1. 導かれし魔導士
実験の成功から三日。アルドの村は、シュンイチが巻き起こした「小さな奇跡」の話題で持ち切りだった。村人たちの見る目は一変し、廊下ですれ違えば畏怖と好奇の混ざった視線を向けられる。だが、どれほど周囲が沸き立とうと、当のシュンイチの表情は重かった。
宿屋の狭い机の上で、シュンイチは羊皮紙に炭で回路図を描き直しては丸めて捨て、を繰り返していた。
(スパークギャップ式じゃ、これが限界だ……)
ため息とともに、煤で汚れた炭を置く。
ボルタ電池と手作りの金属パーツで構築した送信機は、どれほど電圧を上げても二百メートル飛ばすのが精一杯だった。無理に出力を上げようとすれば、火花を散らす電極が熱で溶け落ち、無駄に強い高周波ノイズ(広帯域雑音)を周囲に撒き散らすだけに終わる。これでは実用的な長距離通信インフラなど、夢のまた夢だった。
「もっと高周波で安定した発振源(キャリア波)と、入力信号を何倍にも増幅するアンプが必要だ。だけど……真空管もトランジスタもないこの世界で、一体どうやって作ればいいんだ?」
頭を抱え、自身の知識の限界に打ちひしがれていた、その時だった。
宿屋の一階から、階段を激しく駆け上がる足音と、怒鳴り声のような甲高い叫びが響いた。
「おい、どいて! その『奇妙な波』を出した奴はどこにいるの!?」
凛とした、けれど焦躁と興奮が入り混じった少女の声。ドアが前触れもなく勢いよく叩き開けられた。
そこに立っていたのは、身の丈ほどもある無骨な木製の杖を構えた少女だった。
濃紺の魔導試作衣を身に纏い、肩で切り揃えた艶やかな銀髪の間から、鋭い藍色の瞳がシュンイチを射抜く。その整った顔立ちはどこか浮世離れしていたが、頬には煤がつき、服の裾は旅の泥で汚れていた。
「……あなたね。三日前、この村から『空間の精霊を揺らす謎の衝撃波』を解き放ったのは」
「え……? 衝撃波?」
シュンイチが呆気にとられていると、少女は遠慮もなく部屋に踏み込み、机の上に置かれたボルタ電池とコヒーラ検波器を食い入るように凝視した。
「やっぱり……! 私の『魔導検知陣』が捕らえた規則的なノイズの発生源はここだったのね。魔力を一切感じないのに、大気中の微小なマナの配置を物理的に揺らすなんて……あなた、一体何者なの? どこの秘密結社の魔導技師?」
「待ってくれ、俺は技師だけど魔導士じゃない。無線技術士……まあ、電波を扱う人間だ。名前はシュンイチ」
シュンイチは両手を挙げて降参のポーズをとり、ゆっくりと名乗った。
彼女の名はリリア。王立魔導院の最年少筆頭候補でありながら、「魔法は神の奇跡ではなく、空間エネルギーの変換現象である」という持論を曲げず、保守派の長老たちと大喧嘩をして学院を飛び出してきた天才魔法使いだった。
「電波……? 魔法の波動(マナ波)とは違うの?」
リリアは眉をひそめ、シュンイチが描いた炭の回路図に顔を近づけた。最初は「素人の落書き」とでも言いたげな疑いの目を向けていた彼女だったが、図面の中に刻まれた電流の回路構成と、電磁誘導の概念を解読していくにつれ、その藍色の瞳が驚愕に広がり、震え始めた。
「これ……魔導陣の詠唱ラインじゃないわ。物理的な物質の配置と電気の通り道だけで、波を……『一定の波長』を発生させているの!?」
「そうだ。俺のいた世界では『科学』と呼ばれる技術だよ。目に見えない電磁波という波を使って、遠くへ情報を運ぶんだ」
リリアは深く息を呑み、自らの腰に下げた革袋から、淡い青色に脈打つ透明な鉱石を取り出した。
「科学……ですって? 素晴らしいわ! 私の理論は間違っていなかった! 魔法だって、選ばれた人間だけに与えられた『神の気まぐれ』なんかじゃない。空間の物理法則の一種なのよ!」
そう叫ぶリリアの瞳には、シュンイチと同じ――未知の理を解き明かそうとする「技術者」の熱い光が宿っていた。




