紳士とレディーのお茶会
○最終話:紳士とレディーのお茶会
M典駅前独立系ネットカフェひまわり。
その四畳ほどのお座敷の一室。
僕達紳士同盟の4人は一つのモニタを前に咳払いをして裏声の準備をしております。
すなわちこれからお主人様のチャットが始まるのでございます。
僕達がチャットの読み上げを怠ることは絶対にありません。
最終回だからこそ僕は大いに強調させていただきたいのです。
この小説は主要登場人物に美少女を4人有しております。
しかし、皆様の目の前に見目麗しい彼女達は居らず、代わりにコロリンとデフォルメされたアバターがリキッド・クリスタル・ディスプレイの表面に居るので御座います。
そして彼女達のくすぐったくなってしまうような可愛らしい声を聞くことはかなわず、代わりに僕達の歪な裏声が皆様の耳に届くのです。
>あさがおな:まじでストーカーおったん
>まりすけ :うん
>あさがおな:こえー
>ちずリョナ:こえー
>まりすけ :でも、助けてもらったから
>あさがおな:だれに
>まりすけ :このゲームの作者のひと
>あさがおな:なにその少女漫画、ラブ直行便じゃん
>めGu☆彡:いやあねさん。あいつらだからなーラブはないな、ラブわ
>ちずリョナ:まりちゃんどうなん?
>まりすけ :そうね、恩人だけど感謝はしているけど
>まりすけ :恋は、ちょっと違うかな
>ぁらяё :兄はモテませんから?
>めGu☆彡:あいつら恋愛とは太陽と冥王星くらい離れてる
>ちずリョナ:冥王星はすごいな、どんだけなん
>まりすけ :でもお礼はちゃんと言いたいからお茶には誘ったの
>ぁらяё :わかった、あたしもいく
>ちずリョナ:なんで真っ先にあーちゃんww、妹っ
>あさがおな:あー公てめー何がわかったんだ。お姉さんに白状しなさい
>めGu☆彡:わかった、あたしもいく
>ちずリョナ:乗るね、めぐちゃん波に乗るねww
>巻ちゃん、:わかった、あたしもいく
>ちずリョナ:www
>あさがおな:伝染病か!?伝染病なのかっ!!
>巻ちゃん、:モテない男だけ4人、全員集まるのよね?
>ちずリョナ:そこかww、歪なストライクゾーン
>あさがおな:わかった、あたしもいく
>ちずリョナ:おまww、こぴぺしてんじゃねーww
>めGu☆彡:あねさんもくるんだ
>あさがおな:ビッグウェーブに乗ろうと思って
>めGu☆彡:陸サーファーの鏡っすね
>ちずリョナ:ちぇーっ、あたしはさすがにいけないなー
>めGu☆彡:声だけ参加する?
>ちずリョナ:できんの?
>めGu☆彡:あいつらに頼めばたぶん、テレビ電話とかそんなん?
チャット終了後、僕─紳士同盟主席─圷朝は有志3人の前で額を床に擦り付けて土下座をしていた。
「主席、なんてぇことをして下さったのですか。」
「すまぬ。」
美少女とのお茶会。
多くの男性にとっては突然の福徳ですので簡単に喜び舞い上がってしまえばよろしいのです。
しかし、僕達有志は絶対的に女性に好かれない特殊な存在なのです。
お茶会でお会いしたならば、僕達は一人残らずお慕いするご主人様達に愛想をつかされてしまう事でしょう、確実に。
最悪、僕達のゲームから離れて行ってしまうかもしれません。
これは僕の大失態なのであります。
岡めぐみさんの前で男前を気取って、僕はたいへんな約束をしてしまいました。なんとかしてお断りをしなければいけません。
ここで、前話で懲らしめてやったストーカー男のその後について一寸お話をさせていただきたく存じます。
彼奴めは盗撮した”まりすけ”様の画像をクラウドストレージに保存しておりました。
全く、か弱き少女を盗撮するだなんて、ホモサピエンスの、いや霊長類の、いや哺乳類の、いや生物の、いや物質の風上にも置けません。この宇宙で最も卑しく下劣な存在です。
そんな彼奴をただでは置いておけない僕は、彼奴が”まりすけ”様の画像を見るためにクラウドにサインインする瞬間を監視しておりました。
午後10時15分前ごろ、彼奴目がいやらしくもそして懲りずにクラウドにサインイン。
僕は彼奴が画像フォルダを開いた瞬間、配置されている”まりすけ”様の画像データを次々と別なものに置き換えてゆきます。
ええ、そうですとも。僕は”まりすけ”様の画像ファイルと全く同じ名前で様々な生き物の腐乱死体の写真を用意していたのです。それで上書きコピーをしてしまうのです。
性根まで腐りきったストーカーには可憐な”まりすけ”様の画像ではなく、そういった文字通り腐った肉塊の画像の方がお似合いなのであります。
さて、目の前で美少女の写真が不気味な死骸の写真に変わってゆく、そのような体験をされている彼奴めが今何を感じていなさるのか、それは知り得ませんが彼奴にはもう一つ腐った映像を見ていただかなくてはなりません。
僕が”腐った男.mp4”という名前で新たにアップロードした動画は、あの日に僕達が隠しカメラで撮影した彼奴の姿そのものなのであります。
スタンガンを手に少女(実際には女装したさっちんですが)の背中に襲いかかる性根が腐った最悪の戯け者が映っております。
彼奴のよだれの粒まで見えるほど鮮明に顔が判別できますので、とても言い逃れは出来無いということは彼奴の腐った脳みそでも即時に絶対の事実として認識できることでしょう。本当でしたらこの動画をもって警察に通報してやりたいところなのです。しかし彼奴が警察の管理下に入ってしまうと僕達が紳士的な行いを彼にして差し上げられなくなってしまいますので、今は自重したいと考えております。
僕は彼奴がその動画を見終えるまでずっと待ち続けました。
彼奴は動画を見た後すぐに、その動画と他の死骸の画像を削除し始めました。
僕は彼奴が削除するそばから、同じファイルをアップロードしてゆきました。
何度削除しても動画も画像もすぐに復旧してしまうのでそのうち彼奴は削除するのをやめてしまいました。
彼奴が次にするであろうことは予測がついておりました、クラウドのアカウントの削除です。
ファイルを一つずつ削除できないなら、アカウントごと削除してしまえば良いと、そのような安易な思いつきです。
僕は彼奴がアカウントを削除してしまうのをネットワークの回線越しに只眺めておりました。
そして、彼奴がPCをシャットダウンした瞬間を狙い、予め設定しておいたウェイク・オン・LANの機能を使い彼奴のPCを遠隔操作で起動したのです。
僕は彼奴のPCをリモートで操作してログインし、彼奴のクラウドのアカウントとファイルが完全に復旧している様子を表示いたしました。
シャットダウン直後に電源を入れてやったので、彼奴は間違いなく自分のPCを見てクラウドのアカウントが元に戻っていることを知った筈なのですが、それから彼がどうしたのか、一寸僕には解らないのであります。
彼奴のPCは少なくとも僕が監視をしていた一晩の間は電源が入りっぱなしで、なおかつキーボードもマウスも指一本触れられていない筈なのです。
絶対に彼奴は復旧した自分のアカウントを見た筈なのですが、一体彼奴は何を思い、そしてどうしたのでしょうか?
第8話で後送りにしていた某中国企業との交渉のお話をさせていただきたく存じます。
来日された方は若い女性がお一人と、三十代半ばに見える男性がお一人。
お話は通訳の方を介してお互いの自己紹介を行ったというところで終わっていた筈で御座います。
僕達は男性の方がお役が上だと思って先に挨拶をしようとしたのですが、なんと陽気な若い女性のほうがマーケテイング・ディレクターなのだと知り、いきなり度肝を抜かれました。
男性の方はソフトウェア開発のプロジェクト・マネージャで技術上の専門的なお話をするために来られたのだそうです。
早速僕は本日の議題である僕のアイディア、つまり、僕達が日本で起業をしてゲームシステム全体の開発と運用を行い、最終的に彼らのコミュニケーションツール用にゲームをポーティングすることのその意義について説明をさせて頂きました。
「貴社ご提案の通り300万USドルで僕達のゲームを買収するやり方でも貴方達は勝利を収めるでしょう。しかし、僕のアイディアならば300万USドルよりずっと少ないほぼ半額である180万USドルで13ヶ国向けのローカライズも含めてなし得ることが出来、これで貴方方はただの勝利ではない大勝利を得るので御座います。」
この”勝利”を強調した話し方が中国の企業と交渉するときのコツだと通訳の方に教わりました。
マーケテイング・ディレクターが配布資料を今一度確認した後、僕達に起業後安定して会社を運営する能力はあるのかと質問をしてきました。
それは想定していた質問でして、お返事は既に用意してあり、そしてそのとおり説明をさせていただこうと思っていたのですが、若い女性は質問をしたそばから答えを待たずにじゃんじゃん話を進めてくるのです。
曰く-
「いじわるを言っているのではない。起業する能力がないならそう言ってくれればよい。もし貴方の案が採用になったら、それは私達が手伝ってあげられるから。」
僕は僕が用意したプランを紹介したいけど、このような子ども扱いの提案をされてしまいますと一寸様子が変わってまいります。
拗ねてしまったわけではありません。逆であります。
ただ僕が自分たちでやりますと言い切ってしまうと、まるで突っぱねるような言い方になり先方の機嫌を損ねてしまうかもしれないと少々考えて、即答しかねておりました。
するとその隙に通訳の方が「僕が頼りになる税理士を知っています。」と宣伝をしてきて、マーケテイング・ディレクターさんとどんどん話を進めていってしまったのです。
僕は”これはしまった、自分の意見を完全に言いそびれた”と後悔をしてしまいました。
この様な交渉の場で物怖じするような態度は何一つためにならないと痛感しました。
本当に、生き馬の目を抜くなどという表現が生ぬるく聞こえる程の話の展開の早さなのです。
マーケテイング・ディレクターさんはもう通訳の方が紹介した税理士のプロフィールを完全に気に入ってしまったようで、そこはもう逆らいようがなさそうです。
僕は用意していた組織図をさり気なく取り出して、果敢に説明を始めたのであります。
するとマーケテイング・ディレクターさんと通訳の方がそろって「へぇ、ちゃんと考えてたんだ」とちょんの間ぽかんとされました。
その直後笑いが湧き上がり、話はさらにどんどん加速してゆきます。
交渉の場では我らがラスボスたお先生はアテに出来ないので、かのえ君の腕を引いて強引に話に参戦させてしまいました。口の数を多くして言い負けないようにしなければいけません。
組織図の説明でaPhone用アプリケーション開発体制の話題になり、僕は緑川るり子さんについて説明をせざるを得なくなりました。
aPhone対応は僕達のゲームのシェア拡大の要ですので間違った説明は出来ません。
「緑川るり子という新人のプログラマの雇用を考えております。彼女には技術も経験も全く不足しております。しかし彼女の決意や熱意はただごとではなく、僕は最終的にどのような体制になるにせよ先ずは彼女の真っ直ぐな気持ちありきだと考えました。」
するとマーケテイング・ディレクターさんが「自分も気持ちだけで今の会社に入った」としみじみと苦労話をされるので御座います。
その最後に「るり子に頑張れって、そう伝えて欲しい」と仰せつかり、僕は緑川るり子さんに成り代わって御礼の言葉を述べたので御座います。
話題が技術的に込み入った質問になりますと俄然たお先生の出番なのであります。
手強そうなプロジェクト・マネージャさんの質問や指摘に的確に応答して下さいます。
打ち合わせが終わる頃にはたお先生はプロジェクト・マネージャさんにだいぶ気に入られているように、そう、僕には見えました。
実はソースコードの品質管理の手法についてかなりしつこく追及をされたのですが、僕達は別段変わったことをしているつもりはなかったので”普通に”と繰り返し答えさせていただきました。
これが先方に隠し事をしていると勘違いをされて、思わず険悪な雰囲気になってしまったのです。
もう少し詳しく説明させて頂きましょう…実は僕達のゲームに白羽の矢が立った大きな理由の一つに”アプリケーションの堅牢性”があるのです。
先方のプロジェクト・マネージャさんは僕達のゲームがどのスマートフォンやタブレットで試験しても安定して高いパフォーマンスを示したことに驚きさえ感じておりました。
僕はそのことを知らずに”普通に”と答えてしまったのですが、彼にしてみれば僕らが特別なことをしていない筈がなく、どうしても聞き出してやりたいわけなのです。
ここで僕達の開発環境について要点を押さえた説明をして、先方を納得させて下さったのがたお先生であると、そう言うことなので御座います。
某中国企業のお二人は「結果は追ってメールする」と申されて日本を後にされました。
僕はてっきり何週間も、いえいえ下手をしたら何ヶ月も答えを待たされるものだと覚悟をしていたのですが、24時間も経たないうちに「承認」という内容のメールが来て、飲みかけのコーヒーを驚きました。
メールには僕達の会社のプランをざっくりと書いたドキュメントが添付されておりました。
そのプランをたたき台に更に突っ込んだお話をする必要があると感じましたので、次の打ち合わせをどうしたものかとお伺いを立てるためのメールを送ったのですが、すぐに「細かいことはいいからどんどん走れ」というメールが送られてまいりました。
これは参ったなと少々不安になり通訳をして下さった方に電話をした処一笑にふされ、例の税理士の所にゆくようにと促されたので御座います。
「走りながら考える....か、」
そうして僕達紳士同盟は起業に向けて大きく回り始めたのでありました。
どの夜だったか失念してしまいましたが、緑川るり子さんに一報を入れさせていただきました。
「緑川るり子さんでしょうか、圷朝で御座います。」
『あっ!はい緑川です。』
「今、お時間頂戴してもよろしいでしょうか?」
『はいっ、も、もう全然大丈夫です。』
「実は僕達の会社がいよいよ動き出すことになりましたので、それをお伝えするためにお電話させていただきました。」
『そっ!それはおめでとっあだっ!!』
「どうかされましたか?」
『何でもありません?。ちょっと勢い良くお辞儀して、机に頭ぶつけました。』
「大事はありませんか?」
『はひ、』
「それはようございました。お体を大事になさって下さい。aPhone用アプリケーションの開発をよろしくお願いいたします。」
『はい、がんばりますっ。毎日、今だってaPhoneの勉強してますので。』
「実は僕達の親会社になる企業のマーケテイング・ディレクターから緑川さんに伝言をお預かりしております。」
『はぁ、じゃなくて、はい。』
「私も気持ちだけで今の会社に入りました、頑張って下さい。以上でございます。」
緑川さんからのお返事がなく、お互い無言の状態が少々続きましたので、僕はもう一言気の利いた言葉を言うべきだと思ったのですが、実は低く小さくすすり泣く声が聞こえてきていたことに気が付いて、僕はあっと小さく驚くのであります。
『あ、ありが…ひっぐ、ううう。うわああああぁぁ、』
「泣いていらっしゃるのですか?」
『すいません…うわああぁぁ』
「緑川さんは本当に感激屋さんなのですね。面接の時もお泣きになりました。」
お話すべきことは全て終わったのですが、僕は緑川さんの気持ちが落ち着くまでずっとスマートフォンを耳にあてがっていたのでした。
そしてその待ち時間にふと、今の彼女に訪ねてみたいことが僕の胸にキノコのようにひょっこりと生えてしまったのであります。
「緑川さん。」
『な、なんでふか』
「実は僕達の会社には名前がまだありません。」
『はひ?』
「なにか、よい案はありませんでしょうか?」
『そ、そうですねぇ…あ、今パソコンで調べたのですがマタタビって”アクチニディア”って言うそうですよ。』
「なるほどアクチニディアですか、ちょっと変わった響きで好ましいですね。とても参考になりました。ありがとうございます。」
木曜日のお昼休みに岡めぐみさんに声をかけられました。
「ねぇ、土曜日の件どうよ。そっちの都合聞いてくれた?」
いやうしっ!これは汚名返上の好機到来で御座います。レディーとの約束をたがえるなど紳士失格で御座いますが、運命を共有する有志との信頼回復は主席である僕の最上位優先事項なのです。
お茶会はお断りしなければいけません。
「どうしたの?」
「岡さん。たいへん申し上げにくいのですが...」
「もしお茶会が中止になったらまりちゃん泣いちゃうかも。」
え!?
「もちろん、僕達は4人全員参加をさせていただきます。」
僕はその様にあからさまな作り笑いでお返事をしてしまいました。
僕は教室の窓の外にぽっかりと浮かぶ切れ長の雲に向かってつぶやきます──レディーの涙は世界最強なのだなぁ。
しかし有志には何と説明したものでしょうか?お茶会が終わったあと、僕は自刃して責任をとるしかないかもしれません。
「ふっふーん。」
岡さんのこの様な無防備な笑顔を僕は初めて拝見させていただきました。
「よっし、よーし。へっへー、」
「どうかされましたか?」
悪戯な笑顔の岡さんにまじまじと見つめられて、僕はちょっとどぎまぎしてしまったのであります。
「いや、ホント。まりちゃん達さ鬼美人だからさ、覚悟しとけって話なんよ。」
「暗がりでわずかな間でしたが、まりちゃんとおっしゃる方のお姿は拝見させていただきました。」
僕がそう申し上げますと岡さんが盛んにかぶりを振り、勝ち誇った様な笑顔を僕に向けられるのです。
「にひひー。他の3人もすんごいからー。それに明るいところで見ないとほんとじゃないからーもー。」
「そうですか、それでは僕は岡さんがすすめられる通りに土曜日の当日に、明るい場所で驚かさせていただくことにいたします。」
「そーそー、絶対だってー。」
「はい。」
「あ、あとさー相談があるんだけど。」
僕はすぐにテレビ電話の件だと思い当たりました。
「なんで御座いましょう。」
「お茶会は基本全員集合なんねんけど、ひとりさー、青森県なのんね。」
「それは一寸距離が御座いますね。」
「そうなん。その子だけ来れないんよ。可哀想じゃけん、なんかテレビ電話見たいなんできないかなって話なんだけど。ムリ?」
「無理ではありません。今はとても簡単にテレビ電話を楽しむことができます。しかし、その方に多少でもコンピューターの知識がおありなのでしょうか?その方がテレビ電話に用いるPCもしくはスマートフォンなどに専用のソフトをインストールしセットアップをする必要があるのです。」
岡さんはばあっと大げさに天を仰いでしまわれました。
「ああ、だめだわ。ちずちゃんにゃあムリっぽいわぁ。やばし。」
「それでは、もちろんそのちずちゃんとおっしゃられる方さえよろしければなのですが、僕達が東京にご招待をさせていただきましょう。」
「どゆこと?」
「電車の乗車券と特急券を往復分プレゼントさせていただきたいのです。」
それを聞いた岡さんがかなり驚いたご様子で両手をばたばたと左右に振られております。
「やー、いけんいけん。私達がお礼を言う企画なのに、ないない。さんざん世話になっておいてなんすけど、甘ったれすぎだわそれじゃあ。」
「実は僕達のゲームにスポンサーがつくことになりまして、経費で電車の切符代を捻出することは可能なので御座います。何度も電車賃を負担はできませんが、僕達は女性とのご縁に見放されておりますから、きっと今回のお茶会以降2度と皆様とお会いすることはないでしょう。今回一回限りのプレゼントという事でいかがでしょうか。」
「えーっ、やーだ。わたし、ここで頷いたらプライド粉砕するかも。つか、人としてどうなんそれ。」
「自尊心を貴ぶのは結構ですが、仲間の中で一人だけ集まれないなんて事態を一度でも良しとしてしまうと、後々その様な集まり方になれてしまい、その一人だけがとても可哀想だと思います。少なくとも今回は使える物は何でも使って全員集合をなさって下さい。まりちゃんとおっしゃる方は今回酷い思いをされました。その気持ちに区切りをつけて恐ろしい記憶を切り捨てるのに、ちずちゃんとおっしゃる方は傍らにいらっしゃらなくってよろしいのですか?」
「うーん、口がうまいわねー。でも言う通りだわ。でもでもでも、待って…ちょっとちずちゃんに聞いてみる。」
「申し訳ありませんが、お返事はお早めにお願いを致します。乗車券や特急券がいつまでも売れ残っているとは限りません。」
「わかったわ。」
僕はずいぶんと岡めぐみさんと気安くお話が出きるようになったと、しみじみ感じいっております。
話す内容は隙だらけですし、お話をする量自体もずっと増えました。
図々しいお願いもしてくださいます。
ストーカー事件以降、僕達は岡さんに大いに信頼されるようになったと感じるので御座います。
僕は自宅に到着を致しました。
もう最終話ですので幕引きの打上花火代わりに壮絶に霰さんにやっつけられてやろうと覚悟を決めております。
それでも内心穏やかではなく恐る恐る玄関の鉄扉を開けると、やはり当たり前の様に霰さんが待ち構えていらっしゃいました。
霰さんの右手には洋服のハンガーが在ります。
ハンガーには時代を突き抜けて十回ほど輪廻転生を繰り替えした遥か未来なら流行っていそうな、そんな破天荒に抽象的な柄のシャツが在ります。
「あ兄ちゃんがお茶会に着ていく用ですっ!」
シャツに負けないくらい霰さんの言葉が力強いので、僕は眩暈を起こしたままその勢いで今一度家の外に出て、明日の朝が迎えに来るまで世界の果てを目指して全力疾走をしてしまいそうです。
と、言っている間に僕は上半身裸に剥かれてしまいました。
そして霰さんのきわどい着こなしを必要とする難易度の高いシャツを、するっと着せられてしまったのです。
「霰さん」
「なに?」
「この赤いところがかゆくてたまらないのですが、ひょっとしたら何かの理由が在るのでしょうか?」
「あー、その赤は唐辛子だね。」
「はい?」
「とんがらしレッドッ!!」
そのスーパー戦隊のリーダーをイメージしたがごときポーズは今思いつかれたのでしょうか、それともあらかじめ用意をされていたのでしょうか。
「因みにその隣の黄色はショウガだね。」
「はい?そう言えばこのシャツから猛烈な香りがして僕はむせてしまう寸前なのですが、それはこのシャツが香辛料で染め上げられているからなのですか?」
「いや、このあたりの青はカビをアレする薬品だね。」
霰さん。何故あなたはシャツに触れようとなさらないのですか?今、指でシャツの一部を指し示しておいでですが、僕達は兄妹なのですから、いっそここで御座いますよと突いて下さっても構わないのですよ。
「ここ黒いけど実はコーヒーなので安全地帯。」
あ、今、シャツを指で突いてくださいましたね。そうですかこのシャツには安全な場所とそうでない場所が在るのですね。
HA!HA!HA!なんとも痛快な気持ちで御座います。
段々と僕の上半身の皮膚から感覚が失われてゆくのを感じます。
「霰さん。このシャツは外側もそうですが、内側からの異臭が壮絶ですね。」
「おーっ。」
「何故、驚かれたのですか?」
「そこに気付くとはさすがあ兄ちゃん。」
「はい?」
嫌な予感だけが玄関という空間を満たしきっております。
「その服は裏地こそがおしゃれで、隠し味をちりばめているから。」
「ほう、隠し味ですか。」
「うん、灯油とか。」
「灯油とは大胆なあしらいですね。」
僕はスタスタとリビングに向かい、ズバッとシャツを脱いで、バスンとゴミ箱に投げ捨てました。
お風呂場に行って鏡に自分自身を映すと案の定、僕の上半身のシャツに触れていた部分が広範囲にわたって真っ赤に腫れ上がっております。
僕は紳士で御座いますので”畜生”などと毒づくことはなく、無言でシャワーを浴びたのであります。
しかし本心を白状させていただけるなら、僕の胸中で核爆発をした恨み節は人間の言語の範疇をはるかに越えており…すなわち僕の口から出せ得る限界を突破しておりましたので、心の中では太陽から冥王星に届く程の超重力場的な迫力で毒づいていたので御座います。
さて、霰さんの創作シャツのお話はもうよしに致しましょう。
お茶会前夜、すなわち金曜日の夜。
僕達紳士同盟4人はお座敷に急遽集まり、それぞれが今現在抱えている共通の問題について語り合ったのです。
「いやぁ、まったく眠れなくてね。」と僕。
「僕も俄然目が冴えてしまってね、本当に困り果てていた処なんですよ。」とさっちん。
「皆さん。明日は学校の制服でお茶会にのぞむという約束は遵守してくださいよ。一人だけ抜け駆けして洒落た衣装などという卑怯はなしですよ。レディーに愛想をつかされるときはみな一緒ですよ。僕はそう言ったことが心配でおちおち眠ることもできないのです。」とかのえ君。
お願いですので服の話そのものを無しにしていただけないでしょうか、僕には思い出したく無いシャツが在るのです。
たお先生は延々と一定のリズムで羊の数を数えておいでです。あ、今、一万を越えた模様です。
「僕達には睡眠薬を用いるという究極の選択肢が在った筈なのですが、この問題に気付いた時刻が遅かったのが致命的でした。薬局という薬局が全てシャッターを下ろしてしまいました。そして僕達の自宅の常備薬にはことごとく睡眠薬がないことが確認できました。」
「主席、逆に眠気覚ましの飲料が容易に入手可能であるというのは全く恨めしい事態ではありませんか?」
「かのえ君、本当にその通りですね。ですのでどうぞそのことは口に出さぬ様よろしくお願い申し上げます。」
「これは失敬。」
「肉体的な疲労を覚えたなら、バタンキューと眠ってしまえるのではないですかな?」
そう考えて僕達は川沿いのサイクリングロードを走りました。
10km走った達成感は星空に向かって”やってやったぞ”と全力で叫びたいほどでした。
全身汗でびっしょりと塗れ、目はより一層冴えてしまい眠れる気が全くしません。
各々一旦自宅に戻って軽くシャワーを浴びて、カラッと乾いた新しい下着で再びネットカフェ「ひまわり」に集合致しました。
「もう終電がなくなる頃です。また再び家に戻る必要が出た場合、自宅が遠いさっちんは僕の家に来て頂く事に致しましょう。なに、宿代は体で支払っていただければ問題ありません。」僕は力なくそう申し上げました。
たお先生はまだ羊の数を一定のリズムで数え続けていらっしゃいます。
「僕はこのまま徹夜出来そうな気がしております。」
「かのえ君。本当に縁起でもないことを言わないで頂きたい。ただでさえ女性に印象の悪い僕達が寝不足の形相でお茶会に行ったら、嗚呼、そのときはどうなってしまうのでしょう。」
「主席、事実は厳粛に受け止めるべきだと僕ははっきりと申し上げます。絶対に眠れません。」
ふと目を横に向けるとさっちんだけがうとうととし始めました。
僕とかのえ君の目は爛々と光を放っておりますし、たお先生は羊の数を数え続けております。
「おい!さっちん!しっかりしたまえ!寝たら死ぬぞ!うおおおーっ!!」
僕はさっちんの華奢な肩を激しく揺さぶりました。
「え…う、うんっ、何?」
「おおさっちん気がついたかね。いやぁ危ない処だったよ。さぁ、僕達が皆で正しく睡眠をとるための議論を初めようではないかね。」
「うーーん、むにゃ、」
「うおおおおーーっいっっ!!さっちん!!しっかりするんだぁーっ!!セイ!セイ!セイ!セイ!セイ!セイ!」
気がつくと午前四時になっておりました。
「この時間になってしまいますと、逆に眠るのが恐ろしく思えます。」
「はい、今眠ったなら、僕達はさながら眠り姫になってしまってそう簡単には起きれない筈です。」
「どうしたことでしょう、その様に考えたら急に睡魔が僕を襲うのであります。」
「おお、君もそうですか。なんと厄介なことでしょう。」
「主席、眠気覚ましの飲料はいくらでも手に入る筈でしたね。」
「はい。しかしそれはかのえ君のご指摘ですよ。なぜ僕に…おっと、そう言うことですか。」
僕達は眠気覚ましの飲料とタブレットとガムで宴会を始めました。
そして始発電車で各自自宅に戻り、今一度シャワーを浴びて服を着替えて着替え、お茶会の会場である男性だけでは近寄ることも困難な可愛らしいレストランに向かったのです。
僕達はレストランの近くのカフェに待ち合わせ時間の2時間も前に集まってしまい、濃い熱いコーヒーを延々と飲みつづけておりました。
そして約束の時間が近づいて僕が「そろそろレストランに向かいましょう。レディーを待たせてはいけません。」と言って皆に先んじて席を立ちあがったので御座います。
僕は、おそらくは他の有志3人も可愛らしいレストランで待つ可憐なレディーの姿を思い浮かべ、なんともふわふわとした気持ちになっております。これから僕達は盛大にふられるというのにです。
そうそう、有志全員おそろいの学生服で集まるという約束がありましたがそれを順守したものは一人もおりませんでした。女性が絡むと僕達の友情は儚く脆いものだという事実から何としても目を背けてやりたいです。
第三者の目線でかのえ君とさっちんとたお先生を見ると、あまりにも頑張ったいでたちが逆に痛々しく感じ、ひるがえって己の第一印象が不安になります。
レディーたちと会ったその瞬間にずがっと20cm後ろに引かれてしまいますと、僕としましてももう後が続かないちんどん屋なのであります。
「いや、昨晩夜明かしをした間ずっと着ておりましたので、学生服はすっかりよれよれになってしまいました。流石にその様な見苦しい服装でレディーの前に立つのは失礼であると判断させて頂きました。」
そうですねかのえ君。判ります。
しかし、あなたの頭のてっぺんからつま先まで身に着けているものを合計すると10万円はくだらない様に見えます。何故それ程頑張ってしまったのか、僕に教えていただけると嬉しいです。
僕達、猫屋敷紳士同盟の物語はこれでお終いで御座います。
お付き合い下さった方に申し上げたい、本当に有難う御座いました。




