第80話 スタードールの混乱
第80話 スタードールの混乱
スタードール本店・店長室。
重厚な木扉の向こうで、アルベルト店長は静かに書類へ目を走らせていた。
しかし、その静寂は――轟音とともに破られる。
「て、店長ぉぉぉ!! 話が違います!!」
扉を吹き飛ばす勢いで、パティシエが真っ赤な顔をして飛び込んできた。
アルベルトは眉ひとつ動かさず、書類を閉じた。
「……どうしたんだ。そんなに泡を食って。」
「どうしたじゃありません!! “明日から全メニュー同時提供”なんて無理に決まってるでしょう!!」
「無理とはどういう意味だ? 説明してみろ。」
パティシエは机を叩きそうな勢いで、まくしたてた。
「オペラ、ザッハトルテ、タルトタタン! そして極めつけはパネットーネ!
あれは発酵三回、十二時間どころか、それを乗り越えて熟成が一日以上!
毎日出せるわけがないッッ!!」
「なら、パネットーネは君が担当して――」
「無理ですって言ってるんですよ店長!!」
怒りのあまり声が裏返る。
「他のケーキも全部“手間の怪物”! 素人スタッフに任せたら秒で地獄行き!
これ、命を削る仕事ですよ!? 私、三日後には幽霊になって厨房を彷徨ってますよ!?」
アルベルトは言葉を失う。
その隙を逃さず、パティシエはさらに畳みかけた。
「しかも、“月の庭”では一人で作ってるって話でしたけどね!
あそこは一日一種類、三時間限定営業!
こっちは何十種類を朝から晩まで! 規模が違うんです!」
アルベルトのこめかみがピクリと動く。
「……理屈としては正しい。しかし我々には客の期待が――」
「店長!! 本当に死にます!!」
叫びは悲鳴に近かった。
その必死の形相に、アルベルトはとうとう折れた。
「……わかった。計画を見直す。君の言う通りだ。」
パティシエは膝から崩れ落ちそうになりながら、重い足取りで去っていった。
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◆スタードール厨房・崩壊の序曲
広大な厨房では――
悲鳴と呻き声が、湯気より濃密に立ちこめていた。
「腕が……震える……ザッハのチョコが波打ってる……」
「パネットーネ三十個分の生地……俺、三日寝てないんだが……」
「オペラの層が歪んでるうううう!!」
ケーキの山の前に倒れ込む者、タルトタタンの焦げ付きに泣く者、
もはやカオスそのもの。
そこへリーダーパティシエが飛び込んでくる。
「店長!! 本気で厨房が死にます!! スタッフ全滅寸前!!」
アルベルトは額を押さえながら立ち上がる。
「……人材を追加で集めるしかない。腕のいいパティシエをどこからでも引っ張ってこい。」
「こんな短期間で!? しかもこのレシピを即習得!? 不可能の二段重ねですよ!!」
「それでもやるしかない……我々はスタードールなのだから!」
言い切ったアルベルトだったが――
背中に伝う冷汗を止められなかった。
(……月……!
あの無邪気な笑顔の裏で、ここまで計算していたというのか……!)
厨房で鳴り響く絶叫は、もはや戦場のそれ。
そして――
月がひそかに放った“同時提供という爆弾”は、
確実にスタードールの心臓を蝕み始めていた。
スタードールの混乱は、まだ序章にすぎない――。
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