9.キラキラの匂い
ボクは、今、毛布の上で眠っている。外は、青々とした匂いがする。きっと、また、あの新しい季節が来たんだ。
ボクは片目を開けてみた。ぼんやりとした光の中に、その新しい匂いを感じる。
とても、とても眠い。
瞼が重くて、開けられない。体の力が、全部、ふわふわと抜けてしまいそうだ。
パパとママの声が、遠くで聞こえる。最近いろいろな音が聞こえなくなってきた。二人は、ボクの頭を、何度も、何度も撫でてくれている。その手のひらは、とても温かい。二人の匂いは、悲しいけれど、今は優しさの方が強い。
でも、ボクは、起きなければならない。
ボクの仕事は、待つことだから。
キミちゃんが、もうすぐ帰ってくる。
今日キミちゃんが帰ってきたら、すぐに起きるんだ。
そして、キミちゃんの匂いを、たくさん嗅ぐんだ。
キミちゃんに、ボクがずっと待っていたことを、全身で伝えなくちゃ。
ああ、眠い。うとうと。
パパとママの声が聞こえなくなった。
部屋のあかりが暗くなっていく。
少し怖い……。
少し寂しい……。
……遠い、遠い。とても遠い場所から、誰かの声が聞こえた。
「コロ!」
ボクは、全身の毛が逆立つような、強い喜びで、耳をピクッと動かした。
キミちゃんの声だ。
重い瞼を開けて、窓辺を見る。窓辺に行かなくちゃ。それがボクの仕事。
いつもの、ウキウキする足音が、聞こえなかった。
ボクの耳は、もう、音を聞くのが下手になってしまったのかな。
全然気づかなかった。
すごいよキミちゃん、いつのまにか、ボクのすぐそばに来てくれたんだ。
ボクの背中を優しく優しく撫でてくれる。
ボクは、うれしくって、心臓がバクバクする。
「コロ!」
キミちゃんが、もう一度、ボクを呼ぶ。
声が近い。ああ、キミちゃんの匂いがいっぱいだ。
うれしい、うれしい。
ボクは、精一杯、尻尾を振った。
「コロ、行こう」
キミちゃんの声が、ボクを優しく包み込む。
その声を聞いた時、体が軽くなった。まるで重い布団の中から出たみたいに。
その声は、あの朝、キミちゃんがボクの頭を撫でてくれたときの手の感触みたいに、温かくて、柔らかい。
どこへ行くの、キミちゃん? たのしい散歩? 秘密の場所?
ボクの目の前に、光が見える。
窓から入ってくる、朝の光でも、午後のオレンジ色の光でもない。
もっと、もっと、暖かくて、やさしい光だ。
キラキラって、ボクを呼んでいる。
この光の中には、悲しい匂いも、心配な匂いもない。
ただ、喜びの匂いだけがある。
キミちゃんの匂いがする。
色々な匂いが混ざっている、大好きな匂いだ。
キミちゃんの匂いが、ボクの全身を、隅々まで満たしていく。
キミちゃん、一緒に行けるね。
キラキラの光の洪水が、ボクとキミちゃんを包んだ。どこまでも大好きな匂いに溢れた光。
――ありがとう。
誰が言ったの?
パパ?ママ?それともキミちゃん?
ああ、これはボクの言葉だ。
――ありがとう。
<コロの窓辺 完>




