39話 王宮御用達? 聞いてませんけど!
39話 王宮御用達? 聞いてませんけど!
昼下がりの「雪の庭」は、いつものように静かで、どこかゆるりとした空気に包まれていた。
陽光がステンドグラスを透かして淡い色を落とし、雪乃はソファで優雅に紅茶を口に運んでいる。
「ふぅ……静かな午後って、最高ね」
そんなゆったりとした空気を打ち破るように、入り口の鈴がリン……と鳴った。
「ただいま戻りました、お嬢様」
いつも通りの忍――ではあるのだが、今日はなぜか表情が固い。
その腕には、一通の書状と、成人男性でも抱えにくそうな大きな木箱が収まっていた。
雪乃はカップをソーサーに置き、小首を傾げる。
「なに、その不吉なサイズの箱は」
「お嬢様、王宮から……何かが届きました」
「……王宮?」
雪乃はぴたりと動きを止めた。
王宮という単語は、雪乃(本名:雪姫)にとって“静かな午後と真逆の存在”である。
雪乃は喉を鳴らしながらつぶやいた。
「いやよ。絶対ろくでもないわ」
「気持ちは分かりますが、まずは書状をお読みください」
忍が書状を恭しく開き、朗読を始めた。
「“王宮より告知。貴店『雪の庭』は――”」
読み上げる前に、忍が一瞬言葉を詰まらせた。
「嫌な予感しかしないわね。続けて」
「“――王宮御用達店に指定されました。”」
「……は?」
雪乃の目がまん丸になる。
「“つきましては、王宮御用達店証明書および看板を、店頭に掲げることを義務とします。”」
「……」
「“今後、定期的に王宮関係者を派遣し、営業状況の確認を行います。”」
「……」
「“なお、拒否は認められません。”」
「………………はぁああああああっ!?」
喫茶店「雪の庭」の窓ガラスが震えるほどの絶叫が響いた。
弥生が厨房から慌てて飛び出してくる。
「お嬢様!? 何事です!?」
「何事も何事も! 勝手に……勝手に……! “王宮御用達”なんてつけられたら――」
雪乃は頭を抱えてソファに倒れ込んだ。
「静かな午後が……消える……!」
王宮御用達――その看板を掲げれば、
・王族が視察に来る
・貴族が群がる
・商人が話題性に飛びつく
・街中の噂が一気に広まる
つまり、
「静か」も「優雅」も「のんびり」も全部吹っ飛ぶ。
弥生は呆れたように、しかし優しく声をかけた。
「お嬢様……王宮に身元を明かしていないとはいえ、第三王女を勝手に“御用達”から外すことは、王宮としても面子を保ちたいのでしょうね……」
「そんな王宮のメンツのために、私の午後が犠牲になっていいわけ!?」
「(……王女の頃は毎日犠牲でしたよね)」
忍は心の中で淡くツッコんだ。
「それと……こちらの木箱の中身を確認していただけますか」
「まだ何かあるの!?」
忍が木箱の留め金を外すと、ぎぃ……と重たい音を立てて蓋が開いた。
中から現れたのは――
金色の縁取りをほどこされた、豪華すぎる証明書。
そして、やたら主張の激しい立派な看板。
文字は大きく力強くこう刻まれている。
「『王宮御用達 雪の庭』」
雪乃はその場で崩れ落ちた。
「いやぁぁぁぁああああっ!
目立つじゃない! 絶対目立つじゃない!
こんなもの掲げたら、お忍びの意味が消えるじゃないの!」
弥生は小さく首を傾げる。
「そもそもお嬢様、お忍びで喫茶店を開業している時点で、目立つのでは?」
「目立ちたくて開いたんじゃないわ! 静かにお茶を飲むために開いたのよ!」
「(その割に閉店時間は気まぐれ……)」
「(味見で一人前食べて閉める……)」
忍と弥生は同時に目を伏せる。
いろいろ言いたいことはあるが、確かに“静かにお茶を飲みたい”という気持ちは、痛いほど理解できる。
雪乃は、証明書と看板を見つめて、ため息をついた。
「……で? これ、掲げなきゃダメなの?」
「“拒否は認められません”と書いてあります」
「…………ですよねぇぇぇぇええ!」
雪乃の叫びが、今日二度目の窓ガラスを震わせた。
忍が肩をすくめる。
「お嬢様……これは、もう受け入れるしかないのでは」
「そんなの……そんなのいやーっ!」
雪乃はソファでじたばたと暴れ、弥生と忍は顔を見合わせた。
(これは……また一波乱来ますね)
二人の心の声は完璧に揃っていた。
こうして――
「気まぐれ喫茶・雪の庭」は、望んでもいないまま、王宮御用達の称号を背負わされることになったのだった。




