時針の覡3
覇天が羽黒にと下したものは、迷いの術と言う意味の分からない術が組まれた中で美琴たちがいる覇天の下に行くとのことであった。羽黒にとって術と言うのがどう言うものかは分からない。そのためどう、何をして対抗すればいいか分からなかった。だからこそ羽黒は何処を目指し、どの道を行けば分からず文字通り迷っていた。
「ああ、クソッッ。どこに行けばいいかすらも分からないのに来いなんて言われてもどこに行けばいいか分かんねぇよ。それに、迷いの術ってなんだよ」
中々とたどり着けないことに痺れを切らし、羽黒はその場で大の字で寝そべり、空を見上げた。周りの風景はさっきから変わったようには思えない。そしてそれは空も同様であった。いっそのことこのまま何かを、術が解かれるのを待つのも悪くない。
「一体、何を待つって言うんだい?黒坂羽黒くん」
「それは、術が解かれるまでとか、何か変化が起きるまでだろ」
どこからともなく発せられた声。声からするに男性の声であり、柔らかく、ほんわかとしたようなそんな感じのものであった。そのため羽黒は不意に違和感を覚えず、そのままやり取りを返した。
男の声はまた、暫くすると返ってきた。
「じゃあ、それまで君はどうするのかい?もしも、このまま術が解かれることなくそのままであれば君は餓死するんじゃないかな?」
「そうかもな。だが、それは困る」
そう言い羽黒は再び立ち上がり、歩き出した。立ち上がった際には声の主だと思われる人物はいなかった。それでも、特にそれがおかしいことではないと思った。なぜなら、こんなところに自分以外の人がいるはずがないからだ。では、さっきまでの声はなんだったのだ。そんな疑問が浮かぶ。それでも違和感だとは思わない。だって、それは、まるで空気や風、自然そのもののようだから。
「歩くのかい?どこに行けばいいかも分からないのに。そこまでして君は何を求めるのかい?」
「求めるもの?それは、美琴を守る力だよ。僕には、まだ彼女を守るためには力が足りない」
「素性も分からない他人でもかい?所詮は成り行きでなった守護者だ、今から引き返してただの凡人にと戻ることだってできるんだよ」
動いていた足が止まる。今からでも引き返すことができる、どこにでもいる一般人、平凡な日々を送ることだってできるだろう。でも、それだけは嫌だった。なぜかと問われれば、論理的な、まとまった答えは出てこない。ただ、彼女を守りたい、それだけが自分の、彼女を守る理由だ。
「別にいいさ。僕は、戻ることができなくても彼女を守ることができるなら、戻れなくてもいいよ。だからこそ、彼女を守る力が欲しい」
「そうか、それが君の覚悟、あるいは答えなのかい?」
その言葉に羽黒はただ「ああ」とだけ返した。そしてその直後であった。さっきまでの竹林の風景とは打って変わり、辺り一面はすべて既存の色に属さないような、様々な色を薄く混ぜたような色彩模様の空間が広がり、一つの箱庭のような空間にと羽黒は呼び出されるかのようにそこに出た。そして、そこにはいつぞやのミャルクヨのミャルと、風変わりで独特な服装と雰囲気を体に身にまとった男がいた。男は青いマントに、白をベースとした黒いラインが入った着物を着て羽黒の顔を見定めていた。
「やあ、羽黒。我が、君に声を掛けたトキハリだ。どうだい?君の望む通りに何か変化を起こしてみせたよ」
トキハリと名乗るモノは、フレンドリーに、そしてずーっと前から知り合いだったかのように、それは友人が友人に見せるかのような笑顔を羽黒にと向けた。そして羽黒はそれをなんとも思わず、ただ受け流すようにして話した。
「あんたが、僕に声を掛けた・・・人ではないよな?」
ミャルがいること、そしてミャルとクヨと出会ったあの時の感覚と似たことを推測するに、目の前に立っている男は神、あるいはそれ以外の人ではないモノだと羽黒には分かった。
「羽黒さん、この御方は私たち、ミャルクヨの親に連なる神、そして抑止の柱を作った神、トキハリ様です」
「ミャルクヨの親、それに抑止の柱を作ったって・・・だったら抑止力団体や抑止の柱にお願いして美琴を襲わないようにお願いするように働きかけることができるんじゃないんですか!?」
羽黒はトキハリに顔を近づけ、トキハリの肩を掴んで言った。するとトキハリは花の花弁が散るようにその場から離れ、消えて羽黒の後ろにと顕われた。
「それは無理なお願いだよ、羽黒。我は基本的、我の巫女や覡、神以外には我は認知されてないんだよ。それに、基本的に我は何もしない、観察するだけの存在。要はただそこにいるだけなんだよ」
「いるだけ?それってどう言うことだよ・・・だったらあんたはなんで僕をここに呼んだんだ」
「中々と鋭いとこを付くね、羽黒。そうだね、我は中々と出来上がらない君を仕上げに来た。それが語り手である我の役目だからさ」
「語り手?それに僕を仕上げるってどう言う意味だよ」
ただ淡々と話がされていくあまりに話に追いつくことができない羽黒は慌て、ミャルとトキハリを見比べるように往復して見て言った。そんな羽黒を落ち着かせまいとミャルは柔らかい口調で、和んだ場を作るようにして羽黒に語り始めた。
「羽黒さん、ひとまずは落ち着いてください。それに、今はトキハリ様の御前なのですから」
ミャルの声は確かに柔らかく和んでいた。しかし、それと同時にミャルの手は震えていた。それはまるで何かに恐れ、何かに身震いするかのように。羽黒にはそれが何かに対する怯えだと感じ取れ、その原因だと思われるトキハリの方を見た。しかしトキハリからは一片の怒り、睨みすらも利かせておらず、先も変わらずに笑みを向けていた。そこに気味悪さを感じた羽黒はさっさと話しを終わらせてしまおうとの焦りと、どうかしたさに、観念がかった仕草と声でトキハリに応えた。
「分かった。あなたの言う仕上げと言うのを僕は受ければいいんだな。それで、何をするんだ?」
「まあ、早いところ少し昔話を聞けばいいんだよ。それで、何を感じ、どう思ったかを君の形にすればいい。そうすれば、君が、一体なんの器なのかが分かるよ。構わないかい?」
昔話、それがどれだけ昔の話なのかは分からない。だけど分かる、その話は自分自身にと何らかの形で関わっている話であると。だからこそ思う、この話は絶対聞かなければいけない。その衝動に突き動かされ、羽黒はまっすぐとトキハリの顔を捉えて「構わない」と言った。
「よし、それでは我の記憶を今から羽黒くんにと映写しよう。なに、映画を見る感じでまったりと見ていればいいよ。なんだったら、お菓子でも出そうか?」
「そこまで、しなくてもいいですよ。重要な話なんでしょ?」
その問いにトキハリは何を言うでもなく、返答の代わりに怪しげな笑みを浮かべ、片手に古い枝杖を何もない無の空から召喚させ、ひと振るいした。
「さあ、昔話を語ろう。これは、昔々の一人の巫女と守護者の話だ。時代の背景は、省略させてもらうよ。だって、ただの昔話だからね」
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そこに映る情景は、昔の日本の情景であった。今の着物と比べるとあまりにも違っており、質素で彩も欠けている直垂を着ていた。そして、家は当然のようにかやぶき等で作られたものがほとんどであった。そんな中に一つ、異様に綺麗にそびえ立つ木造建ての建築物であり、そこにいる人物から、そこが社であると分かった。そう、そこには美琴と瓜二つの少女がとある男と共に歩いていた。
「なあ、巫女さん。何で俺は今こうして巫女さんの社にいるんだっけな?」
「お主、約束を忘れたか?いつかまた桜を見に行こうと言ったろ?だからこうしてお主を余の近くにいられる職にしたのじゃろ、十蔵?」
巫女は十蔵を見上げるようにして言い、彼の様子を伺った。十蔵は苦笑いを浮かべ、理解しているつもりで言った。
「ええ、言いましたよ。だからと言って俺を巫女さんの側近守護者にしなくてもよいのでは?と言うか嫌ですよ。そのせいで和泉師匠の修行がきつくなったんですよ」
「ほう?そうなのか。それで聞くが、お主の師匠である和泉師匠とはどう言うやつじゃ?」
巫女の口振りは完全に十蔵の言う和泉師匠の事を知らない口ぶりであった。和泉師匠、彼がそう言う男の名は、和泉春吉である。守護者の総大将をしており、彼自身の武術は守護者の中で一番強いと言っても過言では無かった。そして、十蔵にとって春吉は義理の父に近いものであった。十蔵の親が死んだ際に、十蔵とその妹を蔑む中、唯一と十蔵たちを庇い、守護者にならなくていいと言ったのは彼であった。そして、その後の生活を援助してくれたのも彼であった。そのため十蔵は春吉に恩を返すためにも、半ば嫌々と守護者になった。
「巫女さん、それ本人の前では言わないようにしてくださいね。和泉師匠は、俺が守護者になった際に桜花と言う性をくれた方ですよ。それに、よく俺が庭先や訓練場でよく稽古を付けてくれているお方ですよ」
そう言われると、巫女は何やら気付いたかのように、手を打ち、十蔵の顔を覗き込むように見上げ「あの御老体か」と思い出すようにして言った。巫女の言うように、春吉はそれなりにと歳を取っていた。それでも今でなお腕の落ちを知らぬ強者である。
「と言うことは、お主の口調が突然と僕から俺にと変わったのはもその御老体のおかげかのう?」
つい最近まで自身の口調が僕から、俺にと変わっていたことを指摘するように、それでいてどことなく春吉を責めるようにして言った。その様子に十蔵は苦笑いを浮かべ、頬を書きながら言った。
「まあ、そうですね。『守護者である男が僕とか弱そうにへりくだるな』とのご指摘で、今のように至りました。不満でしたか?」
「別に。ただ、前の方が少し幼さと言うか少年らしさがあってよかったのじゃがのう。それに、他の個性を強制させるのはあまりよろしくない。今度、余が直々に言っておくとするかのう」
そう巫女は残念そうにしてどこかを遠目に見るようにして言った。そしてその遠目はまるで今からくる春吉を見ていたかのように、噂が春吉を引き付けるかのように奥の方から姿を現してやって来た。
「これは、これは巫女様、それと十蔵か。どうだ、日ごろの鍛錬は欠かさずやっているか?」
「それは、もちろん。ところで和泉師匠は、なぜこちらに?」
「儂か、儂は十蔵、お前に用があって来たのだよ。巫女様、お取込み中のところで悪いのだが、十蔵を貸して貰えんかのう」
そう春吉は巫女にと頼み込むようにして言うと、巫女は十蔵の顔の様子を伺った。十蔵は不も可もなくただ頷いた。
「分かった。しばしの間、十蔵をお主に預けるぞ春吉殿。日没までには余のところまで帰らせるようにするのじゃよ」
その言葉に春吉はその場に膝を着き深々と頭を下げ「承知」と申し上げた。
春吉はその後に立ちあがり、内心に喜びを込めた眼差しで「では行くぞ」と十蔵に申し付けた。そして十蔵はその眼差しから意図を察し、それが稽古であると気付いた。
「急ですが、行ってまいります巫女さん」
十蔵は巫女に一礼をし、春吉の後ろを歩くようにして付いて行った。
しばらくしてからの時であった。最初に口を開いたのは春吉であった。前を歩く春吉は横目で十蔵を厳しく見て、静寂でありながらも威厳のこもった声で十蔵を捉えるようにして言った。
「十蔵よ。お前さんが、なぜ急に巫女様の側近守護者と言う大役を任せられたかは・・・巫女様からお聞きしているか?」
側近守護者、春吉も言うようにそれはとても重要な役職である。側近守護者は常日頃から巫女の近いところ、巫女の傍らを共にし、誰よりもいち早く危機から巫女を守る大役である。
巫女がなぜ、実戦も乏しく、決して強いとは言い切れない十蔵を側近守護者にとした理由はもちろん十蔵は知っている。桜をもう一度一緒に見る、そんな約束を果たすために巫女は十蔵を側近守護者に任命した。しかし、それは巫女と十蔵の二人だけの約束、隠し事。それに、その事がばれでもすれば後に面倒なことにとなる。そのため十蔵は「さあ」とだけ空振りの返事をした。
「・・・そうか。お前は気にしていないようではあるが、中にはお前さんの事をよく思わない奴もいる。特に、うちの愛娘もそうじゃ」
春吉は一度止まり、十蔵を見つめなおして言った。その対応に十蔵はその場にポカーンと立ち、顔をかしげて「それで?」と問い返した。
「そう言うところだよ。まあ良い、とにかく儂の愛娘がお前さんの事をよく思ってないことだけは確かだ、言動には気を付けてくれよ。なにせ、あやつは少々荒っぽいところがあるからの」
春吉の言う愛娘、それは十蔵もよく知っている女であった。その者の名は和泉美鈴と言い、遠い国から伝わって来た長い棒を武器として使う技を応用した棒術の使い手であり、数少ない女性の守護者である。だが、女性であるからと言って侮れない。そこは流石、春吉の愛娘と言えるほどの実力を持ち、春吉の次に強い程である。
「まあ、そこは大丈夫でしょう。彼女、俺の事を気にしているような素振りありませんでしたし。それに、なんか知りませんけど俺彼女に嫌われているような感じでしたから」
「まったく、そう言うところじゃよ。さて、ここら辺りで構わんじゃろう」
そう春吉と十蔵は社から少し離れた場所、野の場にと移動し、春吉は上をはだけてそう言った。その行動に十蔵は刀を抜刀し、春吉にと構えた。
「いいか、十蔵。今から見せる業はまだ未完成の業だ。だが、手を抜かる必要はない。いくぞ」
春吉のその掛け声により、十蔵の背には緊張感が走り、すぐさまに戦闘態勢にと嫌でもなる。
先手に走ったのは春吉であった。春吉はいたってシンプルに真正面から殴りを十蔵にと入れ込もうとした。その行動は予測できるものであった。だが、予測はできたとしても殴りの速さに対応できるわけではない。それでも十蔵は長い間の春吉との戦いからその行動御を察知し、刀を縦に立て、刀の刃でその殴りを受け止めた。しかし、刃で受け止めたにも拘わらず春吉の手からは血はおろか、傷一つも無く、むしろ受け止めたことによる反動の振動が十蔵の刀にと響く。
これが、これこそが刀や槍に負けることがない春吉の武術、鉄塊術。己の筋肉を極限までに鍛え、特殊な呼吸方法、そして力の入れ具合を調整することによって己の筋肉を鉄同等、あるいはそれ以上に硬く、強靭なものにとすることができる業である。
振動に未だ震える刀を十蔵は右手で無理に振るい上げ、左手で春吉にと殴りを入れようとする。しかし春吉はその行動などお見通しかのように軽く避ける。だが、それでよかった。春吉が軽く避けたことにより僅かながらではあるが猶予が生まれた。その猶予を生かし、十蔵は刀を構えなおし春吉にと突きを付いた。だが、その突きは春吉には届かず、刀は春吉の手にと包まれるように握られていた。咄嗟の反応、あるいは直感的な動きで十蔵は刀を離し、春吉の腹部にと殴りを入れた。拳ははっきりと春吉の腹にと当たった。だが、それでも春吉はビクともしない。むしろ健在であった。
「どうした、十蔵。技が決まっておらぬぞ」
春吉は十蔵の刀を未だに手で握り、持ち手を十蔵にと差し出し余裕を見せるかのようにして笑みを浮かべた。
「なら、これでどうですかね」
春吉の差し出す刀を受け取り、十蔵はその場ですかさず縦に軌跡を描くように綺麗に、そして何をも斬るように素早く下から上にと刀を切り上げた。だが春吉は後ろにと身体のバランスを下がらせ、身を軽く避けられてしまう。しかしまだだ、これでは技は、一連の流れは終わらない。十蔵は一歩前にと踏み出し、上げた刀を春吉の右肩から左腰にと振り下ろす。ここまでの流れの一連を繰り返す、そう繰り返すのだ。だが、ただ繰り返すだけでは終わらない。十蔵は刀の振り上げと振り下ろしの一連の行動を流れに乗せ、速さを増させていった。そしてそれはやがて予知こそはできても目ではとらえられない程の速さの域に達し、春吉を襲った。
だが、それでも一撃、それどころか刃は春吉の肌にすら触らなかった。目には見えない、確かにそうであった。だが、春吉にとってはただ刀の軌跡が見えないだけであり、刀の流れははっきりと読み取れ、目では見えなくても感覚として刀の軌跡が何処に来て何処に行きつくのかが見えていた。そのため春吉は容易に十蔵の繰り出すその技を避けれた。なんなら、受け流すことも簡単であった。
中々と当てることのできなかった十蔵は焦りともどかしさに、さらに前へと踏み込もうとした時であった。踏み込もうと足を前に出した瞬間、流れるように自身の足に春吉の足払いが決まり体制が崩れ、技の流れも崩されてしまい空を仰ぐようにその場に転んでしまった。
「これが、新しい業だ。名前は決めておらんが、場の流れをくみ取り、読み取る。その一連の動作を呼吸時の際に組み合わせたモノだ。技を流れに乗せるお前さんの業に合っているだろう」
倒れこんでいる十蔵に春吉は手を差し伸ばした。十蔵は春吉の手を掴み、立ち上がり、服に付いた汚れを軽くたたき落とし、春吉の顔を眺めて言った。
「確かに、合っているかもしれませんね。でも、これってどうやって業を成立させるんですか?」
「基本的にはお前さんの使う業と大して変わらんよ。ただ、流れを見てそれに合わせるだけではなく細かく見極める、それだけだ。にしても、いつの間にかと腕を上げたの。この業を使ってなければ当たっているところじゃった」
驚きであった。今まで十蔵と稽古を付けてきた春吉にとってそれは恐怖でもあった。新たな業に頼らなければ自身は十蔵にと負けていた、そう思えるほどに畏怖感があった。
「そんな、謙遜ですよ。でも、腕を上げた自覚はありますよ。前よりも、刀を差して走り続けても息遣いも荒くならなくなりましたし。それに、都の方では飢饉や流行り病なんかで荒れていますからね。俺たち守護者がしっかりと、出番の時に動けないといけませんから」
「いっぱしの守護者らしくなったじゃないか。よし、明日は昼に仕事を終わらせるように巫女様にお願いして来い。久しぶりに、家に帰って妹さんとの時間を作ってやりな。ついでに、夕飯は豪勢にしてやるからな」
「それは・・・どうもありがとうございます。この恩は、必ず返します」
十蔵は今一度、お世話になりっぱなしの春吉にと頭を深々と下げ、最大の誠意を示した。その御礼に春吉は豪快な笑い声で反し「気にするな」と気にする素振りを見せず、ただ笑い飛ばした。
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流れを読み取り見る、そしてそれを細かく見極める。場の流れに乗せる業を使う十蔵にとってそれは簡単そうであって難しいものであった。いま十蔵が使っている業は流れを読み、その流れに技を乗せる、あるいはその流れに合わせる業である。そして流れを読むと言うのはその場の環境、あるいはものの動きの流れを捉えることである。そこに春吉が使った、流れを見ると言うモノを組み込むとなるとどうすればいいのかが十蔵には分からなかった。
「何か悩み事かのう十蔵。先ごとの稽古で何かあったか?」
夕暮れから夜にと移るに逢魔が時の社内。その中の一室で巫女の座る隣で壁に寄りかかる十蔵を横目で眺めるようにして言った。その言葉に十蔵は自然的に全てを打ち明かす今日あった稽古の事を語った。
「そうか、そのようなことがあったか。して、今お主が使っている呼吸方法は何なのじゃ?新しいものとはどこが違うのじゃ?」
「今使っているのは牛旺の呼吸と言って長い間の戦闘でも呼吸が乱れず、長く刀を振るっていても疲れにくくなる呼吸方法です。新しいのは、さっきも言ったように流れを読み取り、見ると言う行動、あるいは感覚を呼吸時の際に得ると言うものですかね」
理屈は分かってもその仕組みはいまいちと理解のできるものではなかった。だが、巫女は何かを察し、何かに気付いたかのように面白げに、それでいてどこか十蔵をからかうような素振りの笑顔を見せて言った。
「だとすれば、余の解釈が正しければ十蔵、お主は既にその業を習得しておるぞ。今度試しに、誰かと稽古を付ける際に流れに乗るのではなく、吸い寄せる、己の体に取り込むよう意識してやってみろ」
「吸い寄せる、己の体に取り込む・・・まあ、今度やってみますかね。あ、それとなんですがね、明日早めに帰らせてくれませんかね?」
「理由は分かっておる。久しぶりに妹に顔を見せてやり行くのだろう。お主が余の傍にいないのは寂しいが、家族との時間も大事じゃろ。許す」
巫女の許しを受け、十蔵は軽く「ありがとうございます」と礼を告げた。




