズキリと痛んで桐子は顔を顰めた。こめかみのあたりからの出血は、ひとまずは止まっているようだが、戻ったら一応検査をしなければならないだろう。まあ、無事に帰れればの話なのだが。

 「保管庫」という名の監禁部屋は、逃亡防止のためか窓が存在せず、だったら冷房くらいほしいところなのだが空調設備も存在しておらず、ほんの数十分転がっているだけでも不快指数がぐんぐんと上昇した。髪が汗で頬に張り付いているのが不快感に拍車をかけているのだが、両手は縄で戒められており、鬱陶しい髪をかきあげることすら許されない。

 いつもなら、たかだか縄で拘束されたくらい、一瞬で引きちぎって抜け出すところだし、そもそも拘束される事態に陥ることすら殆どない。だというのに、うっかり本気で走りすぎたせいで、エネルギーはすっからかんになり、異能を行使するだけの力が尽きてしまったものだから、あえなく捕縛される羽目になった。

 あとちょっとで上手く逃げおおせられる、というところまでいったのに、後ろから飛んできたワイヤーに引きずり落ろされて、敵に取り囲まれた。それまで派手に暴れたお返しとばかりに殴られ、気づいた時には両手両足を縄でぐるぐる巻きにされていて、VIPもかくやというような厳重態勢で保管庫に監禁されてしまった。

 ちょっとこれは、逃げる気になれない状況だ。埃っぽい床に転がる桐子は深く溜息をついた。

 この保管庫は、先刻桐子が、輝が暴れているどさくさに紛れて侵入し、中に子供たちが押し込まれていたのを発見した場所だ。実験室で被検体になっている子供の他にも、捕えられている子供がいるかもしれないと思って施設内を捜索している時に見つけ、扉を蹴破った部屋である。放っておけば間違いなく次の実験に放り込まれるであろう子供たちを救出したまではよかった。まさか今度は自分が放り込まれることになるとは思っていなかった。

 さっき強引に蹴破って枠から外れてしまっていたはずの扉は、今は嵌め直されている。とはいえ鍵まではすぐに直せなかったようで施錠はされていない。そのため、中には見張りがおり、おそらく外にも見張りがいる。

 同じ部屋の中にいる見張り役の男は、パイプ椅子に座って足を組み、床に横たわる桐子を威圧的に睨みつけている。右手で弄んでいる拳銃は、下手な動きをしたらすぐにでも撃てるという脅しのつもりか。白髪の本数を数えられそうなくらい近くにいる男の存在は、桐子の不快指数を倍増させている。この暑いのに、完全防備の暑苦しい格好で、暑苦しい距離にいるのだから、もう鬱陶しくてかなわない。

「……換気と水分補給と、見張り役の交代を要求したいわね」

 捕虜とは思えない図々しい独り言を漏らしていると、見張り役の男が舌打ちした。

「煩いぞ、黙っていろ」

 男の声にはかなりの苛立ちが混じっているように聞こえた。その理由を考えた時、桐子は男の顔に見覚えがあることに気づく。そういえば、搬入口でバンを蹴り飛ばしたとき、下敷きになった敵の中にいた顔のような気がする。つまり、彼は既に桐子によって酷い目に遭わされた恨みがあるというわけだ。さほど大怪我というわけではないだろうが、車の下敷きになって無傷ということもあるまいから、つまりC.S株式会社は怪我人でも容赦なく扱き使うブラックな企業ということだ。

「こんな暑苦しい部屋に閉じ込めて、何のつもり?」

 殺すつもりなら、もうとっくにそうしているだろう。わざわざ拘束しておくということは、生かしておく理由が名張側にあるということだ。ただ、それならそれなりの扱いをしてほしい。とりあえず水をくれ。

「集めた実験動物たちが全員逃げ出して、こちらは大損害。だが、お前で代わりに実験を成功させれば釣りが出る。大事な実験体だ、殺しはしない。だが、多少死にかける程度なら問題ない。お前には恨みがあるからな、所長からは、多少痛めつけても構わないと言われている」

「何がしたいか知らないけれど、意味の解らない実験に協力する気はないわ」

「お前の意思など関係ない。五体満足でいたければ、大人しくしていることだ。もうじき検査の結果が出る頃だ」

「検査? 何のこと」

 桐子は訝し気に眉を寄せる。名張が桐子を捕縛しておきながら、下っ端に見張りを任せて姿を見せないでいるのは、その検査とやらのためなのだろうか。名張は何かを調べているのだろうか。

 あまりいい予感がしない。だが、暑さと疲労と怪我のせいで、思考がとても鈍い。目に映る情報を処理するのですら億劫になって、桐子は代り映えのしない密室の景色を見るのをやめて瞼を下した。ぼんやりとした意識は、そのまま深く沈んでいく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 桐子を助けるのに名張との遭遇は避けられそうにないから、万里にとって因縁の対決となる感じかな。 まあ当の万里は誰なのか知られないように振る舞うつもりなので、名張としてはなぜ子供ばかりって思う…
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