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第43話 「安息の死を迎える回復魔法」

ご覧いただきありがとうございます。

どうぞ最後までよろしくお願いします。

俺は部屋を出た。その道には、やはりレイラの血痕がポタポタと。

……だれかがベッドまで運んでくれたのか。


「……そうか、エルザか」


そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから一日は経ったはずだ。もう二日近く戦い続けている事になる。


なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。

そんな彼女を俺は高く評価した。


ただ、そんな彼女も今――


「エルザ……」


道場と呼ばれるその場は、もはや瓦礫の山だった。天井は崩れ落ち、夜空が広がっている。


中央ではエルザが戦っていた。いや、もはや戦いというよりは、ただ本能だけで動いているようだった。


そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。両者一步も引けを取らず戦っていた。


彼女は両腕を失い、口に剣を咥えたまま地を這うような姿勢で敵に向かっていく。その姿はまるで獣だった。死に物狂いの生存本能だけで彼女は今も尚戦っている。


「………………アスフィ……君なのか?娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」


道場の入口には、一人の男が座り込んでいた。左腕がぶら下がるように垂れ、身体中血まみれのエルフォードが掠れた声で彼が俺に言ったのだ。


「任せて下さい」


「ありが……とう……」


その言葉を最後に、エルフォードは力尽きた。俺はすぐに『ヒール』を唱えた。だが、無駄だった。

エルフォードの体温はすでに冷え始めている。


エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、俺に娘を託した直後に息を引き取った。


全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。

もっと命を大事にしてくれ。


目の前で人が死んでいく。大切な人が、次々と――。そんな現実に、俺の胸は締め付けられるようだった。


俺には救いの力がある。むしろ救いの力しか無い。だというのに死者を蘇らせる事ができない。

それが悔しくて堪らなかった。


俺は立ち上がり、道場の中央へと足を進めた。


***


「……はっ、やっと大人しくなったか。しぶとい女だな」


黒いフードを被った男が嘲笑しながら剣を構えていた。その前で、エルザが力尽きる寸前の状態で膝をついている。

咥えていた剣を地面に落とし、天を仰ぐその顔――。


それは、死を覚悟した人間の表情だった。


「……同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」


彼女がつぶやいた言葉に、俺は思わず声を上げた。


そんなことはさせない。そんな事は俺が許さない。俺はあの人に託されたんだ。だからエルザに声をかけてやることにした。

この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。


「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」


その声に、エルザがかすかに反応した。

こちらを振り向く彼女は、微笑んだまま崩れるように倒れ込んだ。


「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」


俺は彼女の体を受け止め、咄嗟に『ヒール』を唱えた。なんとか息はしているが、失った両腕が戻ることはなかった。


……やはり、失ったモノはダメか。せめて落とした腕を見つけられればな。


握りしめた拳が震える。

目の前で失われた命、壊れた体――全てを修復できない自分が、もどかしかった。


「何者だ貴様」


黒いフードの男が俺を睨みつけている。その視線には敵意と嘲笑が混ざり合っていた。


「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」


「貴様には関係ない」


「……そうか。なら死ね」


俺は『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』を唱えた。だが――効果は現れなかった。


「なぜ……効かない……?」


俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?


そんな俺の疑問に応えるかのに、男が嘲笑を浮かべながらフードを指さす。


「この黒いフードは魔法を無効化する術式が組み込まれている。貴様のような小細工では、俺を止められん」


なんだよ、それ……反則じゃねぇか。フードを被った男の言葉に苛立ちがこみ上げる。


こちらの魔法が効かないならどうすればいい。相性最悪の状況に追い込まれたこの瞬間、俺は自分がどれほど無力かを痛感していた。


「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」


「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは何か嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」


「……死ぬのはお前の方だ」


黒いフードを被った男は素早く突進し、持っていた剣を俺の腹に突き立てた。剣が腹に突き刺さる瞬間の鈍い衝撃。熱い痛みが体中に広がるが、それよりも強く湧き上がるのは苛立ちだった。


――またか。こいつらは俺を「ヒーラー」としてしか見ていない。


こぼれ落ちる血に目もくれず、俺は静かに呟く。


「『ヒール』」


傷口が瞬時に塞がる感覚と共に、痛みが引いていく。自分の力が頼もしくもあり、どこか嫌悪感すら感じる。だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。


「……ほう、ヒーラーか」


相性は最悪だ。攻撃の術を持たない俺に対して、剣士としての優位性を誇るこの男。しかし、だからといって負ける理由にはならない。


「……どうするか」


呟いたその言葉は、自分への問いかけでもあり、決意でもあった。この場をどう切り抜けるか――その答えは、すぐ近くから届いた声にあった。


聞き覚えのある詠唱が、炎のように空気を震わせる。その瞬間、俺は反射的に距離を取り、声の主を振り返った。


『爆炎の(ファイアーストーム)!』


燃え盛る嵐が黒いフードの男を包み込む。魔法の爆風が周囲を焼き尽くし、焦げた空気が鼻を刺す。


「……なに……!?」


男は直撃を避けたものの、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。


「私を忘れられては困ります。アスフィ」

「ルクス……」


ルクスの放った炎の嵐が巻き起こる。あの爆発的な威力は俺の知る魔法とは別物だった。


「…………ちっ。危ねぇな」


だが、目の前の黒いフードの男は無傷だった。直撃を避けたとはいえ、あれだけの魔力を受けてなお、平然としているなんて。


「あのフード、厄介だな」


「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」


増援?ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。

コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。


そう思っていると、ルクスが駆け寄ってきた。彼女の目には不安が浮かんでいるが、表情は冷静そのものだった。


「アスフィ!大丈夫ですか!?」


「ああ……助かった」


「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝杖〟でしょう?」


彼女が差し出したのは、俺の母さんの杖だった。その杖はいつだって、俺の進むべき道を照らしてくれたものだ。


なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。通りでいつもより威力が高かった訳だ。


「ルクス、助かる」


そう呟いて杖を受け取る。冷たく硬い感触が、少しだけ俺の心を落ち着かせた。


「いえ。私も加勢します」


「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」


「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」


俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。

どこかで見た事があるような、そんな顔だった。


――ここで俺は違和感を覚えた。


何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。

なのに避けた……?何か欠陥があるのか?


その時、城全体が騒がしくなった。外からは足音と怒号が聞こえ、黒いフードを被った者たちが次々と流れ込んでくる。

その数、(およそ)千を超える。


「はっはっはっ!ようやく来たな。これで『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』だろうと敵じゃない!!」


黒のフードを被った男は不気味に笑う。


「マズイですねアスフィ……アスフィ?」


全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。そんな考えには反吐が出る。

レイラを殺しておいてそんなことをよくもまぁ。エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。


エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、ずっとレイラを守ってくれていたんだろう。


そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。


「……ルクス、エルザを頼む」


静かに告げた言葉に、ルクスは驚いた様子だった。


「……え?何を言ってるんですか?」


その反応は予想通りだ。それでも俺の意思は変わらない。


「俺がやる」


断言する俺に、ルクスはさらに食い下がる。


「で、でも効かなかったのでは?!」


その声には明らかな不安が混じっている。それでも俺は、彼女に背を向けたまま言葉を紡ぐ。


「頼む、ルクス。俺の言う通りにしてくれ。……正直、邪魔なんだ」


戸惑うルクスの気配を背中越しに感じる。だが俺の言葉に嘘はない。


「…………死なないですよね?」


ルクスの問いかけは小さく震えていた。だが、俺を信じてくれている。だからこそ、俺は真っ直ぐに答える。


「ああ、約束する」


その言葉が伝わったのか、ルクスは躊躇いながらもエルザを抱え、戦場から離れていく。その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。


「逃がすと思ってんのか――」


怒りの声が背後から飛んでくる。


「お前達の相手は俺――」


奴の声を遮り、俺は静かに宣言した。この場で何が起こるか、決めるのは俺だ。お前じゃない。


「雑魚に用はない!そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」


黒いフードの男は自信満々に突進してきた。俺をただのヒーラーと侮っているのだろう。癪に障るが、都合がいい。

男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。


「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」


俺の声が静かに響くと、男の動きがピタリと止まった。その顔が一瞬にして苦悶に歪む。


「がっ……い、息が……な、なぜ…………」


喉を掻きむしるような仕草に、俺は冷静に状況を見据えた。母さんの杖を握る手に力を込める。杖を通じて発動する魔法の力が、俺をさらに冷酷な存在にしていくのを感じる。


「母さんの杖は最強なんだよ」


俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。


声を落とし告げた俺の言葉に、男が怯えたように目を見開いた。その姿を見て、俺はただ淡々と思う。生きることが当たり前だと思っているから、死がこんなにも怖いのだろう。


「言っておくが、楽に死ねると思うな」


冷え切った声が自分のものだとは思えなかった。怒りの中に滲む冷酷さが、俺自身をも蝕んでいる。それでも構わない。この男に、レイラやエルザの苦しみをほんの少しでも味わわせてやる。


「……は……は……く…………そ」


最後の呟きは、彼の苦痛を物語るものだった。


息が止まる瞬間まで、俺はただ見つめ続けた。止めを刺すことなく、彼の命が尽きるのを見届ける。それが、俺にとっての復讐だった。


……

…………

………………


道場の入口から押し寄せる黒いフードの男たちを見据えながら、俺は静かに呟いた。絶え間なく続くその数に、胸の奥でわずかに冷たい怒りが燃える。


彼らを見逃せば、また別の命が犠牲になるだろう。ルクスとエルザ、次に死ぬのは彼女たちかもしれない――そんな考えが脳裏をかすめる。


「……さっさと片付けないとな」


もし、ルクスやエルザがここで命を落とすようなことになったら、俺は――。いや、そんなことは絶対にさせない。制御が効かなくなるのは俺自身だ。


「…………ふぅ」


深く息を吸い込む。静かな怒りと、ほんの少しの悲しみを呼吸に乗せて吐き出した。手にした杖をしっかりと握りしめ、心を研ぎ澄ませる。


「我に宿りし『祝福』(才能)よ」


その言葉は、俺の内側に眠る力を目覚めさせるための鍵だ。詠唱なんてものは形式に過ぎない。ルクスはそう教えてくれた。言葉の正確さではなく、そこに込める思いと魔力こそが重要なのだと。


「今この時より、我がこの世界の主だ」


自分の中の力が膨れ上がっていくのを感じる。この詠唱は、俺自身がこの場の全てを支配するためのもの。あいつらが好き勝手に命を奪うことを、俺が許すはずがない。


「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」


言葉と共に膨大な魔力が杖を通じて流れ出す。体中に巡る力が燃え上がるような感覚と共に、次第に俺自身が何か別の存在に近づいていく気がした。これが、俺の力――俺自身が選んだ道だ。


【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】


脳裏に突然浮かんだ言葉。それはどこか懐かしく、温かい響きを持っていた。


(たに)の流れに散り浮く(かえで)


胸の奥から自然と湧き上がる一節。それが何なのか分からない。けれど、なぜかその一文だけは深く刻み込まれていた。手が震えるのではなく、心がざわめいていた。


「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」


俺の中に込められた全ての魔力が、最後の言葉と共に解き放たれる。そして――


『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)


静寂が訪れる。


先ほどまで鳴り響いていた足音、叫び声、武器が触れ合う音――全てが、一瞬にして消え去った。俺の視界に映るのは、次々と倒れゆく黒いフードの男たち。彼らの体から血が溢れ出し、命が尽きていく。


その光景を見ても、俺の心に何の波紋も広がらなかった。ただ、やるべきことを終えたという静かな安堵があった。


「……はぁ……レイラ……終わったよ」


力を使い果たした体が震える。けれど、俺は少しだけ笑った。この魔法に込めたのは、決して憎しみだけじゃない。あいつらには相応の報いを与えた。それが、俺にできる唯一の償いだ。

ご覧いただきありがとうございました。


アスフィの姿が変わりました。白髪に赤黒い目。身長は成人男性並に。そこに少年の面影はない。


アスフィの正体はなんなのか?次回、ひとまずの休息回。悲しみは続く、、、

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