表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

7.咲乃の怒り。

 ぶん投げる勢いで、咲乃が教室の扉の開け放った。

 部活から直行したのだろう、体操着だ。


「伊奈! 伊奈! 無事?」


 へたり込んだままの私を見つけた途端、咲乃の顔が赤く染まり、切れ長の眼が吊り上がった。


「何した! 何しやがった!」

「押しただけだ。それ以上何も……」


 柊先輩が言い終わるまで待たずに、咲乃が私の方へ突進してきた。

 間に柊先輩が立ち塞がる。


「どけよ!」

「いいから話聞けよ!」

「どけっつってんだろ!」


 いきなり咲乃が蹴りを繰り出した。金的狙いだ。

 危うく柊先輩が横にかわす。


「そう何度も同じ手食うかよ」


 今度は闇雲に掴みかかる。

 しかし両手を掴まれて、身動きが取れなくなる。


「話聞けって言ってんだろ!」

「うるさいうるさいうるさい」

「聞けって!」


 柊先輩が膝を出し、咲乃のみぞおちに入る。

 咲乃が数歩下がり床に膝をつく。息ができないのだろう動けなくなっている。


「話聞けよ!」

 

 咲乃からは声が出てこない。そのまま憎悪に満ちた目で柊先輩を見上げる。


「なんでお前って、いっつもそうなんだよ。まともにこっち見ろよ!」


 咲乃は睨み続ける。

 深呼吸して空気を肺に入れている。


「何が目的?」


 まだ苦しそうな声。


「黙って俺の言うことを聞け」

「身体? 身体なんだね?」

「何の話だよ」


 よろめきながら、咲乃が立ち上がる。


「この下衆めが。好きにすればいいよ。でも伊奈は今すぐ解放しな」

「ちょっと待てって」


 いきなり咲乃が上着の裾に手をやると、一気に脱ぎさり床に放り捨てた。

 白いブラ一枚の上半身が露わになる。


「おい、何やってんだよ!」

「これがお望みなんだろ。みんなみんなそうなんだよ。畜生が!」


 今度は短パンを脱ぎ捨てる。

 完全に下着だけの姿になった。それでも恥じることなく身を反らして柊先輩と向かい合っている。

 思わず咲乃の滑らかな半裸に見とれてしまったが、そんな状況ではない。咲乃は本気で私のために自分の身を犠牲にしようとしている。いいのか、そんなの。ゆっくりと立ち上がって、様子をうかがう。


「お前、何やってんの?」


 柊先輩が情けない声で言う。どうも様子がおかしい。私を使って咲乃を脅迫しているはずなのに、この場で一番弱々しいのは柊先輩だ。


「今すぐ伊奈を解放しろ。その後お前の下卑た欲望にいくらでも付き合ってやるよ」

「違うって、俺がそんなことするわけないだろ?」

「今更ヘタれんな。いいから伊奈を解放しろ!」


 柊先輩が私の方へ顔をやる。

 青ざめていて、口元がけいれんしている。


「おい、あんたから言ってやってくれって」

「はぁ?」

「俺はそういうことはしないんだよ」

「何がですか?」

「森田を襲うなんてするわけないだろ」

「そんなの嘘でしょ?」

「無理矢理なんて、俺のプライドが許すかよ」

「おいこら!」


 咲乃が怒鳴る。


「何うだうだしてんだよ! これじゃまだ不足かよ!」


 咲乃が背中に手を回す。


「ちょっと待て! 変な真似すんな!」


 柊先輩は怒鳴っているが、声が震えている。どうもおかしい。


「咲乃、ちょっと待って」

「何が?」

「いいから、それ以上脱がないで」

「でもこの下衆、私の身体が目当てなんだよ」

「俺を見損なうな。こんなやり方、俺の流儀じゃないんだよ」


 柊先輩は精一杯虚勢を張っているが、情けない声は隠しようもない。


「違うらしいよ」

「そんなわけないじゃない。私に付きまとってくる奴は、みんな身体目当てなんだよ。粘っこい、いやらしい視線!」

「そんな奴らと一緒にするな」

「でも現に今、私ガン見してるよね?」

「見てるかよ」

「見てるよ、そういうの分かるし」

「仕方ないだろ、好きな女がそんな格好してるんだから」


 あ、今、かわいそうなタイミングで想いを言っちゃった。しかも咲乃には全然届いていない。 


「後で好きなだけしたいことすりゃいいよ。まずは伊奈を解放しな」

「咲乃、ちょっと話聞いたげようよ」

「なんでよ」

「柊先輩、咲乃が好きだって言ってるんだけど」

「好みの女ってことでしょ。見た目ばっかなんだよ、みんな」

「その辺、しっかり話聞いたげた方がいいと思うけど」

「下衆の話聞く必要ないよ。身の毛もよだつ、おぞましい欲望にまみれた妄想なんて聞きたくもないね。やりたいことだけやればいいんだ」

「俺は本当にお前が好きなんだよ。そりゃ、最初は見た目だったよ。でも何度も拒絶されてるうち、お前への想いに気付いたんだ。俺だって見た目なんだよ。寄ってくる女はみんな見た目しか見てない。でもお前は違う。人の見た目なんて気にしない。優しさのかけらもない女だけど自由に生きてる。そんなお前が好きなんだよ。クソッ、なんで俺がこんなこと言わなくちゃいけないんだ」


 一気に想いのたけを伝えた。しかし非常に残念だが、頭に血が上りきっている今の咲乃に何を言っても無駄である。

 かと言って、私にこれ以上彼を助ける義理はない。彼には怖い目に遭わされたのだ。

 とにかく咲乃のストリップ劇場を閉幕させないといけない。

 静かに回り込んで、咲乃の方へと移動する。

 途中で柊先輩に気付かれたが、もはや私を捕まえる気力はないようだ。


「伊奈!」


 咲乃が走り込んで抱き付いてくる。こっちも手を回して受け止める。なんだこの肌。とんでもなくスベスベで柔らかいぞ。


「咲乃、服着なよ」

「何見てるのさ、ドスケベ」


 余裕を取り戻したらしい咲乃がニヤリと笑う。自分で脱いでおいてドスケベは非道い。まぁいい。全ては私のためにやってくれたことなのだ。床に落ちている短パンを拾い上げて、咲乃に渡してやる。


「姫!」


 教室に雪崩れ込んできたのは青柳先輩。

 咲乃を見て、まず顔が真っ赤になった。そして目を逸らした先に柊先輩を見つけると、今度は顔が赤黒くなった。


「き、さ、ま!」

「ちょ、ちょっと待って、青柳先輩!」


 私が止める間もなく、青柳先輩は柊先輩の胸倉を掴んで持ち上げた。そして岩のような拳を頬に叩き付ける。さらに拳を振り上げる。


「咲乃、止めて!」


 しかし間に合わず、二発目が柊先輩の鼻を砕いた。また拳を上へ。


「青柳、もういいよ」


 振り上げた拳を青柳先輩が降ろす。抵抗する力を失っている柊先輩を、ゴミのように床の上へ放り捨てる。


「なんですぐ止めないの!」

「あいつには制裁が必要だよ。伊奈拉致ったんだし。こっち向いていいよ、青柳」


 くくられた後ろ髪をしなやかにはらって体操着から出す。

 青柳先輩が咲乃の方を向いて、すぐに駆け寄ってくる。


「姫、大丈夫ですか?」

「私は何もないよ。よくやった、青柳」


 咲乃に笑顔を向けられて、青柳先輩がデレデレと頭をかく。

 いや、それどころじゃない。殴られた柊先輩はどうなった?

 少し離れたところから様子をうかがうと、顔中血塗れになって仰向けに倒れている。


「ちょっと、大変だって」


 慌てて駆け寄る。でもどうすればいいんだ? 取りあえずハンカチで顔の血を拭いてみる。


「イタッ」

「ご、ごめんなさい」


 鼻に触ったら柊先輩に手で払い除けられた。

 鼻と左頬以外の血を拭いていく。でも鼻からどんどん血が流れてきている。


「どうしよう? ヤバいって」

「伊奈、放って置けばいいよ。自分で保健室なり病院なり行けるって」


 柊先輩がゆっくりと頭を上げる。


「ちょっと、血が止まってませんよ」


 ハンカチを鼻の下にやる。どんどん赤く染まっていく。


「俺はもう大丈夫だから。早く行けよ」


 強がって柊先輩が言い、私の肩を押す。

 その手を取って、鼻の下に当てたハンカチを握らせる。


「取りあえず、これ持ってて下さい」

「もういいから。俺は同情なんていらない」


 柊先輩は私の顔を見ようともしない

 意地を張っている。こんな滅茶苦茶にされてるのに意地を張っている。

 急に腕を引っ張られた。咲乃だ。


「本人いいって言ってるんだし。行くよ、伊奈」

「あんた達、非道すぎるって!」


 思わず咲乃を怒鳴っていた。

 咲乃は驚いた顔をしたが、すぐに顔の力が抜けた。叱られた小さな子供みたいに、眉を寄せ、少し上目遣いで私を見てくる。


「だって、伊奈に悪いことしたんだよ?」

「だからって」

「伊奈に何かあったら、私……」


 眼にうっすらと涙が浮かぶ。


「伊奈。伊奈が無事だったらいいんだ。伊奈」


 眼に涙を溜めて私を抱き寄せる。

 そんな顔されたら何も言えなくなる。ずるいよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ