男の性には逆らえない
「で、調べたやつには結局なんて書いてあったんだ?」
そう言って梨花に質問した俺は、手招きされるがまま彼女の近くに座る。
すると、待っていたと言わんばかりに俺にピトっと体を寄せた梨花は、そのままの姿勢で俺にスマホを見せてくる。
「えっとね……この“あすなろ抱き”? って言うのが、おススメみたいだよ」
「あすなろ抱き……。要は後ろから抱きつくって事か」
右肩に感じる梨花の重すぎない体重と、再び鼻に感じる爽やかで且つ甘い匂い。
目の前には、照れ恥ずかしそうに抱かれ抱きつき合っているカップルの画像。
この時の俺は、胸に感じるドキドキが、肩や花で感じる梨花に反応してのドキドキなのか、それとも今見せられてるあすなろ抱きをこれから梨花にする事に対するドキドキなのか分からないでいた。
そんな中、梨花はとんでもない爆弾を落とす。
「そう言う事だね! じゃあ、早速後ろ向いてもらっていい?」
と。
「ちょっと待て、俺がするんじゃなくて、される側なの!?」
「……? そうだけど、何か違った?」
「いや、てっきり俺が梨花の後ろから抱きつくものだと思ってたんだけど……もしかして、逆だったのか?」
「でも、このサイトだと女の人からしてるよ?」
一瞬、梨花が何を言っているのか分からなかった。
男女の付き合いに詳しいわけではないが、男から動くのが正しいと言う認識が俺の中にはある。
しかし、彼女が口にしたのは男である俺はただ待つだけというものだった。
梨花の言葉にそんなまさか、と思いながら彼女のスマホを再度確認してみると───
「あ、本当だ。てことは、そっちが正しいのか」
なんと、女性側から抱きついているではないか。
そんな俺の驚きが、表情に出てしまったのだろう。
「大和でも間違えることもあるんだねぇ〜。意外な一面発見かも〜」
「俺だって間違える事くらいあるぞ」
「へぇ〜〜」
俺に優位に立てて嬉しいのが、梨花のニヤけた口元から丸わかりなのである。
そんな彼女がこれまた、可愛くて仕方ないのだけど、きっともっとニヤニヤする予感がしたのでそれを口にするのは控えた。
その代わりに、少し気になった事を梨花に質問してみる事にする。
その気になる事というのは、
「てか、このサイトすごいな。オススメの仕草まで書いてあるよ」
まさに今見せられている画面そのものだあった。
ただのオススメランキングサイトかと思いきや、しっかりと『こうすると高ポイント』『コレはしちゃダメ』と言うのが書かれてた。
言わば、恋愛の教科書や参考書のようなものだ。
そしてそれは、梨花も俺と同じ考えなようで
「ね、凄いよね〜。昨日、お風呂ついでに後輩たちに教えて貰ったんだ〜〜」
と笑顔で答える。
本来ならここで俺は「いい後輩を持ったな」や「俺にも後でそのサイト教えて」と言うべきだったのだろう。
しかし、今の俺の思考回路はそんな事を考えられる気分ではなかった。
故に、溢れ出た言葉は
「へ、へぇ……お風呂で……」
少々、直球なものだった。
そして当然すぐそばにいる梨花にこの言葉が聞こえないはずも無く
「あ、今ちょっとエッチな事考えたでしょ?」
そう問われる。
「か、考えて無いぞ!? 普段、梨花が寮でどんな生活をしてるのか気なっただけだよ!!?」
「怪しいなぁ〜」
すぐさま俺は否定したが、結果的に梨花はより一層ニヤニヤするのだった。
いや、よく考えて欲しい。
真横に可愛い彼女。鼻を擽る彼女の匂い。そしてこれから彼女とイチャイチャをすると言う場面で飛んできた『お風呂』と言う単語。
否応にも、そう言う事を考えてしまうのが男というものではないのだろうか?
普段は部活三昧で、打撲痕が少し目立つ腕や足にマメだらけの手。そして、少々陽に焼けた肌。そんな彼女の白く綺麗なままの肌を想像してしまうのはある意味、男としての性だと思うのだ。
肩から流れ落ちる水流を受け止めるやや大きな母性。
体を綺麗にした泡が健康的に鍛え上げられた足の付け根に留まる。
そして少しずつ、足先の方に流れ落ちていく。
愛しの彼女でこんな事を考えてしまうのは、ある意味仕方のない事なのだと心の中で自分に言い聞かせながら、俺は引き続き梨花に誤解だと説明し続けていた。
実際は誤解などでは無いのだが、誤解だという事にして欲しいのだ。
そんな俺の願いが無事、天に届いたのか梨花はフッと笑う。
「大和ってば慌てすぎ。大丈夫だよ、大和は変態さんじゃ無いもんね〜」
そう、言いながら。
「……信用されすぎて逆に怖い」
「ん? 何か?」
「いえ、なんでもございません」
「何その変な口調」
この時の俺は生きた心地がしなかった。
もしも、さっきの言葉を誤解だという風にしなかった場合梨花から『変態さん』のレッテルを貼られていたかもしれない。
そう考えると、正直笑えなかった。変な口調にもなるさ。
しかし、そんな俺が勢いで口にした『寮での暮らし』と言う質問に梨花は真摯に応えようとする。
「でも、そうだね……基本、寝てるかご飯食べるかミーティングかだったなぁ……。あとはお風呂の時の雑談とかね」
「で、その雑談の時にそのサイトを教えて貰ったと」
「そうそう。『花園先輩は恋人は作らないんですか〜』って聞かれて、いるよって答えたら彼氏さんと距離を縮めたいなら是非、って」
「なるほどなぁ」
正直、梨花がどんな言葉を発していたのかあまり耳に入ってこなかった。
きちんと反応したし、無下にしているわけでもない。
ただただ、目の前の梨花があまりにも愛おしくて会話に集中出来なかったのだ。
しかしながら、時間は有限であり、いつまでも梨花への愛を考えているわけにはいかない。
それは、ふと目に入った掛け時計が示していた。
「ヤバイっ、話しすぎた! 梨花、早くそのあすなろ抱きってやつを済ませて勉強に戻るぞ!!」
「えー、せっかくだし、残り時間全部イチャイチャに使おうよ〜!」
「ダメだ! あくまでこれは休憩なんだから! ちゃんとメリハリはつける!!」
「むー……仕方ないなぁ……」
楽しい時ほど、時間の進みは早く気づけば休憩を始めてからそれなりの時間が経過していた。
梨花はよほど勉強したくないのか、ズイッと距離を詰めながら俺を陥落させようと試みる。
そんな彼女からの誘惑に耐えながら、あくまで残りの勉強を頑張る為、と伝える俺。
その時の梨花の顔はどこか落ち着いていて、それでいて挑戦的で、まるで俺がどんな言葉を口にするのか分かっていたかのような表情を見せる。
そして、その表情のまま高らかに
「それじゃあ、思いっきりイチャイチャして大和に『勉強なんて忘れてもっとイチャイチャしよう!!』って言わせてやる!!」
と宣言する梨花。
「おー、それは楽しみだ」
俺はそう言って、軽く腕を上げて梨花が背後に回るのをドキドキしながら待つ事にした。
この時の俺と梨花は知らなかった。
梨花が見せたサイトが『彼氏をメロメロにさせる100の方法』と言う、女性からのアプローチに特化したものだと言う事を。そして、そのサイトの内容が“過激である事で有名”だと言う事も。




