第20話 「レイラ・セレスティア 1」
レイラ・セレスティア――それが、彼女の名前。
自然豊かな小さな村で生まれ育った。
しかし、彼女にとって家は安らげる場所ではなかった。
父はほとんど家にいなかった。
そして、母は……父が不在の夜になると、見知らぬ男たちを家に招き入れ、甘い声を漏らしていた。
レイラは、そんな夜が大嫌いだった。
耳を塞いでも、布団を被っても、母の嬌声は壁越しに響いてくる。
時には、隣の部屋から軋む音さえ聞こえた。
息を殺して朝を待つ夜が、どれほど続いただろうか。
だから、彼女はいつも外にいた。
家の外で、木の棒を振り回して遊ぶ。
それが、レイラにとって唯一の安らぎだった。
◆◆◆
ある日、レイラは村の外れで、一人の男が剣を振るう姿を見た。
ヒューマンの戦士――見たことのない、力強い剣捌き。
剣を振るうたびに、風が切られ、草が揺れる。
それはまるで、見えない衝撃波のようだった。
その剣士が、後にレイラの「師匠」となる男、ガーフィ・シーネットだった。
そして、数日後――
今度はその男と、小さなヒューマンの男の子が剣を交えていた。
小柄な身体で懸命に剣を振るう少年。
その姿を見たとき、レイラの心がざわめいた。
(レイラも、剣術を学びたい――)
そう思った瞬間、気づけば家へと走っていた。
◆◆◆
「お母さん、レイラ、剣術を学びたい」
昼間、母にそう切り出した。
夜は男を連れ込んでいるから、話しかけられるのは昼しかない。
母は驚くこともなく、すんなりと了承した。
「ふぅん? いいんじゃない?」
それだけ。
あっさりと、あまりにあっさりと許可された。
レイラは戸惑いつつも、心の中でそっと呟いた。
(……ありがとう、お母さん)
レイラにとって、母を「好き」と思うことは少なかった。
けれど、この時ばかりは、感謝の気持ちが湧いた。
◆◆◆
母との約束通り、レイラはその戦士のもとへ連れて行かれた。
「……さて、ええっと、君は?」
目の前には、逞しい体躯の戦士。
「……レイラ……です。十一歳になります」
「レイラか。うん、いい名前だ」
師匠は、優しく微笑んだ。
「剣術を学びたいんだって?」
「……はい、レイラは剣術を学びたいです」
「もちろん大歓迎だ」
師匠は力強く頷く。
「ただ、俺の剣術修行は厳しいぞ? 俺の息子でさえ、ヒィヒィ言いながら何とかついてきてるくらいだ。君はそれでもやりたいのか?」
「……大丈夫です」
レイラは迷わず答えた。
「レイラは、強くなりたい」
それは、心からの願いだった。
だが、"強くなって家族を支えたい" というのは嘘。
本当は、家を出たいだけだった。
◆◆◆
その日、レイラは初めて「アスフィ・シーネット」と出会った。
「可愛い耳だね」
そう言って、男の子がひょこっと師匠の背中から顔を出した。
それが、後に彼女の「大切な人」となるヒューマンだった。
◆◆◆
剣術の修行は、噂に違わず厳しいものだった。
腕は痺れ、足は棒になり、指の皮が剥ける日もあった。
それでも、レイラは楽しかった。
初めて自分の「居場所」を見つけたような気がした。
そして、アスフィとも仲良くなった。
最初はただの修行仲間。
けれど、日々を重ねるうちに、アスフィのことを特別に感じるようになっていた。
◆◆◆
ある日のこと。
師匠が、突然言い出した。
「よし、お前ら! 汗びっしょりだな! 風呂入ってこい!」
レイラは、息を呑んだ。
「……アスフィと、二人で……?」
顔が一気に熱くなる。
アスフィは、明らかに嬉しそうだった。
"レイラと一緒に入りたくて仕方がない" という顔をしていた。
困惑していると、突然――
「コラ! ふたりで入っていいなんて、私言った?」
師匠の妻、アリアが部屋に入ってきた。
「あの人の仕業ね……後でお仕置きしておくわ」
レイラは、心の底から安堵した。
(助かった……)
◆◆◆
また、ある日の修行中――
「僕は、剣術の才能がありません」
アスフィが、ぽつりと呟いた。
「二人のスピードについて行けません……」
レイラの胸に、何かが込み上げた。
(何を言ってるの?)
気づけば、声が出ていた。
「甘えるな!」
アスフィの目が、大きく見開かれる。
「才能がなくても、頑張る気持ちが大事なんだ!! ……です」
(……しまった)
言った直後に、後悔した。
怒られる。追い出される。
そう思った。
けれど――
「……そっか、レイラは強いね」
アスフィは、なぜか笑った。
◆◆◆
それから二年後――
突然、アスフィの家に怒鳴り声が響いた。
あの平和な家からは、想像できないほどの声だった。
レイラは直感した。
(アスフィの身に、何かあった……!)
気づけば、ドアを破壊していた。
そして――
「なら、レイラが行きます」
そう言っていた。
その日、レイラは家を捨てた。
アスフィと共に、旅に出るために。




