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story:22

5月下旬の平日。昼休憩中にて、夏宮義朗は連れの男子生徒たちと談笑を交わし合っていた。いつものように廊下側に位置する夜海來太の席の周りに集まって、先日のテストの結果を話題に話を展開する。解答用紙の返却は全教科されているので、それぞれ点数は把握済みだ。今年度で最初の定期試験が実施されたわけで、期待通りの結果が返ってきたのか、田野竜也は自信満々に友人たちへ公言する。


「俺、今回数学65点だったわー!」


いわば中の上ぐらいの得点であろうか。田野の右隣で聞いていた布留谷英治は、反応に困ったようにたじたじ気味に指摘を入れた。


「それ自慢出来る点数なん?」


かくいう当人は92点だったらしく、成績としては申し分無い。


「別に自慢とかしてねぇし! それに期末はもっと取るわ!」


「だったら今回ももっと取れたと思うけどなぁ」


布留谷の中では、正直微妙な結果なのだという。皮肉げに言う布留谷に返答したのは、來太の席の机に左手を置いて姿勢を保っている義朗だった。


「まぁ、数学もそうじゃが赤点がなかったんは良かったんじゃなぁか」


少なくとも後になって補習などという面倒臭い課題がついてくるよりかは大分マシだ。その有無は期末試験の結果によって決まりはするのだろうが、今回と同じ調子でいけば余裕で回避出来るだろう。最低限のラインは軽々と越えており、義朗と來太も例外ではない。


「それなー、とりあえずやることはやったって感じ」


「うおお、わしでも不安は無いことは無かったが、ある程度授業聞いとったら何とかなったの」


席に座ったまま頬杖をついて相槌を打つ來太と、問題用紙の内容を振り返りながら呟く義朗。他の2年2組の生徒に溶け込む男子高校生でありながら中身は黄泉の国から戻ってきた老人なだけに、授業についていけているのか懸念されていた部分だが、意外と何とかすることが出来た。どうやら元々の学力や勉強においての暗記力及び感覚も、現役の頃のレベルまで戻っていると見て取れる。


いや、社会人経験を経た上で身に付いた頭の使い方も活かされているようだ。だからこそなのか、おそらく学力は現役の頃よりも高いかも知れない。


生前からの能力が引き継がれている恩恵もありきで、他の生徒よりも有利に事が運べそうな気がするものの、孫である萩庭凜の調子はどんなものか。彼女もまた、祖父と同じように中間試験の話題をもとに友人と駄弁っていた。


「ねーぇ! 私でもじいちゃんより勉強したのに赤点ギリギリってなんなん! やっぱり私の地頭が悪いんじゃん!」


今にも掴み掛かろうとせんばかりの勢いで、凜は席に座ってスマホをイジっている洲堂美遥に愚痴をぶちまける。対する美遥は、相手の顔に目を向けず画面を見詰めて適当な返事だけをした。


「そうなんじゃない?」


「そうなんじゃない? って、もっと他に言いようがあったでしょうがにゃ! 美遥酷いねぇ!」


「そんなもんでしょ」


美遥の素っ気ない対応には慣れたつもりだが、凜はやがて諦めたように苦笑で答えた。ちなみに美遥のテストの結果は、文系教科はそこそこで理数系の教科は割と高得点だったらしい。成績を参照にすると、文理の明暗ははっきりと分かれているのか。


しかしながら、凜は義朗からの遊びの誘いを断ってまで勉強したにも関わらず点数が振るわなかったのは悔しさがあったりする。欠点を避けられたのは良いにしても、彼の学力は気掛かりだった。先刻からの表情を崩さずに、凜は義朗を遠目から見詰める。


「うおお、それでのぉー………、お?」


何処からか感じる視線に勘付いて、義朗はそちらに目を向け返す。すると、一切のラグが生じないまま凜と視線が重なった。彼女は義朗を羨んでいるような、はたまた助けを求めているかのような、様々な念が入り混じった瞳を称えている。


対して義朗も困った調子で苦笑して、離れた席の方に居る凜に躊躇いもなく突っ掛かった。


「なんねぇ、凜! そないな反応に困る顔でこっち見おって! 何か文句でもあるんかいな! ええっ!?」


「いや、絡み方がただの言い掛かりな」


紛れもなく喧嘩を買っているかのような口調で言う義朗に、傍から見ていた來太が噴き笑いをしながら突っ込みを入れる。田野と布留谷にもじわじわと笑いが移った。そして、義朗とその連れから一気に目を向けられた凜は、場所を移動せずして美遥の席から答える。


「違うよ! 何で私より勉強してないじいちゃんのほうが点数良かったんかねーっていう話をしよったんよ!」


「ほいじゃけ頭の使い方じゃあって再三言うとろーがに! あたぁ数こなせぇや!」


「数こなせって言われても、私より数こなしてない人に言われても全然説得力ないし! そこんところはどーなんよ!」


「うおお! 言うとくがぁ、わしが勉強しよったんはここだけじゃないけぇの!?」


席を跨いで、凜と義朗の上ずった声が教室内で飛び交う。他のクラスメートからすれば、嫌でも耳につく。やがて互いの連れ同士だけでなく、室内に居る生徒からの視線も集まり始めたところで、美遥が制止を促した。


「凜、夏宮、うるさい」


短い注意だったがドスの利いた声に、凜と義朗は押し黙る。兄妹喧嘩なら家でやれと、そう言わんばかりの指摘だった。凜と義朗は冷めた余韻を引きずったまま、先程からの苦笑を行き場の無い感情を包含したものに切り替えてそれぞれの連れへ意識を向け直す。


「ごめん、美遥」


「うわはは、細かいことは気にするまー。の? 布留谷よ?」


「ええ? こっちに同意を求められても……」


棒読みな笑い声と決まり文句を合わせる義朗に、相応の反応を示す布留谷。そのまま地続きで会話の主導権を所持した義朗は、次なる行事に向けての話題を広げる。


「まぁ、そうなるよの。ほんで、テストが終わった後に何があるかっちゅうたら?」


連れの3人を見回しながら答えを求める義朗に、來太、田野、布留谷が順々に答えた。


「え? 何かあったっけ?」


「忘れたーっ! あっ! 分かった! 遠足だろ!」


「それこないだ行ったじゃん。期末だろ」


この3人の中に、義朗が求めていた答えを言った者は誰も居ない。学校という組織に所属しておきながら、自分たちが取り組むであろう予定を把握していないのはどうかとは思ったが、現役の学生からしてみればそんなものなのだろう。


彼等に代わるようなかたちで、義朗が回答を述べた。


「文化祭かの」


「あーっ! そっちね! 結局夏宮と萩庭がほとんど決めてくれたやつ!」


落とし物を見付けてそれまでモヤモヤしていた気持ちが晴れたかのような調子で、田野は大仰に頷いてみせる。義朗と凜がほとんど決めてくれたというのは、文化祭における2年2組の出しものについてだ。中々意見や案がまとまらなかったところで、2人が状況を打開した。




5月某日の6時間目、ロングホームルームにて2年2組の教室内では文化祭実行委員と生徒会所属の美遥を中心に、6月の中旬に実施される予定の文化祭についての話し合いを進めていた。まずは昨年度の活動などを参考にしながら、今年度の2年2組の出しものを決める。


「やっぱ食べ物系でしょ!」


「ダンスとかどうなん?」


「本番まで練習が間に合わんくない? なら何か作って売る系のほうがいいな」


付け焼き刃ではあるものの、とりあえず思い付いたものからどんどん意見は挙がっていった。しかし、それらが上手いことまとまるかどうかはまた別の話だ。更に話を深掘りしていくたびに、不安要素が浮上してきたりする。


進捗があるようでないような話し合いが続く中で、凜は右側の席から義朗に訊いた。


「じいちゃんは、何か思い付いた?」


「うおお、思い付きはしたんじゃがの、あんたらにとってウケるんかどうか知らんし、かなり無難にはなるもんなんじゃが」


「マジ? でも何か思い付いたんなら言ってみてよ?」


クラスメートが平等に動けて持ち場を回せ、尚且つ準備の手間もそれほど掛からず来客のウケが良いものは何か。多面的な視点で思案した上で、義朗は腕組みをしたまま声を張らせて意見を述べる。


「カフェとかやってみるんはどうなんね?」


「えっ?」


「ボトルコーヒーを箱で買やぁ安く済むじゃろうし、机や椅子も教室のを上手いこと飾り付けでもすりゃあ、それっぽくはなるんじゃないかえ?」


漠然としたイメージも添えて言う義朗に、文化祭実行委員を始めとした何人かの生徒は一様に振り向く。教壇の付近に立つ美遥は、無表情でありながらも興味を向けて詳細を促した。


「なるほど? 出来るだけ予算を低く見積もって、物もあるもので対応しようってことかな?」


「まー、大体そういう感じじゃ。こっからの1ヶ月間で見ても準備も余裕を持って出来るじゃろうし、当日もシフトの組み方次第じゃみんな満足に回れるじゃろうて。あくまでわしん中での考えじゃがの」


当日までいかに皆がストレスを無くして準備を進めていけるか、総合的なコストパフォーマンスに重きを置き、他のクラスの出しものも充分に見て回れるよう配慮しての義朗なりの提案だ。クラスメートたちの立場も尊重した意見に対し、この教室内で誰よりも早く賛成したのは凜だった。


「いいね! メッチャありだと思う! あと、コーヒーの他にお菓子とかも付けたらもっとそれっぽくなりそーじゃない?」


「うおお、凜、あんたもよう分かっとるのぉ。わしもちょうどそれを考えよったところじゃ」


本当に考えが合致したというのなら、もはやそれは義朗と凜の2人の意見になりそうだ。義朗の補足もありきで他の生徒から特に反対が挙がることもなく、たちまち賛同する言動が増えてきて、そのままトントン拍子でカフェが採用された。


「うおお、まさかわしんで決まるたぁ思わんかったが……。とにかくじゃ、賞味期限を考えたらコーヒーやら菓子やらを買いに行くんはまた日が近ぉなってからでええ思うけんの、まずぁ先にシフトやら机の配置やらを考えた方がえんじゃなぁかの?」


それからというもの、残りの時間は開場から終わりまでの粗方の流れや商品を出すまでの工程を確認する。文化祭実行委員が進行を続けるのには変わりはないが、提案した義朗と凜も内容にちょくちょく付け加えをし、シフトなどの他に決めるべきことや用意するものについては追々詰めながら考えていく。




「いうてもまぁ、せっかくじゃけぇ椅子や机を手作りでやってみるんもええ思うたが、わし1人でやろう思うたら間に合わんじゃろうけぇのぉ」


生前自分が携わっていた職業が建築士なだけに、そこから派生した手先の器用さを活かして文化祭専用の家具を作るのもありかと考えたが、必要以上の労力を求められそうなため止めた。現に2年2組の文化祭に向けての準備は教室内や机などの装飾の作成が着々と進んでいる模様だ。シフトについても、未だ検討中である。進捗としては悪くはない。


義朗の独り言染みた呟きに、田野は根拠を持たない自信を押し出して便乗する。


「ほんまにやるんだったら俺もやっとったで! 俺、物作るの上手いけ!」


「うおお? 言っとくがわしんは遊びじゃないけんの?」


若くて粗削りな精神は買うが、本業を経てきた人間からしてみれば微笑ましく思える発言だった。義朗は淡々とした口調で諭すように言うと、腕組みをして言葉を締める。


「まぁ、程々にやっていけりゃええがね。それで楽しめるんじゃ、御の字じゃわい」


黄泉への鍵、もとい記憶の破片のことも気掛かりではあるが、義朗は孫やその同級生たちと目下のイベントである文化祭をやり抜くことを決め込んだ。

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