第十九話「帝国軍人の戦い」
翌朝、ゾーイは昨日とは違う水着姿で現れた。けっこう楽しんでいるようである。
「突然で申し訳ないのですが予定が決まりました。ユーキとフィローラはこれからよろしいですか?」
「もちろん構わないよ」
フィローラが隣で頷く。ユーキたちも慣れたもので今日は違う水着でリゾート気分満々だったが、仕事と聞いて気を引き締めた。
「ゆっくりですね。朝食をとってそれからです」
皆でレストランに移動した。男一人で水着の少女と女性を引きつれ、かつその内の二人は紋章持ちだから嫌が応にも目立ってしまうのは仕方がない。
一種類だけの朝食セットを済ませて五人でお茶を飲む。
「ユーキとフィローラ、そして私の三人で面会します」
「うん、大勢で行ってもね。マリエッタとフィリスはプールで遊んでて」
「「は~~い」」
密使としての役割は、最初からこの二人と決められていたので依存はなかった。
「そろそろ行きましょうか。敷地の奥にある建物です」
リゾートの最深部まで行くと小さなゲートがあり、ゾーイが手をかざすと解錠の音が鳴る。背の高い南洋の植物が生い茂る小道を進むと、平屋で煉瓦造りの建物が見えた。
「お互いに自己紹介はなしとしましたので承知を……」
ユーキとフィローラ無言で頷く。ゾーイが扉を開け二人を促し、建物の中に入るとラフな格好をした男性三人が待ち構えていた。ただのリゾート客にしか見えない。
中央の椅子には長い白髪の老人、服装からは判断できないが右の若い男は行政官らしい。左の年配の男は雰囲気と風貌からして明らかに軍人だった。
「こちらへ……」
目の前に二つ並んだ椅子に座り、ゾーイは休めの姿勢で傍らに立つ。
テーブルを挟んでお互いに相手を訝しむような沈黙が続き、最初に口を開いたのはこの中で一番の高位と思われる老人だった。
「この国では王はただの飾りのようなものだが、この老人にも出来ることはあるからね……」
目の前の老人はクワクリルトン諸島共和国の王だ。この迅速な動きは王室外交だったのかとユーキはやっと理解する。
「……少々手伝わせてもらったよ」
おそらくアーヴィア王国の王族が、直接この国の王族に連絡を取ったのだ。そして王本人が動いた結果がこれだった。
「さて、早速だが見せてもらえるかね。それから話しをしようか?」
「はい」
ユーキは体に充填されていた映像魔法を解放した。それをゾーイが受け取る。四人の記憶から再生され記録された、あの時の戦いが部屋の空間に映し出された。
「陛下の言われていた姿と同じですね。驚きました……」
「倒すことができたのは何よりだ。我が国も早急に対応策を練らなければな」
「御心のままに準備は進めて参りました。もちろん内密にです」
「うむ……」
若い男はおそらく王室付きの文官だ。軍人の口ぶりからは王への忠誠心が読み取れる。
そしてゾーイは映像魔法が使える王室付きの魔導闘士、といったところだろうか? 先ほどの文官らしき男の言葉が気にかかった。王はトライポッドのことを知っていたのか?
「ゾーイ、もう一度見せてくれるか?」
「はい」
ゾーイが両手を広げると、再び空間に動画が映し出される。
「ギイチのいった通りになったな……」
複製された二度目の再生が終わり王は呟く。
「ギイチ?」
ユーキは思わずオウム返しに問いかけてしまう。一応、問われた事について答えるだけと決められていた。
「うむ、儂が子供の頃の教育係だった転生人の名前だよ。ユーキ、君と同じ国の出身者のようだね」
「はい、それは日本の名前です」
「彼は色々とそのニホンのことについても話してくれた。軍人でそのトライポッドに襲われた国に派遣され、そこで戦いに巻き込まれて死んだと言っていたよ」
小説にそんな話があったのかは分からないが、日英同盟を前にした時代。日本の旧軍が軍事視察としてイギリスに行くのはあり得る話だった。
そして彼は戦死してこの世界の、この国に転生した。
「ギイチは言っていた。奴らはこの世界にもやって来る。孤立している島が一番初めに狙われると……、必ずこの国にやって来ると」
「しかし……」
「うむ、ギイチの予測は外れた。まさか最初に大陸を狙うとはな……」
実際にギイチの世界ではイギリスが最初の標的となった。そう予測するのが自然だ。
王は手で合図をすると文官が鞄から何枚かの書類を取り出して机の上に広げる。そこにはあの三本足の絵が描かれていた。
「……同じだ」
「ギイチが描いた絵の複製だ。性能や所見なども書かれているよ。貴国には正式な外交ルートで対等な同盟を申し込む予定だ。まずは非公式に検討して欲しい」
ユーキはトライポッドの具体的な機動や熱線の威力、撃退した時の状況などについていくつも質問を受ける。軍人らしき男は様々な攻撃方法を提案し、ユーキとフィローラに意見を求めた。
「そのスケッチは提供しよう。もう我が国だけの機密ではなくなった」
ユーキは裏面も確認する。日本語が書かれていた。
「大日本帝国……」
大日本帝国、特殊戦派遣武官、陸軍大尉 善智義一。
発、英国戦場。
宛、大本営統合参謀本部。
火星ノ異形戦車ニ、英国ノ近代兵器ハ無力無為ナリ。帝国ハ早急ノ対応ガ必要ナリ。
最悪の事態、次々にトライポッドが世界各地に飛来すると想定していたようだ。当然であった。ユーキは続けて水晶の卵の話をする。
「うむ、その話もすでに聞いている。今、国中を調べているよ」
軍人風の男性が既に対応済みと答えた。
ひとしきり話をして、この非公式会談はお開きとなる。時刻はもう昼時だろうか?
ユーキはフィローラ、ゾーイと共に建物を出て、マリエッタとフィリスが待つプールエリアへと歩く。
「こんなに偉い人が来たのに、こっちは僕らみたいな若造でよかったのかな?」
「我が国は制度上、王族の政治関与は禁止されています。本日はこのリゾート施設にて私的な休暇の最中に、他国の冒険者の若者と偶然に出会い語らいの時間を持った――だけの話です」
「まあ、そうだよなあ……」
「偶然の出会いは一度きりになります」
「お話合いはこれで終わりなのですか?」
「はい」
「ふーーん、僕たちはあと二日、ここに滞在するように言われているんだけどね」
「休暇を楽しんで下さい。午後はビーチに行きましょうか?」
「何だか世界に危機が訪れようとしているのに、ピンとこないけどね」
レストランエリアに戻るとマリエッタとフィリスはプールの中ではしゃいでい。まあ、楽しむかと、ユーキは頭を切り替える。
こちらの姿に気が付いたフィリスがプールサイドまで泳いで来た。
「お帰りなさい!」
「仕事は終わりだ。お昼ご飯にしよう」
「うん、マリエッタ~~、上がりましょう」
フィリスが声を上げ、マリエッタは手を振って応えた。二人はプールから上がって濡れた体を拭く。上着を着て昨日と同じようにランチを頼み、ユーキはビールを追加で注文した。
「あっ、まだお昼なのに~お酒~~?」
「僕らは休暇でここに来ているんだ。楽しまなくちゃね」
ユーキはフィリスの突っ込みにそう返す。この秘密会談は、あくまで休暇中に起きた偶然の出会いなのだ。




