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29もうバレバレだから

 製菓部によるハイクオリティなアフタヌーンティーによって、琴美は優雅なひと時を過ごし、万里は寿命の縮む思いを味わった。なんとか桐子とは鉢合わせることなく製菓部を後にできたところで、琴美は颯爽と次なる目的地に向かい、万里は渋々それについていった。

 最初の宣言通り、琴美が次に行きたがったのは一年C組のバザーである。混雑してきた廊下を、万里はすれ違う生徒全員の顔を入念にチェックし危険がないことを確かめつつ歩く。C組教室に差し掛かったところで、琴美に先んじて中を覗き込み、桐子がいないのを確認してから琴美を招き入れた。

 C組の教室では、窓際に並べられた机の上に、番号札の取り付けられた商品が勢ぞろいしていて、教壇には男子生徒が気合を入れて作った巨大ガチャが据えられている。ガチャ装置の隣では湊が番をしている。四角い眼鏡をかけた理知的な顔立ちだが、見かけによらず思いのほかフランクで融通のきく学級委員は、万里と琴美を認めると、指で眼鏡をくいっと持ち上げ、狙っているのかと疑いたくなるほど絶妙な加減でメガネのレンズをきらりと光らせた。

「碓氷、彼女連れか」

「妹だよ。なんでどいつもこいつも、女子を見るや彼女と決めつける」

「真っ先に思いつくのは文化祭デートじゃないか」

 こんなに胃の痛くなるデートがあってたまるかと万里は渋い顔をする。

「ところで、あれは、何かあったのか?」

 万里は教室に入った時に気になったことを湊に訊いてみる。教室の片隅で、久世が膝を抱えて座っているのだ。一緒にビラ配りをしていた時は普段通り明るく元気だったのに、ちょっと見なかった間に、いったい何が起きたというのか。絶望感たっぷりで項垂れている様子は尋常ではなさそうだが、湊は「ああ、あれねえ」と呆れを滲ませた調子で教えてくれる。

「シフト終わった瞬間、教室に駆け込んできて、三回ガチャ回したんだけど、目当てのが出なかったんだよ。百個もあるんだから、そう簡単に当たるわけないんだけどさ、ちなみにって、何が欲しかったのか訊いたら、カメラか髪飾りだって言うから、それだったら一番乗りした客がもう引いたって教えたら、ああなっちゃった」

 成程、ショックを受けるわけだ。琴美は並んだ商品を眺めて、どの程度課金すべきか財布と相談している様子だったので、万里は遠慮なく湊との会話を続ける。

「百個も並んでるから、番号覚えてなきゃ、パッと見、狙ってた奴が残ってるかどうか解らないだろう? 時間も早いうちだし、まだ大丈夫だろうって思って久世は引いたわけだけど。単に運が悪く当たらなかっただけならまあいいけど、そもそももう当たる余地がなく実は徒労だったってなっちゃったから、余計にショック受けたみたいで」

「そりゃショックだ。けどまあ、どうしようもない」

「そう。だからそろそろ立ち直ってほしいんだよな。あそこでずっとああしてられると、一般の客はビビって逃げる。営業妨害だ」

 クラス企画の成功を祈る学級委員は厳しい意見である。

「そんなに欲しいなら、もうガチャじゃなくて、普通に売ってる店で探せばいいんじゃないか? バザーに持ってきてくれた奴に、元々どこで買ったものか教えてもらえばいいんだ」

 自分が持ってきた髪飾りなら、琴美がどこの店で買ったかは覚えている。同じものが今もその店にあるかは解らないが、情報提供は一応できる。加えて、バザーに出す品物は、誰が持って来たものか、湊が記録をつけていることを思い出し、カメラの方もなんとかなるのではないかと思って言ってみる。たとえば、家族の物を要らないと思ってバザーに出したが、後になって実は必要だったから取り戻したい、というようなことが起きた時に対応できるようにと、湊はいつ誰が何を持ってきてくれたか整理簿をつけている。学級委員は細やかな気配りができる優秀な生徒なのだ。

 すると、湊は困ったように頭を掻く。

「いや、それが、僕も同じことを考えたんだけどさ、あのカメラに限ってはそれができないんだ。あれは誰が持って来たか解らないんだ」

「誰のか解らないのを売ったのか? 大丈夫か、それ」

「実は、今朝来たら机の上に置いてあって、『バザーに寄付します。匿名希望』ってメモがついてたんだ。バザーにってはっきり書いてあるから、まあいいかと思って急遽出しちゃったんだ」

 つまり、クラスメイトから募って元々出す予定だったものではないというわけだ。道理でカメラを見た覚えがないわけだと万里は納得する。一方で、急遽出すことになったため、おそらく多くのクラスメイトの目につくことはなかったはずのカメラを目敏く見つけて狙うあたり、久世はよほどカメラに一目惚れをしたらしいとも思う。

 とにもかくにも、結論は一つ。

「そういうわけで、元の持ち主には聞けない」

「成程、諦めるしかないな」

 万里はばっさりと切り捨てることにした。

「お兄、三回までは課金していいよね」

 琴美が縮緬のがま口を出して、回す気満々でいる。湊が素早く営業トークに入った。

「ガチャは一回三百円、どれが当たるかは回してからのお楽しみ。どれが当たっても三百円以上の価値はあるから、損はないですよ。目玉商品は、キッチンスケール、卓上扇風機、ラテン語辞典など。電化製品は勿論動作確認済みの安心設計です」

 すらすらと澱みなく流れてくるセールスに、琴美は大きく頷き、「回します」と力強く宣言する。

「じゃ、お兄、三回だから、九百円」

「待て待て、琴美、自分で持ってるそのがま口はどうした」

 当たり前のようにたかってくる妹に万里は渋面を作る。

「これは、ほら、財布を持ってないと、最初から払う気がないみたいでアレだから、一応払う意志はあったんだけど、奢ってもらえるって言うならお言葉に甘えさせてもらいますって一連の流れをやる用に。見せ金って奴よ」

「見せ金ってそういう使い方だっけ? というか、一連の流れも何も、俺は奢るとは一言も言ってない」

「いや、奢ってくれるでしょ、兄的に」

「何を当然のように」

 だいたい、先程のアフタヌーンティーも、なぜか当たり前のように万里の支払いになった。胃の痛い思いをしただけなのに出費も嵩むなんて、万里にしてみればまったく面白くない話だ。

 しかし、基本的に妹に甘い万里なので、きらきらした目でじっと見つめられれば、三秒と持たずに陥落する。溜息一つで千円札を取り出し湊に渡す。

「お兄、ありがとー!」

 御満悦の表情で、琴美は財布を鞄に奥深く仕舞い込みガチャを回す。琴美が異様な眼力で念を込めてガチャを回すのを横目に、万里は釣銭を受け取りながら湊にひっそりと訊く。

「ところで、桐子のシフトはいつ入ってたっけ」

 湊は特段理由も聞かず、手帳を広げて確認してくれた。

「彼女なら……今日のシフトはないよ。明日の九時から十時まで」

 万里はひとまずほっと胸を撫で下ろす。このタイミングで「店番交代です」なんて言いながら桐子が教室にやってくる、ということがないと解り、危険度は若干減った。

「すみませーん、三回引き終わりました」

「はいはい、商品をご用意しますね」

 湊が営業モードに切り替え、カプセルから取り出した番号札を琴美から受け取った。窓際の机から、同じ番号のタグのついた包みを三つ持ってくる。

「はい、三十五番と、四十七番と、九十八番。キッチンスケールと卓上扇風機とラテン語辞典です」

「目玉商品根こそぎ取ってるじゃないか! なんだそのアホみたいな強運!」

 万里は思わず叫ぶ。琴美は単純に喜んでいるが、一気に商品のラインアップが寂しくなってしまい、万里は素直に喜べない。まだ一日目が始まってからたいして経っていないというのに、これではC組企画の先が思いやられる。

「琴美、頼むからどれか一つにしよう」

「ええ? 折角当てたのに……まあ、いいけど。じゃあ、ラテン語辞典だけ買おうかな」

 なぜよりによってその選択肢? ラテン語辞典なんかあってどうするんだ。しかし、万里は野暮なことは言わず、他の二つを返却して六百円を受け取った。

 バザーに満足した琴美はその後、怖がりのくせにお化け屋敷に行きたがり、暗闇の迷路に飛び込んだ。そこで幽霊役に脅かされるたびに大袈裟に悲鳴を上げて、万里が腕を折られるのではないかと危機感を抱くほどにぎゅっと力強くしがみついてくるという暴挙に出た。これで相手が意中の相手だったりとか、ちょっとグラマラスな女の子だったりすればドキドキもするのかもしれないが、どちらにも該当しないため、万里はただ関節が痛くなっただけだった。

 お化け屋敷のあとは天文部主催のプラネタリウムに連れ込まれ、琴美が天井に映写された星々にうっとりしている間、万里はただひたすら、部屋が明るくなったらいつの間にか桐子が近くにいたなどということにならないよう、部屋を出入りする生徒の気配にばかり注意を向けていた。

 その後も、興味を引かれるたびにあちらこちらの教室に脈絡なく入っていく琴美に振り回され、万里は神経をすり減らすことになった。そろそろ疲れたから勘弁してほしい、と万里が音をあげかけたとき、丁度昼の時間になった。

 万里と琴美は一階まで下り、中庭の露店エリアに出た。一般棟と特別棟の間にある芝生のスペースには、それぞれの校舎に沿って露店が並び、中央にはベンチとテーブルが設置されている。飲食企画を希望していたクラスが営業権を勝ち取り中庭に店を出していて、たこ焼き屋や焼きそば屋など、お祭りらしい飲食店が多く開かれている。しかし、舟織一高生が企画する飲食店は必ず一ひねりしてあって、たこ焼きの中身はスタンダードなタコよりイカとかエビとかチョコレートの方が多いとか、焼きそばの味付けには絶対にソースを使わないとか、謎のこだわりがある。

 琴美はたこ焼き(罰ゲーム用)を買って、空いている席を見つけて座る。万里も疲労のせいで空腹を感じ始めていたので、ひねりのきいた食べ物群の中では比較的安全そうな黒いサンドイッチ(竹炭入り)を買って琴美の向かいに座った。

 琴美はふうふう息を吹きかけ熱々のたこ焼きを食べながら、上目遣いに言う。

「お兄、今日は何だか挙動不審だよね」

「挙動不審て、そんなことないだろう」

 内心で妹の洞察力に舌を巻く万里。実際には、たいした洞察力がなくても解るほど、万里は焦りまくっていたわけだが、そんな自覚のない本人は、しれっとすっとぼけている。

「妹に隠し事なんて無理。誤魔化したって、解ってるんだからね」

 甘く見ないでよね、とカッコよく言って、たこ焼きを一つ口に放り込む琴美。その直後に「甘ぁい、これ」と眉間にしわを寄せる。チョコレート入りに当たったらしい。

「とにかくさ、お兄は私に隠してることがある。ずっと文化祭来るな、帰れってばっかり言ってたもんね。私に見られると困るものがあるんでしょう」

 図星だが、万里はあくまで白を切る。

「ないよ、そんなもん」

「ふうん。じゃあ、お兄が出る劇、見て行ってもいいよね」

「それは、駄目。マジで勘弁して」

 劇など見られたらここまでの苦労はすべて水泡に帰す。敵組織の異能者と一緒に主演だなんて、冗談みたいな事実を知られるわけにはいかない。とぼけるのがいよいよ限界になった万里は、盛大に溜息をつく。

「理由は言えないが、昼食べ終わったらもう帰って、ほんと、頼むから」

「理由なんて、言われなくても、もうバレバレだから」

「えっ」

「お兄――彼女ができたんでしょう」

「…………は?」

 想像の斜め上をいくことを、琴美は自信たっぷりに言う。

「要するに、可愛い彼女といちゃいちゃしてるところとか、彼女に『万里ちゃん』って呼ばれるところとか、彼女と劇でキスシーンやるところを、見られたくなかったわけでしょ。もう、バレバレなんだから」

「いやいやいや、どこから出てきたそのトンデモ妄想は。いねえよ、彼女。誰ともいちゃいちゃしないし、そんな呼び方誰もしないし、キスシーンも存在しない」

「いいよ、隠さなくったって。解った解った、今日のところはちょっかいかけずに帰るわ。母上には内緒にしておくから、今度ちゃんと紹介してよね」

「勝手に話を進めるな。いないって言ってるだろ。物わかりのいい妹風に話を畳むな。いいか、彼女なんて」

 あらぬ誤解を全否定するべく開いた口に琴美がたこ焼きを押し込む。そのたこ焼きがおそらくは琴美の狙い通りにハバネロ入りだったため、万里は文句も言えずに悶絶する羽目になった。



 そして、文化祭に嵐を巻き起こした――と万里だけが勝手に思っている――琴美はひととおり満足したようで、昼を食べ終わった後に帰ると言い出した。仕事をする気でいるだとか言っていた気がするが、結局仕事なんか一切せず、行きたいところに行き、やりたいことをやり、しかも自分の懐は全く痛めなかった。

「大人なレディの琴美ちゃんは、人が本当に厭がることはしないの」

「いや、結構やってたぞ、厭がること」

 ちくりと棘を打ち込んでみるが、琴美は全く気にした風ではない。

 正門の前まで送っていくと、琴美は晴れやかに笑い振り返る。

「じゃあ、今日は付き合ってくれてありがとうね。彼女さんによろしく」

「いないってば」

 結局、琴美は「兄には彼女がいて、それがばれるのが恥ずかしくて挙動不審だった」という推論を信じて疑わないまま、「お邪魔しちゃ悪いから」という気遣いにより退散して行った。その推測は全くの大外れなのだが、撤収してくれたので結果オーライだ。ずっと生きた心地のしなかった万里はようやく人心地ついた。ただ、いいところで追い返してしまったのだから、妹にはあとで何か埋め合わせをしなければなるまいな、と物わかりのいい兄風なことを考える。

 時刻はまもなく、集合時間の一時になるところだ。万里は妹の背中が見えなくなるまで見送ったところで、体育館へと急いだ。

 控室に駆け込んだとき、丁度一時ぴったりだった。既に弓香たちは来ていて、ぎりぎりに走ってきた万里に部長が苦言を呈する。

「人生は余裕を持って動いた方がいいですよ」

 準備を計画的にサボる部長の台詞とも思えないが、万里は素直に謝罪しておく。

「ねえ、碓氷君」

 万里が台本の最終チェックを始めようとすると、雪音がいつになく不安げな表情で声をかけてきた。公演前で流石の雪音も緊張しているのかと思いきや、彼女は予想外の爆弾発言をする。

「桐子と朝から連絡つかないんだけど、どこかで見かけなかった?」

「…………は?」

 開演三十分前、控室には、ヒロインが不在であった。

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