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婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


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20話 貸切営業本番

20話 貸切営業本番


その日、喫茶店「雪の庭」は、かつてないほど“普通の店”の顔をしていた。


開店時刻は午前十時。

看板はきちんと掲げられ、扉も開いている。


――すでにこの時点で異常事態である。


「……忍、見て。ちゃんと開店してるわ」


雪乃はカウンターの内側に立ち、どこか他人事のようにつぶやいた。


「それは店主として当然の行為です」


忍は冷静に返しつつ、入口の様子を確認する。


やがて、石畳の向こうから馬車の音が聞こえてきた。


「……来ました」


弥生が小さく告げる。


ほどなくして、フォレスト男爵家の紋章を掲げた馬車が次々と到着し、

上品なドレスに身を包んだ令嬢たちが降り立った。


「まあ……ここが噂の喫茶店なのね」

「思ったより、ずっと可愛らしいわ」


その声が聞こえた瞬間、忍と弥生は自然と背筋を伸ばした。


「いらっしゃいませ。喫茶店『雪の庭』へようこそ」


弥生の柔らかな声に続き、忍が丁寧に客を案内する。


一方、雪乃はというと──

今日は珍しく、店主らしい位置に立っていた。


「本日は貸切でのご利用、ありがとうございます」


その所作は、優雅そのものだった。


紅茶色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして微笑む姿は、

まるで“最初からそういう立場の人間”であるかのようだ。


「まぁ……」


令嬢たちの間から、感嘆の声が漏れる。


「なんて上品な方なの」

「お店の方……というより、貴婦人みたい……」


(……実際は、王女様です)


忍と弥生は心の中で同時にツッコんだが、もちろん口には出さない。


客が全員席についたところで、

忍が小さく雪乃に耳打ちする。


「お嬢様。現在のところ、予定通り穏やかです」


「ええ。とても静か。理想的ね」


雪乃は満足そうにうなずいた。


ティータイムが始まる。


最初に運ばれてきたのは、

“雪の庭特製プリン”。


弥生が丁寧に皿を置くと、令嬢たちは一斉に目を輝かせた。


「まぁ……なんて美しい……」

「この滑らかさ、見ただけで分かりますわ」


スプーンが入れられ、

一口。


「……!」


空気が変わった。


「舌に……溶けますわ……!」

「抹茶の香りが、こんなに優しく……」


あちこちから感嘆の声が上がる。


忍が小声で雪乃に報告する。


「お嬢様。本日のプリン、非常に高評価です」


「当然よ。私が見守ったもの」


「……はい」


続いて提供された“紅茶ケーキ”も、同様に好評だった。


「紅茶の香りがしっかりしていて……」

「甘すぎないのがいいですわね」


弥生は忙しく動き回りながらも、嬉しそうに微笑んでいた。


一方、雪乃は──

思ったより、働いていた。


客から話しかけられれば応じ、

紅茶の説明もこなす。


「……今日のお嬢様、珍しいですね」


忍が小声で言うと、雪乃は肩をすくめた。


「貸切だからよ。知らない人が少ないもの」


「それが基準なのですね」


穏やかな時間が流れ、

予定通り、貸切営業は終盤へと向かっていった。


そのとき。


クレア・フォレスト令嬢が、雪乃のもとへ近づいてきた。


「店主様……本当に素敵なお茶会でした。

皆、とても満足しておりますわ」


「それはよかったです」


雪乃は丁寧に応じる。


「このような落ち着いた空間、なかなかありませんもの」


「……そう言っていただけると、嬉しいです」


そのやりとりを、忍と弥生は少し離れたところから見守っていた。


(……何も起きていませんね)


(……不安です)


だが、最後まで大きな問題は起きなかった。


三時間きっかりで、貸切営業は終了。


令嬢たちは名残惜しそうに店を後にし、

喫茶店「雪の庭」には、再び静寂が戻った。


忍と弥生は、同時に大きく息を吐いた。


「……終わりましたね」


「ええ……今日は本当に、無事でした……」


雪乃は椅子に腰を下ろし、少し疲れた様子で笑った。


「ふぅ……意外と、ちゃんと終わったわね」


「お嬢様が“意外”と仰る時点で、危険でしたが」


「でも、これでまた静かな午後が戻ってくるはずよ」


雪乃は紅茶を一口飲み、満足そうに目を閉じる。


その顔には、

“これ以上、何も起きない”という確信が浮かんでいた。


──だが、その確信は、数日後にあっさりと裏切られる。


この貸切営業が、

喫茶店「雪の庭」に新たな“厄介事”を呼び込んだことを、

この時の雪乃は、まだ知らなかった。

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