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濁った水  作者: 真月 一蓮


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第二話

 後部座席に男三人と窮屈な状態で車に揺られる。中央の席は圧迫感が凄い。


 「私の車はあのままですか?」


 ロペスは何度も問い掛けたが挟むように座る屈強な男たちはむっつり黙ったままだ。諦めて、窓の外をじっと眺めた。


 「入れ」

 「むぐ」


 一階建ての、横に広い建物。高い壁が周囲を巡る。所持品を全て没収され、乱暴に部屋へ放り込まれた。

 まだ車内の窮屈な感覚が抜けず、凝った肩を回してみる。


 部屋は三面が壁で正面は鉄格子と、どこをどう見ても牢屋だった。けど自分がそこに入れられた現実をいまいち信じられなかった。

 石造りの床に歓迎している様子はなく、中はかび臭い。寝る場所か、一枚だけ布が畳まれていた。壁に明かり取りの窓がある。小さくてそこから出るのは不可能だろう。

 太陽の角度と僅かに見える風景で半地下らしいことが分かった。


 「はあ。早く出られるといいのだが」


 牢屋は横が二メートルと縦が四メートルの広さ。角に木製のバケツが一つ置いてある。どう使うのかは分からない。

 茶色くなったシャーヌ河の水を濾過した結果だろう。淡く黄色に濁った水もボトルで用意されている。囚人に飲み水があるだけでも有難いか。


 「大人しくしろ。すぐに尋問が始まる」

 ひげ面の男が吐き捨てるように言う。


 「待ってくれよ」

 尋問という言葉が腹の底で冷たく響いた。


 「……」


 「誤解だ。話せば分かるさ」

 ロペスは笑顔を作って話しかけたが、聞こえないようにして彼は奥へ消えた。



 同じような牢屋が横に並び、ロペスの牢屋は一番奥にあった。他に人気はない。

 少ししてひげ面の男が戻ってくる。


 「来い」


 「逃げないからトイレに行かせてくれ」


 「よく覚えておけ」ひげ面の男は鉄格子に肘をかけ、告げる。「命令は、一度しか言わないから命令なんだ」



 大人しく連れられる。

 牢屋が並ぶ道を折れた先に鉄扉があり、そこにのっぽの男が立っていた。のっぽの男が扉をゆっくり開けると円形のホールが見える。ホールまでは半地下の分だけ階段を昇った。

 ホールからは廊下が三本も伸びていて、出口へ通じる通路には二重に格子扉が構えられる。全ての通路を監視するように、ホール中央の受付に衛兵が座った。ホールを通り、別の廊下の部屋に入った。


 中にはテーブルが一つ。向かい側には国境で軍人を率いていた男が座っていた。同じ歳か、少し上くらいだろう。頭は良さそうだ。それ以上に性格も悪そうだった。

 ジョージと名乗った男に掌で椅子を勧められる。



 「どうして私が拘束されているのか、ようやく説明して頂けるようだ」


 人を痛めつける為に開発されたような器具がないことに、ほっとした。


 「とぼけなくていい。それにまず言っておくと、我々は君がスパイだという証拠を掴んでいる。あとは自白だけだ」


 「残念ですがスパイじゃないですよ。ならその証拠を見せて貰えますか」


 「嘘をつくな!」

 後ろに立つひげ面の男が力強く言う。ジョージは視線だけでそれを抑えた。


 「ここはどこです」


 「……」


 「早く帰らないと、仕事がまだ残っているんだ」


 銀行で引き換えた決済証明もまだ鞄の中だ。鞄は車にある。あれを金庫にしまわないことには、気になって眠れない。


 

 「ここは国境から少し離れた場所だ。心配するな、もう仕事は忘れていい」


 男の唇が曲がる。目尻がぎらりと尖った。老獪な狐みたいだとロペスは思った。

 老獪な狐は、獲物を逃さない。じっと、じっとその時を待つの。

 山で散歩していた時の祖母の言葉だ。顔はもう朧気なのに、どうしてかその言葉は鮮明に覚えていた。



 「ロペスさん、まずは落ち着きましょう。――なにもスパイだから処刑するわけじゃない。酷く困惑するでしょうが、私はむしろ貴方を救いたいと思っているんだ」


 「……」


 意味が分からない。


 「何度だって言う。人違いだ。私はスパイじゃない。だいたいスパイなんて話がどこから出てくるんですか」

 ジョージは困った子供を相手にするように、笑顔で首を振った。ロペスは言葉を継ぐ。

 「ただの商人だ。地道に農業機械を売っているだけの。なにもA国の人間がB国で取引しているからって疑うのか!」


 

 怒るロペスの目の奥をジョージが透かす。

 騒いでも意味がないぞ、と言っているようだった。


 「農業機械を売るスパイがいないとは限らないだろう。仕方ない。また明日聞くことにするか」


 ――連れていけ。


 呆気にとられるほどの、短い尋問だった。「待ってくれ。その前にトイレだけでも」緊張のせいか、膀胱はもう限界だ。


 しかし願いは虚しく、ロペスは再び牢屋に放り込まれる。




 「トイレはそこにしろ。終わったら、側溝に流せ」


 ひげ面の男が目で指したのはバケツだった。

 これなら道端でした方がましだ。

 家畜のような酷い扱いに、ロペスにも怒りが湧いてくる。


 「ふざけるなよ。いきなりここに連れてこられてトイレも碌にさせない。お前たちを訴えてやるからな」


 「なんだと!」



 突然、ひげ面の男が怒声を張り上げるものだから、憤慨しているロペスもびっくりした。

 待ってましたとばかりに鉄扉の前に居たのっぽの男も飛んでくる。

 鉄格子を開けるや、大股で接近してくる。


 「どこに訴えるつもりだ!」


 その剣幕に後退りする。背中が壁に当たった。ロペス目掛けて警棒が振り上げられる。肩を思いっ切り叩かれた。そのまま二人で何度も殴打してくる。

 ロペスは腕で防御し、反撃を試みるが無駄だ。膝が崩れ、ついには地べたで丸くなってやり過ごすことしかできなくなった。

 固い靴で腹を蹴り上げられ、身体が天井を向く。

 腹からラズベリーパイがせり上がってくる。吐くのはこらえた。小便は漏れていた。涙も、溢れた。



 尋問は翌日も続く。

 まさかこのまま、疑いが晴れないなんてことはないだろう。


 「酷いやられようじゃないか」

 ジョージはロペスを見るや、わざとらしく驚いた顔を作る。


 「よくもそんなことが言えるな」


 「私がやらせたわけじゃない。反抗的な態度を取るからだろう」

 指揮者みたいに、指をひらひらもさせた。


 「昨日は救いたいと言われた気がしたが」


 「救われる準備のある者しか、救うことはできないのだよ」

 ロペスの怒りなど素知らぬふりで言った。


 「どうりで世の中は救われない人間ばかりだ」


 「反抗的な人間が多すぎる。君を見習うべきだと、私も思うところだ」


 「なにを言っているのか分からない」


 数枚の書類の角をテーブルの上でトントンと揃え、一枚を滑らせる。


 「ここから出たいなら、素直になれってことだ」




 手紙の写しだ。短い文章だった。

 農耕機械の調子が悪いからみてくれーー。

 それだけだ。宛先も差出人もなかった。



 「では聞くぞ。誰から情報を貰い、誰に送った」


 「そんなことはしていない。これも知らない」


 「なぁ。君は騙されてる。どうせ国の英雄になれるとか。国民を守るためだとか甘い言葉を囁かれたんだろう。しかしそろそろ理解した筈だ。

 ――現実は違う。

 ドラックの運び屋と同じで、ただ危険なものを運んだだけだ。連中を見てみろ、上から指示してふんぞり返ってるだけだ。君はむしろ犯罪の片棒を担がされた被害者じゃないか。ここで洗いざらい吐けば、私たちは君を綺麗さっぱり釈放するよ。約束だ」


 「B国で取引を終えたら銀行に寄って帰る。どこにスパイ活動する暇があるんです」



 ふぅ。とジョージは息を吐く。

 そして首を振ってみせた。癖なのか。



 「次にこれは、君がわざと売り残した機械の中にあった手紙だ。我が国のミサイル基地について聞いている。位置や警備の時間がどうとかな。これも君のか?

 いや、確かに違うだろう。君はこれを持たされただけだ。中身は教えられてない。それとこれも」彼が別の紙を見えるように指でぶら下げた。「別の日のだ。まさか勝手に機械に隠されたわけじゃあるまい。トラックの運転手は君から奇妙なほど安全運転でと念を押されたそうだぞ?」


 「……」



 無言でいると、ジョージも無言になった。

 五分くらい経った。あるいはもっと短いかもしれない。


 「簡単には認められない。分かるさ。まだこの状況が信じられないのだろう。私は数多くの尋問をしてきたが、どのスパイも同じだよ。自分は捕まらないと高を括っている。報酬金に目が眩み、現実が見えなくなってしまった。回答はまた、明日聞こう」



 ひげ面の男に立たされ、部屋を出る際、ジョージは呟くように言った。

 「ここでの暮らしはとても厳しいものになる。私たちは何年でも過ごす準備をしている。果たして君はどうかな……?」



 牢屋に戻るとトイレをバケツにして、それを壁にある小さな側溝に向けて流した。側溝は外の地面に合わせているので、半地下の部屋からは少し高い位置にある。直接そこへトイレするのは難しそうだ。

 布一枚だけの寝具も十分ではない。ただB国は暑いので風邪は引かなくて済みそうだ。幸いなのはそれくらいだった。

 厄介な問題はそれからほどなくして起こる。


 喉が渇いた。


 水を飲まないとすぐに死ぬだろう。ロペスは躊躇っては進んでを何度か往復して、水のボトルを手に取った。

 想像したくないけど、色は尿のようだった。水が色づくだけでこんなにも本能が警戒するとは思わない。色だけだ。見なければいい。そう思っても、視線が吸いついて離れない。

 殺すつもりならしているだろう。だからここに毒が入れられる理由はないはずだ。頭の中では、そう理論立てて考えられる。

 鼻に近づけてみた。


 匂いはない。飲まなければどの道死ぬのだ。


 覚悟を決めて口に入れる。


 変な味はしなかった。


 一気に飲み干した。濁っている以外は、普通の水に思えた。


 少し待っても腹が痛くなる気配はない。


 たったこれだけのことだが、生き延びた。そう思った。


 ゆっくりする間もなく、ひげ面の男がやってくる。

 改めて彼を眺めた。大きい印象の背だったがロペスと同じくらいで、筋肉はロペスの倍くらいありそうだ。ひげは顎にかけて両耳をアーチ状に結んでいる。一定の長さに整えているようだが、それでも長い。ジョージと違って、言動から教養はあまり感じない。


 「髪を切るぞ」


 外へ連行される。はさみはなく、バリカンを右手に持っているのを見て、ロペスは抗議を無駄だと諦めた――。


 「よし」


 ひげ面の男はバリカンを置き、ふんと満足げに鼻息を吐く。

 鏡は無いが、どうなったかは分かる。むしろ見ない方が惨めな思いをしなくて済む。


 「まんまる坊主になりやがって」

 むんずと掌で頭を掴まれる。


 「やったのは君だろうが」

 頭を揺らして振り払うと、のっぽの男が笑った。

 「似合ってるぞ」


 ひげ面の男は刑務官らしいが、のっぽの男は街にいる青年がそのまま来たようだ。頭一つ分も、ロペスより背が高い。筋肉質でも、武術をやっているような感じでもなかった。薄ら笑いを浮かべ、皮肉な言動が多い。ひげ面の男と二人で会話する時は笑い声もよく聞こえた。


 「さっさと自白すりゃ、こうならずに済んだのにな」


 「坊主はいいぞ。機能的だ」

 ひげ面の男が言った。のっぽの男は首をすくめる。


 「いや、機能をそぎ落としてるじゃないですか」


 「何を言っている」

 馬鹿なことを言うな、と言うようにひげ面の男がのっぽの男を見た。


 「私はいっそ故郷へ帰農したいね。こんな理不尽な扱いを受けるなら、毎日畑を耕す方がよっぽど楽しい」


 「故郷を坊主に……。何を言っているっ」

 反抗するなと殴られた。

 思慮を警棒にして振り回しているのか?


 「それ冗談なのかどっちすか」

 のっぽの男が驚いた後に、笑う。

 この男は冗談を知らないのかもしれない。

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