73だいたいそんな感じです
子供たちがそれぞれの部屋に戻った後、桐子たちは帆引学園の事務室で、目を覚ました大庭と牧野と向き合って真面目な話をしていた。
「つまり、話をまとめると……正体不明の不審者が乗り込んできて子供たちを攫おうとしたが、更に正体不明の狐面が乱入し、とりあえず全部演劇部の『劇』ということにして誤魔化したと。狐面が不審者を撃退し、不審者はすごすご撤退し、狐面は颯爽と去って行ったと」
「まあ、だいたいそんな感じです」
案の定、大庭顧問は頭を抱えてしまった。教師的には、受け入れるのに難のある現実であることは疑いようがない。
「いろいろと無茶をするなあ、お前たち。いや、真っ先に倒れた俺がとやかく言えることじゃないんだがな」
大庭顧問は難しい顔で眉根を揉む。牧野は不安げな面持ちで大庭に相談する。
「なかなか非現実的な話で受け入れがたいですが……警察に連絡した方がいいでしょうか」
「かなり説明はしにくいでしょうが、連絡はするべきでしょう。子供を狙った犯罪者が侵入してきたのは確かです、巡回してもらうとか、しばらくは警戒が必要でしょうから」
大庭の助言に、牧野は大きく頷く。
「本来はお前たちだってまだ未成年、守られるべき側だ。だが、今回はよく子供たちを守った」
「いえ、頑張ったのはきつね仮面ですから」
部長の弓香が恐縮したように言う。
「だが、怯えていた子供たちの心を守ったのは、機転を利かせたお前たちだろう。演劇部の面目躍如だな」
「予算増やしてもらえますか」
「柳沢、せっかく格好よく締めようとしているのに、どうしてそう台無しなことを言うんだ」
大庭が呆れかえる。
「それにしても格好よかったなあ、きつね仮面。いったい誰だったんだろうな」
「本当にねえ。突然現れて、ピンチを救って颯爽と去っていくとか、本物のヒーローだよね」
正体を知らない伊吹と雪音が、狐面を無邪気に称賛する。
「桐子もファインプレーだったよね。最初に機転を利かせたのは桐子だし」
「マイクもヒットしたしな」
「でも、あんまり無茶しないでね。私、桐子が殴られた時、本当にヤバイと思って怖かったもの」
不意に神妙な面持ちになって、雪音が桐子の手をそっと握る。もう無茶はしない、と約束することはできないし、本当は雪音の知らないところでもっと無茶をいろいろやっていて、それを隠しているのは心苦しいのだけれど。今はひとまず、雪音が心配してくれているのを受け取って、安心させるように笑みを浮かべる。
「ごめんね、心配かけて。みんな無事でよかったね」
「うん」
部員たちはお互いの無事をひとしきり喜び合い、牧野たち職員は演劇部の活躍に口々に感謝を述べる。
「皆さんのおかげで、子供たちは全員無事でした。私は何もできず情けない限りでした……皆さんがいてくれて、本当によかった。本当に、ありがとうございます」
牧野の言葉に、桐子は不意に、ここへ来たもう一つの目的を思い出す。
帆引学園は、初瀬御世が言っていた人身売買に関わっていたのではないかという疑惑を確かめようという目的があった。演劇の合間に、探りを入れられれば、などと考えていたのだ。今なら、その考えが馬鹿馬鹿しいものだったと断言できる。
施設が不審者集団と繋がっているなら、今回のような事件を起こさなくてももっと簡単に子供たちを犯罪組織に引き渡せてしまうだろうし、仮に事件を起こすにしてもわざわざ部外者が来ている日を決行日にする理由がない。
そういう理屈を抜きにしても、牧野をはじめとして帆引学園の職員たちが本気で子供たちを心配し、無事を心から喜んでいることは間違いない。これが全部演技で嘘っぱちなどということはありえないと、牧野を目の前にしている桐子は確信する。
帆引学園はおかしな組織と共謀しているわけではない。後ろ暗い連中に標的として目を付けられ利用されていた、というのが真相だろう。問題は、今回はあえなく撤退した御子柴たちが、今後同じようなことを企みやしないか、という点だ。しばらくは施設側が警戒しているから、すぐに再襲撃を仕掛けてくることはないだろうが、ほとぼりが冷めた頃にリベンジに来られるのは困る。
ただまあ、そのあたりはきつね仮面が上手くやるだろうと、桐子は薄々予感していた。
予定外な事態に遭遇したが、一応、演劇部の劇は成功に終わり、桐子たちは撤収することになった。グラウンドに運んだ荷物をトラックに戻していく。事件に巻き込まれたせいで疲労困憊であり、準備の時よりも動きが緩慢でだらだらしてしまい、なかなか撤収作業が進まないが、大庭顧問も流石に文句は言わず、一緒に手伝ってくれた。
「上原さん」
桐子が作り物の信号機を担いでトラックに向かおうとすると、玄関から出てきた柏木に呼び止められた。
「柏木君」
「もう帰るんだよね」
「ええ」
「あの、上原さん、今日は本当にありがとう。上原さんたちのおかげで、小さい子たちも、今日のこと、心の傷にならなくて済んだと思う」
柏木の言葉にはっとする。桐子は慎重に探るように言葉を選ぶ。
「柏木君は……解ってるのね」
「うん……あれは演劇じゃなくて、本当に、危ない目に遭っていたんだよね」
流石に同い年の最年長は、他の子供たちのように誤魔化されはしないようだ。
「僕たちを連れて行こうとした男たちの雰囲気は、絶対、演技なんかじゃなかった」
柏木は御子柴たちの悪意を一番近くで、肌で感じ取っていた。命からがらといったていで逃れた後も、桐子の芝居に気づいていたのだとしたら、ずっと恐怖を感じていただろう。
「守ってくれてありがとう。すごいんだね、上原さんは」
「私より、柏木君のほうがすごいと思うな。だって、連れて行かれそうになった時、他の子たちを守ろうとしていたでしょう」
武器を持った人間を相手に、他の子を守るために声を上げるなんて、簡単にできることではない。最年長だからしっかりしなければ、と言っていた柏木は、自分自身が恐怖に震えながらも、他の子たちを守るために立ち上がった。その勇気は間違いなく称賛されるべきものだ。
「なんだか、勇気を貰えた気がするんだ」
柏木は胸のお守りをずっと握りしめていた。御子柴たちに捕まった時も、祈るようにお守りを手にしていたのを、桐子は覚えている。
徐にお守りを首から外して、柏木は面映ゆそうな顔をする。
「あのね、内緒だよ、上原さんにだけ、特別に見せてあげる、僕のお守り」
お守りの小さな袋を開けて、中から何かを取り出して桐子の方に広げて見せた。
「いいの? お守りって、中開けちゃダメって言わない?」
「大丈夫だよ。このお守りはね、僕がまだ小学生だったころ、施設の先輩が作ってくれたんだ」
「手作りだったのね」
「僕と同い年の子がいたって話したよね。その子の里親が決まった時、僕は寂しくてわんわん泣いたんだよ」
柏木は少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「そうしたら、先輩が僕たちの写真を撮ってくれて、お守りの中に入れてくれたんだ。離れていてもずっと一緒、男の子なんだからもう泣くんじゃないよって」
優しく頭を撫でて、励ましてくれる優しい先輩。そんなイメージが桐子の中に流れ込んだ。
「しっかりしなきゃって思うときは、このお守りが勇気をくれるような気がするんだ。だから、ちょっとだけ、勇気を出した。そうしたら、神様はきっと見ててくれたんだね……まさか、狐のお面のヒーローが来てくれるなんて、なんだか僕のお願いをそのまま聞いてくれたみたい」
柏木が見せてくれたのは、どうやらお祭りの時の写真のようだった。浴衣を着た小さな男の子が二人、笑ってピースをしている。一人は柏木だ、幼いが確かに成長したら今の柏木になったのが解る。
二人の男の子は頭の横にお面をひっかけている。それが、柏木のほうは赤い特撮ヒーローのお面で、隣に写っている男の子は狐のお面だ。
「お祭りの出店のお面屋さんで買ってもらったんだ。レッドのお面は一つしかなくて、僕が譲ってもらっちゃったんだけど、そしたら彼は狐のお面を買ってもらってた。このお守りを握ってたら、狐のお面のヒーローが出てきたから、写真から飛び出してきたんじゃないかって、びっくりしたよ」
親しげに並んで写真に写る二人の男の子。それをじっくり見つめる桐子は、狐面をひっかけた少年の顔にどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。一つの予感を胸に、桐子は柏木に尋ねる。
「ちなみに、その子、なんて名前?」
はたして、柏木は桐子の予想した通りの名前を告げた。
★★★
帆引学園のほど近く、施設の建物を眼下に臨める四階建て雑居ビルの屋上でフェンスに凭れて、無事にことが収まったのを確認して狐の面を外す。と、後ろで足音が響いたので、はっと振り返る。初瀬御世が立っていた。
予想外の来客は、前回会った時よりも柔らかい表情を浮かべていた。
「粋なことをするようになったじゃないの、碓氷君」
どうやら敵襲ではないことに安堵する。悪戯っぽく笑ってみせながら、万里は言う。
「そうかな? 俺は割と昔からこんなだったろ」
「調子がいいのは、確かに昔からよね」
調子のいいやつだと思われていたのか、と軽く心外に思う。
「久しぶりだね、初ちゃん。八月に会った時はゆっくり話もできなかった。とりあえず、就職おめでとう。まあ、破壊庁は就職先としては少々ブラックっぽいけど」
八月、水嗚ドリームパークで行平槐の襲撃を受けた時、桐子と交戦していた女性。まともに顔を見たのは、彼女が桐子に負けて撤退する間際になってからのことだったが、顔を合わせて万里は驚いた。数年ぶりだったが、かつての面影のある姿を見て、間違いなく初瀬だと解った。
「あなたこそ、救済社にいると知った時には驚いたわ。うちの標的リストにあなたの名前を見つけた時には、何かの間違いじゃないかって思った」
「初ちゃん、出版関係の仕事をするとか言ってなかったっけ? よりによって破壊庁に入って遺産なんかに関わるようになったのは、『斡旋者』のことを知ったから?」
「……あんなことを知って、じっとしてられるわけないでしょ。遺産なんて全部消してやるって、そう思ったわ」
本気で怒りを滲ませてそう言ってから、初瀬は冷静さを取り戻すためか、小さく息をつく。
「まあ、出版社で働いているのも本当よ。遺産の破壊とのダブルワーク」
これほど両極端なダブルワークというのもなかなかないが、遺産の破壊だけで生計を立てていけないのは想像できる。
初瀬は万里が持つ狐の面を見遣って首を傾げる。
「昔、お祭りで買ってたわよね、狐のお面。ずっと取ってあったの?」
「いや、これはこないだ買ったんだ。ただのお面に見えて、実はガスマスク代わりになる。催眠ガスを仕掛けてくる性格の悪い敵がいたものでね」
今頃、桐子はくしゃみでもしているかもしれないな、と思いながら、万里は狐面を《武器庫》に仕舞った。
初瀬がゆっくりと歩み寄ってくる。万里の隣に並んで、かつて彼女自身も過ごした施設を感慨深そうに見下ろした。
「懐かしいわね。ここに戻ってくるのは初めて?」
「帆引学園が『斡旋者』とグルの可能性はゼロじゃなかったから、迂闊には近づけなくてね。今回は、やむにやまれぬ事情でなし崩し的に来ちゃったわけだけど、まあ、結果オーライかな。帆引学園はシロだ。あの子たちは、もう大丈夫」
「安心した?」
「ああ。悠馬も元気そうだった。初ちゃんが作ったお守り、まだ持ってたんだな、あいつ」
「あなたにも、同じものをあげたわよね。あれ、どうしたの?」
「もう無い」
短く答え、万里はフェンスから離れて初瀬に背を向ける。
「捨てられちまったんだよ。俺はそれを今でも根に持ってるんだ」
「どこへ行くの?」
「もう一仕事、残ってる。御子柴に発信機を仕掛けた」
「『斡旋者』の拠点を突き止めたのね」
万里はいつになく黒い笑みを浮かべて言う。在処から命じられた仕事はここからが本番だ。
「あいつらのせいで俺たちは散々な目に遭わされたんだ、きっちりお礼をするのが筋だろう?」




