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港区ゾンビ  作者: masa
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第19話 ゾンビ保護法

港区の封鎖が続く中、政府は感染者をどう扱うか決められずにいた。


治療法はない。


意思疎通もできない。


人間を見つければ近づき、接触すれば感染を広げる。


一方で、心臓は動き、呼吸もしている。


法律上の死者とは断定できなかった。


政府の専門家会議では、複数の案が検討された。


国による一括収容。


医療機関での長期管理。


研究施設への移送。


そして、殺処分。


感染の危険と収容能力、維持費を考えれば、すべての感染者を無期限に管理することは難しい。


殺処分案にも理由はあった。


発表直後から、反対意見が集まった。


元は普通の人間だった。


感染症の被害者である。


将来、治療法が見つかる可能性がある。


家族にとっては、今も生きているように見える。


国が勝手に処分してよいのか。


感染者の家族が記者会見を開いた。


画面には、感染前の写真が並べられている。


会社員だった父親。


大学へ通っていた娘。


飲食店で働いていた息子。


写真の中では、全員が笑っていた。


「危険なのは分かっています」


家族の一人が言った。


「それでも、治療法がないという理由だけで殺さないでください」


悠人は、その会見を否定する気にはなれなかった。


向かいの部屋に住んでいた男にも、家族がいたかもしれない。


リングライトの前で配信を続ける女性にも、感染前の生活があった。


感染者を危険だと知ることと、処分してよいと思うことは同じではなかった。


一方、SNSでは、より単純な言葉が広がった。


《ゾンビを殺すな》


《人間とゾンビの共生を》


《檻に閉じ込めること自体が虐待》


《国が保護すべき》


動物保護活動で知られていた団体も、感染者の保護を表明した。


代表者は港区の封鎖区域を遠くに映しながら、動画を配信した。


『危険だから殺すという発想を、私たちは認めません』


『彼らにも生きる権利があります』


『隔離ではなく、地域での保護を進めるべきです』


コメント欄には賛同が集まった。


《勇気ある発言》


《うちでも一体なら保護できます》


《全国で引き取れば解決する》


政府は、もう一度検討した。


感染者を処分しない。


国が全員を一括収容もしない。


では、保護を希望する団体や家族に管理してもらう。


議論は制度へ変わった。


感染者保護管理法。


ニュースでは、ゾンビ保護法と呼ばれた。


法律には、感染者を引き取るための条件が定められた。


保護希望者として登録すること。


管理講習を受けること。


基準を満たした専用檻を設置すること。


拘束具を使用すること。


定期検査と所在報告を行うこと。


感染者を人の集まる場所へ連れ出さないこと。


条件は多かった。


それでも、保護団体は法案成立を歓迎した。


『大きな一歩です』


『これで、罪のない感染者の命が守られます』


『私たちも保護活動へ全面的に協力します』


政府は、その言葉どおりに受け取った。


法律の施行初日。


感染者輸送用のトラックが、保護団体の事務所前へ止まった。


荷台には、金属製の檻が固定されている。


檻の中には、一体の感染者がいた。


中年の男だった。


汚れを落とされたスーツを着て、革靴を履いている。


トラックが止まっても、男は同じ方向へ歩こうとしていた。


檻の内側を三歩進み、柵へぶつかる。


向きを変える。


また三歩進み、反対側の柵へぶつかる。


事務所から、団体の代表者が出てきた。


「これは、何ですか」


防護服を着た職員が、書類を確認する。


「保護対象の感染者です」


「なぜ、ここへ」


「こちらの団体から、保護希望者登録が提出されています」


代表者は檻を見た。


感染者も、人の気配に反応して代表者を見る。


柵へ近づき、両腕を伸ばした。


代表者が一歩下がる。


「私たちは、制度としての保護を求めたんです」


「制度に基づいてお届けしています」


「専門施設で保護するという意味です」


「登録書類では、こちらでの保護を希望されています」


職員は、書類の該当欄を示した。


代表者本人の署名がある。


「申請時に、管理講習も受講されています」


「それは受けましたけど」


「専用檻の設置確認も済んでいます」


事務所の駐車場には、撮影用に用意した新品の檻があった。


保護制度の必要性を訴える動画で使われていたものだった。


職員が確認する。


「搬入してよろしいですか」


代表者は答えなかった。


「困ります」


「保護を希望されましたので」


職員は淡々と言った。


トラックの後部リフトが下がり始めた。


その日のうちに、活動家へ感染者が届けられたという映像が拡散された。


笑う人間もいた。


政府の嫌がらせだと批判する人間もいた。


申請した以上、責任を持つべきだという意見もあった。


同じ日、別の場所にも感染者が届けられていた。


郊外の一軒家。


庭の端には、基準に合わせた檻が設置されている。


家族が、防護柵の外から輸送車を待っていた。


運ばれてきたのは、その家の父親だった。


感染者は檻から移されると、玄関の方へ歩こうとした。


毎日帰宅していた道を、まだ身体が覚えているらしい。


娘が名前を呼ぶ。


感染者は返事をしない。


それでも家族は、何度も名前を呼んだ。


こちらは、撮影のために檻を用意したわけではなかった。


保護法を利用する人間が、全員同じ理由で感染者を引き取るわけではない。


法律が施行されると、登録申請は少しずつ増えた。


家族。


研究機関。


保護団体。


民間施設。


感染者を運ぶトラックが、毎日港区から出るようになった。


数が多いため、港区の封鎖そのものは解除されない。


しかし、感染者はもう港区だけにいる存在ではなかった。


保護という名前で、全国へ届けられ始めていた。


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