表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/104

21話 貸切営業後の“婚約申し込み”

21話 貸切営業後の“婚約申し込み”


貸切営業から三日後。


喫茶店「雪の庭」は、いつも通りの――

いや、雪乃にとって理想的な静けさに包まれていた。


開店しているかどうかは、看板を見なければ分からない。

今日はたまたま開いている日だったが、客はまだ一人も来ていない。


雪乃はカウンター席に腰掛け、紅茶をゆっくりと回しながら、満足そうに息を吐いた。


「……やっぱり、静かな午前って最高ね」


「その“静けさ”は、貸切営業の後に生まれた嵐の前触れの可能性があります」


忍が、新聞を畳みながら淡々と返す。


「縁起でもないこと言わないで。

貸切は一度きり、私は静かに喫茶店を続けるの」


「お嬢様が“静かに”という言葉を使うたび、不安になります」


弥生は苦笑しつつ、カップを磨いていた。


「でも、お嬢様。最近、お店の評判……さらに広がっているみたいです」


「え?」


雪乃の手が止まる。


「“広がる”って、どの程度?」


「貴族の間で、“上品で落ち着いた喫茶店”として話題になっているそうです」


「……それは、よくないわね」


即答だった。


「良いことでは?」


弥生が首をかしげる。


「良くないわ。

“話題になる”=“人が来る”=“静かじゃない”もの」


忍が静かにうなずく。


「お嬢様の論理は一貫しています」


そのときだった。


カラン、と鈴が鳴る。


忍が入口を見る。


「……郵便です」


忍は差し出された封筒を受け取り、表情を曇らせた。


「……オルヴィエ男爵家の紋章です」


その言葉を聞いた瞬間、雪乃は露骨に顔をしかめた。


「また男爵家……?

この前のお茶会に参加していた家よね?」


「はい。嫌な予感がします」


忍の声は低かった。


「同感よ」


雪乃は封筒を受け取り、渋々封を切る。


便箋を広げ、読み始める。


一行。

二行。

三行目で──


「……」


雪乃の動きが止まった。


さらに読み進め、

最後の一文を目にした瞬間──


「……はぁぁぁあああ!?」


店内に、悲鳴が響いた。


紅茶のカップが震え、

弥生が慌てて駆け寄る。


「お、お嬢様!? どうされました!?」


雪乃は便箋を握りしめ、震える声で叫ぶ。


「これ……これ、求婚よ!!」


「……は?」


忍が眉をひそめる。


「“あなたの気品と優雅さに一目惚れしました。

ぜひ私の妻として──”

……完全に、そういう手紙じゃない!!」


忍の目が、すっと細くなった。


「……最悪です」


弥生も顔を青くする。


「ど、どうしましょう……!?」


雪乃は頭を抱え、店内をぐるぐると歩き回る。


「私が異国の男爵と結婚!?

ありえない! 格とか身分とか以前に……」


足を止め、叫ぶ。


「父上が絶対に許さないわ!!」


忍が即座に補足する。


「そもそも、お嬢様の素性が知られれば、国際問題です」


「そうよ!

だから絶対に断らないと!」


雪乃は椅子に崩れ落ち、紅茶を一口飲む。


「はぁ……どうして私は、

静かな午後を求めているだけなのに、

こんな面倒ごとばかり呼び込むの……?」


忍が、紙とペンを差し出した。


「お嬢様。

最も安全なのは、“丁寧で礼儀正しい断りの手紙”です」


弥生も続く。


「感情を刺激せず、穏やかに距離を置くのが一番かと……」


雪乃は深くうなずいた。


「ええ……それしかないわね」


便箋に向かい、慎重に文字を綴る。


貴家のご厚意には心より感謝しております。

しかし私には、喫茶店の運営に専念すべき事情がございます。

つきましては、婚約のお申し出にはお応えいたしかねます。

何卒ご容赦くださいませ。


書き終え、雪乃は大きく息を吐いた。


「……よし。

これで、静かな午後が戻ってくるわよね……?」


忍と弥生は、互いに視線を交わす。


(……戻ってくるはずがない)


だが、その言葉を口にする者はいなかった。


雪乃はまだ知らない。


この“丁寧なお断りの手紙”が、

さらに多くの貴族の興味を引き、

喫茶店「雪の庭」を――

**「危険な婚活スポット」**へと変貌させる序章になることを。


雪乃は、今日も紅茶をすする。


「……明日は、静かだといいわね」


その願いが叶った日は、

まだ一度も訪れていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ