甘かった夜、物足りない夕方
「も、もしもし……?」
私は大和の部屋を出てから電話の通話ボタンを押した。
電話相手は、ルームメイトの清水麻那である。
『あ、梨花? ちょっと聞きたいことあるんだけど、今平気?』
「う、うん。平気だけど……」
『大丈夫? なんか、焦ってるみたいだけど』
「だ、大丈夫だよ……! それより、聞きたいことって?」
麻那からの図星の言葉に私は少しばかり動揺したが、私は何事も無かったかのように言葉を返す。
完璧だ。我ながら、完璧な切り返しだ。
これなら、この間の決勝の最後で打ち取ることの出来なかったあの四番にも通じるキレの良い変化球が投げれるかもしれない!!
そんな事を考えていると、麻那は私に電話を掛けてきた理由を口にする。
『あー、そうそう。部屋の冷蔵庫にあったプリンだけど、何か知らない?』
と。
「そんな事で…………」
一瞬、私は麻那が何を言っているのか分からなかった。
が、それに反して『プリン』という麻那が発したであろう三文字の単語は耳に残って離れない。
そして次第にその言葉の意味を理解していく。
気づけば私は、麻那の言葉を『そんな事』と吐き捨てていた。
当然、ただ聞いただけの事にいきなり『そんな事』と言われる筋合いは麻那本人には関係のない事で
『そんな事って……。もしかして、たかがプリンだと思ってるでしょ!! 冷蔵庫にあったあのプリンは私が二時間並んでようやく買えた貴重なものなのよ!!?』
と、プリンへの並々ならぬこだわりを見せながら、私に怒鳴りつける。
しかし、私にも事情があるのだ。
麻那がプリンへの喪失感に苛まれていると同じように、私にも喪失感があるのだ。
「私はあと少しで大和とキス出来たのにーーーー!!!!」
───念願の初キスが叶えられると思った矢先、邪魔が入ったのだから。
『……あっ、なんかごめん』
色々と察しが良すぎる麻那はそう言って、怒りを鎮めてくれる。
とても物分かりのいいルームメイトを持てて私はなんて幸せものなのだろう。
「謝らないで……謝るくらいなら、プリンのことは許して下さい……」
『あ、やっぱ食べたのね』
「とっても、美味しかったです……」
だからきっと、プリンの事もきっと許してくれるだろう。そう思い、私は勢い余ってプリンをこっそり食べた事を打ち明けた。
だって、仕方ないじゃん……。夜中に、お腹すいたな〜って思ったら甘そうな匂いがするんだもの……。
上のホイップクリームだけ……カスタードの層も……ついでにカラメルも一緒に絡めて……。
そう言って、麻那がぐっすり寝ている間につまんでたら、完食しちゃってた事を、洗いざらいに。
すると、しばらくしてから麻那の大きなため息が電話越しに隠すそぶりなく聞こえてくる。
きっと、お小言が始まるんだろうなぁ……。出来るだけ早く済ませて欲しいなぁ……。
そんな事を考えていると、
『ま、まぁ……詳しい話は夜に沢山聞いてあげるから、早めに戻って来なよー?』
意外にも、麻那はお小言どころか優しげな声で私を慰めようとしてくれるではないか。
「うん、分かってる。大和の家での勉強が終わったら寮に戻るから心配しないで」
私はそう言って、麻那の励ましに応えるような返答を心がけた。
『おー、そっちでも勉強とは感心感心』
「えっへん!」
私が勉強しているとは思わなかったのか、本気で感心している麻那の声に、褒められた誇らしさとは別にどこか悔しさもあった。
が、それは麻那が悪いものでは無く、むしろ───
『とか言って、実際は私の教え方が厳しくて城廻の家に逃げたって感じでしょ!』
「うっ……」
『そんでもって、いざ助けを求めようとしたら城廻の家でも勉強が始まった、そんなところね』
「す、鋭い……」
『ふふん! 私の観察眼、舐めないでよね!』
───むしろ、麻那の予想の範疇を超えられない自分がいるのが悔しいのだ。
まぁ、それはそれとして、ただただ大和に助けを求めに行ったけどほとんど麻那と同じ状況になった、なんて事は彼女には知られたく無かった。だって、麻那ってば意外とネチネチするんだもん……。
だから私は
「や、大和はちゃんと休ませてくれてるもん!」
と、高らかに声を上げた。
が、麻那にとってやはりまだ予想の範疇だったようで
『大方、イチャイチャしたいってアンタが駄々こねて、休ませてくれたんでしょうね』
「ど、どうしてそれを……っ!」
『だって、梨花ってば単純なんだもん』
「うう……」
呆気なく反撃されてしまう私。
結局、終始麻那に翻弄されたまま、電話を終える事になったのだが
『それじゃあ、そういうわけで、残りの勉強ガンバ。それとプリンの件は許してないからそこんところよろしく』
最後の最後で、爆弾を落とされてしまったのであった。
そうして私は大和の部屋に戻るのだが、当然そこにはイチャイチャの雰囲気は無く
「……もう、電話はいいのか?」
「うん、大丈夫」
「そうか、じゃあ」
「う、うん……」
「勉強、再開するか」
「うん、そうだね」
約束通り、私は再び机の前に座りテストの直しを行っていると、あっという間に寮に戻る時間へとなっていく。
その時に大和の目は終始、どこか伏し目がちでチラリと私を確認はするものの、キス寸前の時のような強烈な視線は送ってこない。
そんな大和に違和感を覚えながらも、私は結局その違和感の原因が何かはわからないまま寮に戻るのだった。




