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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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十九話 「憎しみを断つ剣 その2」


「ふふ、はははは!! かかってくれたな」


「芝居だったとは…な」



 すべては布石だったのだ。邪気に呑まれたのは事実だったが、ユニサンは意思を保っていた。そして、この一撃を見舞うまでの計算を行っていたのだ。


 壁を殴っていたのも芝居。油断させるための罠であった。いや、半分は正気を失っていたので本気でもあった。


 それでもユニサンの怒りと精神力は常人を超えていた。ギリギリで正気を保ちながら機会を待ち、ついに成功させたのだから。



「油断などしないさ。お前たちは狡猾だからな!! その首をねじ切るまで油断などはしない!! 信用もしない!」



 ユニサンの目はやはり過去を見ていた。その言葉もかつての敵に向けられたものであった。すでにアズマを見ていない。



(哀れな)



 アズマはその感情を抱きながら、自分もまた過去を思い出していた。


 アズマが生まれたのは貧しい家庭だった。ユニサンほど酷くはなかったが、首都の華やかさとは裏腹にダマスカスでは貧困層も数多く存在している。


 食べ物に困る人間も多い。そんな家庭に生まれた彼は奉公に出るしかなかった。ただ、そこで彼が見たのは腐敗した富裕層の愚かな人生であった。


 くだらない。価値がない。脱走した彼は、いつしか野良犬のような人生を送るようになっていた。その意味ではユニサンと重なる点も多い。


 しかし、彼が違ったのは【出会い】を経験したからだ。


 殺して奪って、野犬のように刺々しく生きていたとき、マスター・パワーに拾われた。襲いかかったが返り討ちにされたのだ。そして才能を見込まれて彼の道場に入ることになる。


 そこでのマスター・パワーの教えはアズマには理解できないものだった。困惑した。価値がないと思った。しかし、強かった。マスター・パワーは強かった。それは今もなお、わからなかった強さである。



「ジン、敵を愛するのだ」



 マスター・パワーである赤虎は言った。


 偉大なる紅虎丸から与えられた名を代々継いできた男は、弟子たちにそう説いた。これこそが紅虎丸様の剣の真髄であると。


 アズマは無理だと思った。そんなことは不可能だ。

 剣を振るいながら敵を愛することなど無理だ。


 十年振るっても、二十年振るっても無理だった。

 そして、今もなお無理だった。

 哀れみはしても愛することはできなかった。



「ははは!! すべてを破壊してやる!! はははは!」



 ユニサンの声が聴こえる。


 これは彼の声ではない。

 彼の額にある【もの】、それが発しているのだ。


 何万、何十万という人々の邪気が言っているのだ。

 彼らはすでに自分で自分を止められないのだ。



(俺は師匠のようにはなれん。紅虎丸様のようにもなれん。だが、だが!! 偉大なる者よ、どうか今だけ力を!! 紅虎丸様のお力を…!!」)



 アズマは剣を振るった。最後の力を振り絞った、軽い、とても軽い剣である。


 刀の重さに任せただけの【置いた剣】。これでは野菜ですらも切れるか怪しい。


 これが精一杯。あと数秒で死ぬ今のアズマにとって唯一放てる一撃である。だからユニサンも避けない。もともと避けるつもりもない。かつて強者であった者を見下すのはたまらない快感だからだ。


 刃がユニサンの額に触れる。ただそれだけだ。


 そして、真断ちが折れた。


 アズマとともに戦ってきた戦友ともが先に死んだ。


 いくつもの命を奪ってきた。だからこの結果にも納得している。何より最期は守るために戦えたのだ。どうして哀しむ必要があるのだろうか。



(ああ…愛している)



 アズマは剣を愛していたのだと知った。


 自己を表現するために学んだ剣であった。その大半は苦しかった。天才といわれることもつらかった。自分はただ、剣を振るっていたかったのだと知った。


 それはもう十分に成し遂げた。今成し遂げられた。


 だからかもしれない。

 だから、そんなアズマの【愛】が奇跡を呼んだのかもしれない。



「?」



 倒れたアズマを見下ろして愉悦を感じていた時、ユニサンが異変に気がついた。自身の邪気が異様に膨れ上がっているのだ。尋常な速度ではない。それは風船に穴が開いたかのごとくの勢いだ!!



「ぬっ! ぬぐううう!! な、なんだ…何がっぁぁぁあ!!」



 邪気の制御ができない。額から送り込まれる力が無分別に暴走している。まるでもがき苦しむかのように。



「どうした!! 何だ!! お前たちは戦うのではないのか! 自分たちを虐げた者を殺すのではないのか!!」



 ユニサンが額に宿したもの、【ザックル・ガーネット〈不変の憎しみ〉】が怯えている。畏れている! 強大な力の奔流に翻弄されている。



「うおおお、うがあああああ!」



 ザックル・ガーネットから邪気が流れていく。違う。邪気が消えていくのだ!


 ゆっくりとユニサンの額が割れ、その【太刀筋】が現れる。太刀筋は、ユニサンの頭から縦にまっすぐ入っていた。そこから光輝く力が流れ込み、邪気を斬り裂いていく!!



「こんなことが…! バカな! 賢人の遺産だぞ! その力がどうしてっ!?」



 次にユニサンが見たのは、まばゆい光であった。


 閃光が視界を覆っていく。

 それと同時に急速に力が萎えていくのがわかった。



「憎しみが…消える」



 自身の中にあった憎しみがしぼんでいく。支配され、略取され、虐殺された者たちの嘆きが光に呑まれていくのだ。闇が晴れていく。


 それは悪い夢のようだった。悪夢だったのかもしれない。


 最初は誰かの悪口だった。それが罵倒になって憎しみになって、差別や暴力に変わっていったのだ。幼い頃に植え付けられた悪意が根付いていたのだ。


 それが、ばっさりと【斬られた】。

 その剣は、悪しき心を斬ったのだ。


 その剣の名を【無明斬破むみょうざんぱ】と呼ぶ。


 心の闇に人が囚われ、真理を見失う状態を無明と呼ぶ。その状態が長く続けば負の感情に支配され、いずれは魔を帯びていく。魔とは、人の心の迷いが生む哀れな姿なのだ。


 紅虎丸がもっとも得意とし、弟子たちに教えた最高の剣とは、相手を赦し、相手を愛する剣。そして解き放つ剣であった。無明を切り裂き、人に愛を取り戻させる剣である。


 かつての初代赤虎は、紅虎丸のこの剣を独自にアレンジし、赤虎流秘伝【無明人刃むみょうじんば】を編み出した。本家には劣るものの、人が放つ中では最高の剣の一つである。


 到底届かないいただき


 アズマが残りの一生をかけて戦ってもけっして届かない領域に、今この瞬間彼は届いた。


 死期を悟ったからかオーバーロードしたからか、その理由はわからない。だが、放った剣は生涯で最高の一振りであったことは間違いない。それは赤虎が乗り移ったかのごとき至高の剣であった。



「……」



 傷は癒えた。切り傷はすでに修復されている。だが、ユニサンは自身の中から憎しみが消えていくのを感じていた。邪気を力に変えていた彼にとっては致命的な現象である。


 ユニサンは、すでに事切れて倒れているアズマを見る。その顔は優しく笑っている。満足し、認め、赦し、愛した顔であった。だからこそ思うのだ。



「…すまん」



 この男は素晴らしい相手だった。誇り高い男だった。本当ならばまだ死んではいけない男だったのだ。


 ユニサンはアズマの亡骸を丁重に運び、折れた真断ちを鞘に戻した。それが死力を尽くしてユニサンという男を倒し、般若の憎しみを斬った男に対する最高の賛辞だったからだ。



(俺は二度負けたな)



 完全なる敗北であった。二度も負ければ後悔もない。アズマは自分が敵う相手ではなかったのだ。すがすがしい気持ちであった。


 しかし。しかし。自分はバーンになったのだ。一度なったからには止まれない。


 ネコ型の携帯電話が鳴った。戦いの最中にどこかに失くしていたが、いつの間にか近くにあった。


 この携帯電話はルイセ・コノが造った特別製で、なぜか持ち主を追尾する機能がある。登録された者以外は触っても何の反応もせず、無理に分解しようとすれば自爆して証拠隠滅を図る。素材は不明だが、この激しい戦いの中であっても傷一つついていない。



「ユニサン、無事か」



 電話に出るとマレンとは違う男の声がした。懐かしい匂いがする声だ。



「俺の寿命はどれくらいだ」



 ユニサンは答える代わりにそれを問う。


 すでに般若の面を使った以上、自身もただでは済まないことはわかっていた。これはオーバーロード以上に危険なものなのだ。



「予測ではあと二時間弱だ」



 男の声は冷静だった。すでに定められたことであり、どのみち発動する予定だったのだ。



「十分だ。それだけもてば第三ステージも有利に進む」



 ザックル・ガーネットからの邪気の供給はすでに止まっているが、すでにユニサンの肉体は今までとは比べものにならないほど強化されている。


 因子も強制的に引き出されているので、生前の三倍以上の力が発揮できる。まだ再生能力も微弱ながら残っている。相手が一級品の武人でもまだ圧倒できる力はあるだろう。


 オンギョウジが最上階にたどり着けば、ついに第三ステージが始まる。あと二時間守り切れればこちらの勝ちだ。それまでもてばいい。



「【あの時】のことを覚えているか?」



 ユニサンはふと思い出したかのように電話の男に聞いた。


 あの時。それは彼ら二人にだけ通じる合い言葉のようなものである。ただ、その言葉には哀しみがよく似合う。



「ああ…忘れることはない」



 男は頷く。二人はともに生き、ともに憎しみ、ともに復讐を誓ったのだ。親友であり戦友でり、唯一ユニサンの気持ちを深く理解できる人物であった。


 その男もまた【あの時】を忘れていない。ただ、ユニサンの中には変化があった。



「今は不思議と優しい気持ちでいる。こんな言葉は俺には不似合いかもしれんがな」



 般若の顔には、もう憎しみはなかった。ジン・アズマという誇り高い剣士が命をかけて斬ったものは、他者を恨み、世界を恨み、何よりも過去に縛られていた心であった。


 不完全な一撃だ。完成された技ではなかった。それでも心は伝わった。本気で戦った二人だからこそ感じた想いもある。


 だから、ユニサンはもう憎しみで戦えない。



「死ぬまで消えないと思っていた。それがこんな時に訪れるとは皮肉だな。アーズはもう死んだ。あとはバーンの端くれとしての役目を果たすさ」



 憎しみが消えてもバーンとしての役割は変わらない。なぜならば、彼らは憎しみのみで動いているわけではないのだ。ただ憎悪や不満の爆発が目的ではない。その本質はもっともっと深いのだ。



「【彼】を頼む。彼だけがすべてを救えるのだ」



 ユニサンの目は、とても哀しそうであった。彼の才能、彼の力は底知れない。この世界すら焼いてしまえる力があることは簡単に理解できる。だが、憎しみが消えたユニサンにはなぜか惜しく思えるのだ。


 それはきっと【英雄】への追悼なのかもしれない。

 もし彼が世界を導く立場にあったならば、自分は喜んで従っただろう。


 怒りを収めてくれと言われれば、悔しくても抑えたかもしれない。

 それだけの魅力が彼にはあるのだ。


 だが、世界は怒りを欲した。それが哀しいのだ。



「この身が砕けても、あの人だけは守るさ」



 男は誓う。男と男の約束は絶対。それは最期の最期まで守られるだろう。



「ああ、頼む」



 ユニサンは携帯電話をしまい、上に向かって歩き出す。



「マニー…レア…俺はそこには行けないが、いつか慈悲が来ることを女神様に祈ろう」



 憎しみが消えて愛。

 あの時失った愛する者への愛だけが、今の彼を動かす力となっていた。


 守らねばならない。

 変わらねばならない。


 変わるためには痛みが必要なのだ。

 その痛みを人間が与えることは傲慢だ。


 だが、傲慢な人間には傲慢な痛みが必要なのだ。 



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