勇者
「これでラスト……っと!」
適当に奪った剣で適当に首を斬り裂く。完全に落とすこともあれば喉笛を掻き切るようなこともあり、そのあたりはいい加減だ。中には延命したものもいるかもしれないが、少なくともこの内紛で戦線復帰は叶わないだろう。
色々と面倒くさいことになりそうだと思ったシオンは、双子を連れて彼女らの味方の本拠地まで飛び、そこで姉をリリースし、そこからミアータの案内で敵の首脳陣を暗殺して回った。
敵軍は混乱の極致であり、もはや瓦解は避けられない。決着は時間の問題だった。
「しかし人間の国だと触手技能が活かしきれんな。使わないようにしてるだけなんだけどさ」
部屋から出てきて開口一番、シオンはミアータに告げた。ちなみに屋根の上である。
そのミアータは顔を真っ赤にして何かに耐えていた。自分を掻き抱くように縮こまっているのが中々良い。
「ふっ……んっ……」
パッと見ではわからないが、彼女の服の下ではシオンの触手が蠢いている。シオンから切り離され、独立した触手だ。そうは言ってもシオンの制御下にあるが。
「キミも中々才能あるよね。軽く媚薬を塗りこんでるとはいえ、普通はこういう状況だと発情はできないもんだけど」
性的快感というのはフィクションとして人気を博す程度には繊細なものだ。
それはたとえば相手に対する嫌悪感などであっという間に減衰する。
「口ではそう言ってもカラダは正直だぜ……」
なんて状況は生物学的に言えば存在しない――と言える程度には稀なことだ(全くないと断じられるほど単一的な反応を示さないのは生物の神秘と言えるだろう)。
もちろん屋外などという通常ではありえない状況でも性的快感・性的興奮というものは減衰する。
まして今は戦時下である。生命に危機に対する反応として勃起したり膣液が溢れたりすることはあっても、それがイコールで快感と結びつくほど人間は単純ではない。もちろん適度な誘導があれば簡単に結びついたりもするが。
そういう観点からすればミアータは実に淫乱であると言える。
もっとも――
「この世界の人間が元の世界の連中と同じ構造かどうかはわからないけど」
むしろ魔法という存在があるぶん、全く別物だと思ったほうが正解だろう。
「なあ?」
言うと同時にシオンは剣を振り抜く。ギィン! と硬音が鳴った。
「完ッ全ッに不意打ちだったろうが! ナニモンだてめぇ!」
ガラの悪い口調で黒髪黒瞳の男が恫喝する。
「この国にも勇者っているのな」
「ハッ! ご同胞かよ! 道理で強ェと思ったぜ!」
「ヤスヒコ……様……」
ようやくという体でミアータはその男の名を口にした。
陣営的には味方ではあるがあまり頼りにしたくない類の人間である。それは彼を召喚した男にも言えることだが。
「なンだ、ミアータ、てめー俺のことは相手にしなかったくせにこいつには尻振ってんのかよ。チッ――これが終わったらお仕置きだァ!」
ガンッ! ギンッ! ゴッ!
ヤスヒコは喋りながらも攻撃の手は緩めていない。むしろ本当に平和ボケした日本人かと疑うような容赦の無い剣筋だ。確実に急所を狙い、殺しにかかっている。
「ハハッ! アンタすげーな! こんなに打ち合ったのは初めてだぜッ!」
ギァン!!
一際大きく剣戟の音が鳴り響き、ヤスヒコが下がる。打ち負けたと言うよりはその後の隙を警戒したのだ。
互いに両手持ちの、騎士が学ぶような剣術だ。
もっともシオンは見様見真似の独学剣術でしかも基礎しかない。一方でヤスヒコの方はきちんと自分の中で昇華された、やや野蛮というか相手の隙を無理矢理突くような剣だ。
「んー、筋力と経験で負けてるカンジ。こっち来て何年?」
「5年以上じゃねえか? こっちのカレンダーはちょっと短いけどな!」
ギャッ! ギャガガガガガガガガガガガ!!!!!
息もつかせぬ連撃で一気呵成に攻め立てるヤスヒコ。シオンは少しずつ押し込まれ、薄皮を斬られている。
「ハハハハ! よくそんな行儀の良い剣でここまで保つもんだな!」
言いながらしかしヤスヒコは嬉しそうに攻め続ける。基礎的な動きだけで自分に比肩するのは賞賛に値するが、それだけでは手詰まり――すなわち死!
ましてや――
「オラ!!」
無理矢理シオンの腕をかち上げ胴をがら空きにする。ヤスヒコの剣も宙を浮いている形だが、今まで剣に添えていた左手が離れていた。
「火焔よ!」
――ヤスヒコは魔法も使えるのだから。
裂帛の叫びとともに左手から炎の玉が飛び出してくる。プロ野球の選手が投げるよりも速いそれは避けようもなく、シオンに着弾した。
「いっちょ上がりィ!」
この世界の魔法は強力だ。強化されていない状態で受ければ下級魔法であってもほぼ即死である。
だからこそ魔術師は優遇されるのだ。そして勇者にもかかわらず魔法を会得したヤスヒコはかなりの力を持つ。それは戦力という意味でも権力という意味でもだ。
「ミアータァ!!」
少なくともやんごとない姫君を呼び捨てても問題ない程度には。
「ちょっと待ちたまえ」
「!?」
シオンの呼びかけに反射的に構えたのはさすがだった。しかし相手の死亡を確認しなかったのは迂闊としか言いようがない。
ただ同情の余地はある。頭に弾丸を受けた生物が生きているかもしれないと思う人間は少ない。まして自分が撃ち込んだ弾丸だ。
手応えから死亡を確信しても無理からぬことではある。
ヤスヒコの視線の先には腹に大穴を開けたシオンが立っていた。脊椎がないにも関わらずどうやって上半身を支えているのか不思議なほど、要するに向こう側が見えるほどの孔が体を貫通しているのである。
「ハハハ、ビビらせやがって……瀕死じゃねえか」
「いんや〜、この程度はダメージのうちには入らないよ」
実際、痛みはほとんど感じていない。せいぜい転んで痛いという程度だ。
ミチミチミチ……!
そして開いた孔の側面から無数のミミズのような触手が生えるとあっという間に覆い尽くし、服を含めて再生が終了した。服まで再生したのはそもそもシオンの服自体が触手の皮膜の擬態だからだ。
つまりシオンは常に全裸である。
衝撃の事実が明らかになったところでヤスヒコの動揺は消えない。そもそもそのことをおかしいと思う余裕もない。
「しかしミアータから魔法を習おうと思ったけど手間が省けたな。ヤスヒコくんは他になにか魔法は使えるの?」
「化け物め……」
言ってヤスヒコは剣を横に構える。鋒に左手を添えて長々と詠唱を始めた。
先ほどの火炎の魔法の詠唱がほとんどなかったのはヤスヒコの努力の賜物である。熟達すればそれだけ詠唱は短くできる。
「――わが剣にて須らく灰燼と帰すべし、《焦熱地獄》!!」
詠唱が終わり赤熱した剣を振り下ろす。剣の周囲が熱によって歪んで見える。本来であれば剣自体をも熔かすであろう高熱を纏って形を保っているのはまさに魔法の御業だとシオンは感心した。
ザン!
と酷く地味な音がした。
しかし効果は強烈だ。振り切った剣筋、その延長線上を全て焼き斬り、炎上させた。
その距離は数百メートルに及んでいる。
もちろんシオンも左右に真っ二つである。
そしてさすがにこれまでで一番ダメージを受けていた。燃え上がってはいないが。
「う〜ん……触手の宿命と言うべきか熱に弱いな。ちょっとヒリヒリして痛いし。この調子だと氷とかも弱そう」
焼け焦げた切断面からニョロニョロと触手を生やし接着する。服まで再生するのに5秒ちょいというところか。
「それはさておき、今の魔法は最大攻撃力のものだったのかねぇ? まあ直射状の範囲攻撃としては優秀だと思うけど、対単体攻撃としては中の上ってとこかな。さっきの火炎弾と威力自体は大差ないし。火炎弾の連射はできないの?」
「か、下級とはいえ魔法自体が高等技術……。連射、倍加などは宮廷魔術師が研究し、弟子にのみ伝えることがあるくらいで、魔法技術の奥義とも言えるもの……んっ」
ブルりと体を震わせてミアータが解説を入れた。
「一節のみでの魔法発動も同じく奥義と言えるもの……それを勇者という体技で戦う存在が修めていること自体が異常」
「一節って?」
「一言だけの呪文……。ヤスヒコ様だと『火焔よ』という言葉がキーワードになってる」
「ああ、そういうアレ」
ちなみにヤスヒコは息が上がっていて2人の会話に割り込めないでいる。致命的とも言える隙だが、シオンは特に動きを見せなかった。
そもそもヤスヒコの動きは遅い。殺そうと思えばいつでも殺せる。マッハ20の速度というのは伊達ではないのだ。
2度の魔法をわざわざ食らったのは魔法にはイメージが重要というファンタジー定番の摂理に従って、効果それ自体を実感したかったからだ。
そしてあらゆる事象を感知する触手は当然魔法におけるなにかしらの動きも掴んでいた。
おそらくこれが魔力だろうとシオンは当たりを付ける。
「ちょっとやってみるかね」
往年の野菜星人の必殺技のように腰だめに両手を構える。
「か」
残りの詠唱は権利関係が怖いので割愛するが、南国の大王みたいな名前のあの技だ。
Z直撃世代であるシオンはかなり明確にイメージできる。
キィィィン……とあの音がシオンの手の中に集まる。
「波ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
キュゴッ!
茶髪の頃のツンデレ王子なら即死レベルの光線がヤスヒコを襲う。
断末魔を上げる暇さえなく勇者は消え失せる。また、ヤスヒコが残した剣撃痕よりもなお酷い、えぐれるような痕が地平の果てまで真っ直ぐに伸びていた。
「やべ、葛藤もなにもなく人殺しちゃった」
隣でミアータは盗賊(のふりをした敵対勢力の人間)を殺しておいてなにを今更……と思っていた。
ヤスヒコがシオンと同郷の人間であるということを忘れている辺り、彼女もだいぶ毒されている。
まじこいAをするので来週の更新はありません!