恋のキューピッド計画
前にある企画で書いたやつです。テーマは確か、「純愛」でしたね。結構長めです。
かつて、とある高校で生徒の九割九分がリア充という時期があった。その状況を作り上げたのは、ある一人の男子生徒。彼は相性の良い二人を引き合わせ、イベントを起こし、次々とカップルにしていった。彼の目的はただ一つ。自分への告白ラッシュを解消する事だ。この「自分以外の生徒全員が恋人持ちになれば、自分への告白は無くなるのではないか?」という数周回って天才的な発想の計画を、彼は「恋のキューピッド計画」と呼んだ。
この物語は、そんな計画の一端である。
――◎――
「これより恋のキューピッド計画を進行させる。さて、ここに不幸にも血濡れになったラブレターがある」
「何があったんだよ」
昼休み、学校の屋上にて、曇り空の下、二人の男子高校生が謀略を巡らせる。その片方、ツッコミを入れる少年は高校生というより中学生、下手したら小学生にも見える容姿だが、それは種族の所為であり、年齢的には立派な高校生だ。
そしてもう片方の人物、赤い紙を持った黒肌のイケメンこそ、恋のキューピッド計画の首謀者である。狂気的に優れた容姿と聖人の様な精神性、その上、知能も身体能力も抜群を通り越して超越している。そんな色々バグっている男が、男女問わずモテまくるのは必然、宗教の様なものが勝手に出来上がりつつあるのも必然だった。それらを要因としたトラブルを未然に防ぐ為の計画の一つが、恋のキューピッド計画である。
「一応言っておくが、この血は俺のものだから安心してほしい」
「あぁ、はいはい察した。いつもの運命に殺されかけるやぁつ」
因みに、この黒いイケメンはその才能が無ければ生き残れない程度には運が悪い。
「このラブレターだが、実は読む前に血濡れになってしまった。しかし! 天才である俺はこのラブレターを解析し、内容を把握する事に成功した。送り主も解明済みだ」
「うん、まぁ、いつも通りのお前だな。それで?」
「問題は、血濡れになった現場をその送り主に見られてしまった事だ。彼女には本当に申し訳ないと思っている」
「それは……色んな意味でショックだな」
先程から血濡れ血濡れとは言っているが、実際にはこの場に怪我をした人物は存在しない。理由は簡単で、血濡れになった本人が魔法を使い自己治療をしたからだ。ただ、大量出血を伴う怪我だと外科医レベルの魔法熟練度が必要なはずなのだが、それはこの自称天才が実際に天才だからとしか言いようがない。
天才は制服の胸ポケットから一枚の写真を取り出し、話を続ける。
「そしてこれが、件の彼女だ」
「ああ、同じクラスの。結構かわいいって言われてる子か」
「しかし残念な事に、俺の好みではない。告白されても断る事になるだろう」
「確かにスマートなお姉さん系って、お前の好みの真逆だわな」
「だが! 今回はそんな悲劇を未然に防げるのだ! 俺の推測だと、彼女はもう一度ラブレターを書き、めげずに俺に告白を試みるだろう。今朝の事件を通して、寺生まれの彼女は俺を不運から護ろうという使命感をより一層強くし、その思いを手紙に認め直すのに最低でも一日。つまりタイムリミットは明日までだ」
「明日までか。いけるな!」
幼い見た目の共犯者は、長年イレギュラーな天才と接し続けた結果、感覚が狂っていた。
「そうだ、時間は十分にある。明日までに素敵なイベントを彼女に贈り届けてやろう。具体的には、今日の下校中にだ!」
「くっつける相手は決まってるのか?」
「ああ、こいつだ」
胸ポケットからまた一枚、写真が取り出される。
「この少年は、よりにもよって俺を狙う少女に恋をしてしまったらしい」
「……さっきもそうだけど、わざわざ紙の写真用意してるんだ」
「あった方がわかりやすいだろ?」
「うん、まあ……うん」
アナログじゃなくてデジタルでいいだろとか、そんな写真いつ撮ったんだとか、そういう事は天才にとっては些細な事だ。
だから天才は、少年の写真を持って気にせず進める。
「さあ、作戦だが、今回はこいつの純愛を利用する形になる」
「言い方よ」
「今回はこいつの背中を押してやろうという、少しお節介な作戦だ」
「それで良し」
……進めようとしているのだが、なかなか進まない。そして雲行きが怪しくなってきた。
「んで、俺はどうすれば良い?」
「特に仕事は無い。今日は先に帰ってくれ」
「えっ」
「いつも協力してくれて感謝している。だが、連日で仕事をこなすのは流石に疲れるだろう。今日は家でゆっくりと休むといい」
「天丼か!?」
小さなツッコミ役は、空を見上げた。だんだんと、暗くなってきている。そろそろ話を切り上げた方が良いだろう。
「いやいや、今の共犯する流れだったでしょ!? 明らかに作戦会議でしょ!?」
「すまない。とりあえずお前に話さないと落ち着かないんだ」
「なんだそれ。まぁ、別にウソついた訳じゃないし、良いけどさぁ。じゃ、後は事後報告で頼むわ。俺は先に教室に戻っとくよ」
そう言って、この場からツッコミ役は退場した。この場に残るのは、天才なのにボケの男がただ一人。彼は、怪しく輝く紫眼を空へと向けた。
「……さあ! 今日もまた、天才の俺が皆を幸福にしてやろう! 俺を含めた全員が、俺の手助けで幸せを幸せを掴むのだ。フゥハハハハハッ!!」
天才が勢いよく腕を広げると、雨が降り始めた。
――◎――
放課後、部活動も終わり次々と下校していく生徒達。いつもと変わらない日常の中、恋する少年もまたいつも通りに帰ろうとする。――恋慕う彼女を見届けてから。
少年と少女は帰り道が同じだった。だから、偶然一緒に帰る事が何度かあり……いつの間にか、少年は恋に落ちていた。
気付けば、彼女との会話を楽しみにしているの自分がいる。少年がそう気付いたのが一週間前の事。その気持ちを彼女に伝えようと決意したのが二日前。そして、彼女から恋愛相談を受けたのが昨日の事だ。
好きなヒトがいる。その言葉に心を踊らされ、直後に砕かれた。それでも涙は出さなかった。気持ちを押し殺し、彼女の話に耳を傾けた。それが彼女が望んでいる事なのだと、自分に言い聞かせて。
彼女が好きになったのは、学校の中でも一番有名な男子生徒だった。それを知った瞬間、少年は酷く納得した。それなら仕方ない、自分が勝てる訳ない、と。同時に、せめて何か彼女の役に立ちたいとも思った。無理に告白して関係が破綻するより、このまま彼女の良き話相手で居続ける。少年はそんな妥協を選んだ。彼女への思いは、変わらないままに。
相談を続ける内に、どう思いを伝えたらいいかという話題になった。少年は、手紙を書いてみてはどうか、と答える。少年自身が試そうとしていた方法だ。少女はそのアイデアに感激して、善は急げとばかりに走り去ってしまった。その後ろ姿を見ながら、少年はポケットの中の紙切れをクシャクシャにした。
彼女の告白は成功したのだろうか? 雨上がりの空の下で少年は思う。どんな結果だったとしても、今日会う勇気は少年には無い。一人寂しく帰ろうとしたその時、後ろから呼び止める声がした。
「少しいいですか?」
振り返るとそこには銀髪の、件の男子生徒がいた。
「君に頼みたい事があります」
彼は芸術的な容貌と、紳士的な態度、そして天才であるという点で有名な生徒だった。少年が通う高校の中でもトップクラスの存在。少年が恋した少女の、心を奪った男。そんな彼が何故このタイミングで、少年に頼み事などをしようとするのか。少年は頭の中が空白で満たされた。
わからない。どう接すれば良いのか、彼女の事はどうしたのか、どういった感情を向ければ良いのか、少年にはわからない。
「歩きながら話ましょう」
少年は銀髪の男子生徒に従い、歩き始めた。心なしか、歩くのが速い。
「最近、探しているライトノベルがあるのですよ」
頷きはするものの、少年はその言葉を捉えられていなかった。感情の迷路に迷い、意思は会話を取りこぼし、体は無意識に操られている。
「あちこちの本屋や図書館を探したのですが、残念な事に私には見つけられませんでした」
この状況は何なのか。運命のイタズラか、神からの試練か、それとも……。
「そんな時に、君がその本を持っていると聞いたんです。ここまで聞けばもうわかるかと思いますが、私は君からその本を借りたいのです」
少年はここで、自分が異常に混乱している事に気付いた。一旦、落ち着く必要がある。まずは第一段階として前を向き、現実世界を見た。そう遠くない距離に、一人の少女が見える。それを理解して、少年のパニックは悪化した。わざわざ鉢合わせしないよう遅れて学校を出たというのに、速く歩いて追いついてしまえば意味がない。その上、今は問題の男子生徒と一緒だ。場合によっては、少年が耐えられない展開になる。
咄嗟に少年はそれを拒絶して、立ち止まる。
「『邪神は嘆き、女神は嗤う』というタイトルなのですが……どうかされ――」
止まって、息を吸って、吐いて。一周回って整った意識が、今言うべき言葉を組み立て始めた。
彼女を応援すると決めた。でも、彼女がこの男と仲睦まじくしている様子は見たくない。だからといって、彼女がフラれて泣く姿も見たくない。わがままだ。どうしたって救いようがない。少年はそんな事を自覚しつつも、逃げない事を決めた。彼女の告白が成功したのなら、彼女の元へ隣の彼を向かわせよう。失敗したのなら、彼女からできる限り彼を遠ざけよう。どちらにせよ、少年には彼女に会う気がなかった。
少年の頭の中で、言葉が組み上がった。この後の行動を決定する為の言葉が。感情を制御して、言葉を発する為の動作を意識する。そうして――、
――突如、足に熱を感じた。遅れて少年の目はこちらへ炎が飛んできた事を、認識した。
「逃げろ! 早くッ!」
発射地点は銀髪の男。着弾地点は少年の足元、現在進行形で火炎に苦しめられている、何かだ。
少年は絶叫を上げ、飛び退いた。せっかく正常に戻りつつある思考が再び乱されてしまう。
「ここは私に任せてください。天才の実力でどうにかしてみせますから!」
しかし、少年はその言葉を聞いたおかげで狂気へ踏み込まずに済んだ。その言葉には妙に説得力があった。
状況は不可思議かつ、不条理だった。なんの前触れもなく地面に黒い穴が開き、中から這い出てきた存在が少年の足を掴もうとしていた。それを自称天才が炎の魔法で防いだのが先ほどの経緯だ。そして今、いくつもの黒い穴が地面に現れ、そこから更に正体不明の存在が這い出ていた。
それは、灰色の細い四肢を持ち、宙に浮いていた。一見ヒト型にも見えるが、頭部が異常だ。その頭部の形は、全く狂いのない正三角形であり、頂点付近にそれぞれ一つずつ、計三つの目がついていた。それ以外の器官は見つからず、代わりに不気味な模様が平らな顔面に描かれていた。時折それは首をクルクルと回転させ、見た者に不快感を与える。
未知の存在は少年の目の前に次々と湧き出てくる。どの個体も、剣呑な雰囲気を漂わせていた。幸いなのは、謎の存在は少年らを取り囲まずに、少年らが来た道を塞ぐ様に固まって出現している点だろうか。そちらとは逆の方向、つまり今まで歩いていた方向へ走れば、一応逃げれそうだ。
少年に戦う力は無いが、走る力なら自信があった。だからここは、逃げの一択だ。ここに留まっても足手まといになるだろうから仕方あるまい。少年は、走り始めた。
少年を追いかける様に謎の存在が動く。が、しかし。それは銀髪の天才に掴まれ、地面に叩きつけられバウンドし、そのまま炎をまとった空中蹴りを受けるというコンボを決められ、それはダウンした。
少年は走る。目の前には少女の背中が迫っていた。あれだけ会わないようにしていたのに、結局自分から近付いてしまっている。ただ、今はそんな事を気にしている場合ではない。このままだと彼女も危ない。だから、少年は勇気を出して少女の名前を叫び、その手を掴んだ。そのまま少年は走って、少女を引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと何なの!?」
「ごめん! いいから走って!!」
余りにも必死な少年の様子を見て、少女は黙って従う事にした。それだけの信頼があった。
少年らは闇雲に町を駆け抜ける。後ろからいくつもの気配が迫っていた。道を右へ曲がり、左へ曲がり、息が切れかけ、脇道を見つけたのでそこへ飛び込む。息を殺して隠れていると、灰色の影達が通り過ぎていく。それを認識してから、少年らはやっと吐息を漏らした。
それまでの間、ずっと少年は少女の手を離さないでいた。繋いだ手が汗ですっかり濡れてしまっている。場違いにも、少年はその事に赤面した。慌てて手を離そうとしたが、少女が強く握るものだから離せない。
「……よくわからないけど、まだ危ないんでしょ? 私が逃げ遅れないように、まだ握っててちょうだい」
「……うん」
少年はそれだけ返事して、沈黙した。手の感触をあまり意識しないよう周りを見渡し、少年は必死に考えを巡らせ始める。アレは何なのか、アレの目的は、どうしたら助かるのか……。
そこまで考えて、少年の視界が影を捉える。三角形のシルエットだ。反射的に、少年は駆け出した。少女も腕を引っ張られ、躓きながらもなんとか走る。
町中何処へ行ってもヒトはおらず、不気味な三角形だけが存在してた。何度も立ち塞がれては、振り切って、隠れて、また走った。次第に少年の中の決意、何が何でも少女を守るという決意が増していた。だがその裏腹に、体は疲弊する。少女も疲労を隠せないでいた。何故か三角頭の怪人達もボロボロになっていっているので、なんとか均衡を保てているが、いつ少年らが倒れてもおかしくない。
もう既に日は落ちていた。点在する光を頼りに逃亡は続けられたが、遂に限界が来た。
少年らは三角頭に囲まれてしまった。細い路地の真っ只中で運が尽き、挟み撃ちされてしまったのだ。ただ、相手は所々に焦げ跡があり、中には緑の液体を体から漏らす個体もいる。少しでも戦闘能力があれば突破できそうだが、少年にはそれがない。魔法も腕っ節もてんで駄目で、脚力だけが取り柄なのだ。それでも少年は、少女を庇う。絶対に守ると決めたから、決めてしまったから。
「く、来るなら、僕が相手だ!!」
ジリジリと迫ってくる怪人達。少年はそれを睨みつけるしかない。少女と繋いだ手に力が入った。
不意に、少年は腕を引っ張られる。予想外の出来事に抗う事ができず、気付けば少年と少女の位置が入れ替わっていた。
「え……!?」
「ありがとう。もう十分だから」
少女もまた、決意していたのだ。繋いだ手から、震えが伝わっていた。本当は怖いはずなのに、強がって、自分を犠牲にしてまで守ろうとしてくれた。遡れば、誰もが匙を投げてしまう様な恋愛相談を真摯に受けてくれたのだって、とても嬉しかったのだ。
「だから、今度は私が返す番……!」
だから、少年に報いる為にも、切り札を出す。
少女は両手を合わせ、瞑目する。少女の家系に代々伝わる、魔を滅する奥義。それが今、放たれる。
「破ッ!!」
刹那、世界が聖なる光で満たされた。怪人達はその光によって吹き飛ばされ、地を転がる。その後、起き上がる個体は一体もいなかった。
「……え?」
「私、寺生まれだから」
少年が漏らした声に、少女は晴れやかな顔でそう答えた。
その後、二人があの正体不明で三角頭の怪人に襲われる事はなかった。少年と少女が夜の街をぶらぶらと歩いていると警察に発見され、保護された。警察によると、町中で怪人による被害が出ていたらしい。多くの人々が拐われた町は、閑散としていた。
事情聴取を経て、ひとまず帰る事になった少年と少女。星空に見守られながら、彼らは手を繋ぎ歩く。保護された時に一度は離したのだが、少女からまた繋いできたのだ。
少女の実家に到着し、少女はやっと、名残惜しそうに手を離す。ここでお別れだ。
「今日は、本当にありがとう。……どうして、あそこまで頑張ってくれたの?」
「えっと、僕はただ……」
少年は、言葉の先が出てこない。言える訳がない。少年はただ、彼女への純愛を原動力に動いていた。それを言葉にするにはとても気まずくて、気恥ずかしいものだ。
「……言いたくないのなら、無理に言わなくていいわ。どんな理由にせよ、私、今日の事は忘れないから」
不意に少女が少年に近づく。お互いの匂いがはっきりと感じられる程の距離で、少女は少年の耳元に囁いた。
「……かっこよかったよ」
言い終わったら直ぐに少女は少年から離れ、背中を向ける。……赤くなった顔を隠す為だ。
少女の言葉で、少年は酷く報われた気持ちになった。その言葉だけで、何日も、何ヶ月も、何年も、生きられる気がした。
「そ、それじゃ、また明日ね」
「……うん、また明日!」
再会の約束を胸に、少年は歩いていく。空を見上げると、流れ星が一つ流れていった。
――◎――
「それで、昨日の計画は上手くいったの? かなり大変な事件が起きたけど」
「……その事件のせいで計画は台無しになった。だがな、結果的には大成功だった。俺は未知のモンスター百抜きする事になったがなァ!!」
「お前よく生き残れたな……」
「当然だ。天才だからな」
少年少女の逃走劇の裏側では、一人の天才が大暴れしていた。その事を知る者は、あんまりいない。
「純愛とはなんぞや」と悩み抜いた末、この作品が生まれました。




