表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
29/53

二十九話 「ヨシュアの憂鬱 その5」


 ガネリアは新規取引をいっさい停止し、すでに信用を築いた国家と企業だけに取引を限定していた。それで足りないものはガネリアに入った優秀な人材たちの人脈をたどり、裏ルートで仕入れたものも多い。


 シェイクは力で富を得ようとした。

 一方のガネリアは道理と理念を持っていた。その違いが如実に表れる。


 東部金融市場が凍結に至った際、株価の大暴落を受けて途上国の国債リスクが一気に高まった。それでもシェイクは、自らの野心のために金利の高い国債にも手を着けていた。


 結果的にそれが裏目に出てしまい、途上国のいくつかは実質的なデフォルトを引き起こし(表面的には隠している)、シェイクは数多くの負債を抱え込むことになった。


 それだけならばまだしも、そうした破綻寸前の国家が最後に頼ったのは、なんとガネリア新生帝国だったのだ。これがシェイクには面白くない。怒りすら感じるほどだ。


 セイクリーン州はもともと財力があったので持ち堪えたが、シンタナ州の損害は相当に大きかった。州予算三年分に匹敵する大損害を出してしまった。


 当初ガネリアに対抗して大きな投資を行ったこと。ガネリアが失墜したと勘違いして、攻勢を強めようと無理をしたことが祟ったのだ。


 彼らが得たものは、まさにバブルの怖さの再確認であった。残ったのは紙切れと、強欲者のレッテルのみ。



「それでガネリアを逆恨みか? シェイクの自業自得じゃないか」



 ゼファートの見方は、あくまでガネリアのもの。相手からすればまた違う視点があるのだ。


 そして、今の彼らはこう思ってもいる。



「シェイクはあわよくば、今回の一件を帳消しにしたいと考えています」



 今回の混乱をなかったことにしたい。そう思うのはどの国家も同じである。


 そこで自国の失敗を隠し、なおかつ成功したガネリアに敵意を集中させることで、他の東側国家から支持を得ようと考えている。財政破綻目前の小国などは、シェイクの意見に同意するだろう。


 そして、東部金融市場の早期復活と独占支配を目論んでいる。そういった事情が背景にあるのだ。



「でも、ベガーナン大統領はシンタナ州の動きを潰したがっている。どうしてだ?」



 ゼファートにはそれが理解できない。


 シンタナ州がさらに打撃を受ければ、シェイク側としても痛いはずだ。自国の州は身内。体の一部だ。それをあえて潰す理由がわからない。


 だが、エシェリータにはすべてが一本の筋に見える。



「同盟を結びたいというのが一つ。これは信じてよいと思います」



 シェイクは今回の一件で、ガネリアに対する見方を大きく改めることになる。


 シェイクにとって最大の気がかりは、旧ガーネリアが強固な貴族主義を敷いていたことである。それは西側の【ルシアと共通する思想】である。これはシェイク側には絶対に受け入れることはできない。生理的嫌悪があるからだ。


 しかし、ハーレムは皇帝にこそなったが、ガネリア新生帝国は【世襲の放棄】を憲法に明記している。次の皇帝は現皇帝による指名によって選ばれることになっており、一般人でも皇帝になれる仕組みを作っていた。


 選挙で選ばれた議会にも力が与えられ、皇帝への諮問が可能となっている。これだけならば構図はルシア帝国の【元老院】に近いのだが、血による支配が終わったことは非常に価値があるものだ。


 これは民主主義の平等と柔軟性、帝政の安定と権限行使の迅速性を織り交ぜた、ガネリア独自のやり方である。


 権力の腐敗を防ぎ、市民にも役割を与えることで愚民化を防ぐシステムが至るところに配置されている。ガネリア動乱の反省点が生かされたのだ。


 しかし、これには一つだけ弱点がある。


 それは、皇帝の目が確かでなければならない点だ。仮に愚かな人間が指名されれば、簡単に国家は割れてしまうだろう。


 次に選ぶ皇帝には強い権限が与えられるために誤った人選はできない。ただし、現皇帝のハーレムが優れた目を持っていれば、この問題はある程度の期間解決されることになる。


 そして、ハーレムという人間が、シェイクの思想と合うかを確かめたいという思惑がシャーロンからは透けて見えた。


 もしこの問題さえクリアできれば、ベガーナンも同盟を結ぶための根回しがしやすいのだ。人間の奥底にある嫌悪感ほど拭いにくいものはないからだ。


 シャーロンがエトールの話題を振ったのも気まぐれではない。【ガネリアの思想】を探ったのだ。もし本当に融和が進められるようであれば、同盟の可能性もたしかに存在するのである。



「シェイクにとって重要なことは、現在の地位を維持することなのです。仮に私たちと戦うことになれば、それも揺らぎます」


「それはわかるが、同盟にまで至るのが理解できないな」



 現状ではシェイクにも余裕がない。一部の州では、兵士に支払うボーナスも一時停止になっているほどだ。兵士の士気は相当低い。特にシェイクが誇る屈強な外国人傭兵部隊は、報酬が少ない仕事に対して乗り気ではないだろう。


 本来ならば、ここはじっとしておくのが得策なのだ。それが無理ならば、大国としての面子を示す必要がある。だとすれば、わざわざ自国の負けを求めるのは理解しかねるものだ。


 しかし、それもまたエシェリータにはお見通しである。



「あのベーガナン大統領は、相当な食わせ者ですよ。シェイクが動くもう一つの理由は、これが【仕組まれた戦い】であるからです」



 ベガーナンはシンタナ州の動きが抑えられないものだと悟ると、すぐさまガネリアを仮想敵国として動くことを承認した。ただし、それはあくまで【失敗を前提】にしたものである。


 シェイクは大きな負債を負い、今回の派兵でもまた出費がかさむだろう。さらに負けでもすればダメージは計り知れない。大国の面子が台無しである。


 そうなれば、シェイクに寄っていた国家との間にも微妙な空気が流れかねない。本来はリスクである。しかし、これをベガーナンは好機と考えた。


 現在波に乗っているガネリアの成長が将来性のあるものならば、それを利用しよう考えたのだ。



「私たちに勝利をプレゼントすることで面子を差し出したのです」



 ガネリアにとって、シェイクに勝利することは重要な意味を持つ。


 ガネリアには多少なりとも富が集まったが、今まで抱えていた人種的、宗教的なリスクを懸念する声は多い。戦争で疲弊したこともあり軍の再編も始めたばかりである。大軍を率いた際のハーレムの実力も未知数。旧ガーネリア派閥の中にもそうした危惧は存在していた。


 だが、ここでもしハーレムが大きな実績、シェイクを圧倒するという【大偉業】を成し遂げたらどうだろう。


 人々の熱狂はさらに加速し、ガネリアはさらなる高みに踏み入ることになる。そう、中堅国家を超えた【準大国】の領域に入るのだ。


 それがシェイク側からのプレゼント。


 では、見返りは?



「実のところシェイク側に損失はありません。むしろプラスなのです」



 政治体系のアレルギーが解消されれば、シェイクにとってガネリアは実に旨味のある隣国となる。


 国家にとって一番の【客】とは隣国なのだ。互いに交流が生まれれば、ガネリアの富は合法的にシェイクに流れることになるだろう。


 面子を重視して反発すれば、体裁は守られるが損をする。一方感情を抑えて友好を求めれば、プライドは傷つくが利を得る。どちらを選ぶかである。


 そして、ベガーナンは後者を選んだ。


 シェイクが失うのは大国としての面子。といってもその一部にすぎない。そのためにベガーナンは、派遣する軍にシェイク連合軍の名称を与えていない。あくまで州軍によって組織されたシェイク・シンタナ州軍としている。


 ここで重要なのは、「エターナル」の名が使われていないことである。


 シェイク・エターナル。その名の通り、正規の連合軍には必ずエターナルの名が与えられる。これを冠していない軍は、あくまで私兵の域を出ないのである。


 それが負けたところで、ガネリアとの同盟が果たせるのならば些末なことである。シンタナの失敗を連合側が補填する義務はないのだ。だからこそ各州には、強い自治権があるのだから。


 シンタナに確執は残るかもしれないが、シェイク全体は大きな利益を得るだろう。

 敵を味方にしたのだ。当然のことである。



「シャーロン様が、わざわざジーガン様と寝たと言ったことにも意味があるんですよ」



 ただの小話ではある。だが、そこには歩み寄ろうとする相手側の意思が見えた。それは同盟を本気で考えているという相手側の隠れたメッセージ。つまりは【隠語】である。



「そんな馬鹿な。あんな会話に意味があったのか?」


「政治とはそういうものですよ、お兄さん」



 少し小馬鹿にした態度のエシェリータ。ただゼファート当人は、馬鹿にされたことも理解できていないが。



「エッシェ、寝たとか言っちゃダメだ!」



 突然思い出したかのようにゼファートが叫ぶ。思えばエシェリータは十歳なのだ。寝るとかやったとか、実に有害である。



「お兄さん、いまさらです。それに今時の女の子は、ませているものです」


「ダメだ、ダメだ。まだ早い!」


「ぶー、お兄さんは過保護です」



 頬を膨らませて文句を言うエシェリータ。今は黒金目は輝いていない普通の女の子である。ゼファートとも本当の兄妹のようで、こうしていれば微笑ましい。


 しかし、ヨシュアの目には、小さな少女に内包された巨大な叡智が末恐ろしく、畏怖すら感じる。



(これがエトールの力なのか)



 エトールは恐るべき知恵を持っている。それはレクスを見ればすぐにわかるのだが、彼一人では単に個人の能力である可能性も否定できない。


 だから侮っていた。


 エシェリータを見れば、エトールは間違いなく危険な存在であることがわかる。子供ですら、その知恵は一国の参謀に匹敵するレベルである。


 彼女がどの分野に秀でているかはまだわからないが、優れた軍師にもなれるし策略家にもなれるだろう。彼女を連れていくように命じたのはハーレムである。彼にはこのことがわかっていたのだろうか。



(ハーレム様にそこまでの考えがあるとは思えない。ベラ殿だろうか)



 ハーレムは王として優れているが、策略を巡らせることは苦手である。


 とすれば、入れ知恵をした人物がいる。それはハーレムの奥方となったベラ・ローザの可能性が高い。彼女はレクスのこともよく知っていたし、エシェリータの才覚をいち早く見抜いたのだろう。


 だが、あの心優しいベラ・ローザがそうした決断をするとなれば、事はさらに大きくなる。エトールの血を他国に公開してでも、あえて参加させる意味があるのだ。それも重要な。とても重要な。


 そして、次に発せられたエシェリータの言葉が、その疑念を裏付ける。



「ヨシュア様、このまま済むと思いますか?」



 エシェリータの声が少し低くなる。見ると、彼女の目がまた不気味に輝いていた。



「どういう意味だい?」



 ヨシュアは平静を装って聞くが、エシェリータの瞳はそのわずかな動揺ですら見抜いているようであった。


 そして、静かに小声でその名を出す。



「ゼッカー・フランツェン様のことはお話でしか聞いたことはありませんが、今回のことはその方の仕業でしょう」



 エシェリータは、ガネリア動乱においては部外者である。ゼッカーのことも、グランバッハやゼファートに聞いただけにすぎない。


 しかし、彼女は【被害者】でもある。


 彼女の両親は【反応兵器】によって死んだ。そして孤児となったところを保護されたのだ。その意味では、直接的に戦争の悪意を感じ取った人間であるといえる。


 彼女は、その際に一時的に視力を失っていた。エトールの血が目覚めた時に視力も回復したが、それそのものが一つの通過儀礼であったように思えてならない。


 彼女は、【悪魔としてのゼッカーの意思】に対してひどく敏感なのだ。実際に使ったのは違う人間だが、反応兵器を開発したのはゼッカーである。そこには彼が本来描いていた青写真が内包されていた。


 だからわかるのだ。




「今日、ゼッカー様は動きますよ」




 その言葉はまさに予言。

 起こることが始めからわかっているかのように、まるで昨日のことを語る口調。



「なぜならば、この国際連盟会議を仕組んだのも彼であるからです」



 それは最初から決まっていたこと。

 ここにすべてを集めるためにゼッカーが動いたのだ。


 ルシアの天帝が来るように。ベガーナンやカーシェルがいるように。カーリス法王やグレート・ガーデンの超帝が来るように裏でゼッカーが根回しをしたのだ。


 その彼に【協力する存在】のことを、エシェリータは本能的に感じ取っていた。

 それはまるで自分と同じ存在なのだ。


 同じように考え、同じように操作できる存在。

 歴史の影に潜み、人類の動きを操っている大きな意思を持つ者たち。


 全国家に存在し、すべてを制御している賢人の思想を継ぐ者たちをエシェリータは知っている。

 血が知っている。


 なぜならばエトールの民もまたその一族なのだから。


 もっとも、彼らが持っている賢人の遺産に形はない。

 彼らの血そのものがそうなのだから。


 エトールの血は、総体として情報を保持する。

 レクスが死んでも、エシェリータがそれを受け継ぐように、常に知恵は蓄積されていくのだ。


 だから、彼女にはすべてわかるのだ。

 今日、彼という存在が動くことが。



「何の…ために?」



 そうつぶやくヨシュアの言葉は、もはや半ば消えかかっていた。


 ゼッカーがやることなど最初から一つしかないのだ。悪魔となった彼がやることは、あの男と同じことなのだから。いや、あんなまがい物などより、はるかに危険な存在なのだ。


 彼は金髪の悪魔。

 賢人が認めた本物の悪魔なのだから。



「ど、どうすれば。そうだ知らせないと!」


「お兄さん、ストップです」



 混乱するゼファートを必死で止めるエシェリータ。この兄は本当に感情的で困る。さすがに少し苛立つくらいに反応的だ。


 兄を諌めたあと、まるで秘密基地で作戦会議を開く子供のように、にやりと笑ったエシェリータが静かに言う。



「何もしないでください」



 エシェリータはそう提案する。それだけではゼファートが聞きそうになかったので、これが【ハーレムの命令】であることを伝えた。



(やはり陛下は知っておられたのだ)



 ヨシュアは確信した。ここにハーレムが来ないことも、エシェリータを寄越したこともすべてはそれが関わっていたのだ。



「いいですか。これから【何があっても】何もしないでください。ここまで話したのは、お兄さんが勝手に行動しないようにです」



 ヨシュアもそれには同意する。ゼファートの行動は予測できない。さすがに以前よりはましになったが、仮にここで大きな出来事があれば直情的になる可能性がある。


 しかも、ことゼッカー関連であればなおさらである。かつては一緒に戦った仲間なのだから当然ではあるのだが、それではガネリアにとって大きな損害となってしまう。


 だからエシェリータは念を押す。



「お兄さん、約束してください」


「…わかった。陛下の命令ならば仕方がない。それに俺にはどうにもできないことだ。相手があの人じゃな」



 ゼファートはゼッカーの力をよく知っていた。もし本当に彼が敵になったのならば、ゼファートはおろかヨシュアですらどうにもできない。


 彼を止められるのはハーレムだけなのだ。その彼が来ない。それが意味することは、まさにエシェリータが言ったことそのままである。


 何もしなくていい


 それがハーレムの決断である。



「ガネリアの利益になるのは間違いないんだな?」



 ゼファートは改めて確認する。



「はい。すでに問題はそれ以上のものですけどね」



 エシェリータは紅虎が来ている意味もわずかながら理解していた。


 彼女が来たということは、もはや問題はガネリア一国の利益に留まらない。人類を巻き込んだ、もっと大きな流れに至ることは確実であるのだ。



(これから何が起きるのだろうか)



 ヨシュアの憂鬱は続く。

 その不安はいつしか世界を覆ってしまうほどに膨れ上がっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

評価・ブックマーク、よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ