第61話「Odin」
さぁ新キャラ登場回です。
腹を満たした俺たちは宿を探していた。
「もう満員です、すみません」
「すみません、いっぱいなんです」
「ごめんねぇ、うちもう満員なのよ~」
***
俺たちは立ち尽くす……。どこに行っても返ってくるのは「満員です」の一言ばかりだった。
夜の冷たい空気が肌に刺さるようで、俺たちの疲れをさらに増幅させていく。
「……困った。なぁどうする?」
俺が問いかけると、エルザは短く答えた。
「うむ……」
言葉に詰まったその様子に、普段の元気な彼女の影は感じられない。
そしてさっきから隣で口数の少ないルクスが小さく呟いた。
「……私が居るからでしょうか」
その言葉に、俺は思わず顔を向けた。
彼女が自分を責めるような表情を浮かべているのが分かった。
ルクスは自分の『白い悪魔』という異名のせいだと思っているらしい。
確かに、『水の都フィルマリア』の時も、門番に対してその異名を名乗ったことで恐れられていた。今回も冒険者協会の場所を聞くため、仕方なくその異名を口にしていたのだろう。だが、『白い悪魔』なんて畏怖の象徴を名乗りたいわけがない。
俺が何か言葉を返そうとしたその時だった。
「――違うよ!この街はね、本当にいっぱいなんだよ!」
元気いっぱいの声が飛び込んできた。
その声の主は、一人の少女だった。
「誰……?」
俺が尋ねると、彼女はにっこりと笑って言った。
「初めまして!私の名前はディン!よろしくね!」
緑髪に緑の瞳を持つ少女。明るく屈託のない笑顔が印象的だった。
「……あ、ああ俺の名前はアスフィだ」
戸惑いつつも名乗ると、エルザとルクスも続いた。
「私の名前はエルザ・スタイリッシュだ!」
「私はルクス……です」
相変わらずエルザはフルネームだな……と内心苦笑しつつ、俺たちはディンに自己紹介を返した。
「アスフィと~エルザと~ルクス!分かったよ覚えた!よろしくね!」
ディンは満面の笑みでそう言うと、興味津々な様子でこちらを見つめる。
緑髪に緑目、薄手の服装――どこか自然に馴染むような彼女の雰囲気に、俺は少しだけ安心感を覚えた。
「良かったら君たち家に来る?泊まる場所無いんだよね!私の家でよければ泊めてあげるよ!」
「いいのですか?」
ルクスが慎重に尋ねる。
「うむ、ではすまないが頼む」
エルザは即答で乗り気だ。 俺もディンの好意を無下にするわけにはいかないと思い、言葉を続けた。
「ディンと言ったな。君がいいなら悪いがお願いできるか?俺達もどうしようかと考えていたところだったんだ」
「うん!ぜんっぜん大丈夫だよ!気にしないで!じゃあいこっか!案内するね!」
ディンはそう言うと軽い足取りで先へ進んでいく。
こうして、俺たちはディンの案内で彼女の家へ向かうことになった。
なんかこんなこと、『水の都フィルマリア』でもあった気がするな。
俺たちは夜の『アスガルド帝国』を歩く。夜だというのに街は賑やかで、至るところから話し声や笑い声が聞こえてくる。眠らない街ってやつか?そんな印象を受けた。
「なぁ、ディンの家って結構遠いのか?」
俺が歩き疲れた声で尋ねると、ディンは振り返りながら答えた。
「うーん、そうだね!ここからだと~ちょっと遠いかも!」
「そ、そうか……」
俺たちはディンの言葉を信じて歩き続けるしかなかった。
――その後もしばらく歩く。
「な、なぁ……まだか?」
「うん、もうちょっとだよ!」
「そ、そうか……」
ディンの「もうちょっと」という言葉が段々と信用できなくなりつつあった。
疲労感が足に蓄積していくのを感じながら、それでも足を止めることはできなかった。
そして――
「さぁ!」
ディンが勢いよく振り返った。
「お、やっとか」
思わず安堵の声が漏れる。だが、ディンの次の言葉がその期待を裏切った。
「うん!あとはここを登るだけだよ!」
「……」
俺たちは全員無言になった。
目の前に現れたのは巨大な神木だった。その幹は信じられないほど太く、高さは空に届くようだった。枝の間に家が見えるのがかろうじて確認できるが、そこまでたどり着くには一体どうすればいいんだ?
「これって……あれだよな。城の外からでも見えてたやつだよな。これが君の家なの?」
「神木だよ!私の家はこの上にあるんだぁ~!」
ディンの元気な声が響くが、俺たちは唖然とするしかなかった。
「……分かった。もうここまで来たら登るしかない」
腹を括った俺は神木を見上げた。
その瞬間、ディンが指を指しながら言った。
「大丈夫!このエレベーターを使うんだよ!」
目の前には木製のエレベーターがあった。四角い箱。その四方の角にそれぞれ長いロープが取り付けられている。その長さは遥か遠くてゴールが見えない……
「皆、この上に立って!そして、このロープを引っ張るの!」
言われるがままに俺たちはエレベーターの上に乗り込むが――。
この木製の仕掛けで、あんな高さまで本当に上がるのか?
不安を抱えながらロープを引こうとすると――
「んーー!!!……はぁ、ダメだ。エルザ、お前の出番だ。ここに来てようやく馬鹿力お嬢様の出番だぞ」
俺がロープを諦めてそう言うと、エルザが胸を張りながら答えた。
「うむ!任せろ!私が馬鹿力お嬢様だ!!!……って誰が馬鹿力お嬢様だ!!」
「いいから、エルザお願いします」
「もっちろん私も引くよ!」
ディンがそう言ってロープを握る。
俺たちが止めようとする間もなく、ディンは一緒にロープを引き始めた。
すると――
「おおおー!どんどん上がっていくぞー!」
エレベーターは滑らかに上昇し始めた。
俺が驚いている中、ルクスが苦笑いしながら言う。
「流石エルザですね」
「……その……二人に褒めて貰えるのは大変嬉しいのだが……あの……実は私は殆ど力を入れていないのだ」
なに? 俺とルクスは一瞬言葉を失う。そして視線は自然とディンに向けられた。
「んーしょ!んーしょ!」
ディンは軽々とロープを引いていた。
もしかして、この細腕で全部引っ張ってるのか……!?
「こんなの楽勝だよー!みんなは休んでてね!」
ディンの言葉に、俺たちは驚愕しつつも納得するしかなかった。
考えてみれば、この神木の上に住むためには、この作業を日常的に行っているのだろう。それならこの力にも頷ける。
「……まぁ、せっかくだし休むか」
俺はそう呟きながら腰を下ろした。
エルザだけは「負けてられない!」と一緒にロープを引いていたが、結局ほとんどディンに任せる形になっていた。
***
「――ついたよー!」
やっとのことで到着した。
エレベーターから降りて見下ろすと、地上が恐ろしいほど遠い。俺は思わず足がすくむ。
「た、高っ!」
「ア、アスフィ……私腰が……」
「うむ、気持ちは分かる」
俺とルクスはあまりの高さに抱き合うように震える。
一方、エルザはどこ吹く風といった様子で、平然としていた。
「さぁこっちだよ!ついて来てね!」
ディンの明るい声に促され、俺たちは彼女の家へと向かった。
「ようこそー!私の家へ!」
ディンが扉を開けると、そこには広すぎず狭すぎず、ちょうどいいサイズ感の家があった。
中に入ると、ログハウスのような木の温もりに包まれた空間が広がっている。
「思ってたより広いなぁ」
俺は素直な感想を口にする。
「そうですね」
ルクスも同意しながら部屋を見渡した。
「……うむ、まあまあだな」
エルザが呟く。そりゃミスタリスのお嬢様からすれば、この程度では驚かないだろうよ。
「さぁみんな!自分の家だと思ってくつろいでよ!」
ディンは椅子に腰掛けながら、屈託のない笑顔を見せる。その姿に、俺たちは少しだけ肩の力を抜いた。
「まずはご飯かな……?睡眠かな?それとも~……わ・た・し……かな?」
ディンの冗談交じりの問いかけに、俺は即答した。
「――じゃあ私で」
その言葉に、ディンは笑顔を崩さずこう言った。
「うん!いいよ!」
え?いいのか?まったく動揺の色を見せない彼女に、俺は思わず息を飲む。
だが、その空気を壊すようにルクスが声を上げた。
「ダメです!アスフィには私が居るので!」
「うむ!そうだぞ!私もいる!」
二人が声を揃えて否定する。その勢いにディンは首を傾げながら笑った。
「うーん、困ったね!じゃあ四人でやろっか!」
な、なななななにぃぃぃぃぃぃ!!?そんな手段があったのか!?
俺は考えもしなかった。 予想外の提案に、頭が真っ白になる。
「俺は四人一緒でもいいぞ」
「……私はやっぱり二人っきりがいいです……」
「うむ……」
ルクスとエルザが戸惑いながらも真剣に悩む中、ディンは一切迷わず提案を押し通す。
「いいじゃん!四人でさ!皆でやろうよ!」
彼女の言葉は、あまりにも本気だった。
そして……
覚悟を決めたのか、ルクスとエルザが服を脱ぎ始めた。
「さ、さぁ!ディンも早く脱いで下さい!」
「そうだぞ!早く脱げ!」
ルクスとエルザが勢いよく服を脱ぎ、下着だけの状態でディンにそう呼びかける。
その光景に、俺は言葉を失いながらも心の中で密かに歓喜していた。
――だが、そんな空気を壊すようにディンが首を傾げて言った。
「……えっと……君たちなんで服脱いでるの?」
「「…………へ?」」
ルクスとエルザは固まり、手にしていた下着を慌てて戻し始める。
あと少しで全て見えたのに……。期待して損した。
……あれ?何で俺は今期待していたんだ……?
「何勘違いしてるか分からないけど、ゲームだよゲーム!」
ディンのあまりにあっけらかんとした言葉に、俺はため息をつきながら肩を落とした。
「なんだゲームかよ……くそっ……」
ルクスとエルザは顔を真っ赤にしながら急いで服を着直す。
からかおうかとも思ったが、今回はディンの言い方が紛らわしかったのが原因だ。ここは何も言わないでおいてやろう。
「じゃあね、今からやるゲームはね、私が主役だよ!」
ディンが主役のゲーム?
まさか、また王様ゲームみたいなものかと思ったが、彼女の言葉はそれを否定した。
「ルールは簡単!私が何者かを当てるゲームだよ!」
ディンは楽しそうに説明を始める。
ルクスとエルザも、さっきの出来事を忘れたいのか前のめりになってゲームに乗り気になっている。
「さぁさぁ!順番にこっそり私に教えてね!間違えたらこわ~い罰ゲームだよ!」
罰ゲームという単語が引っかかった俺は思わず手を上げ質問する。
「ちょっといいか?」
「うん、アスフィだったね!どうぞ!」
「罰ゲームって具体的には何だよ?」
「罰ゲームの内容については今は教えられないよ!では先ずアスフィからね!」
ディンがにっこりと笑いながら促してくる。
内心、俺からかよと思ったが仕方ないので考える。
彼女の正体……か。こんな場所に住んでいることを考えれば、普通の市民ではないのは確かだ。きっと、この国の王か何かだろう。
俺はディンの耳元に近づき、小声で答えを告げた。
「ディン、お前はこの国の王だ」
「ぶっぶーーー!アスフィ不正解!罰ゲーム確定ね!」
くそっ……王じゃないのか……!?
その後、ルクスとエルザも順に挑戦していったが――。
……
…………
………………
「――ということで正解はエルザだけだね!おめでとー!」
ディンの声に、エルザは額を拭いながらホッとした様子を見せる。
「これには私も迷った…………」
エルザの表情には、ギリギリ正解にたどり着いた安堵の色が浮かんでいた。
一方、俺とルクスは罰ゲーム確定という結果に不満を漏らす。
「くっそ」
「なんだか悔しいです」
罰ゲームとは一体何なのか……不安と警戒を胸に、俺とルクスはディンを見つめた。
「では、不正解の君たちには――」
ディンは立ち上がり、俺とルクスにゆっくりと近づく。その瞳は、さっきまでの陽気さを一切感じさせないものに変わっていた。その目はつい最近見た眼だった――
『死の体験をしてもらうよ』
その瞬間、俺とルクスの腹には緑色の槍が突き刺さった。
予備動作すらなかった。刺さったというより、どちらかと言うと”気付けば刺さっていた”に近い。
しかし痛みはあるが、不思議と血は流れていない。
俺が状況を理解しようとする中、エルザが腰の剣に手をかけた――だが、その動きは止められた。
『ダメだよエルザ!正解したんだから!不正解のこの子達を見届けてあげないと!』
ディンの声が静かに響く。 その言葉には何か得体の知れない力が込められていた。
「く……っそ……ルクス……」
俺はルクスに目を向けるが、彼女は既に意識を失っていた。
次第に俺の視界も薄れていく。
ディンの声が遠くで聞こえる。
『だい……ぶ……だよ………君達……なら………乗り………る』
俺は深い闇の中へと落ちていった。
前回より第五章開幕しました!
ちなみに前回で60話です。
早い!あと40話で100ですか……。
100で終わるつもりはありませんが!
では次回!




