表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/285

第62話「幸せな日々、再来」

ご覧頂きありがとうございます。

ここは……どこだ。


「……なぁフィーよ!聞いているのか?」


フィー……誰だそれは。俺の名前はアスフィーだ。

知らない奴が話しかけてきている。俺を誰かと間違えているんじゃないか?


「ん~…………」


「お、起きたかフィー」


「あれ……俺眠っていたのか」


「ああ、我が花に水をやっている間にお前はそこでずっと眠っていたぞ」


「ああ……すまないなマキナ……俺も手伝うよ」


マキナ……マキナって誰だ?

目の前の少女は、まるでずっと一緒にいたかのような親しげな態度を取っている。

でも、彼女の名前や顔に覚えは無い。どこかで会ったことがあるのか――そんな気さえしてしまう不思議な感覚だ。


「それじゃあここからここまでフィーよ、お前がやってくれ」


「おいおい!長すぎるだろ!」


「文句を言うな、フィーならできる!がんばれ」


小さな両手でグッとガッツポーズを取る少女。

まるで応援されているような仕草に、何も言い返せなくなる。


「はぁ……仕方ない、やるか」


「その意気だぞ、フィーよ」


花に水をやるなんて、こんな作業に一体何の意味があるんだ?

どうせいつか枯れてしまうのに――そう思いながら、ジョウロを振り回して適当に水を掛けた。


「フィー!真面目にやれー!」


「へいへい」


怒られてしまった。

俺にこんな面倒なことをやらせるからだよ……。


「……なぁ、お前の名前ってマキナだよな」


「何を言っている、我がマキナだ。大丈夫か?フィー」


「そ、そうだよな、悪い」


「おかしなフィーだな」


マキナと名乗る少女は首をかしげながら再び花に水をやり始めた。

彼女の動作には慣れた様子があり、そしてどこか優しさが漂っている。


そうだよな……もう随分長く一緒にいるんだもんな。

俺がマキナを忘れるはずがない。

マキナがもし忘れたとしても、俺が必ず覚えてやる。そう決めたんだ――二人で。


「ここは終わったぞ」


「わかった。助かったぞフィー。では昼食にしよう」


やっと昼食か……腹が減って死にそうだ。

花に水をやるだけでも、思ったより体力を使うんだな。


俺たちは小さな木造の家に戻る。

緑に囲まれた穏やかな村。俺とマキナの二人だけが暮らす場所。

自給自足で過ごすこの日々は、静かで満ち足りていた。


「何が食べたいフィーよ?」


マキナがエプロン姿でキッチンに立ちながら問いかける。

白いエプロンが小柄な彼女の身体にぴったりと合っていて、妙に家庭的な雰囲気を感じさせる。

その姿を見た俺は、つい悪ふざけをしたくなった。


「う~ん、そうだなぁ……マキナが作るもんならなんでも」


「なんでもというのが一番難しいんだ」


「じゃあマキナを貰っちゃおっかなぁ~」


そう言いながら、俺は後ろからマキナを抱きしめた。

彼女の小さな肩越しに香る髪の匂いが、なぜか懐かしさを呼び起こす。


「や、やめろ……まだ昼だぞ」


「別にいいだろ、昼でも夜でもイチャイチャするのはよ」


「そういうのは……夜に取って……おけ」


「……それもそうだな!お楽しみに……ってやつだ!」


照れた様子でそっぽを向くマキナ。

彼女はいつだって素直じゃない。でも、そんなところがたまらなく愛おしい。


――しばらくして、マキナが料理をテーブルに運び始めた。


「――出来たぞ」


「おおーーーー!」


テーブルの上に並べられたのは、生姜焼きだった。

懐かしい匂いが漂い、俺の記憶が刺激される。


「あれ、これって……」


「……どうだ?」


「うん!もちろん美味い!!マキナはやっぱいい女だ!」


「そ、そうか。なら良かった」


こんな平穏な日常がずっと続けばいいのにな。

目の前で照れるマキナの顔を見ながら、俺は心の中で静かにそう思った。


「……こんな日々がずっと続けばいいのになぁ」


俺の何気ない呟きに、マキナがふと顔を上げた。


「なにを言うんだフィー。毎日続くぞ」


「ああ……そうだな!この後、夜にはお楽しみが残ってる!」


俺はマキナの目を見つめながら笑みを浮かべる。

その言葉に、マキナは頬を染めて視線を逸らした。だが、嫌がっている様子はない。


「ベッドの上じゃマキナも乗り気だもんな!」


「フィーやめろ!!……今は……やめろ……早く食べてしまえ」


「悪い悪い、うんうん美味い!」


この静かな村での生活。

大切な人と過ごす平穏な時間――これ以上の幸せなんて、きっとない。

でも、なぜだろう。胸の奥でわずかに何かが引っかかる。


目の前にある光景がまるで蜃気楼のように思えて、現実感が揺らいでいく――。


「……ん……ん……」


「…………………なぁマキナ……」


「……な、なんだ?」


「これって現実なのかな」


唐突な俺の問いかけに、マキナは戸惑いを隠せなかった。


「……なぜそれを今言うのだ……その……今じゃ……ないだろう」


彼女の困惑した表情を見て、俺は何も言えなくなった。

でも、どうしても確かめずにはいられなかった。


「……悪い、ちょっとシャワー浴びてくる」


「…………え?もう終わりか?……我はまだ……」


「そんな名残惜しそうな顔するな。また明日がある。だろ?」


「そ、そうか……それもそうだな」


マキナに背を向けながら、俺は立ち上がった。

足元はどこか重く、心はまるで霧の中にいるようだった。


シャワーを浴びながら、自分自身に問いかける。


「……こんなに幸せでいいのだろうか……」


いい土地にいい家、そして何よりいい女――。

それらが揃ったこの生活は、まさに理想そのものだ。

なのに、俺はなぜか涙を流している。


「………だと言うのに俺は……なぜ泣いているんだ……」


湯気に混じる涙の理由を考えながら、俺はシャワーを止めた。

マキナが待つ部屋へと戻ると、彼女はベッドの上で横になり、俺を見上げていた。


「…………どうしたのだフィー」


「いや……マキナはいい女だなと思ってたところだ」


「そ、そうか……なら……するか?」


「………ああ」


俺は小さく頷き、彼女の横に腰を下ろした。


***


翌朝。

俺たちは再び花に水をやりに出かけた。


「そこは違う!やらなくていいぞ!」


「あ、そうなのか悪い」


また怒られてしまった。

何回目だよ……こんな簡単な作業でも、俺にはうまくいかないことがあるらしい。


「よし、フィーよ。今日は収穫をするぞ」


「芋か……?」


「ああ、収穫の時期だ。フィーは好きだろう、芋」


「……ああ……最高だね」


俺たちは畑に向かい、黙々と芋を掘り始めた。

次々と出てくる大きな芋。その姿を見て、俺は思わず声を上げた。


「おおー!見てくれエルザ!こんな――」


言いかけて、ハッと口をつぐむ。

目の前のマキナが、不思議そうな表情で首をかしげていた。


「うん?エルザとは誰だ」


「………いや、悪い……寝ぼけてるな俺」


「……仕方ない。芋は我に任せろ。フィーは顔でも洗ってこい」


「……ああ、そうする……悪いなマキナ」


「謝ることじゃない。我とフィーはいつまでも一緒だ。こんな事で落ち込んでいて、この先どうする」


「確かにな。ありがとう……だったな」


俺はマキナの言葉に小さく笑い、家へ向かった。

顔を洗って、さっきの失言を頭の中から振り払おうと思った。


――だが、家の扉を開けた瞬間。

突如として、激しい頭痛が俺を襲った。


「うっ………なんだ……」


頭を抱え、膝をつく。

その時、不意に聞こえてきた声が頭の中に響いた。


(おい!目を覚ませ!)


誰だ……?

この声は一体――。


(俺だ!よく聞けアスフィー、それはお前じゃない!)


何を言っている……?俺は俺だ。

マキナとこの村で暮らしている、ただの男だ。


(違う!マキナは俺の女だ!)


……何を……言ってるんだ……?

マキナは俺の――。


(思い出せアスフィ!お前は試されてる!)


試されてる……?誰にだよ。


創造神オーディン(・・・・・・・・)にだ!)


オーディン……?

創造神オーディン……それが何だって言うんだよ……。


(お前が今見ている世界もオーディンの仕業だ!)


何を言っている……?この村も、この生活も、全部俺とマキナで作り上げたものだ!

マキナとの平穏な日々を壊すな――!


マキナは俺の女だ!そもそもお前は誰だ……俺とマキナに何をしようとしている!


怒りに満ちた俺の問いかけに、声は静かに応えた。


(…………何もしない……何も……出来ないさ)


何も出来ない……?

この声は一体何を――。


(いいか……お前の大事なレイラや母さん……そしてエルザ、ルクスを失いたくないのなら俺の言うことを聞け)


……レイラ……?母さん……?

エルザ……ルクス……?

何を……言ってるんだ……?俺の家族や仲間の名前を、どうして――。


(そうだ。何も考えず目を閉じろ。そしてこれは幻想だと認識しろ)


幻想……? 俺が見ているこの光景が、幻想だとでも……?


(そうだ。これは現実じゃない。幻想だ(・・・)……)


そんな馬鹿な。

マキナとの夜も、畑も、家も……。


(全て……幻想だ……終わった事だ…………)


終わった事……?

この幸せな生活が、もう過去のものだと言うのか――。


……それでレイラを救えるのか?


声に問いかけると、力強い返事が返ってきた。


(それはこれからのお前次第だ、アスフィ・シーネット)


俺次第……。


……分かった。

マキナ……いや、ゼウス・マキナ。お前は俺の女だ……それは間違いない。

だがどうやら、それは俺であって()じゃないようだ。

よくわからないよな。俺だってそうだ。


マキナ……また会おう……。 俺は俺の仲間を救うことに専念する。

もしまた会える時が来たなら、その時はもう一度――。


(愛してる)


その言葉を最後に、意識が闇の中に沈んでいった。


***


「……お!戻ってきたね!おかえり、アスフィ!」


意識を取り戻した俺の前に立っていたのは、創造神オーディンだった。

どこかおどけた様子で、にやけながら俺を見つめている。


「オーディン……」


「おお!名前まで分かったのか!凄いね!」


「……何のつもりだ……なぜ俺にこんなモノを……」


「君が見たモノを私は知らないよ!望んだものを”魅せた”のさ!」


「俺が見たいと思っていたってことか?」


「……そうだね!」


ふざけやがって……!

こんなのは……こんなのは俺が見たかったものじゃない!

だけど――どうしてだ……懐かしい気持ちになったのは、どうしてだ……?


俺は思わず涙を流していた。


「ハンカチいるかい?」


「……要らねぇ……」


涙を腕で拭うと、頭に浮かんだのはただ一つの名前。


「そうだ!ルクスだっ!!ルクスは!!!?」


「ルクスならそこだよ!まだ眠っているね!」


「……どうすれば目覚める?」


「彼女が認識(・・)すれば、かな!」


現実じゃないと認識すれば、俺は戻ってこれた。

ならルクスもきっと――。


だが、彼女は一人だ……俺のように誰かの声が導いてくれるわけじゃない。

本当に戻れるのか……。


「……大丈夫だ、アスフィ。ルクスは必ず戻る」


エルザが眠るルクスの手を優しく握りしめて言った。


「……………ああ、そうだな。なんせ俺たちのお姉さんだからな」


俺はルクスのもう片方の手をしっかりと握りしめた。

ご覧頂きありがとうございました。

マキナとの平穏な日々。誰かの記憶。謎の声の正体とは。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 面白かったら応援を! ★

★★★★★評価お願いします!

あなたの評価が、新たな物語を加速させます!


【カクヨム版も公開中!】 攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ