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第73話「道化」

ついに現れた。

「……フィー、大丈夫か?」


「ああ、問題ない」


俺――フィーとマキナは、すべての元凶を倒すべく、遥か上空を飛行していた。

眼下には焼け焦げた地面と、かつて村だったであろう場所が広がっている。焼け跡からは未だ煙が立ち上り、鼻をつく異臭が漂っていた。俺たちが進む先に待つのは、さらなる破壊と戦い。分かっている、それでも進むしかない。


そんな中、マキナの動きに気がつく。安定した飛行だけではない。俺を気遣ってわざとスピードを落としていることが分かった。


くそ……『呪い』さえなければ、今すぐにでもこいつを抱きしめてやりてぇのに……。


マキナは相変わらずだ。本当にいい女だ。どんなに絶望的な状況でも冷静で、俺を気遣ってくれる。こんな女を俺が守れなかったら、何のために生きているか分からないじゃないか。


『……止まるぞ、フィー』


突然の言葉に俺は意識を戻す。


「……ん?どうした?」


『聞こえないか?』


マキナの瞳が鋭くなり、遠くを見据えている。


……何か、聞こえる。


最初は風の音かと思ったが、それとは違う。不自然な、重い音。何かがぶつかり合い、衝撃を生み出しているような波動。その戦いの余波が、ここまで届いてくる。


『半身たちが戦っているな』


「……急いだほうが良さそうだな」


『ああ』


胸がざわつく。俺たちがたどり着く前に、すべてが終わってしまうのではないか――そんな不安が胸を支配する。


頼む、まだやられてくれるなよ、ゼウス。俺たちが到着するまで耐えてくれ――!


***


俺とマキナはついに、波動の発生源へとたどり着いた。

そこは、荒れ果てた大地と破壊された建物が広がる戦場だった。無数の裂け目が大地を覆う。


『遅かったですネェ、マキナ……と――』


ニヤついた不快な声が響く。全身が一瞬で逆立つような、嫌悪感を伴った声。


『フィー……いえ、ケンイチ(・・・・)くん』


「ああ、お前の顔なんて二度と見たくはなかったがな」


『それはそれは悲しいですネェ……私は会いたかったですよ』


その声の主――道化エーシル。俺が一番嫌いな野郎だ。こいつは俺の人生を狂わせた元凶である。その顔を見るだけで、身体の奥底から怒りが湧き上がる。


「……フィー……来たのか」


「ゼウス……それにポセイドン、オーディンまで……」


「いや~流石に私たちだけでは難しいね……」


「わたくしたちも手を抜いた覚えはないのですが……」


ゼウス、ポセイドン、オーディン――彼女達神々が、大地に伏していた。その中心に立つ道化エーシルは、まるで勝者のような余裕を漂わせている。


『さぁ、役者が揃いましたよ!皆さん!』


道化エーシルが両手を大きく広げ、歓喜に満ちた声を上げた。まるでこれからの地獄を楽しみにしているかのような、その狂気じみた態度に、俺の血は逆流するかのように煮えたぎった。


「……行くぞ、マキナ!」


『ああ』


二人は一瞬で意識を合わせ、まるで息をするように手を突き出した。


「『雷撃(ライゲキ)』!」


雷の一閃がエーシルに向かって放たれる。その軌跡はまるで世界を貫くかのように、真っ直ぐに奴を狙った。しかし――。


雷はエーシルに届く直前で消え去り、まるで何もなかったかのように虚空へと消滅した。


「あああああああああああっ!!!」


次の瞬間、響いたのはオーディンの悲鳴だった。


「な、なんでだ!?」


俺の声は震えていた。目の前で、俺たちの放った雷がエーシルに当たらず、なぜかオーディンを襲っていたのだ。雷の衝撃が彼女の身体を貫き、倒れ込む姿が目に焼き付いた。


『おやおや、なんてことを……仲間のはずでしょう?』


エーシルの嘲笑混じりの声が耳に突き刺さる。奴は笑っていた。心底楽しそうに、俺たちの絶望を眺めていた。


「オーディン! 大丈夫か!?」


俺は駆け寄ろうとする。しかし、マキナが腕を掴んで止めた。


『待て、フィー。無駄に動くな』


「でも……!」


『これは奴の能力だ』


マキナの瞳には確信が宿っていた。その言葉に俺は立ち尽くし、歯を食いしばるしかなかった。


「そうですヨ、皆さん。私の力は攻撃対象をすり替える。それも、あなた方の大切な仲間にネ。お楽しみいただけましたか?」


エーシルが狂ったように笑う。その言葉に、俺の拳は震え、爪が手のひらを抉るほどに握り締められていた。


「くそっ……なんて力だ……!」


『フィー、冷静になれ。奴の能力を見極めなければ、同じことを繰り返すだけだ』


マキナの声にハッとする。しかし、目の前の光景が俺の心をかき乱していた。


地面に倒れ伏すオーディン。苦悶に顔を歪め、血がじわりと大地を染めていく。その姿が俺の心を締め付ける。


「……オーディン、ごめん……俺のせいだ……」


『フィー!


「――っ!!」


『その感情を捨てろ。今は冷静さが必要だ!』


マキナの声が再び響く。俺は拳を握り直し、目の前の敵を睨みつけた。


「……分かった。だが、次は失敗しない……絶対に……!」


エーシルの笑みがますます深まる中、俺たちの戦いはさらに苛烈なものとなっていく――。


『大丈夫……私のことはいいから……』


オーディンの言葉が胸に刺さる。その声は震えていたが、確かな覚悟が滲んでいた。それでも、俺の胸には苛立ちと焦燥が渦巻いている。

これでは勝負にならない。このままでは、また俺たちはエーシルに翻弄されるだけだ。何も変えられないまま、全てを失ってしまう。


どうすればエーシルに攻撃を当てられるんだ……!


『はああああああああああっ!!』


突然、耳を裂くような咆哮が響いた。


「オーディンッ!?なにをする気だ!」


オーディンが両手を掲げ、地面を大きく抉り始める。その姿には狂気じみた迫力があった。

次の瞬間、裂けた大地が道化エーシルを飲み込むように割れ、奴を地中深く叩き込んだ。その破壊力は、見る者の背筋を凍らせるほどだった。


やがて裂けた地面は、重々しい音を立てながらゆっくりと塞がっていく。


『これで……どうだ……はぁ……はぁ……』


オーディンの声は荒く、彼女の全身から汗が滴り落ちていた。その表情には、わずかながら安堵の色が見える。


「ナイスだ、オーディン!」


俺は叫んだ。地の中に閉じ込められれば、さすがのエーシルも出てくることはできないはずだ。

俺たちはそう信じた。信じたかった。だが――。


『――いやぁ、お見事』


ぞっとするほど嫌な声が響いた。それは、深い闇の底から浮かび上がるような低い声だった。


「なっ……!?」


俺たちは凍りついた。次の瞬間、閉じたはずの地面が再びひび割れ、黒い影がゆらりと立ち上がった。


『しかし……私はこんなことでは死にませんよ?』


エーシルの顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。その瞳は、深い底なしの闇を思わせるものだった。


「きゃあああああああああああああ!!!」


裂け目から響いたのは、ポセイドンの絶叫だった。

その声はまるで魂が引き裂かれるようで、俺の心臓を鷲掴みにする。


「おい……なんだこれは……」


地中にいたはずのエーシルが、突如ポセイドンの位置に立っていた。その口元には薄気味悪い笑みが浮かんでいる。


『位置を入れ替えただけです……簡単なことですよ』


「な……ポセイドンが……!|…………待てよ……じゃあポセイドンは……!?」


俺はその言葉の続きを飲み込む。エーシルの能力――対象を入れ替える魔法だ。つまり、ポセイドンは今、地中にいる。


『そうですよ……彼女はあなた方が掘り起こしてくれるのを、きっと待っているでしょうね』


「貴様……!」


『ああ、可哀想なポセイドン……どんな気分なのか聞いてみたいものですネェ』


エーシルの言葉は嘲笑そのものだった。だが、その嘲笑が、俺たちの中に煮えたぎる怒りを燃え上がらせる。


「ゼウス! マキナ! 急いでポセイドンを掘り出すぞ!」


『待て、フィー。そんな隙を与えれば、奴の術中に嵌る』


「けど、ポセイドンが……!」


『さぁさぁ! ご覧なさい! あなた方が大切にしていた仲間が、私の手でこうなる様子を! なんて素晴らしいショーでしょう!』


エーシルの笑い声が、俺たちを嘲笑うように響き渡る。その声が、俺の頭を焼き付けるかのように離れない。


「……絶対に許さねぇ……!」


俺の拳は震えていた。全身の血が煮えたぎるような怒りを感じながら、エーシルを睨みつける。


『……フィーよ、冷静になれ』


マキナが俺の肩に手を置き、低い声で囁いた。その瞳には冷静な光が宿っていた。


『ポセイドン……私は……』


『オーディンッ!貴方が!貴方の手で下したのです!貴方は存在するだけで人類をを傷つける存在。居なくてもいい、居てはならないのです』


「くそっ……!」


オーディンの膝が崩れ落ちる。彼女の肩が小刻みに震え、神力が失われていくのが分かる。立ち上がれない――俺たちが頼りにしていたオーディンが、今にも崩れてしまいそうだった。


「オーディン!違う!まだ終わっちゃいない!お前はまだ立ち上がれる!立ち上がる必要があるっ!」


俺は叫んだ。その声が、どれだけ届いているかは分からない。だが、俺たちにはオーディンの力が必要だ。彼女がいなければ、この戦いは――。


「……フィー、もういいよ。私なんか……」


オーディンは膝から崩れ落ち、声が震えていた。やがて、身にまとっていた神力(じんりょく)は失われた。


そんな時だった――


「……おい、アレ」


『ああ、龍神だな』


俺達の視界に入ってきたその正体は、青黒い体に禍々しい黒い角を生やした龍神ハクだった。

空中を優雅に舞う姿は圧倒的で、周囲の空気が一瞬で変わる。殺意に満ちた気配が全身に突き刺さり、俺の背筋を凍らせた。


「ただいま戻りました、エーシル様」


『おやおや、ハクですか。どうでしたか?』


「端的に言って、全滅(・・)……ですね。完全に壊滅させました」


『例の者はどうしました?』


「私が到着した頃には、すでに姿を消していました。どこへ行ったのかは不明です」


『……そうですか。まったく、厄介な存在ですね。どこかでひっそり消えてくれるとありがたいのですが』


淡々と告げられる二人の会話。その内容の冷酷さに、怒りが込み上げる。


『ですが、それにしても素晴らしい! 流石は龍神ハク! 期待以上の働きです』


エーシルは手を叩きながら満足げな笑みを浮かべた。その表情が、俺たちの神経を逆撫でする。


『では私はやることがあるので、ここはあなたに任せますよ、ハク』


「なに……おい待てよ! 逃げんのか!」


俺の叫びが、虚しく空に響く。


『逃げる? 私が? おかしなことを言うね、ケンイチ(・・・・)君。私はただ、私が相手をするまでもないと判断しただけです。無駄な手間は省きたいのですよ』


エーシルは振り返り、にやりと笑う。その笑みには、こちらを見下す侮蔑がありありと込められている。


『勘違いするな、小僧。お前が味わった絶望など、私の足元にも及ばない。せいぜい足掻いてみるといい』


「貴様……!」


『ああ、そうそう。皆さんのお相手はこのハクに任せます。彼女は少し加減を知らないところがあるので、くれぐれも注意して戦いなさい。せいぜい楽しんで下さいネェ』


そう言い放つと、エーシルは軽やかに身を翻し、どこかへと消えていった。まるでこちらの絶望を嘲笑うかのように、煙のように、そこにいた気配すら残さずに。


「クソ道化がっ!!!」


『だが、フィーよ、まだ我達は油断出来んぞ』


「………片割れの言う通りだ、フィーよ」


ゼウスとマキナが俺の両隣に立つ。

二人の表情は険しく、その瞳には静かな怒りと覚悟が宿っていた。

俺たちは今、この場で共有している――背後から漂う絶望感を。


目の前にいるのは龍神ハク。

ルクスやエルザ、そしてアスフィ――あいつらの心を踏みにじり、その命を奪った女。

胸の奥が焼けるように痛む。仇を討たなければ、この苦しみは消えないだろう。

だが、この圧倒的な力を前に、どうやって立ち向かう?

俺たちは勝てるのか? それとも……。


「この戦いを任されましたので、ここからは私がお相手致します」


低く澄んだ声が、耳を刺すように響いた。

その余裕に満ちた態度が癪に障るが、相手の力を考えれば、それも当然なのかもしれない。


「今回は神が相手ですからね。私も最初から本気で行かせて頂きます」


「ああ、俺達も加減するつもりは無いから安心しろ」


「そうですか。ありがとうございます」


……薄笑いを浮かべるその顔が、俺たちをさらに追い詰めているような気がした。


「『死を呼ぶ回復魔法』……《デスヒール》」


俺は反射的に回復魔法を放った。

だが――。


『……無駄だ、フィー』


冷静なマキナの声が、俺の胸に突き刺さる。


『あいつからは生気を感じない。恐らく、もう死んでいる』


「流石ですね、マキナさん」


ハクが不気味な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


「その通り、私はもう死んでいます。エーシル様により蘇ったのが私。ある意味、不死身という訳です」


「なんで死んでんのに生きてんだよ……矛盾してんだろ」


「そんなこと私に言われても知りません。……私も原理は知りませんから」


淡々としたその声が、さらに俺たちの不安を煽る。

不死身――。

だから(アスフィ)は苦戦したのか。

生気のない相手に、俺の魔法は無力だ。


空に浮かぶ黒龍が、大きくその口を開けた。

まるで俺たちを飲み込むように。終わりを告げるかのように――。

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