8.弁当を作ろう。
数日後の昼休み。
咲乃と一緒に弁当を食べる。
咲乃のリクエストに従って、今日のおかずは鮭の塩焼きだ。
「うーん、美味しいー」
「咲乃もさー、自分で料理くらいできるようになりなよ」
「でも料理なんてしたことないし、碌でもないことになるのは目に見えてるよ」
「だからこそ練習するんだってば。今度教えに行ったげようか?」
「私の家に?」
「そう、咲乃の家に」
「私の家に来るの? それはいいかも」
そう言うと思った。つまりは咲乃の家に行くというのは餌である。そうでもしないと、いつまで経っても料理を覚えようとしないのだ。
「ちょうどいいかも。あいつの試合も近いし」
「誰?」
「青柳。インターハイの予選だってさ」
「あ、応援行くんだ?」
「そうやって、時々アメを与えるのが人心掌握術の基本なんだよ」
「ずる賢いね。ちょっとでも感心した私が馬鹿だったよ」
「伊奈も行こうよ。はだけて見える胸元の筋肉はなかなかのものだよ」
「筋肉にはこれっぽっちも興味ないけど、別に行ってもいいよ」
こうして、青柳先輩の試合の差し入れで弁当を作ることが決まった。
放課後、本番に向けてまずは練習だ。
二人揃って咲乃の家に向かう。私の家の最寄り駅から、さらに数駅行った先だ。
咲乃の後についていくと、商店街の中へ入っていった。田舎の商店街にしては割と賑わっている。
八百屋さんの前で立ち止った。まずは買い出しである。
「ここ、私んち」
「え? 八百屋さんなんだ」
「驚いたでしょ」
ニヤリと笑う。
かぐや姫と呼ばれているからといって御殿に住んでいるとは思っていなかったが、お店をやっている家だというのは予想外だった。咲乃もお店の手伝いをしているのだろうか? 八百屋さんで働く咲乃の姿がイメージできない。
いかつい顔のおじさんと、ふくよかなおばさんが次々とお客をさばいていく。多分、咲乃のご両親だろう。
「お帰り、サキちゃん」
「サキ、お帰り。友達か?」
「ただいま。この娘は伊奈。親友だよ。お父さん、駄目な野菜もらっていいよね?」
「いいぞ。伊奈さんこんにちは。いつも娘がお世話になってるね」
「いえそんな」
お父さんが人懐っこい笑顔を見せる。怖い人ではなさそうだ。
「汚いところだけど、ゆっくりしていってね」
「すみません、お邪魔します」
お母さんは見た通り、おおらかそうな人だ。でもよく見ると咲乃に似ている。いや、咲乃がお母さんに似ているのか。
人付き合いが苦手な私なので、大人と話すと極度に緊張してしまう。咲乃の後に続いて、そそくさとお店の奥に入っていく。
咲乃は建物の反対側にある裏口から外へ出ると、段ボールに入った野菜を物色し始めた。この裏口から出入りできるのなら、わざわざお店の前から入ってこなくてもよかったんじゃないか?
「別に死ぬほど嫌ってわけじゃないんだけどさー」
野菜を見分しながら咲乃が言う。
「八百屋の仕事はする気になれないんだ」
「そうなんだ」
「まぁ、親も許してくれてるし、私は好きにやってるんだけどね」
ひょいとこっちに顔を向ける。
「これって親不孝だと思う?」
「え? いや、どうだろう」
サラリーマン家庭の私にはよく分からない話だ。親の職業のことなんて、考えたこともなかった。
「別に恥ずかしいとかそういうのはないんだよ? 友達にも聞かれたらちゃんと言うつもりでいるし。聞かれたことないけど。まぁ、こうやって食べさせてもらってるんだし、ありがたい話なんだよ」
「そりゃそうだよね。ちゃんと働いてるとこ見れるのはいいかも。私なんて、お父さんが何やってるかなんて知らないし」
「だよね。やっぱ分かってる、我が親友は。そんなわけで、ありがたいけど、私の性には合わない。残念ながら」
カバンを私に渡して、ニンジン、レンコン、ゴボウを手に立ち上がる。
「サトイモとサヤエンドウはないね。表で買ってくるよ」
「あ、お金は出すんだ」
「当然でしょ?」
ニッコリと微笑む。
「じゃ、階段のとこで待ってて」
言われたとおりの場所で待つ。ああやって、実はそれほど好きではない自分の家業を、私に見せてくれたのだ。心を開いてくれているのを感じる。親友か。咲乃は本気でそう思ってくれているのだ。私もいつまでも嫌がってばかりはいられないのかも。
咲乃が戻ってくる。一旦材料を台所に置いて、咲乃の部屋でひと休憩する。
咲乃の部屋はじゅうたんやカーテンが青く、女子っぽくはないが落ち着いた雰囲気であった。ただし雑誌やら服やらが散乱していた。文庫本が山積みになってもいる。授業で習うような作家の小説だ。意外に読書家なのだろうか。
床に散らばる服は一応シワにならない置き方にはなっている。どちらかというとシンプルで、どれも咲乃に似合いそうであった。まぁ、見た目があれなので、大抵の服は似合うのだろうが。
枕元には、白地に黒いブチの猫のぬいぐるみが置いてあった。私がゲームセンターで取った奴だ。ぬいぐるみや人形の類はそれしかなかった。
「ま、好きに座ってよ」
自分はデスクチェアに座った。取りあえず床に座る。横にはやたら細いジーンズが置いてあった。
「はいてみる?」
ニヤニヤ笑いながら言ってきた。咲乃のサイズが入らないのを知ってて言っているのだ。
「小説とか読むんだ? 近代文学だよね」
山積みにされている文庫本から一冊取り出してみる。
「面白いよ。鬱屈してて」
「暗いのが好きなの?」
「作家の歪んだ自意識を見るのが好きなんだよ」
「まぁ、咲乃も歪んでるしねぇ」
私は小説なんて読まないので、すぐに元通り戻しておく。
「伊奈は何も読まないの?」
「マンガだね、マンガ。青年マンガとか面白いの多いよ」
「成年マンガ? エロマンガか。ムッツリだね、伊奈」
「え! 違うって。そういうのじゃなくて、大人向けのマンガだって」
「だからエロマンガじゃない」
「あーもー、普通のマンガです。少年マンガじゃない奴」
「まぁ、分かってるけど。今度貸してよ」
咲乃が立ち上がって伸びをする。
「そう言えば、私達って私服見せ合ったことないよね?」
「そうだね」
「何か着たげようか? ファッションショーしたげるよ」
「うわぁ、今の言い方、自信満々って感じですねぇ」
「これとかどう?」
タンスにハンガーで引っかけてあった服を手にし、自分の前で広げる。
格好いい服だな。正直、着ているところを見てみたい。でも見せて下さいっていうのも、負けた気がするなぁ。まぁ、でもせっかくだし。
「いいよ、見たげるよ」
「よし」
前触れなしに自分のスカートを落とした。
上着も躊躇なく脱ぐ。
また下着姿の咲乃を見てしまう。
「いきなり脱がないでよ。リアクションに困るじゃない」
「いいじゃん、親友同士なんだし。このパンツ、意外に安物なんだよ」
誰もそんなこと聞いていない。しかも安物のくせに、咲乃がはくとどこぞのブランド物のように見えてしまう。
「こんなかんじだよ」
さっきの服を着て、それっぽいポーズを決める。
うーん、やっぱりよく似合う。顔もそうだけど、スタイルもやたらいいのだ。細いくせに、メリハリもしっかりある。手足も長い。なんか、見ているうちにムカムカしてきた。
「神様って不公平だよね」
「これはこれで苦労があるんだよ」
ひらりと一回転する。
確かに柊先輩の件で、咲乃は自分に付きまとってくる奴は身体目当てばかりだと言っていた。
そうとばかりは言えないのだろうけど、咲乃の見た目に惹かれて寄ってくる男子は多いのだろう。そういうところに咲乃の不幸があるのかもしれない。私みたいに地味だと、誰も寄ってこないので楽は楽なのだ。
この後も、咲乃は何着か着替えてみせた。どれもこれもよく似合っていた。素直にいいものを見せてもらったという気になる。
そして今日の本題。二人で台所へ行く。
作るのは筑前煮だ。野菜以外の材料は冷蔵庫にあった。
では、さっそく作ってみようか。
まずは食材の切り方から教えていこう。このかぐや姫は、家庭科の授業では他の生徒に全部やらせていたので、まともに包丁を握ったこともないのだ。
しかし心配は無用だった。咲乃は手先も器用なのだ。ちょっと教えただけで、すぐにコツを掴んでしまった。今までは、本当にただ料理をしたことがないだけだったようだ。簡単な料理ならすぐに覚えてしまうだろう。
実際、スムーズに筑前煮を作っていった。
煮付けている間、テーブルで休憩する。
「楽勝だね」
「これで一つ咲乃の弱点がなくなったね」
「また一歩、完璧超人に近付いたよ」
「自分で言うかな。でも性格が最悪だから、どうあがいても完璧にはなり得ないけどね」
「非道いなぁ。性格だって悪くないよ? ちょっとお茶目なだけなんだから」
「自覚がないって怖いよね。あ、もういい頃かも」
でき上がった筑前煮を、まずは咲乃が味見する。
「うん、普通普通。問題なし」
では私も。ん? なんじゃこりゃ! 今、かつて味わったことのない何かが舌の上を転がっていった。
「普通でしょ?」
「普通? これが普通?」
もう一口食べてみる。ヤバい、一瞬意識が飛んでしまった。
「いや、とんでもないって」
「とんでもなく美味しいってほどじゃないでしょ? まぁ、最初だし、こんなものだよ」
「え? 本気で言ってる?」
「さっきから何さ?」
「正直に言うよ。信じられないくらい不味い」
「嘘。普通だよ?」
ものすごく嫌な予感がしてきた。
「あのさ、ちょっといり卵作ってみてよ」
「いり卵? 卵炒めるだけだよね」
そして作ってみた。見た目はまともだ。ふんわりしているのが分かる。
「自分で食べてみて?」
「うん、普通だね」
「……普通なんだ」
私も食べてみる。やはりとんでもない。塩とコショウの入れすぎだし、いつの間にか鰹ダシが大量に投入されている。
「普通でしょ?」
「いや、これもとんでもなくまずいよ。あ、全部咲乃が食べてね」
「食べるよ。え? 別に普通でしょ?」
「私が作るのは美味しいんだ?」
「美味しいよ」
「家で食べるご飯は誰が作ってくれるの?」
「お祖父ちゃんかお祖母ちゃん。美味しいよ」
美味しいものは美味しく感じるらしい。しかし、「普通」の範囲がとんでもなく広い。そして味付けが絶望的に下手くそだ。
いや、味付けは後から仕込めるはずだ。
「あのさ、もう一回、筑前煮作ってみようか」
「うん、いいよ。今度は美味しく作ろうね」
味付けするところを注意深く見ていく。
「ちょっと待って!」
「何?」
「砂糖の量が多すぎるよね?」
「そうかな? こんなもんでしょ?」
「目分量でいいけど、大雑把すぎるって。もっと少なく」
「分かった」
「ちょっと待った!」
「何?」
「今何入れようとしてる?」
「何って、マヨネーズ?」
「筑前煮にマヨネーズはいらないよね?」
「でもマヨネーズは何にだって合うよ。隠し味としていいと思うんだ」
「隠し味にしては、盛大に入れようとしたよね?」
「そうかな?」
「そうだって。隠し味とか、そういう裏技はもっと上手くなってからにしようよ」
「それもそうだね」
「ミカンの缶詰もいらないから!」
「私好きなんだよ、ミカンの缶詰。お汁が美味しいよね」
「私も好きだけど。別々に楽しもうよ」
「ちょっと注文多くない?」
「逆ギレしないでよ。美味しい料理のためだから」
疲れ果てた末、ようやく出来上がる。
「あ、今度は大分美味しいよ」
「そうだよ。味付けって、大事なんだよ」
「もう私、完璧に料理できるよね。お弁当も任せといてよ。明日伊奈の分も作ったげる」
「駄目駄目駄目。当分、人様に食べさせちゃ駄目だから。自分の分だけ作ってよ」
「……私の料理食べたくないっていうの?」
「少なくとも今は無理だし」
「……分かったよ。じゃあ、明日は自分の分だけ作るよ」
「そうしてよ」
そして次の日。
朝登校すると、机の上に弁当箱が置いてあった。
横を見ると、満面ニコニコ顔の咲乃。
「伊奈に捧ぐ!」
「やめてって言ったよね?」
「いいからいいから。伊奈が持って来たのは私が食べたげる」
「それどんな罰ゲームよ。自分が作ったのを、自分で食べようよ」
咲乃作の弁当を咲乃の机の上に置く。
口を尖らせて、「ブー」とか言っているが、素直に受け入れた。
しかしそんなわけがなかった。
昼休みになって弁当箱を開けると、私が作ったのとは別の奴だった。
「さーきーのー」
ご丁寧に、似たような形の弁当箱だった。それで開けるまで気付かなかったのだ。
「開けたからには、それが伊奈のだし。あー、伊奈のお弁当は相変らず美味しいなぁ」
咲乃は早くも私の弁当に箸を付けていた。
もはや覚悟を決めようか。
一縷の望みは一口目で絶たれた。壮絶に不味い。
「あのさ、食べ物売ってるお店の娘が食べ物美味しく料理できないって、申し訳ないと思わないの?」
「だから練習するんじゃない。私じゃ味がよく分からないから、伊奈がチェックするしかないと思わない?」
一見、正論である。
こんな物、とてもじゃないが人様に出せないが、ドMの青柳先輩なら喜んで食べてくれるかもしれない。仕方ないよね。




