表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/114

57修行を始めたんだよ

「前にゲーセンで役立たずだったから、修行を始めたんだよ、クレーンゲームの」

 ジェットコースターの行列に並んで順番を待つ間、何としてでも聞いてほしいというオーラを迸らせながら、伊吹が彼女との馴れ初め話を始めた。桐子と雪音は初めて聞く話なので惚気話だと思っているようで、興味津々に心持ち身を乗り出して拝聴しているが、万里は結末を知っており、惚気ではなく玉砕話であると解っている。切ない気持ちになりつつも、黙って伊吹の話を聞く。

「何日かゲーセンに通い詰めてると、必ずと言っていいほど顔を見る女の子がいた。その子も夏休みでゲーセンに通ってたんだと思う」

 白いシャツにジーンズ、腰には派手な赤色のジャンパーを、袖を縛って巻きつけて、ファッションなのか屋内でもキャップを外さず、口にはロリポップをくわえている――一度見たら忘れないような目立つ格好の、同じ年頃の少女だったという。それをゲーセンに行くたび、擦り込みのように目にしていた伊吹は、いつしか彼女の姿を探すためにゲーセンに通い詰めているような気がしてきたらしい。

 ゲーセン通い生活二週間にして、伊吹はついに謎の少女に声を掛け、一緒にゲームに興じるようになり、距離を縮めていったという。

「めちゃくちゃ上手いんだよな、その子。クレーンゲームは一発で目当てのものを取るし、シューティングゲームも百発百中、音ゲーもできるっていう、オールマイティーなゲーマー」

 などと伊吹は語るが、伊吹がゲーセン通いを始めたのが、久世と一緒にゲームセンターに来たときに下手くそだったことが切欠だとすると、八月以降の話のはずだ。そこから二週間でようやく謎の少女に話しかけたということは、伊吹が少女と付き合い始めたのはかなり最近、つい十日前くらいの話だと推測できる。それで現在は既に別れているというのは、なかなかの急展開ぶりで、いったい何があったんだろうと疑問に思わずにはいられない。

 ジェットコースターの列は、もうまもなくというところまで進んでいて、眼前に聳えるレールの上を、凄まじいスピードでコースターが下って行き、楽しそうな悲鳴がすぐ近くで響いた。タイミングを合わせたかのように、伊吹の恋の話も急降下を始めていた。

「……で、結局、『もう用は済んだから、おしまいにしましょう』って、昨日わけがわからないままフラれた」

「えっ、何それ」

 雪音が急転直下の結末についていけずに声を上げた。桐子の方も頭に疑問符を浮かべたような顔で何度も瞬きしているので、きっとわけが解っていない。

「つまり、八月に付き合い始めた女の子と、もう別れたってコト?」

 本当にこの理解で正しいのか、と自信なさげに雪音が要約すると、伊吹は大きく頷いて肯定した。女子二人は信じられない、と天を仰いでいる。

「今の話の流れで、どうしてそうなるの?」

「俺も解らないんだ」

「デートのときに、何か彼女を幻滅させるような粗相をしでかしたんじゃないよね」

「うーん……フラれたショックのせいか、デートで何をしたか全然記憶にないんだよな。やっぱ、何かやっちまったのかな、俺」

「でも、仮に何かあったにしても、ちゃんと理由も言わずにその別れ方って……女の子の方にもちょっと問題があるんじゃないの。どこの女子よ、それ」

 桐子は伊吹を弁護する方向だ。

「名前は諏訪美恋(スワミレン)ちゃんっていうんだけど……よくよく考えると、名前の他のことは何やかんやではぐらかされて、歳も学校も教えてもらえなかったんだよな」

 成程、その結末では、伊吹が「純情を弄ばれたんだ」と嘆きたくなるのもむべなるかな。伊吹の方は熱を上げていたようだが、諏訪美恋の方はガードが固く、いつでも別れられるように重要な情報をきっちり伏せていたわけだ。早い話が、初心な男子が遊ばれた構図だ。随分といい性格をしているらしい、と万里は顔も知らない少女の強かさに舌を巻く。

「じゃあ、その子とはそれっきりなのね」

「ああ。もう気まずくて、あのゲーセンにはしばらく行けないな。まあ、どっちにしても、夏休みが終わったらそうしょっちゅうは行けないんだけどさ」

「忘れちゃいなよ、そんな性悪女子。ねえ、桐子?」

「私もそう思う。ちょっとカワイイからって調子に乗っちゃって」

 同性二人も厳しい批判をする。今日は万里が伊吹を慰めるつもりで遊園地に誘ったわけだが、思いがけず会った女子二人組から説得力のある援護を受け、伊吹は早くも立ち直ろうとしていた。万里としては桐子とばったり遭遇したのはあまり喜ばしいことではなかったのだが、伊吹のことを思えば、まあ悪くない偶然だったかな、と思う。

 やがて順番が回ってきて、万里たちはジェットコースターに乗る。

 頂上に上り詰めたコースターは一瞬にして坂を下るが、その後も、ぐるぐる回ったりまた坂を上ったりと波乱万丈で忙しい。おそらく伊吹の恋模様もそんな具合で、落ちたっきりということはないのだろう。一周してくるころには、伊吹はからからと笑って、次にどこのアトラクションに行こうかと意気揚々だ。

 ぞろぞろと連れ立って次の場所に向かう折、桐子の視線がどこか一点に引きつけられたようだったので、気になって万里は問いかける。

「どうかしたのか?」

「えっ、あ、うん。コースターの列に見覚えのある人がいたような……まあ、気のせいでしょう」

 万里は桐子の視線の先を見てみるが、桐子のいう人物がどれなのか、見つけられなかった。まあ、夏休みだし、この人混みだし、万里が桐子と会うという偶然が起きたのだから、他に知り合いがいたとしても、不思議ではないのだが。


★★★


 じりじりと亀のようにしか進まない行列に、紙村はもううんざりしてしまった。隣に並ぶ帯刀はふだんと変わらずうっすらと笑みを浮かべていて、炎天下にもかかわらず、どういう魔法なのか汗ひとずかかないで涼しい顔だが、紙村は常識的に汗をだらだらかいていて、ワイシャツがじっとり湿っているのが気持ち悪くて仕方がなかった。

「なんですか、この進みの鈍さは。牛歩戦術ですか。ここまでして乗る価値ありますか、ジェットコースターなんて。これだけ並んでも、乗っている時間はほんの数分ですよ。費用対効果的にどうなんですか」

「一瞬の快楽のために犠牲を厭わないのは、実に人間らしい行動原理だと思うけれどね。ドラッグと一緒だよ」

「ええぇ……いや、違法行為と一緒にするのはどうかと思いますけれど」

 乱暴な理論で片づけようとする帯刀に、流石に紙村も、ジェットコースターを擁護したくなってきた。

「それにしても君は、私相手だと言いたい放題言うね。いつもは借りてきた猫みたいに静かなのに」

 基本的に紙村は、話しかけられれば最低限の返事はするが、積極的にキャッチボールをする気はなく、自分から話しかけることは殆どない。協調性や社交性をまるっとどこかに置き忘れてきてしまったような人間だ。なぜこんな奴が生徒会副会長なのか、と陰で言われることもあれば、面と向かって言われることもある。

 唯一の例外が帯刀だ。生徒会長は公正なる選挙により生徒から支持された者が就任するが、副会長以下の役職は会長が独断と偏見で任命する。紙村は帯刀にスカウト――という名の強制徴兵――されたため生徒会に入り、副会長などという面倒な役目を仰せつかった。揃って生徒会に入ってからは毎日のように顔を合わせる羽目になっている――もっとも、紙村はちょいちょい欠席するので、出席している日に限り毎日、というのがより正確――のだが、実はこの二人の付き合いはそれ以前からある。

 紙村と帯刀は幼馴染である。義務教育就学以前からの付き合いで、放っておくと部屋に引きこもりたくなる紙村を帯刀が強引に外に連れ出すのがテンプレートになっている。最初期の頃はそれを煩わしく思うこともあったが、今ではすっかり慣れて、もう日常と化している。お互いの両親も認識しており、友人というより、両家公認・世話焼きの姉みたいな存在になっているので、紙村は帯刀に逆らえない。逆らえないけれど、せめて言いたいことだけは好きに言うことにしている。帯刀相手に喋り倒す反動のように、他の生徒相手となると、億劫がって喋らない。

「本音と建前を使い分けるのが面倒なんです。だから基本的に、他の人とは事務的な話しかしません。会長に対しては常に本音で問題がないから、言いたいだけ言う、そういうことです」

「そうはいうけれど、私だってあまりずけずけと本音でぶつかられても、ときには傷ついてしまうことが」

「ないですよね」

「ないけどさ」

 帯刀が傷ついているところなど、生まれてこの方見たことがない。鋼のハートを持っているに違いない、と紙村は確信している。

 亀の歩みのようにしか進まなかった列も、いよいよ先頭近くまでやってきた。さしあたって、鋼のハートを持っていない紙村は、初めて挑む絶叫系アトラクションを乗り越えられるのか、それだけが問題だった。

 結論から言えば、超絶インドア派の紙村には、絶叫系は荷が重すぎた。数分後、地上に戻って来た紙村は青白い顔で口元を押さえながら言う。

「もう帰りましょう、会長。死にそうです」

「さすがに今帰ったのでは、チケット代の元が取れないよ」

「ではせめて、もっと穏やかなものにしてください。幼稚園児が喜ぶような可愛らしいものが丁度いいです」

「よし、白馬の王子様ごっこをさせてやる」

 紙村は帯刀によってメリーゴーラウンドの方へ引きずられていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ