第1話:黒き髪の王女と、冷えゆく熱狂
はじめまして、新歩ひかるです。
初投稿作品となります。
よろしくお願いします!
【更新スケジュール】
・本日(初日):18:10/21:10(2話公開)
・11/3までの5日間で7話目まで投稿予定
・以降:毎週 火曜日・金曜日の週2回更新
白亜の城がそびえるブライト王国の歴史において、「黄金」とは神の恩寵そのものを意味していた。
エクレール王家の者は皆、陽光を溶かし込んだような輝かしい金髪と、澄み渡る蒼穹の瞳を宿して生まれてくる。
それは王国を統べる正統なる血の証であり、豊かな魔力を身の内に宿す貴種たる証拠でもあった。
けれど、建国の書には、王家の法則を覆す神話として記されている。
数百年前、魔獣が跋扈し、大地が枯れ果てた暗黒の時代。
王国を打ち立て、民を飢餓から救ったエクレール王家の初代国王――その偉大なる御方は、夜の帳を切り取ったような濡れ羽色の黒髪と、吸い込まれそうな漆黒の瞳を持っていたという。
初代国王が授かったギフトは【豊穣】。
触れる大地に豊かな恵みをもたらし、作物を瞬く間に実らせたその奇跡の力によって、ブライト王国は大陸有数の大国へと成長を遂げたのである。
以来、王家には奇妙な伝承が囁かれるようになった。
『数代に一度、初代様の黒き血が蘇る時、王国に新たな転換期が訪れる』
――そして十年前の冬。
王妃の寝所から響き渡った産声とともに、その「奇跡」は現世へと降り立った。
「黒髪……! 黒い髪に、漆黒の瞳の姫君であらせられるぞ!」
産婆の震える叫びが響いた瞬間、寝所を取り囲んでいた廷臣や神官たちは狂喜乱舞した。
父王は歓喜の涙を流し、大聖堂の鐘は一日中鳴り響き、王都の広場では民衆に祝杯の酒が惜しみなく振る舞われた。
生まれたばかりの赤子――私、クロエ・エクレールは、まぎれもなく「初代の再来」「国を救う光」として、熱狂の中に迎え入れられたのだ。
だが。その熱狂が冷え切るまでに、そう長い歳月は必要なかった。
ここは剣と魔法の国である。
王族や上級貴族の子女ともなれば、三歳を過ぎる頃には体内の魔力が自然と輝きを放ち、感情の高ぶりに応じて小さな火を灯したり、風の悪戯を引き起こしたりするものだ。
四歳にもなれば初歩の魔導具を起動させ、己の魔力属性を確かめるのが当たり前の習わしであった。
しかし、私にはそれが一切なかった。三歳になっても、四歳になっても。
王宮専属の筆頭魔導師が額に汗を浮かべながら最高級の魔力測定石をかざしても、青く澄んだ水晶はうんともすんとも言わない。ただの冷たい石ころのように沈黙を守り続けるだけだった。
「……魔力適性、皆無。身の内に宿る魔力回路そのものが、存在いたしませぬ」
大広間に響いた魔導師の苦渋に満ちた宣告に、貴族たちの表情から熱がスーッと引いていったのを、幼い私は今でもはっきりと覚えている。
『魔力がない……? 王族でありながら、平民以下の魔力ゼロだと?』
『やはり、黒髪の血筋か……』
『初代様の奇跡など所詮は数百年前の御伽噺。その後に稀に生まれた黒髪の王族とて、妙なスキルを授かったところで魔法も使えぬ役立たずばかりだったではないか』
『初代の再来などと担ぎ上げて損をした。あれは神の祝福などではない、ただのハズレ枠だ』
手のひらを返すとは、まさにこのことだった。
熱狂的な賛辞は嘲笑と失望の囁きへと変わり、私に向けられる視線は「救世主」から「エクレール王家の面汚し」へと一変した。
王宮の社交場では遠巻きにされ、家庭教師たちは最低限の礼儀作法だけを機械的に教え込み、権力を求める貴族たちは誰一人として私にすり寄ってこなくなった。
けれど。当の本人である私――クロエはといえば。
(……よっしゃあああぁぁぁっ! 魔力なし! 最高! 大勝利!!)
豪華な自室の片隅で、私は人知れず狂喜のガッツポーズをキメていた。
私には、物心ついた時から妙な性分があった。
人間の言語を理解し、頭の回転も悪くはないはずなのだが、なぜか私の好みは「高貴な王女」のそれとは致命的にズレていたのだ。
シャンデリアの眩しい光よりも、薄暗い部屋の隅のほうが落ち着く。
天蓋付きのキングサイズベッドよりも、巨大な黒檀の本棚と大理石の壁の間に広がる「幅三十センチの暗がり」にすっぽり身体を滑り込ませた時の方が、何倍も深い安らぎを覚える。
そして何より、侍女が運んでくる手の込んだ蒸し料理よりも、厨房から風に乗って漂ってくる揚げ物の香ばしい匂いに、無性に食欲をそそられてしまう――。
(魔力がない? 王族失格? 結構毛だらけよ! そんな面倒くさいもの、最初から欲しくもないわ!)
魔力があれば、王位継承だの政略結婚だの、ドロドロとした権力闘争の最前線に引きずり出されるに決まっている。
だが、魔力ゼロのハズレ王女ならどうだ?
誰からも期待されず、公務からも外され、部屋の隅の隙間に引きこもっていても文句は言われない。
厨房からこっそり揚げ菓子を融通してもらい、日陰でひっそりと平穏に暮らす――これぞ、争い事を好まない私にとって、究極の理想の隠居ライフではないか。
「私は日陰者。誰の邪魔もせず、誰からも気付かれず、静かに余生のような毎日を送るのよ……」
四歳の春、私は本棚の隙間にふかふかの毛布を敷き詰め、誰にも見つからない「最高の秘密基地」を完成させて悦に入っていた。
このまま世間から忘れ去られ、平穏無事な一生を終えるはずだった。
あの、小さな命が生まれてくるまでは。
第二話は21:10に投稿します。




