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83話 『帰るべき場所』

「あれ、帰って来たぞ?」


 ヘルメスと別れた後、地上を探索することになったトウマは行ったことのなさそうな方向にひたすら走った。

 石像に追いかけ回されることもあったが、振り切ったり、破壊(偶然)したりと、忙しなかった。

 それで、たどり着いたのがまさかの霊園。


「多分地下にいるんだろうけど、全員が揃ってるなんてことは無さそうだし。誰か一人くらい霊園にいるんじゃね?」


 再び死者の魂を弔う場所に踏み入ったトウマ。真っ先に視界に入るのが二つの石像。この石畳を踏んだ誰もが石像に目を奪われ、足元へ行こうとするはず。


 それを思ってトウマは再び石像の足元まで行くことにした。


 歩きながらヘルメスに秘密を打ち明けたことを本当に良かったのかとあれこれ考えてしまうが、後の祭りだ。


「……相も変わらず未来視に変更は無い」


『手帳』を開いてページを確認してみても全員が死亡する結末が綴られているのみ。

 どこか嫌な予感を感じるトウマ。これまでと同じように回避することは出来るのか。はたまた、失敗する方向に転んでしまうのか。


「させっかよ。これ以上、俺が理由で誰かが死ぬのはごめんだ」


 間接的にトウマが死因になった事例は数は少ないものの実際にある。

 だが、そんなことは起きてはいけない。あってはいけないことだ。異世界人の自分がいたから、という理由は――。


「回避、回避してみせる。そして、帰る。現代に帰ってみせる」


 トウマの帰りを待つ人間が向こうの世界にいる。顔こそ思い出せなくなってしまったが、また会えば靄がかかった箇所に顔があてがわれ、一生忘れない記憶になるはず。


 ぶつくさと呟いていると石像の足元に辿り着いた。見上げてみれば、やはり圧倒される。ゴーレムのように構える立ち振る舞いは神としての威厳を厳かにすることなく眩い光を薄らと放っている。


「――ッ!」


 突如として、その細い光に呼応するように『手帳』がひとりでに動き出した。フワリと蝶の羽音が聞こえそうなほど小さく、軽く動き出すと二柱の石像の間に。

 刹那、ゴゴゴと大きな音を立てながら遺跡全体が揺れだした。


 トウマは避難訓練で培った知識を活かして、その場に屈んだ。幸い、石像が倒れる様子は無かった。

 どこかで、石どうしが擦れる音が聞こえる。重厚感のあるものが、動き道を作るように。


 その音を逃すまいと耳を凝らしていたトウマは地震が収まったのを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。


「おわっ!」


 細い光を放っていた『手帳』が役目を終えたのかトウマの手元へ帰って来た。

 光は消え失せ、そこにあるのはいつもの『手帳』。落下しているところをキャッチしたトウマは歪みの音が聞こえてきた箇所へと走り出した。


 辿り着いたのは以前トウマが黙示録を読んだ庭園。そこにあった噴水が大きくサイドへ動き、地下へと続く階段が現れていた。


 足を踏み出そうとしたところで、ヒヤッと冷たいものが背中を走った。

 進んで良いのか、仲間を捜すべきじゃないのか。そんな迷いが生まれた。


 興味をそそられるトウマだが、やはり仲間の心配には勝てそうにもない。後で後悔するのが目に見えている。

 ならば、と体を回転。階段を見なかったことにして仲間捜索に向かうべきだ。

 心擽られる興味を捨て、歩き出そうとした時――、


「……何で、ここに?」


「何でって、そうだね。君に用があるから、かな」


 神聖さを象徴する眩い光を放つ髪と、智慧の眼である虹の瞳を持つ少女――否、神がいた。



           ※※※



「左目は、やはり治っていないか」


「……あの時俺を治したのはお前か。その、ありがとうな」


「当然のことをしたまでさ。それより、ここで何してる」


 軽い挨拶を終えた二人の間に緊張の糸が作られる。ピンと極限まで伸ばされた糸は二人に境界線を引き、雰囲気をピリついたものに変えた。


「俺は、仲間の要件だ」


「ボクの話を聞いていなかったのかい? 君の持っているエネルギーを奪いに来るのは身近な人間だ」


「それでも、俺はこの世界で、一人で生きていける自信がない。仲間を頼る他ないだろ!」


「違う。どんなに惨めで、苦しい思いをしても一人で生きていくべきだ。そうではなくては君は――」


「根幹を教えてくれよ! お前がどうしていつも俺に一人で生きることを強要する理由を!」


 ヒートアップする言葉のキャッチボール。互いがボールを受け止めつつも返しの勢いが強く、受け取る度に衝撃が全身を駆け巡る。

 トウマの言葉を聞いた少女は項垂れる。虹の瞳はどこかくすんでいて暗かった。


「お前、あれだろ? フレッグ・フローレンスとかいう名前じゃないのか?」


「…………どうしてその名前を」


「やっぱりな。お前は俺に隠し事をしてた。出会った頭から俺はお前を疑い続けてきた、お前には裏がある。寄り添ってくれはするが、確実に裏があるってな!」


「……トウマ。今すぐ帰るんだ。まだ間に合う。頼む、頼むからお願いだ」


「嫌だね。隠し事をする人間の言うことは信じられない。俺は仲間を見つけるまで出ていかない」


 断固として動くつもりの無いトウマを見た神、いやフローレンスはため息を溢さずにはいられなかった。

 

「後ろの階段、降りるつもりかい?」


「そうだ。だがみんなの無事を確認してからだ。仲間を置き去りにして自分一人で行動なんてのはもうウンザリだ。合流してからだ」


「降りるな、とボクが言ったらどうする」


「押し退けて通る。もうお前の意見に耳を貸さない」


 駄々を捏ねる子供のようにトウマはフローレンスの意見を跳ね除ける。手前勝手ではあるものの、仕方がない。トウマはフローレンスの口から蛇が出た記憶しかない。


「理由を教えろ。お前がそこまで俺に孤独を強要する理由と、お前の隠し事を。何から何まで吐いてもらう。そうしないと俺は死ぬ覚悟で自分を貫く」


 身振り手振り大袈裟に主張するトウマを見つめるフローレンスはしばらく考えた後、諦めと共に肩を落とした。


「ボクに隠し事があるのは事実だ。だけど、全てを明かす訳にはいかない。君のためだ」


「だから、その理由が知りたいんだ。何から何まで全てに『俺のため』という言葉が含まれる理由を!」


「――君が、ボクの息子だからだよ」


「は?」


「何から何まで君のためとボクが口にするのは君がボクの子供だから、だよ」


 グルグルと頭上で星が回る。自分から訊ねたとはいえ、予期せぬ理由にトウマは言葉が詰まる。喉まで上がるのに、口から出ていかない。

 

「ま、待てよ……お前が母親、だったら俺、俺は……」


 フローレンスが母親であるなら、トウマは滝に捨てられた哀れな子供になる。そればかりではない。黙示録には滝に捨てられたとあるだけだ。


 滝の下には下界があって、人間がいて、罪を犯した神がいて、動物がいて……。

 では、どうして自分はこの世界ではなく向こうにいたのだ? 捨てられた場所は実は向こうとこちらを繋ぐ大瀑布とか?


 分からん。分からない。分かりたくもない。


 思えば自分の母親についてトウマは何も知らなかった。育ての親が今の祖父母であることくらいしか。自分を産み捨てた母親はどこで何をしているのか、全く疑問に思わなかった。


 いや、思いたくなかった。そんな人間のことなんて考えたところで無駄だと思考放棄していた。

 

 寧ろ、それどころではない。


 自分は――冬馬輝という人間のあるべき場所は、日本がある世界ではなく、魔法のあるこの世界なのだ。



 

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