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マスコットグローブ  作者: 三田哲王
14/16

第14話 もう一つの信頼関係

「おはようございまーす」

「おー、真希、ドラマの仕事入ったぞ!」

所属事務所に現れた真希に、マネージャーが駆け寄り、肩で突くように話し始めた。


「通行人? それとも犯人とか?」

「いや、準主役だよ」

口を尖らせソファに腰掛けた真希を社長が扇子で指した。

「CA。 キャビンアテ……」

「やります、やります。 よし! わーい!」

社長の話が終わる前に返事をすると、何度もガッツポーズしたりバンザイする真希だった。


「あーーー。 何でやるって言っちゃったんだろー」

「主役が篠田さんだって知ってたら受けなかったのにー」

撮影現場に向かう車中で、マネージャーに愚痴をこぼした。


「真希、篠田なぎさ嫌いなの?」

「………」

それ以上なにも言えなかった。


 撮影スタジオでの長い待ち時間、ディレクターチェアに座って台本に目を通していると、隣に誰かが腰掛ける気配を感じた。

「コーヒー飲む?」

「ありがとうございます」


(篠田なぎさ……、さん……)


気まずくて言葉が出なかった。

「北園さん……、真希ちゃんでいっかー、大河君とどうなってんの?」

「え? 知ってるんですか?」

「うん。 大河君ね、トレーニングの時に小っちゃいポーチを持ってくるんだけど、そのポケットから二人が写った写真がはみ出してたの」

篠田はコーヒーを一口すすると、思い出すように遠くを見た。


「そう写真、何処だろー、空港みたいだったけど」

(そうだったんだ……、大河……)

「でもね、真希ちゃん、アタシも負けないからね。 自分が惚れた男を振り向かせるのってワクワクするわ」

篠田は嫌味のない笑顔で、真希に握手を求めた。

「仲良くやろうね」

「あ、はい……」

握手すると、篠田は立ち去ってしまった。


 四月


 沖田が新任トレーナーになって初めての試合だった。


 観客席で第一試合から見ていた沖田は、控室への階段を下りていく大河を見つけた。

「ふっ、あいつ、ずいぶん早い到着だな。 緊張でもほぐしてやりに行くか……」

席を立つと控室に向かった。


 午前中の計量の際、控室の一室に『坂口大河様 控室』と書いた張り紙をみつけた。 ようやく俺も一人で使えるんだ……、なんて思っていたら、居ても立ってもいられず早めに来てしまった。


控室に入ると間もなく、ノックの音と共に沖田さんが覗き込むように入ってきた。

「おー、大河、いい身分じゃねーか。 こんなに早く入って何すんだよ。 お前、俺がトレーナーってのが頼りねーんだな?」

「いやあ、そんなことないっス。 ただ、居心地はどうかなと……」

「おー、そうかー、じゃーゆっくり休め」

沖田さんは、ニヤニヤしながら出て行った。


 控室からの階段を上り、会場を見回した沖田は、観客席後方の椅子で姿を消すようにして座っている、野口の姿をみつけた。


「いいんすか? 会ってやんなくて」

一列後ろの席に腰掛けた沖田が、身を乗り出して声をかけた。


「沖田か、久しぶりだな。 あいつの気持乱したくないから、ここで観てるよ。 それに、あの会長、俺があいつの前に現れたら、また何言い出すかわかんねえからな。 調子は良さそうか?」

「あいつ、あんなにパンチ強くて、技術も凄いの持ってるのに、ここが繊細過ぎるんすよね」

沖田は、自分の胸を指さした。

「野口さんがいなくなって初めての試合だから、そこだけが心配っす」

「テクニックは世界レベルだけど、ガラスのハートだよな。 沖田もいいトレーナーになるよ」

「え? 本当っすか?」

「あいつの事、頼んだぞ」

「やっぱり気になるんすね」

「まあな、息子みたいなもんだしな。 言わないほうが良かったのかもな」

「スパーリングパートナーの金の件すか?」

「ああ、それ以外にもいろいろな。 会長に話すなって言われてたんだ。 あいつの方が、人を見る目あるのかもな」

「でも、知らんぷりも出来ないでしょう、普通は……」

「あいつ、体張ってがんばってるのに、その金使い込みしてんだもんな、本当許せねーよ」

「こんな結果にはなったけど、野口さんは間違ってなかったんじゃないすかね」


 二人は無言のまま試合を観ていた。


 前方の観客席では、ママ、橋元、高見、兼一の四人が、まるで蝋人形でも並べたかのように、ビールを持ったまま固まっていた。

それもそのはず、彼らの前の席にはスマートホンを操作する篠田なぎさが座っていたのだ。


 男ども四人は、この場に真希が現れ、修羅場がやってくることを心配していたのだった。


 五分ほどして、飲み物を持った真希が席にやってくると、その場の空気は更に凍り付いた。


「なぎさちゃん、オレンジでいいの?」

「うん、ポップコーン忘れてないでしょうね」

「うん、あるある」

二人が同級生のように親しげに話ている事に、男どもは目を疑い互いの顔を見合わせた。


「あれ? 仲良く話してるよ……」

「どうしちゃったんだろうね、あの二人」

兼一と高見は、顔を見合わせると頭を傾げた。

「何か密約があったわね、絶対」

ママも興味深々だ。


「あのー、あなた達……、喧嘩はなさらないの? 私達四人は、それを心配してるんですけど……」

ママは大きな顔を二人に近づけるとストレートに聞いた。

「え? 喧嘩? 今度一緒にドラマやるの。 現場で話してたら仲良くなっちゃったの」

真希は悪びれるそぶりもなく四人にむかって笑顔を返した。

 そして、急に眼を細めると、脅しにも近い太い声で一言加えた。

「だから、みんな余計な情報流したら殺すからね」


 その言葉に、ママはポカンと口を開けると3人の男どもに同意を求めた。

「この子は小悪魔ね」

男どもは大きくうなづいた。


 会場が暗くなり、スポットライトを浴びた大河が沖田に先導されて入ってきた。

「なんだかカッコいいね」

「うん。カッコいい」

真希となぎさは興奮していた。


 今までの入場とは違い、スポットライトを浴び、入場する際の音楽が流れた。


 リングに上がり、一瞬静まり返ったその時、

「タイガー!」

真希となぎさが声を合わせて叫ぶと、大河の左膝がガクッと反応した。

「そういう反応?」

真希となぎさは、顔を見合わせて口を尖らせた。


 一ラウンド目から大河が試合を有利に進めていたが、五ラウンド目に入り、相手の一発のパンチから追い込まれるようになってきた。

両者が打ち合いになり、一進一退の時間が続くと場内が大歓声に包まれた。


「慌てるな! 落ち着け!」

野口が叫んだその言葉は、大きな歓声にかき消されて誰も気付く者はいないように思われたが、大河の耳には確実に届いていた。

落ち着きを取り戻した大河が、相手のパンチを交わし攻勢に出ようとした時、ゴングが鳴りレフェリーが止めに入った。


 コーナーに戻ると、リング下から山崎が入れた椅子に大河は座らず、辺りを見回し始めた。

「どうした、大河」

異変に気が付いた沖田が声をかけても、誰かを探すようにあたりを見回している。

「大河、大河!」

沖田が手のひらで頬を叩くと、ようやく我に返った。


「野口さん来てるんですか?」

「あー、お前の事が心配で来てるよ。 気持に報いろ」

笑みを浮かべ沖田とハイタッチをした大河は、六ラウンド目の戦いに飛び込んで行った。

そして、五ラウンド目までのモヤモヤを晴らすかのように、圧倒的なノックアウト勝利を飾った。


 試合後、沖田と野口は居酒屋で乾杯した。


「ふうー。 久しぶりの酒はやっぱり美味いな」

「野口さん呑んでなかったんすか?」

「おう、大河の試合が終わるまで禁酒してた」

「マジすか……、あれからずっとですか?」

野口は眉間にしわを寄せてビールを見ていたが、ゆっくりと口を開いた。

「いや……、三日くらい前からだけどな……。 バカ、気持だろう、気持」

「ハハハハハ、 野口さんらしいや」

沖田は目を細めて、大きな口を開けて笑った。


「沖田、お前も大笑いするんだな、カッコつけたニヒルな笑い方しかしないのかと思ってたよ」

「勘弁してくださいよ。 あんな真剣な顔するから、ずっと呑んでないのかと思いましたよ。」

野口も、少し照れくさそうにしていたが、急に真面目な顔を見せると沖田に顔を近づけた。

「六ラウンド目、大河のヤツよく持ち直したな。 何か指示いれたのか?」

「いや、何も……、あいつ五ラウンド目に野口さんの声、聞いたらしいっすよ」

「嘘だろ。 あの歓声の中で、俺の声だって解る訳ねーじゃねーか」

野口は焼き鳥を頬張ると、冗談もほどほどにしろとでも言いたげに、おどけて見せた。


「『慌てるな! 落ち着け!』って、言いませんでした? あいつの耳には届いてたみたいっすね」


「……、そうか……』

その言葉を最後にしばらく考え込んでいた野口だが、テーブルに五千円札を置くと、沖田の肩に軽く手をのせ、店を後にした。


 そして、沖田の後ろの席では、以前、篠田と大河の事をスキャンダル記事としてスクープしようとしていた記者が、二人の会話を録音していた。


「ふ、スクープネタだな」

不敵な笑みをこぼすと、ビールを口にした。



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