86話 『星の終焉』
「答え合わせの時間といこうか」
嬉々として、少女の死を待っていたかのように碧色の青年は空より舞い降りた。
それを見たフローレンスは眉を顰める。因縁の、長きに渡る関係に決着をつける絶好の機会。
「凄いね。僕の気配を感じ取ったのかな?」
「違う、俺に気配を読み取る第六感、チートなんて無い。憶測だ」
「へぇそれだけで、やっぱり君は凄いね」
「白々しいな。いい加減演技すんのをやめろよ。俺は全部知ってんだ。フレオ・ファンダル・アーサー」
改名する以前の名を口にするとヘルメス改めフレオが上がっていた口角を元の位置に下げる。
純然たる眼差しに雲がかかり、半開きになる。
「ふーん。そうかそうか、じゃあ君が僕の息子であることも知ってるわけだ」
「それだけじゃない。お前が企んでいること、何から何まで知ってる!」
力強く腕を払いながらトウマは主張する。それについて色々と議論しようと着席しているトウマだが、ヘルメスにはその意思が無いようで微笑するだけで受け流した。
「ヘルメス――!」
「ちょっと待ってね。勘違いして欲しくないのが、君と対話するつもりはあるんだ。でも、奥にいる彼女にその心構えが無いから話せないんだ」
そう言われてトウマは振り返る。それと同時、目の前で空気が爆ぜた。もとい、風を置き去りにするほどの速度で誰かが動いた。
襟を掴まれ後方に飛ばされるトウマ。ガシン、とけたたましい程の金属音が場を制する。
銀扇と剣がしのぎを削りあっていた。力は拮抗、するかと思いきやヘルメスが弾き返した。少女は宙に投げ出され、そのまま回転。体操選手のような着地を見せた。
よく見れば彼女の腰元には真っ赤な何かが付着している。今できたのでは無い、血は既に乾いている。
(まさか、昨晩の……!)
昨晩、ヘルメスが着用している衣の裾に誰かの血が付着していた。誰のものか、言うまでもないだろう。
「訛っていると思いきやあの頃と同じ、か」
「あの時以上さ。ボクがどれだけこの時を待ち焦がれたか」
たかが獲物どうしをぶつけ合っただけ。にも関わらず二人には互いの力量を感じ取ることが出来るほどの接触であった。
「ちょ、フローレンスやめろ! 俺はヘルメスと」
「黙っているんだ! 質問があるならボクが後で全てを答える」
言い終えたフローレンスがピッと指を動かす。刹那、空間そのものを切断するような斬撃が遺跡に傷跡を残す。
ヘルメスは避けることなく立ち尽くしていると、不可視の斬撃は彼を避けて背後の石を切り裂く。
「これ、お返し」
無動作での魔法発動。フローレンスの足元に煉獄火炎が柱となって立ち上る。地獄の業火のように燃え盛るそれは、黒煙を撒き散らしながら石をも溶かす勢い。
フローレンスはヒョイっとそれを避けると、同じようにやり返す。
しかし、ヘルメスが足元をトンっと軽く踏み鳴らすと魔法は不発になる。
「ならば、これはどうだ」
全ての魔法元素を組み合わせ、フローレンスは無属性魔法を作り出す。
複数の色を虹のように解き放つそれは、やがて一つの球となり少女の手に収まる。彼女はそれをヘルメス目掛けて投擲。
重さ、速さ、威力どれをとっても特級クラス。ミレーユやヒヨリの魔法とは比べ物にならない。
「うん、悪くない」
無属性魔法は防御不能。触れることすら出来ない――にも関わらずヘルメスはキャッチボールのように捕球。
それをギュッと握りつぶすと微細な魔力となって大気中に散った。
「なっ……」
「まだやる? それとも復讐はおしまい?」
挑発するような発言にフローレンスは怒りを漲らせ、全身を駆け巡る魔力を一点に集約させ始めた。大気中の魔力全てを吸い取る勢いでフローレンスの両手が光を帯びていく。
やがて直視出来ないほどの閃光が周囲を包む。死を真近に感じるほどの魔法。究極奥義の類なのだろう。
「死ね……!」
彼女は全魔力を解き放った。
刹那、キラッと何かが光った気がした。何だろうと思う間もなく人を殺す爆風が全てを薙ぎ払った。遅れて轟音が鼓膜を破り、石を、大地を溶かす勢いで拡散。
南端にある神代の遺跡は原型を留めることなく全てが無くなった。
そこだけでなく、その周囲、いわば王国全土の草木が蒸発。きのこ雲が立ち上った。
※※※
「う、ぉ……」
爆風に呑まれたトウマは倦怠感を覚える体を無理やり起こす。
原子爆弾のそれとは違い、大量の放射線を放っていたわけではないため何とか耐え抜くことができた。それだけでは無い、フローレンスがトウマに防御魔法を掛けたのもある。
それまで晴天であった空は一変し、荒野の空であるかのように黄ばんでいた。
「二人は……あの二人はどうなった」
動植物が全て消え去った荒野でトウマは周囲を見渡す。
ひび割れた大地、鼻腔を通り抜ける刺激臭、焦点の合わない片目で支えもなく歩く。
「ぐぉ……ミレー、ユ」
防御魔法もかけられず周囲に配置されていた石と同然の扱いであった彼女の遺体は存在してなかったように消えていた。
他のメンバーもそうだ。どこで殺されていたか分からないが、地下であれ耐えられるはずが無い。
「誰も……いない……ゲホッ!」
耳に入るのが自分の声オンリーなことにトウマは強い孤独感を得る。同時に、砂漠と化したような喉の違和感。
恐らく、今ので世界の八割近くが滅んだ。巻き添えを食らった生物は全てが死滅。生き残りはほとんどいないだろう。
震える手でまず初めにしたことはあちこちが穴空いたポケットから『手帳』を取り出したこと。題名は『FFの手帳』、フレッグ・フローレンスの名前を取ったものだと、黙示録で語られていたがもうどうでも良い。
「――そっか、死亡フラグ回避……出来ないんだな」
漆黒の『手帳』に記されていた未来視をいつも通り確認し、いつも通り回避する思考に切り替える――ということはせず諦念するトウマ。
「全てはこのためだったか……」
読み上げることはせず、心の中に留めておくだけにしてトウマは歩くのを辞めた。
その場で膝を付き、かの人物が登場するのを待った。
待てど暮らせど誰も来ない。膝を付き、静寂を得ること三時間、ザッと荒野の土を踏む音が聞こえた。
生気を欠いたトウマが薄らと目を開けると、ブレた視界の中で碧色の頭だけがハッキリと認識できた。
「待たせて悪かったね。お待たせ」
「ぅ……ぁ」
「じゃあ、お話しようか」
ボタボタと何かが滴る音が聞こえる。虚ろな瞳に朱が反射する。
ヘルメスが何か、大きくて丸いものを引っ提げている。金色の髪? のようなものが見える。その反対からドクドクと真っ赤な液体が流れ出ている。
「――――」
鈍い頭をフル回転するまでも無い。この世界で朱の液体と言えば何かと問われれば「血」と答えるしかない。
ヘルメスは岩くらいの何かを、無造作に放り投げた。ゴロゴロとそれは地面を転がっていき、血の道が形成されていく。
「あぁ、これは貰うね。大事なものだからさ」
ヘルメスはトウマが力無く手に収めている『手帳』に手を伸ばす。
誰にも渡してはいけない、フローレンスにそう言われているにも関わらずトウマは抵抗すること無くヘルメスに渡した。
「うん……契機満了っと。今回の世界は少し早かったかな」
「せ、かい……」
「話しずらそうだね。喉が焼けてる。もう、『星の終焉』を起こそうか」
満足したように無傷のヘルメスが手のひらに真っ白なプリズムを乗せる。キラキラと輝き、自転するプリズムを天高く掲げる。刹那、大地が轟いた。
気力の無くしたトウマは低い呻き声を上げることしか出来ず、生きようなんて意思は消えていた。
はるか遠く、そこで光の柱が昇っていた。柱は少しずつ大きくなっていき全てを飲み込んだ。地面も空気も空も、何もかも吸収して行った。
「……ぅ、ゲホッゲホッ」
真っ白な光と衝撃波が迫ってきているのを確認したトウマはゆっくりと瞼を閉じた。その数秒後、全身を打ちつけるような痛みが走った、と思ったが最後――
トウマの意識は常闇に消えた。




