それはガチでやべーやつ
グロッグが丁寧にもお茶を淹れてくれたので、私たちは薄暗い地下で仄かな灯りの元、華やかな香りのするコーヒーを口つけていた。案外淹れるのが上手なのが気に食わない。
これは私の勝手な偏見的な物事の見方だが、お茶の淹れ方でその人の人間性は大方出るものだと思っている。
そもそも人任せな人、即席で良いだろうと適当な人、ドリップはするが濃さの指定を聞いて来ない人。淹れるだけありがたいと思え、文句を言うなという人。
もちろんその場の状況にもよる。
が、このグロッグという男、それらの条件を完璧にこなしてしまったのだ。
お砂糖ミルクの量も聞いてきたし、丁寧に時間を掛けてドリップをしてきたし、勿論好みも聞いてきた。
極め付けは、小さなマドラーの上にちょこんと一粒甘味を飾っていることであった。
確かに人によっては一杯を飲んでる最中、口の中の苦味を払拭したいという瞬間がある。そんな時にお茶菓子を食べるのだが、そこまで量はいらないという場面は多い。
一粒だけだったら受け皿の端に寄せておいても違和感もないし、中央の部分が若干突起の段差ができている為、粒が中央の置き場に雪崩れ込むことがないのである。
悔しいが完敗だ。
ただの家庭内暴力男だと思っていたが、少しは出来るみたいだな。
「というかエーレに着いたのなら連絡寄こしなさいよ」
「すまないな、少しバタついててな。今は住居も安定しているし、あまり大きく動くこともない。もうそろそろ挨拶周りに向かおうと思っていた所なんだ」
「で、結局結末はどうなったの? 闇刀は存在していたの? 無かったの?」
「……存在しなかった。伝承や物語の中にあるだけの存在だったよ。けど、今、それが俺の手元にあるんだ。凄くないか?」
そう言ってグロッグは近くの壁に掛けてある一本の剣を取り出した。
湾曲した薄い鋭利な剣、刀という名前らしい。
「へー、噂に聞く錬金術って奴か。腕は確かなようね」
「そうだ、ちなみにもう店は構えているぞ。俺は助手って立場だけどな。あいつおっちょこちょいだから」
なーにがおっちょこちょいだ! どーせ気にいらなければ腹の虫が治るまでフィンさんを傷つけてる癖に!
シャーリーさんの前でだけ良い格好付けてさ!
「で、シャーリー、そんな話しをする為にここに来たのではないだろう? 用件は?」
シャーリーさんが一言「破壊神」と口にすると、グロッグの怖い顔がさらに引き締まった。
その反応を見る限り、知っているのだ。この世界での破壊神の意味を。
「確かに、それは魔闘隊の出番だな。噂に聞く化け物がエーレに来ていたなんてな」
「そ、でグレッグ、この似顔絵に見覚えはない?」
テシンさんに描いてもらった紙を出す。
「これ……マナーカの王子様じゃないか。これがどうしたと言うんだ? かなり邪悪っぽく描いてるけど、彼自体はとても国民想いの良い王子様だぞ。失敬な描き方だ、これを誰が?」
ん?
んんんーー?
え? これが破壊神なんじゃないの? もしかして私騙されてる? 適当に描かれたってこと? あれ、でもマナーカの王子様ってことには間違い無いみたいだけど。
「エーフィー、もしかしたらだけどね、その女性とても怪しいの。名前はなんて言う人なの?」
「えっと、テシン・マサーカーって言う人です。確かに疑惑の目は上がりましたけど……その、とてもそんな人には見えません。だってドーナツ屋さんで日銭を稼いでましたし、犬と元気よく戯れてましたし。あ、でも首に位を示すチョーカーはありましたね」
すると、グロッグの切れの長い目が大きくなり、じっと私を見続けた。
「待て、今テシン・マサーカーと言ったか?」
「知ってるのグレッグ?」
「知ってるも何も、そいつが破壊神だ」
グレッグの一言がとても信じられない。
あの可愛いの塊のテシンさんが、そんな。
「世の中には名声欲しさに自分から破壊神と名乗る不届者もいるから、今回もどうせその類だろうと思ったが状況が変わった。俺は直接な面識は無いし、話に聞くだけだったが名前は知ってる。テシン・マサーカー。先の戦争の最大の功労者であり、死神。いくつもの残酷な逸話を残し、周辺国を恐怖に陥れた災禍の権化」
グレッグの目の色が変わる。
その目は、まるで目の前に野獣でもいるかのような鋭い目つきである。
「戦争が終わると、その名前を語ってはいけないと言われる文化を作った程のヤバいやつだ。俺も王様から直接聞いただけ。つい数ヶ月前の出来事だがな」
「あなたがマナーカに行った時はそのテシンはいなかったの?」
「ああ、だが詳細は教えてくれなかった。と言うよりも、喋ろうとしてくれなかったって感じだな」
グロッグは闇刀を握り、刀身を鞘から出し、松明の光に当てながら口を開く。
「まさかいきなりこれを使う事になるなんてな。が、それでも勝てる保証なんてどこにもないぜ。どうしたもんか」