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隣人はかぐや姫と呼ばれる[改訂版]  作者: いなばー
4章

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21/22

21.目の前にあいつ。

 放課後になった。今日もみんなで遊びにいかないと。

 でもどうにも身体が重い。

 ここ数日こんな調子が続いている。

 原因不明だ。いや、本当は理由を知っている。


「あの、山中さん」

「どうしたの? 早く行きましょう」


 カバンを持った山中さんが、私の席の横で待っている。


「今日は遊びに行かないことにするよ」

「どうして?」


 山中さんがうつむいている私の顔を覗き込んでくる。


「ちょっと、疲れちゃって」

「疲れた? じゃあ、今日は早く帰って休む? 明日また遊びましょう」

「いや、明日も、明後日も……」

「そんなに疲れてるの?」


 本当に心配そうな顔を向けてくれる。

 でも言わなくちゃ。これは言わなくっちゃいけないんだ。

 顔を上げて、山中さんの眼を見る。


「……しばらく一人になりたいの」

「何それ?」


 山中さんは不思議そうな顔で私を見ている。


「みんなとはしばらく遊べない。一人でゆっくり休みたいの」

「何それ?」


 山中さんの声のトーンが下がった。


「よく分からない。けど、みんなと遊んでいる間中、景色がモノクロになるの。ここ数日は家に帰ったらなんでか泣いてしまう。よく分からない。でももう限界なの」

「何よ、それ」


 さらに声が低くなる。


「自分でもよく分からないんだよ」


 また視線を下に逸らしてしまう。


「私たちといるのが嫌だっていうのね?」

「嫌? そんなことないよ。みんなのことが嫌いってわけじゃ。ただ、しばらく一人になりたいの」

「あんたさー」


 山中さんが大きく胸を反らした。


「せっかく拾ってやったのに、その態度って何?」

「拾う?」

「森田に捨てられた、かわいそうなあんたを拾ってあげたのよ、私は。それを嫌いだとか何? そんな生意気許されると思ってるの?」

「そんなんじゃないよ」

「そうよ。あんた、今そういうこと言ったんだし。ショックよー」

「どうしたの?」


 山中さんの友達が集まってきた。

 昼休みまでは仲良く話をしていたけど、今ではこうして集まられることに恐怖を感じる。


「この娘、私たちが嫌いで顔も見たくないってさ」

「そんなこと言ってないよ」

「本音はそうなんでしょ?」

「ちょっと、それは非道くない?」


 他の子らも怒りのこもった眼を私に向けてくる。どうしよう、失敗した。


「せっかく仲良くやってたのに、なんでそうやって空気壊すこと言うかな」


 折り目のついたシャツを着ている男子が言う。


「ごめんなさい。でも私、もうどうしたらいいか」

「私たち、全否定された気分なんですけど」

「今までもずっと楽しいふりしてただけなんだ?」


 みんなが距離を詰めてくる。どうしようどうしよう。


「私、最初から嫌な感じがしてたのよ。山中さんの優しさに付け込んで」

「元々そういう奴なんだよ。だから今まで友達がいなかったんだ」


 言葉が次々胸に刺さってくる。


「ゴメン。気に障ったなら謝るから」

「謝って済む問題じゃないわ。こっちは深く傷付けられたのよ」


 山中さんの口調はどこまでも厳しい。駄目だ、完全に怒らせてしまった。


「私、どうしたら」

「そんなの自分で考えなさいよ」

「でも、もう訳が分からなくて」


 涙が止まらない。


「悲劇のヒロインぶらないでよ。人を散々傷付けておいて。顔、上げなさいよ!」


 山中さんが私の手を掴んだ。

 やめてやめてやめて。


「ちょっと待てや、コラ!」


 怒鳴り声のした方を、みんな一斉に見る。

 そこには両手を腰に当てて仁王立ちをしている咲乃。黒髪が天を衝くように舞う。

 顔も仁王そのまま。でも怒りに満ちたその表情も絵になっている。何こいつ、ずるいよ。


「黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって。今すぐ伊奈をこっちへ寄こしな!」

「森田、あんたは関係ないのよ」

「うるせー! 関係あるかどうかは私が決めるんだ。伊奈は一人になる時間が必要な娘なんだよ。見てみなよ。まっすぐ立ってられないくらい疲れ切ってるじゃない。眼の下すごい隈できてるじゃない。しばらくそっとしておくことが、なんでできないの!」

「これは私たちの問題よ。せっかくみんなで仲良くしてきたの。いい空気を作ってきたの。それをこの女はぶち壊しにしたのよ」

「空気とかどうでもいいんだよ! 人、圧し潰してでも守らないといけないくらい、空気って奴は大切なのかよ!」

「そうよ」


 山中さんが強い調子で断言した。


「空気を守ることはとても大切なの。みんなで仲良くしていくために必要なことなのよ。あなたには分からないでしょうね。あなたは孤高のかぐや姫だもの」


 山中さんはひと呼吸置いて背を伸ばす。


「何がかぐや姫よ。自分の見た目に酔っていて、人を傷付けても平気な顔で、自分勝手に我を通す。あなたのせいで、周りの人間がどれだけ傷付けられているか分かってるの? あなたは好き勝手やっていればそれで幸せでしょうね。周りはみんなちやほやしてくれるし。でもあなたの影では多くの人が傷付いて泣いているの。それに気付かないの?」

「知ってるよ」


 咲乃がつぶやく。


「柊って奴がいる。学校一のモテ男。でも私なんかに惚れちゃったせいで、プライドズタズタにされて、大怪我までして。そういう奴はいっぱいいる。男子だけじゃなく、女子も。私は敵意を向けてきた奴には容赦しない。全員ずたぼろにしてやった。それで多くの人間を泣かしてきた。知ってる。私はそういう奴だ」

「あなたは人と関わる資格がない。分かってるなら消えてちょうだい。今すぐ私たちの前から消えてちょうだい」

「その前に、その前に伊奈だけは許してやって。その娘は弱いんだ。人の敵意を受けて平気でいられる娘じゃない」

「嫌よ。こいつは私たちを傷付けた。しっかりと償いをしてもらうから」


 咲乃がゆっくりとかがみ込んだ。片膝を折り、床に置いた。


「咲乃、何してるの!」


 私は咲乃に駆け寄ろうとしたが、山中さんに腕を引っ張られて前へ行けない。


「見ものよ。生意気なかぐや姫が何をしてくれるのかしら?」


 咲乃が両膝を床に付ける。


「駄目だって咲乃! 咲乃はそんなことしちゃ駄目なんだよ!」

「いいんだよ、伊奈。全部私が蒔いた種なんだ」


 両手を床にやる。


「やめろ!」


 声の限り、叫んでいた。

 咲乃が驚きと戸惑いの混じった顔で私を見る。


「テメェはかぐや姫なんだよ、傲岸不遜、絶対無敵、孤高のかぐや姫なんだよ! 今すぐ立ち上がれ! 立ち上がって、いつもの暴虐で私を助けろ!」

「でも、伊奈。私は伊奈を傷付けた。償いをしなくちゃいけないんだよ」


 咲乃の声に涙が混じっている。

 弱気な咲乃が顔を出そうとしている。青柳先輩の試合があった日、私の前でだけ泣いた咲乃だ。

 この咲乃が本当の咲乃? そうかもしれないね。でも今ここにいるべき咲乃ではないんだよ。


「それが本当のテメェか? 森田咲乃はそんな人間か? よく思い出せよ! 本当の自分を裏切るなよ!」


 本当の咲乃。気紛れに周りを振り回し、気に入らない相手は容赦なく叩き潰す。そしていつも光輝く笑顔を見せてくれる。これもまた本当の咲乃。

 私は山中さんの手を振り払い、咲乃の前まで進んでいく。


「伊奈」


 咲乃が涙の溜った眼で私を見上げる。

 この野郎。なんて情けない顔していやがる。


「歯ぁ、食いしばれよ!」

「え?」

「歯ぁ、食いしばれっつってんだよ!」


 咲乃が口を閉じて私に不安げな眼を寄こしてくる。

 その頬を思いっきり引っぱたいてやる。

 咲乃はよろめき、横に倒れて床に尻を付ける。


「な、何するの?」

「馬鹿なことしないでよ、咲乃」


 プライドの塊みたいな咲乃が、私のために膝を折ってくれたことをうれしく感じる。その思いを視線に込める。

 しばらく見つめ合っているうち、咲乃の眼に光が戻ってくる。

 もう大丈夫だ。

 咲乃に手を差し出す。

 咲乃が私の手を握る。

 二人、強く握り合う。

 手を引いて、助け起こしてやる。


「咲乃、ありがとう。助けてくれてうれしいよ」

「どうってことないって」


 咲乃がいつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 私は山中さんの方へ身体を向ける。


「山中さん、ごめんなさい。あなたの大切なものに私は傷を付けてしまいました。今までありがとう、私なんかに気を留めてくれて。でも、もうお別れです。さようなら」


 謝って許されるのだろうか、よく分からない。でも謝ることしか私にはできない。

 山中さんが厳しい眼で私を射る。

 私は眼を逸らさない。


「許さない。私は絶対にあんたを許さない」

「あのさー」


 私の後ろから咲乃が顔を出す。

 横から見ると、切れ長の眼を細め、強い光のこもった眼で山中さんに視線を送っている。こいつ、やらかすつもりだ……。


「な、何よ」


 山中さんが少し怯む。


「君の言う空気って、本当に存在してたのかなー」

「どういう意味よ」

「私、ずっと見てたけどさー。他の子はダルそうにしてるんだよねー」

「何言ってるのよ」


 山中さんが笑い飛ばそうとして失敗する。


「そっちの男子とそっちの女子、影で付き合ってるの、知ってた?」


 山中さんが指さされた自分の友達に顔を向ける。

 見られた相手は小さく眼を逸らす。


「二人だけ付き合ってたりしたら、空気悪くなっちゃうよねー。だからひた隠しにしてるんだよ、その二人」

「嘘でしょ?」

「それだけじゃないよー。君って、私のこと嫌いでしょ? でもね、そこの男子は私のこと、好きなんだよ。しょっちゅう見られてるしー」


 そう言って指さしたのは、折り目の付いたシャツを着た、清潔な男子だ。

 山中さんが眼を見開いてその男子を見る。


「ショック? だよねー。だって君、その男子のこと好きだし」

「な、何言ってるのよ」


 山中さんの頬が引きつる。


「そっちの女子はー、別にいるオタク友達とアニメの話してる時が、一番輝いてるんだよねー。君らの前ではそんな話、できないけどー」


 咲乃が私の前に出る。

 両手を腰に当てて、胸を大きく反らす。


「空気? バッカじゃねーの? そんな窮屈なものに縛られて、好きなこともできないで、何が楽しいっていうんだよ。くだらないおままごとはあんたらだけでやってな。私の親友巻き込むな!」

「咲乃、その辺で」


 山中さんの眼から涙がこぼれ落ちる。

 咲乃がクルリと半回転して私の方を向く。そして艶やかな笑顔。

 自分で煽っておいてなんだけど、こいつのやる事はちょっと非道い。

 咲乃の笑顔が眼の前にある。もう随分長い間見ていない笑顔。

 気持ちが安らぐのを感じる。

 あれ? 目の前が暗くなってきた。なんだろ、これ。

 最後に咲乃が耳元で叫ぶ声が聞こえた。


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