表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

まりすけ様大ピンチ

○第9話:まりすけ様大ピンチ


放課後、かのえ君とさっちんは”まりすけ”様の身辺警護のため即時に下校していただきました。

彼らに放課後何らかの用事がある場合は僕やたお先生が代行するなどの手段で彼らを可能な限りすばやく下校させます。

”まりすけ”様が通われている女子校の正門の前にある郵便局。

二人がそこの駐車場に到着するまで約45分。

その間”まりすけ”様には校舎内で待機していただきます。

かのえ君とさっちんが所定の位置につくとかのえ君から僕の携帯電話に連絡が届きます。

次に僕が岡めぐみさんの携帯電話に連絡をします。

最後に岡さんが”まりすけ”様の携帯電話に連絡をして”まりすけ”様の下校開始となります。

”まりすけ”様の下校が始まるとかのえ君とさっちんが彼女の後を追い、かのえ君が都度僕に報告をしてくださいます。

かのえ君の最初の報告は”まりすけ”様が電車に乗るまでの道のりについて、でした。

女子校の最寄りの駅に到着するまでは女学生達は集団を作って下校をし、悪漢が手出しをすることは不可能だろうと、その様な感想を申されました。

2回目の報告は電車を降りた直後で、構内放送の音が大きくかのえ君の声が聞き取りにくくてかないません。

電車の中も人の目が多くて、今の処ストーカーが悪事を働ける契機は無いでしょうというお話で御座いました。

さて電車を降りた後、”まりすけ”様のご自宅まで15分近く歩くのですが、やはり駅前の商店街などは明るくて人が多く、果たして”まりすけ”様を襲う契機などあるのか?究極的にはストーカーは本当に存在するのかという疑念が3回目の報告で御座いました。

「ストーカーは絶対に居ります。」僕はそう断言致しました。なぜなら僕は”まりすけ”様を信仰する紳士だからであります。僕がマイレディーを信じずして誰が信じましょう。

丁度その電話をしていた途中、ふと重く沈んだ表情の”まりすけ”様が振り返り、20mほど後方のかのえ君と目があったのだそうで御座います。

『分かりました。僕も気を引き締めなおしましょう。』とかのえ君の自らを叱咤するような声。

「僕の”まりすけ”様をお願いします。」

やや怯えた彼女の視線。

かのえ君はそれにどう応えたら良いのか分からない。

只呆然としていて、思い間違えると気まずさに耐えかねて目をそらしてしまいそう。

”まりすけ”様がかすかにかのえ君の制服を指さして力なく微笑まれた時は、自分のふがいなさを痛感し同時に何としても彼女を守らなければいけないと決意を新たにしたと、かのえ君は後に申しておりました。すまない志を同じくする有志諸君、その心痛は僕が負うべきものなのです。

”まりすけ”様の気持ちも限界に近いのかもしれません。

僕はこの報告を受けて事件を早期に解決しなければならないと確信したのですが、ストーカーの奴めがなかなか姿を見せません。

いや、実は彼奴は何度もストーキングを繰り返していたからこそ、通り道を熟知していたからこそ、今まで姿を見せなかったと申し上げるのが正解かと存じます。

そう、今までは彼奴に絶好の契機が訪れることが皆無だから現れなかったのです。

今まではなのです。

”まりすけ”様の通学路に大きな神社の裏道、神社の方から竜のように巨大な松が細道の天を覆い、落ち葉が一面に敷き詰められた石畳の道があります。

事前に地図で確認をしたときには特別な感想は持たなかったのですが、さっちんのスマートフォンで撮影した映像をメールしてもらい、それをひと目見た時にピンときました。

僕はタブレット端末を忙しく操作して今一度オンラインの地図情報と照らし合わせます。

両側を高い壁で挟まれた古い細い道は人通りがほとんどなく、長いうえに中ほどで2回折れ曲がっておりますので両端の通りから見通しが利きません。

僕はそのおどろおどろしい裏道に”まりすけ”様が消えてゆく姿を想像してぞっとしました。

彼奴は始めは本当に”まりすけ”様の後ろを気付かれぬようについてゆくだけで満足をしていた。

幾度もストーキングを繰り返すうちに、彼奴は神社の裏道が自分にとっての絶好の場所だと気付く。

ある日、彼奴が妄想に由来する興奮で思わずいつもより強烈な悪意をもって近付き過ぎてしまい、”まりすけ”様に存在を気取られた。

そのシナリオはある。

僕はスマートフォンを握りしめて足の速いかのえ君に裏道の出口に先回りするように伝え、更にさっちんを裏道の入り口に引き下がらせてクアッドコプターの準備をさせました。

さっちんが神社の入り口付近でスマートフォンを操作しているふりをしつつ裏道の入り口を睨んでおりますと、さっそく男が一人裏道に入ってゆきます。

特に特徴のない若い男で怪しい雰囲気はなかったそうなのですが、僕は絶対にその男がストーカーだと直感してクアッドコプターを飛ばすように指示をいたしました。

クアッドコプターを先行させた状態でかのえ君とさっちんが男を挟み撃ちにするように裏道に侵入します。

僕はクアッドコプターから送られてくる準動画を見て、彼奴が”まりすけ”様を狙っていると確信をしました。

僕はメールタイトルと本文に’走れ’とタイプし、かのえ君とさっちんを送信先に選択した状態で送信ボタンの付近に指を置きます。

彼奴がすっと”まりすけ”様に向かって足を早めた瞬間、僕は右手の親指で送信ボタンを弾きました。

メールを確認したかのえ君とさっちんが血相を変えて猛然と突進をします。

クアッドコプターのカメラで見ていた限り、緊急事態だというのにかのえ君とさっちんのアドリブは完璧でありました。僕は事前に先ずはストーカーの個人情報を明らかにすることが肝要であり、たとえ現行犯でも撃退したり取り押さえることは再発防止にはならないと念を押してあります。

彼奴を視界にとらえた瞬間、かのえ君とさっちんは足の運びをゆるめてお互いの名を呼び合います。

「おーい、かのえ君。やはりこちらの道でしたか。」

「やあやあ、さっちん。僕も道一本間違っていたとは思ったのですけどね。」

これならば二人のやりとりは至極自然なのであります。僕は彼奴が現行犯に至るまで待つと”まりすけ”様がお怪我をされるかもしれないとも申させていただきました。彼らは僕の要求に完璧に応えてくださいました。

かのえ君とさっちんは談笑をしながら”まりすけ”様の後ろを歩いてゆきます。

このとき彼奴めは小さく舌打ちをしましたので、僕はその男がストーカーであるという確証を得ました。

”まりすけ”様も舌打ちに気づき恐怖で顔色を失ってその場にへたり込んでしまわれました。彼奴はそれにちょっと驚いたようなそぶりを見せて真っ直ぐに去ってゆきます。

僕はかのえ君の携帯電話に発信をし、”まりすけ”様をご自宅まで送っていただくようお願いをしました。

早足で逃げる彼奴の追跡は僕がクアッドコプターを操って行い、さっちんにはお手数をお掛けしますが共犯者が居ないかどうか裏道の周囲を一回り走っていただくことにいたしました。

彼奴は数メートル上空のクアッドコプターに気づくことなく自分のアパルトマンに戻りました。

しかし彼奴がまっすぐに帰らず、道すがらコンビニエンスストアなどで買い物をしたため時間がかかり、クアッドコプターのバッテリーが残り少なくなってまいりました。

今回はオフラインミーティングの時のように容易に回収をしてバッテリーを交換することが出来ません。

また、路上に着地させてさっちんが回収する前に警察官や彼奴に見つかってしまうと最悪です。

僕は表通りに信号待ちで停車している大型トラックを見つけました。

積み荷は工事用の鉄筋のようです。

僕は最大全速でクアッドコプターを飛ばして鉄筋の山にぶつけて壊してしまいました。

トラックのエンジン音は大変に大きいですので小さなクアッドコプターの衝突音なんて運転手には聞こえなかったはずです。運転手の方は目的地についた後クアッドコプターの残骸に気づかれるでしょうが、きっとそれ以上追求はせずにゴミのコンテナに放り込んでくれることでしょう。

街中ですので目撃者は多数いらっしゃいますし、一寸でも変わったことならなんでもスマートフォンを手に取り呟きたがる昨今、玩具のラジオコントロールヘリコプターの事故が話題として流行る可能性御有りますが、同様にすたれるのも早かろうと存じ上げます。

ストーカーの所在は判明しましたので翌日の朝、僕は学校へは行かず彼奴のアパルトマンに向かいました。

今の段階では決定的な証拠はありませんので、警察は動いてくれないでしょう。

従って僕が動くわけなのですが、それは警察を動かすための証拠探しが目的ではありません。

何故ならばこれから僕が行うことは法律に反する不法侵入だからでございます。

”まりすけ”様の一件は僕達紳士同盟が最初から最後まで徹底して対処をするしか御座いません。

インターフォンを鳴らしても全く応答がないことを確認して、不法侵入を開始します。

鍵の開け方は前の夜に急いで調べた文字通り一夜漬けの付け焼き刃です。

因みにピッキングツールは工具店などで売っていて、た易く入手出来ました。

電子の鍵はいくつも突破いたしましたが物理的な鍵は初めてですので、僕はてっきり解錠に手こずると思っていたのですが、WEBで調べたとおりに手を動かしたらいとも簡単にかちゃりと音がして思わず「あれ」と声に出してしまいました。全く拍子抜けなのであります。

すぐにピッキングツールを仕舞い、薄手のゴム手袋をしてドアノブを回しました。

室内には土足のまま上がります。雨の日でもない限りアスファルトの上ばかり歩いてきた靴底は綺麗なものです。靴底の模様は後日採取可能でしょうが、靴を脱いでしまうと万が一の時に即時に逃走が出来ません。

彼奴の部屋は”まりすけ”様の写真を飾っているわけでもなく、ただの汚くて臭い独身男性の部屋で御座いました。

部屋に忍び込んだ第一の目的は個人情報の収集ですので、保険の契約書や、電話代の請求書、年賀状、そして飾ってある写真などをスマートフォンでどんどんと撮影してゆきます。彼奴の本名や電話番号、家族構成や交友関係があらわになってゆきます。

PCに保存されている情報も写真に収めます。中身を目視で確認した上に改めてUSBメモリなどに保存する方法では遅いですので、見てこれだと思ったらとにかくシャッターを切ります。

因みに本日持参したスマートフォンは海外向けで容易にシャッター音を消すことが出来ます。彼奴のアパルトマンの戸境壁が薄く、気が短い隣人が在宅されているという最悪の場合を想定して、僕は音を立てぬよう慎重に行動をしなくはなりません。

”まりすけ”様の写真はクラウドの無料ストレージに保存されていました。スマートフォンなどで撮りためてクラウドアプリでアップロードしていたに相違ありません。

PCのパスワード突破は僕の本職ですので、先ほど玄関の鍵を解錠した時のように冷や汗をかくことはございませんでした。

彼奴のPCはウェイク・オン・LANの設定をしてからシャットダウンをしました。

またブロードバンドルーターにも細工をしてゆきます。ネットで公開されているカスタムROMを焼いて、その後設定画面で各種設定をいたしました。

ふと、本来僕が狙っているものがあるはずのない食器棚の引き出しを開けた時、箸やスプーンと一緒にスタンガンが置いてあるのを見て僕はぎょっとしました。

スタンガンそのものに驚いたのではございません。彼奴にとってスタンガン、すなわち”まりすけ”様の襲撃が箸やスプーンと同じ日常であることに強い危機感を抱いたのでございます。

他にもないかと物色すると、冷蔵庫の中に催涙スプレーが置いてありました。これらの情報は実際に彼奴とやりあうであろうかのえ君とさっちんに伝えなければなりません。

さて、ここまで仕事をすればそれ以上何もすることはありません。長居は無用で御座いますのでそそくさと退散をし、学校へと向かいます。担任の先生に会いにゆき「電車に酔ってしまいどうにも動くことが出来なかった、電話もせずに申し訳ないことですが本当に辛かったのです。」と遅刻の事由を説明いたしました。

不法侵入前に学校に遅刻の電話をしなかった理由は、僕が自分の作業時間がどれくらいかかるか予想を出来なかったからであります。

電話をすれば何月何日の何時何分に僕が電話をしたという事実が残り、これが後々不利に働く可能性がありますのでそのようなことは絶対にしないのであります。


ストーカーなどという生々しい話を延々と続けると、文章が生臭くなってしまってしょうがありません。

ここで一寸、緑川るり子さんのお話をさせていただきたいと思います。

僕達紳士同盟がaPhone用アプリケーションを開発するためにおこなったプログラマの募集に応募してくださった専門学校の学生の方です。

僕とかのえ君はaPhone用アプリケーションの開発経験がなく、適性試験も月並みだった彼女を不採用にすることに決めました。

もう決めたことですので、お互いのためにもその場でお伝えしようとそう思いました。

しかし、僕が口を開きかけた瞬間、るり子さんが身を乗り出してテーブルに置いた僕の手を掴み、強引に語り始めたのです。

「私の最も安全な人生の選択はなるべく大手の企業に就職しイチから叩き上げる道です。」

「そうですね。僕もそう思います。」

「でも、私は可能性しか無いあなた達と一緒に、私には無茶な大ジャンプで谷越えを繰り返す道を選びたいのです。」

「僕にとっては目上の方に失礼を申しますがジャンプをするにはその能力が必要です。貴方は適性試験を受けてみてその手応えを感じましたか?」

「適正が不足をする分は努力でカバーします。」

「緑川さんの意気込みは十分に強く僕の胸に届きました。貴方はきっと素晴らしい方です。ただし、それは先ほどおっしゃられた安全な選択をされた場合だと僕は考えます。」

るり子さんの声が低く絞りだすような調子に変わり、暗に引き下がるつもりはないと言い放っております。

「私はあなたたちがこれからする、どのような無茶にも付き合うと言っているのです。」

「それは本当に嬉しいのですが....」

「私の適性試験はチャンスをもらえないほど悪かったのですか?平均点以上はとれていたはずですが!?」

僕とかのえ君は正直彼女に気圧されておりました。

この女性は土壇場でとんでもない根性と粘り強さを見せるのだなぁとあっけにとられておりました。

彼女は更に粘ってみせます。

「ではこうしましょう。卒業までの間、私の働きを見てください。そして採用するかどうかを決めてください。」

「それでは緑川さんが他の会社に対して就職活動ができなくなってしまいます。緑川さんにとって致命的に不利な条件です。どうか冷静になって思い直して下さい。」

「いいえ、私はもう決めました。お願いします。」

これはもう僕達の根負けなのであります。

「解りました。でも緑川さんに不利過ぎる条件は僕達の心構えとしてよろしくありません。僕達の負けです採用させていただきます。もし、やはり僕達と緑川さんの相性が悪いようでしたら、転職先が見つかるまでどうぞ在籍していてください。お給料は支払わさせていただきます。」

「いいえ結構です。私のわがままでお願いするのですから、致命的に不利な条件で上等です。」

僕とかのえ君はただ唸って「それではお好きになさってください」とそう申し上げました。

するとるり子さんの肩がわなわなと震えだし、床にストンと座り込んでしまって急にわんわんと泣きだしてしまったのでございます。

「よがっだぁあ、ひっぐ、うえぇぇぇ」

僕とかのえ君は大慌てで彼女の両側からなだめに向かいました。

「よがったぁ、やっだあぁ、わああん」

やっと泣き止んだ後、少しずつ食事を口に運びながら、彼女は僕達に彼女の胸の奥そこに大事にしていた何かを教えてくださいました。

「わたし、てんで普通で何もなくて。趣味とかも無くて。でも、がんばれるとかがんばりたいという衝動はあって。それであなた達の募集を見てこれしか無いと思ったの。」

るり子さんはまたぐずぐずと泣き出してしまいました。

「これからよろしくお願いいたします。」と僕が握手を求めると、くしゃくしゃの泣き顔を隠そうともせずに、るり子さんは僕の手を握り返してくださったのでございます。

僕とかのえ君は緑川るり子さんはこの一見頼りない柔らかい手に、きっと僕達が持っていない何かをもっていらっしゃるのだと、そう感じたのであります。


さて、そろそろ生々しい話に戻らせていただきます。

僕達は真夜中に例の小高い壁に挟まれた神社の裏道に隠しキャメラを設置する作業を済ませました。

何しろ落ち葉が酷く堆積した道ですので、レンズ以外に迷彩塗装をしたカメラに接着剤で落ち葉を張り付けて、道の隅の落ち葉がかたまったあたりに押し込んでゆきます。

翌日、”まりすけ”様が通う学校の制服を岡さんから受け取ります。

放課後を待って、僕達のストーカー撃退作戦、その名も”合同勉強会”の決行です。

たお先生が神社の裏道の出口、かのえ君が神社内、さっちんが裏道の中ほど、僕が裏道の入り口という配置です。

”まりすけ”様の下校は既に始まっております。僕達が駅の改札を出た時点で僕が岡さんに電話をしておきました。

20分と少々待っておりますと見覚えのある清らかな人影が近づいてまいりまして、僕は”まりすけ”様が裏道に入って行かれるのを横目で見送り、その神々しい後姿を拝ませていただきました。

そして次に彼奴めが裏道に入ったところで紳士同盟の3人と岡さん宛にメールを送信し、人に見られても目立たぬ程度の早足で神社の門をくぐりかのえ君と合流します。

松の大木の影に座しているかのえ君はスマートフォンのアプリケーションを起動し隠しカメラの映像を確認しておりました。

一人の少女に忍び寄る怪しい男の姿、その手にはスタンガン。僕達が必要としている映像がそこに映っておりました。

僕とかのえ君は少女が彼奴に襲われる様子をただ何もせずに眺め続けておりました。

何故なら、”まりすけ”様によく似た後ろ姿の少女は、実は女装をしたさっちんだからであります。

肩に下げているカバンの違いに気付かず、彼奴がスタンガンをさっちんにあてがおうとした瞬間、ひゅっとまるで表と裏がひっくり返ってしまったように振り返ったさっちんの正拳突きで彼奴は地面に長く伸びてしまったのであります。

本物の”まりすけ”様は僕がメールを送信した後、中継ぎ役の岡さんから電話で指示を受け、出口へ向けて走り去ってしまっているのですから、ストーカーの奴めときたら単に只々滑稽なわけなのです。

”まりすけ”様の無事は裏口の出口でたお先生が確認し、僕にメールを送ってくださいました。

たお先生はそのまま”まりすけ”様の後ろについて行き無事にご自宅に辿り着けるまで見守ります。

僕とかのえ君は神社の塀の向こうの裏道側にロープを2本垂らしました。

裏道は低い丘を切り落として2つの通りをつないでおります。

裏道側からは高い塀でも神社からはむしろやや低い塀に見えます。

一本のロープからはさっちんが塀をよじ登ってまいります。

僕は今裏道側の塀の下ではなく神社側にいるのが悔しくて歯噛みをしてしまうのです。

セーラー服姿のさっちんを下から見たい、只それだけなのです。

さて、もう一本のロープには彼奴めが括りつけられております。

それを僕とかのえ君で引き上げ神社側に取り込みます。

松の大木は男3人と両性類一人を隠すには十分な幹の太さで、それは全く立派なものです。

かのえ君がぐてんと伸びている彼奴を背負い、僕達は閑散とした夕方の神社の奥を更に墓地の方へと進みます。

目的地は墓地の入口付近にある小屋の納戸。

彼奴の足を折り曲げて正座の姿勢にして膝から足の付け根までガムテープでぐるぐる巻にして固定します。両腕も背中の方へまっすぐ伸ばして肘から手首にかけてガムテープを巻きつけました。

雑巾を丸めて彼奴の口に押し込み、やはりガムテープを頭に幾重にも巻いて固定します。

そして最後に彼奴の目に包帯を数回巻いて彼奴の視界を奪ってしまいました。目はガムテープではなく包帯を用います。

さて、準備は整いましたのでリース会社から借りておいたAEDを用いて、三途の川の手前で足踏みをしている彼奴をたたき起こします。

「ばぶふうっ」

彼奴は汚らしい鼻水を吹きだして目を覚ましました。何やら自分の置かれている状況を理解できずに混乱をしているご様子でしたので、僕は彼の耳元で「初めまして、ストーカー君」と囁きました。

彼奴は一瞬でしゅんとコンロの火を消されたケトルの様に静かになってしまいました。そしてガタガタとふるえだし始めました。

「君。君は君が襲おうとした相手に打倒されてしまったところまでは覚えているかい?」

彼奴が小刻みに震えたままうんともすんとも言わないものですから僕は「’はい’なら首を縦に、’いいえ’ならば横に振ってください。」と、どうしてほしいのかを明確にお伝えしました。

それでも彼に動きがありませんので僕は彼の答えを待たずに話を進めることにいたしました。

人気がない場所とはいえ、長いは禁物です。

「良くお聞きなさい。君は君が襲おうとした相手に打倒されてここにいるのです。僕は今、君が所持していたスタンガンと催涙スプレーを手にしております。君と僕はこれから勉強会を始めます。本当に君ときたらだめじゃあありませんか。君はこれらを使ったらどうなるのか知らずに、いきなり実践をしようとしておられました。」

僕は剃刀を手にして彼奴の頭頂部の髪をテニスボールの大きさ程度そり落とし始めました。

「おっと、今僕は刃物を手にしております。決して不用心に動かないでくださいよ。僕は気が小さな男ですので、血なんか見たらきっと卒倒してしまいます。」後半はちょっとしたジョークです。

僕は彼奴の頭頂部の地肌がむき出しになったところを水をたっぷり含んだスポンジで拭き始めました。

「よろしいでしょうか。何をするにしても正しい知識や訓練が必要なのです。今日は勉強会を執り行います。スタンガンや催涙スプレーを使ったらどうなるのか、それを君の体に教えていただきましょう。」

僕は彼奴の頭頂部のよく濡れたところにスタンガンを当てがってスイッチを押し込みました。

バチンと酷く火花がはじけて彼奴は海老反りになってしまいました。このとき口に詰めた雑巾が飛び出しそうになったのでかのえ君が彼奴の頭を掴んで雑巾を押し込み、さっちんが更にガムテープを巻いて固定します。

「ほう、スタンガンの威力が多少理解できました。」

僕は彼奴のズボンを下ろし、下着に水をたらし、股間にスタンガンをあてがいます。彼奴は声なんて出せないというのに無駄に悲鳴を上げようと頑張りながら前のめりに突っ伏してしまいました。

「成程。しかしたったの一回では理解できたとは言い難いのです。」

僕は彼奴の頭頂部と股間に5回ずつスタンガンをあてがいました。

「うん、これでおおよその傾向が掴めました。後はスタンガンを用いそうにないところ、そうですね眼球などに運用したらどうなるのでしょうか?」

僕は彼奴の目に巻いた包帯を水で濡らして、スタンガンをあてがいました。しかし彼奴が嫌がって激しく頭を振るので狙いが定まりません。

僕はさっちんにお願いをして膝蹴りで彼奴のあばらを3本へし折ってもらいました。彼奴が大人しくなったところで眼球への試用に挑戦です。

彼奴の嗚咽は無様の一言につきます。

「スタンガンはこのくらいでよろしいでしょう。次は催涙スプレーです。」

僕はそう言いながらかのえ君に彼奴の頭を押さえていてもらい、彼奴の鼻腔に噴射口を突っ込んで催涙スプレーをたっぷりと噴射させて頂きました。どうやら十分に効き目があるようで予想以上にもだえ苦しんでおります。

次に左側の耳の穴、その次に口に巻いたガムテープを少し破いて雑巾を押しのけ、口の中にもたっぷりと噴射させて頂きました。

僕は右側の耳の穴に囁きます。

「催涙スプレーの味はどうでしたか?苦かったですか?甘かったですか?しかし、やはり催涙スプレーは目に用いるものです。」

僕は彼奴を仰向けに押し倒して馬乗りになり、目に巻いた包帯にスプレー缶が空になるまで噴射し続けました。そしてその後にゴム手袋をした両手でぐりぐりとよく目に沁み込むように包帯を押し付けさせていただいたのであります。

「このくらいでよう御座いましょう。皆様、スタンガンと催涙スプレーについて十分な知識を得たと僕は確信をするのであります。」

さっちんが自分のゴム手袋を外して神社の外に走り、僕とかのえ君で彼奴の拘束をときます。証拠になるものは全てビニール袋に入れてトートバッグに放り込みました。彼奴の目には大量の催涙スプレーの液体がこびりついておりますので目隠しを外してしまっても、今や問題はありません。

彼奴にロープを括り付けて塀の外に下ろすと裏道にはさっちんが既に隠しカメラを回収して待ち構えておりました。さっちんは裏道の下で彼奴のロープを外した時点で仕事はお仕舞になります。着替えは駅のトイレで行うつもりが思ったよりも人通りがあり、やむなくよく知ったカフェひまわりに行き、個室内で帰り支度をしたそうです。

僕とかのえ君はまだ少し仕事が残っております。証拠になりそうなガムテープや雑巾、ゴム手袋などをハサミで切り刻んで小ぶりなビニール袋に小分けします。そして電車に乗り各駅でいったん降り、駅構内のごみ箱に一袋ずつ捨ててゆくのです。

すべて捨て終わったならお互いに電話で報告をします。どちらかが手間取っているようなら応援に向かうわけですが、作業は順調に進行いたしました。

僕は紳士同盟の有志3人に”お疲れ様/異常なし(本文無)”というタイトルのメールを送り、岡さんに事件解決の報告を電話にてさせて頂いたので御座います。

因みに僕はメール送信後、他の3人はメールを確認した後にそのメールを削除いたしました。

神社の塀の荒縄がこすれた後などはあえて放置をいたしました。それらは想像をかきたてる断片でしかなく、真実にたどり着くにはミッシングリンクが多過ぎます。


彼奴との勉強会が滞りなく完了した翌日、校門の前で待ち構えていた岡めぐみさんが僕の肘を握りしめて校舎の裏へとひっぱってゆきます。

「岡さん、そんなに血相を変えてどうかされましたか?ストーカーの件でしたら解決したと、その様に報告をさせて頂いた筈ですが。」

「アンタは電話だと腹の内が読めないのよ。」

「はい?」

「わたしの目を見てもう一度言って頂戴。」

僕はこほんと咳払いをしてご要望されたとおりに岡さんの目をまっすぐに見て、昨晩報告させていただいたそのままの内容を今一度申し上げさせていただきました。

「僕達はストーカーのお名前とご住所を突き止めました。そして僕達は彼に直接会い彼の行為がどれだけ迷惑であるのかを説明させていただきました。そして最終的に彼は”まりすけ”様の前に二度と現れないと、僕はその様に確信をいたしました。」

僕の一言一句をむっと息を止めて聞いていた岡さんが不意にぷはっと何かの気持ちと一緒に胸に溜め込んでいた二酸化炭素を吐き出されました。

「解ったわ。」

「はい?」

「それ以上もう聞かないといっているのよ。」

「はい。」

「アンタがストーカーの名前や住所をどうやって突き止めたのか、頭のおかしいストーカーをどうやって説得したのか、誰だって疑問に思うでしょう?」

「そうですか。」

「わたしは聞くべきか迷ったし、知るのが怖かった。」

「はい。」

「でさ、悩んだ結果、アンタの目を見て決めようと思ったの。」

「はい。」

「アンタの目はムカつくほどどうしようもなく自信たっぷりなのよ。だからさ、それいいとね、そう思っちゃったのよ。でも覚えておいて欲しいの。わたしはアンタに依頼した責任から逃げるつもりはないの。私まで含めて共犯者よ。」

「そうですか。」

僕はてっきり岡さんの御用事が済んだものと思ってその場を立ち去ろうとしたのですが、彼女はまだ僕の肘を放そうとしません。

「待って、待って。これからが本題だから。」

「はい。」

「アンタら4人の都合のいい日ないかな?」

「また何か問題でもおありなのでしょうか。」

「違う、違う。お礼したいの。」

僕は両手と首をゆっくりと横に振りました。

「僕達は紳士です。見返りを求めるなんて恥知らずなことは絶対にできないので御座います。」

「ふーん、そう…面倒ね。じゃあ、なんだ、その照れ言い難いけどさ、レディーの申し出を受けるって、そういうことにしてよ。それなら、紳士だっていうなら断れないはずよね。」

僕は岡さんに改めて向かい合ってかしこまりました。

「ようございます。お受けさせていただきましょう。ただし金品の類は僕達を侮辱する行為と考えて、どうかご遠慮ください。」

「大丈夫、お茶に誘って、本人を目の前にしてちゃんとお礼を言いたいだけよ。」

「それはなによりも光栄なことです。」


さて、あっという間に放課後になり、本日は紳士同盟の活動は御座いませんので、僕はのんびりと家路につくので御座います。

そして決して油断できない我が家の玄関前、僕は迷わず庭の方へと向かうのであります。

「あ、」

なんと、庭に続く土間の先の芝生に浅い落とし穴が彫ってあり、僕は足首まで埋まって完全に体制を崩してしまいました。

シュルルッ

玄関の方から不気味な風切り音を発して投げ縄が飛んできて僕の足を縛り上げてしまいました。

「うああああっ!いやだあっ!!いやだあああっっ!!!!」

嗚呼、僕の精いっぱいの悲鳴のなんとむなしい事か、僕はずりずりと玄関の中に引き入れられてしまったのです。

玄関にはパーティー用のクラッカーを10個ほど束ねて手に持った霰さんが待ち構えていらっしゃいました。

そして10個のクラッカーをいっぺんに破裂させたのであります、僕の顔面のたった5cm手前で。

そのクラッカーの大量の内容物は僕の顔面を押し退け、僕は首筋にグキリという鈍く嫌な衝撃を感じて背中の方へ盛大にのけぞったので御座います。

その直後、霰さんが僕の腰に手をまわして僕が完全に後ろに倒れてしまうのを止めて下さったので、その瞬間の僕はさながら社交ダンスを楽しむ女性のような姿勢になってしまったのです。

僕は先ずまっすぐに立ち、乱れた服装と髪と表情を正すことから始めました。

「霰さん。僕を驚かせる冗談にしても、これは一寸度が過ぎてはいませんか?」

霰さんは随分と不服そうに頭を振っていらっしゃいます。

「ちがうもん!これは最高の賛辞だもん!!」

おやおやどうしたことか、僕は耳をおかしくしてしまったのでしょうか。火薬による推進で紙ひもの束を人の顔面にぶつける行為を僕の中学一年生の妹が”賛辞”と申しているように聞こえます。霰さんは更に言葉を続けます。

「めぐさんに聞いたもん。あ兄ちゃんがストーカーを撃た…むぎゅ、」

僕は半田付け作業の時に見せる精密かつ高速な手元の動きを発揮させ、霰さんの唇を僕の人差し指と親指で上下からつまんで、霰さんの口を閉じてしまいました。

だいたいは理解できました。僕は霰さんの体側に僕の五指をあてがい指を拘束振動させ、問答無用の状態にしてから霰さんを僕の部屋まで連行いたしました。

「あ兄ちゃん。わきコチョ攻撃まじ勘弁して。体力と羞恥心をごっそり持っていかれるから。」

「霰さん。ストーカーの一件は僕たちだけの秘密にしておいてください。」

「えー、なんぞー?かっこいいのに。」

「恰好よくなんかはありません。」

「だって悪を倒したヒーローじゃん。」

「それは僕達仲間内から見た見解でしかありません。僕達の行いを悪とする見方は必ず在ります。そしてその見方は往々にして僕達が声高に自慢話をしたときに、他人をねたむことしかできない小人によって用いられます。僕達には小人を相手にするための時間はありません。僕達4人は皆、何か特別なことを成し遂げても絶対に他言せぬように、そのようにするね…癖がついているのです。従いまして霰さんもストーカーの件については僕達の流儀に従って黙秘してください。」


えー、最後に一言だけ言わせて下さい。

良い子は紳士同盟の真似は絶対になさらぬように、どうぞよろしくお願いいたします。


次回、最終話「紳士とレディーのお茶会」。

心に渦巻くもの、喜びと恐れと、そして戸惑い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ