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首筋の痕は日常へと溶け込む

 ジャリッ……ジャリッ……。


 人気がなくなりつつある河川敷に、俺と梨花が刻む足音が耳に入る。

 その音が、リズミカルで楽しくあり、寂しさも感じさせる。


 若干のもの悲しさを覚えながら、横を歩く梨花の顔を見ると、同じことを考えているのか、少し哀愁に満ちていた。


「花火大会終わっちゃったね〜」

「そうだな。色々あって、ドッと疲れたよ」

「大丈夫? ジャンボフランクフルト食べる?」

「……何でそんなの持ってるの?」


 たった一言二言で、哀愁感が台無しだ。思わず、彼女が両手に持っているフランクフルトに目がいってしまう。

 屋台独特の焦げ目のあるフランクフルトが二本。ケチャップとマスタードがたっぷりとかけられていて、とても美味しそうだった。


 そんな、フランクフルトをヤンチャ小僧のように両手で楽しそうに持つ梨花。

「え? さっき、屋台のオジさんがくれたよ? 『よぉ! そこのお熱いカップルの嬢ちゃん! よかったらこのジャンボフランク二人で食ってくか?』って」

 そう言って、フランクフルトを持っている理由を口にする。


 俺が実際に聞いたわけではないが、俺らが『お熱いカップル』に見えたのなら嬉しい限りだ。出来れば、それを生で聞きたかった。


 そう思いながら俺はポッケから財布を取り出す。

「なるほどな……。で、いくらしたんだ?」

「え?」

「え? じゃなくて、いくらしたんだ? 流石に俺の分は自分で払うよ」

「いや、だから貰ったんだって。タダ。無料だよ?」

「……マジ?」

「マジマジ」

「なら、いいんだけどさ」


 梨花が嘘をつく人とは思っていない為、俺はそのまま財布をしまい、彼女から一本フランクフルトを受け取る。


「うん、美味い」


 一口食べて俺は感想を口にする。

 若干の焦げによる苦さがアクセントになり、コンビニで売られているものとはまた違う美味しさがあった。


 そして梨花も同様の意見だったようで

「だよね〜。今度は売れ残りじゃなくて出来立ての時に食べたいね〜」

 と口にする。


 お祭り屋台の食べ物は、場所撤去の問題があるからか、売れ残ったものは格安、もしくはさっきのようにタダで配られることがある。

 そして、それらが続々と梨花の元へと集まっていき


「……どうしよ、こんなに貰っちゃった」


 気がつけば、梨花の両手には袋いっぱいの屋台の残り物。焼きそばにたこ焼き。りんご飴に袋綿あめなどなど、それはもうたくさんだ。


「とりあえず、寮の人にあげたらどうだ? ソフト部から誰かしら食べるだろ」

「それもそうだね」


 俺の提案に頷く梨花。

 どうやら梨花はそのつもりだったようで、特に身構える事はしなかった。


 少しでも「ヤダ! これは私が食べるの!!」と梨花が言うだろうと考えてしまった事が恥ずかしい……。


 そんな気持ちを吹き飛ばすように、俺は梨花に手を差し伸ばす。


「んじゃ、時間も時間だし寮の近くまで送るよ」

「いいの?」

「もちろん。明るい夕方ならいいんだけど、今はだいぶ暗いからな。ちょっと不安かな」

「私は別に平気なのに〜」

「いや、俺が平気じゃないんだってば。だから近くまで送るんだよ。分かったら袋一つこっちにくれ」

「えっ、いや、これは流石に私が責任を持って持つよ? 大和に甘えるわけには」

「いや……だってその状態だと、手を繋げないだろ?」

「なるほど、確かに。大和ってば頭いいね!!」

「……これくらい普通だろ」

「はいはい、普通普通〜」



 こんなやり通りをしながら、俺は梨花から食べ物でいっぱいの袋を一つ受け取る。

 ズシリとくるものはあったが、体をよろけさせるほどでは無かった。


「隙ありっ!!」


 梨花が空いた腕を袋を持っていない方の俺の腕に絡ませながら恋人繋ぎをして来なければ、だが。


「わっ……っと」


 案の定、体がよろけそうになったが梨花の前という事でなんとか意地を見せて耐えてみせた。


「これでいいんでしょ〜?」

「もうちょっと落ち着いて手を繋げないのかよ」

「だって、普通に手を繋ぐだけじゃ物足りなくなったんだも〜ん」

「さいですか」

「大和は違うの?」

「違……うとは言い切れないか」

「でしょ〜〜?」


 俺の体をよろけさせた事に対する謝罪は無かったが、それが彼女の欲求衝動によるものだったのなら仕方ない。

 それどころか、ゆっくりと恋人繋ぎをするのでは物足りないと思っている自分がいるのだから尚更だ。


 俺は梨花が好きで、梨花も俺が好き。だったらそれでいいよね。



 そんな感じだ。



 俺と梨花の関係性を再認識していると、梨花は突然、意味深な言葉を口にする。

「でも、花火大会が終わったって事は、もう九月まで時間がないんだね〜」

 と。

 俺はすぐに彼女の言葉の意味が理解できた。


「そうだな。八月があっという間だったよ」

「学校やだなぁ……」

「勉強、まだ苦手か?」

「いや、それはまだ分からない。けど……」

「けど?」

「大和とこうしてのんびり過ごせる時間が減るんだなぁって思うと、ちょっと寂しいなって」

「……また、そうやって揺さぶってくる」


 予想通りの言葉に俺は文句を言うように声を出す。


 今は手を繋いでいるのだから、梨花がどれくらいの思いで言葉を発しているのか、少なからず分かってしまう。


 微かに力が入っている梨花の指。それから感じ取れた言葉を俺は、梨花の質問に合わせて口にする。


「うん? 今何か言った?」

「俺だって梨花とのんびりできなくなるのが辛いって言ったんだよ」

 と。


「さっき言ってたのと違くない!?」

「ニュアンスが近いからいいんだよ」

「そんなもんなんだ」

「そういうもんだよ」


 梨花のツッコミや疑問点をすっ飛ばし、俺は彼女の言葉を一掃した。


 さっき俺が口にした『のんびりできなくなるのが辛い』って言葉はあくまで俺の憶測で、俺の気持ちだ。梨花が同じ事を思っているのかは分からない。

 さっきのはただの俺の願望で、切望だ。


 けれど、梨花も少なからずそう思っているに違いない。

 俺の手を強く握る想い人に、そんな幻想を抱く。


「それじゃあ、清水たちによろしく」

「うん。大和も、気をつけて」



 楽しい時はあっという間に終わるもので、あれだけ楽しくもドキドキする時間は終わり、梨花は楽しんだ証拠の袋を両手に持ち直し、そのままソフトボール部の寮へと戻っていく。


 名残惜しかったが、彼女の寮の門限はとっくに過ぎており、これ以上俺の都合で引き止めるわけにもいかなかった。

 そう考えると、彼女が寮の奥へと戻っていくのを確認すると、俺を首をさすりながら帰路へつく事にする。


 花火大会中、梨花が執拗に唇を離さなかった自分の首筋に熱いものを感じながら。



 帰宅後、間も無くしてスマホがけたたましく鳴り響く。相手は梨花だ。

 滅多なことでは電話をかけてこない梨花からの電話である。

 普段はメールのところを今回は電話と言う事に、少し嫌な予感を感じながら「もしもし……?」と口にしながらスマホを耳に当てる。

 そして予想通りか、梨花は泣きそうな声で言葉を口にする。

『どうしよう!! 首筋にすっごい痕が残っちゃってるよ!!!』

 と。


 嫌な予感は的中したようだ。

『あー……ほんとだ。すごいな……』

 洗面所へ行き鏡で確認すると、俺の首筋にも痕が沢山残っていた。

 梨花からの愛を常に感じていたいという独占欲がある俺にとってはなんて事ないが、寮生活をしている梨花にはそう言うわけにはいかない。


 というより、梨花の相部屋相手が少し問題があった。

『麻那が大和にものすごい怒ってる!! 私にイチャイチャを見せつけるんじゃねぇ!! って』

『非常に済まないと思ってる、って伝えといて』

『りょーかい!!』

 もう少し、清水にも気を使って別の場所にキスをすればよかったかもしれない。


 梨花との電話の後ろで『どうして私がこんな目に合わなきゃいけないのぉ……! 親友の事後なんてみたくなかったよぉ……!!』と嘆く清水の声に申し訳なく感じる。



 すると今度は梨花が不安げな声を出す。

『でも、これどうしよう……。学校始まるまでに消えてるかなぁ……』

『その時はその時で考えよう』

『そうだね!』

 清水の反応を見て、少し首筋の痕に恥ずかしさを覚えているであろう梨花が想像できた。

 そしてそんな彼女もまた可愛らしいと思うのは、きっと自然のことなのだろう。


 その後、後輩に呼び出されたとの事で梨花との電話は終わった。


「……学校始まったら、清水に謝らないとなぁ」


 そう口にしながら、俺は勉強机に座り、自分の勉強を始める。



 梨花に勉強を教えるのにかまけて、自分の成績を下げてしまっては元も子もない。

 梨花は重りではない。足枷でもない。女神だ。天使だ。俺が頑張れる理由だ。



 もう間も無く、夏休みが明け学校が始まる。

 学校が始まったら、きっと今までのように時間が余った時にイチャイチャなんて事は出来ないのだろう。


 だから、どうしたというのだろうか。

 今までの、従来の生活に戻るだけだ。何も問題ない。


 唯一違うのは、梨花への“好き”の抑制が効かなくなっている事だが、きっとどうにかなるだろう。


 どうにかならなくても、きっとなんとかなる。

 俺と梨花はこの一ヶ月は、それほどまでに濃厚な時間を過ごしていたのだから。








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