第21話 「レイラ・セレスティア2」
レイラは、人探しの旅に出た。
アスフィと共に。
その道中、一人の老人に出会った。名を、ゲンじい。
彼はレイラに黒曜石で作られたショートソードをくれた。
いや、厳密にはアスフィに渡したものだったのだが……
――結果として、レイラが受け取ることになった。
◆◆◆
「アスフィ、剣だけじゃダメ」
「え?」
「杖がない。ヒーラーなのに杖がない」
アスフィは、杖も持たずに旅を続けようとしていた。
レイラはそれが気に入らなかった。
魔法使いにとって杖は重要な存在だ。
無くても魔法は使える。
だが、あるのとないのとでは雲泥の差がある。
「別の杖じゃダメなの?」
「ダメだ。母さんの杖がいい」
頑なに譲らないアスフィに、レイラはため息をついた。
「……どうして?」
「母さんがずっと大切にしてた杖だから」
レイラは、ほんの少し羨ましいと思った。
家族を大切に思う気持ちを、純粋に抱けることが。
「でも、もう無いじゃん……諦めようよ」
「……分かった。諦めるよ」
そう言いながらも、アスフィの表情はどこか寂しそうだった。
レイラはふと、母がしてくれたことを思い出した。
あの人は、ろくでもない母だったけれど、
レイラが落ち込んだとき、決まってこうしてくれた。
アスフィの頭を、そっと胸に引き寄せた。
「……柔らかい……」
「……」
「あいたっ!!」
「えっち」
バシンッと軽く頭を叩いた。
(こんなことで喜ぶんだ……でも、少し恥ずかしいよ)
◆◆◆
その後、師匠がアスフィの母の杖を見つけた。
だが、その杖は――
ボロボロだった。
カビだらけで、真っ二つに折れていた。
レイラは「もうダメだ」と思った。
師匠も、「諦めろ」と言った。
けれど、アスフィだけは違った。
あれほど傷んだ杖を、
アスフィは両手でそっと握りしめ、魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間、杖が淡い光に包まれた。
腐食した部分は消え、真っ二つだった杖が、元通りになっていく。
レイラは言葉を失った。
(……すごい)
アスフィは凄い。
改めて、そう思った。
杖の先端には、美しい緑の宝石が光っていた。
こうしてアスフィは、彼の「大切な杖」を手に入れた。
◆◆◆
それからしばらくの旅路。
ミスタリス王国に向かう途中、何度も魔獣と遭遇した。
魔獣が出るはずのない裏道を選んだはずなのに。
そのたびに、レイラは剣を振るい、アスフィは『ヒール』をかけた。
アスフィの回復魔法は、傷だけでなく疲労までも癒やしてくれる。
(アスフィはもっと自分を評価するべきだよ……)
レイラはそう思いながらも、本人には言わなかった。
◆◆◆
夜。
レイラはアスフィと並んで焚火にあたっていた。
「アスフィも女の人が好きなの?」
「もちろん大好き……ゴホンッ! 程々に好きだよ」
(嘘だ)
「ウソツキ。この前、えっちなことしたじゃん」
「し、してない! そんな嘘はやめてもらおう!」
「じゃあ、アスフィはしたくないの?」
「……したくないわけでもない」
「そうなんだ」
レイラは、ふと考える。
亜人族は発情期を迎える。
レイラにも、いつかその時がくる。
母は――年中発情期だった。
その時、レイラの相手はアスフィなのだろうか?
◆◆◆
夜が更けるにつれ、冷え込みが厳しくなってきた。
アスフィは震えながら提案する。
「レイラ……寒いから、一緒に寝よう?」
「……え?」
「いや、ちがっ! 変な意味じゃなくて! 命に関わるし!」
「……仕方ないね」
レイラは、アスフィと抱き合って眠ることにした。
(アスフィ、時々もぞもぞ動く……)
(……やっぱり、えっちだ)
◆◆◆
――そして、最悪の日が訪れる。
◆◆◆
朝。
レイラが目を覚ますと、鎧の男たちに囲まれていた。
騎士団を名乗る一団。
「俺たちは、ミスタリス王国騎士団だ」
そう名乗る男たちに、レイラは違和感を覚えた。
(おかしい。騎士団なのに、礼儀がない)
そして、決定的だったのは――
(……進んでる方向が、ミスタリスじゃない)
「ねぇ、おじさん達。本当にミスタリス王国に向かってるの?」
男の一人が、薄く笑った。
「……嬢ちゃん、勘がいいな」
(やっぱり……!)
騎士団ではない。
この男たちは――盗賊だった。
「アスフィ!! こいつら騎士団なんかじゃ――」
「動くな」
首筋に冷たい刃が当たる。
「剣を抜いたら、お前の手足は切り落とす」
◆◆◆
服が剥がされる。
(……やだ……助けて……アスフィ……)
その時――
「おまえーーー!!!!!」
轟くような怒声。
「レイラに手を出したらどうなるか分かってんだろうなぁ!!??」
アスフィが、見たことのない形相で叫んでいた。
盗賊たちが襲いかかる。
しかし、次の瞬間――
「『ヒール』」
光が走る。
その光を浴びた盗賊は、
目や口から血を吹き、地面に倒れた。
「『ハイヒール』」
ドス黒い魔力が、アスフィを包む。その瞳は、赤黒く染まっていた。
「『死を呼ぶ回復魔法』」
そう唱えた瞬間、盗賊の首領、ハンベルは眠るように倒れた。
そして――アスフィも、力尽きるように崩れ落ちた。
◆◆◆
これは、レイラにとって悪夢のような一日だった。
そして、この日を境に――
レイラは、アスフィに 少しの"恐怖" を感じるようになった。