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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
仙痛命酔
11/27

巫女の守護者 仙痛命酔7

 羽黒が自分の自宅の前に着くと、そこには玄関の前で何かを待っている様子の真頼がいた。羽黒と美琴は何事かと思い、バイクから降りて声をかけた。

「どうしたんだ真頼姉ちゃん。合鍵があるんだから入ればいいじゃないか」

「それがね、紀子さんから電話あってね。『羽黒が家に戻って来たら話したいことがあるから時間作って』って言われたから折角だし羽黒を待ってたの」

「紀子、とは確か羽黒の母君だったのう。羽黒よ、心当たりはないかのう?」

 そう美琴に言われ、羽黒は俯いて考えてみた。が、真頼を含めて大事な話と言われると思い当たる節がない。巫女の守護者についてなら自分だけでいいはずだ。羽黒は首を振り「とにかく中に入ろうぜ」と言い、羽黒は玄関の扉に鍵を挿しまわしてみた。すると妙な感覚であった。どうやらすでに誰かが鍵を開けていたのか、軽い感覚であった。

 羽黒は直感的に紀子が家にいると感じ、「ただいまー」と声をあげ、扉を開けた。するとそこには黒い生地に白ユリ模様が目立つ着物を着た、まさに大和撫子とでも言わんばかりの女性がはにかんだ笑みを浮かべ羽黒の挨拶を返した。

「おかえりなさい、羽黒さん。そちらの方々はどちら様ですの?」

 突然のことに羽黒はもちろん、真頼たちは困惑していると、家の奥から紀子の「おかえりー」と共に姿を現した。

「突然のことでビックリしちゃっているでしょ、自己紹介をしなさい、赤藤(あかふじ)さん」

 紀子がそう言うと、彼女はその場で正座をして両手を床につけて座礼をして言った。

赤藤雪穂(あかふじゆきほ)と言います。雪穂と呼んでくださるとうれしいです」

 すると、美琴は立ったままお辞儀をして軽めに自己紹介をしたが、一方の真頼は彼女がしたかのようにその場で座礼をし、美琴同様に軽く自己紹介をした。

「ふふ、美琴ちゃんに、真頼さんね。と言うことはあなたが羽黒さんのお姉様でよろしいのね」

「お、お姉様ってそんなにかしこまって言わなくてもいいのに。それにあくまで義理で血は繋がってないから」

「それもご存知ですよ、お母さまからお聞きになりましたから」

 ふと羽黒は何かが引っかかり、その事を口にした。

「その、お母さまって誰ですか?貴女の母と知り合いでしたっけ?」

「ふふふ、面白いこと言うんですね羽黒さん。そんなの紀子さんに決まってるでしょ」

 すると、紀子が何か言いたそうに、手を叩き声をあげた。

「こんなところで立ち話してないで居間で話しましょう。さあ、真頼さんも中に入って」

 紀子はそう言うとそそくさと居間の方に足を運ばせて行った。羽黒たちはそれを追うかのように居間の方へと足を運ばせた。

 居間に行くと、既に五人分の座布団が横長の机に向き合うように置いてあり、紀子の隣に雪穂が座りそれに対峙するように左から美琴、羽黒、真頼の順で座っていった。

「さて、今日は羽黒に大事な話をするために来たの。真頼さんはその立会人よ。美琴ちゃんにはまだ早いかもしれないから聞き流してもいいからね」

 どうやら真頼を立会人とするとはそれほどまで大事な話らしい。羽黒は固唾を飲み真剣な目で紀子を見た。そんな真剣な眼差しを向ける羽黒の気を和らげるように、ほんわかな口調をで言った。

「そんな怖い顔しないで下さい。それに、そんな怖い話じゃないんですから。ねぇ、お母さま」

「まぁ、大事なことには変わらないわよ。羽黒、赤藤雪穂さんはね、今回あなたのお見合い相手兼ね許嫁として来てもらったの。つまりは、あなたのお婿さんよ」

 唐突であった。紀子の提案に羽黒は呆気を取られ、暫くの()その意味が理解できなかった。

 羽黒が何かを言う前に先に言葉を発したのは真頼の方であった。それも慌てた口調で、その場を立ち上がり言った。

「ちょっちょ、ちょっと待ってください。紀子さん、こんなどこの馬の骨かも知れない人を許嫁にするんですか!?私は許しませんよ!!」

「まあまあ、落ち着いて。まさか真頼さんがここまで慌てるなんてビックリだわ。だったらどのような人ならいいのかしら?」

 真頼は紀子に落ち着くよう言われ、右手を口の下に持ってきて咳払いをして再び座布団の上に座った。

「そ、そうね。まずは私より剣道が強いことね。そうじゃないと羽黒と同等とは言えないわ、そうわよね羽黒」

「いや、真頼姉ちゃん多分それだと誰も勝てないと思うんだが・・・」

 羽黒のもっともらしいツッコミに、最後まで言い終わる前に雪穂が口を出した。

「それはおもしろそうですね。そうなると思いまして竹刀を持ってきました。羽黒さん、確か道場がありましたよね?使わしてもらっても構いませんか?」

 それは意外なことであった。大和撫子でほんわかとした彼女が剣道をやっているとは、その事だけでも羽黒にとっては少し意外であった。

「雪穂さんって剣道やってるんですか?いくら強くても真頼姉ちゃんに勝つのは難しいですよ」

 真頼の強さは幼いころから知っている。そのため羽黒は苦笑いを浮かべ、雪穂を心配するように言った。しかし、雪穂は何の問題も無いかのように薄っすらと笑いを浮かべ言った。 

「心配してくださるんですね、優しくて好きですよ羽黒さん。でも安心してください、京都では私の名前を知らない程私は強いんですから」

 すると紀子はそれに便乗するかのように、自分事かのように、誇るように自慢した。

「そうよ、赤藤さんはね京都出身でね。公式戦ではほぼ無敗なのよ。それに、羽黒と同い年で六段なのよ」

 ビックリした表情で羽黒は雪穂を見つめると、雪穂はその表情に「くす」と笑うかのように笑みを浮かべ、立ち上がり言った。

「それでは行きましょうか。真頼さんも早く決まったほうがいいでしょう」

 雪穂の誘いに乗るかのように、その眼には闘志の眼差しが燃えていた。

「えぇ。羽黒、竹刀借りるわよ。審判は羽黒と紀子さんお願い」

 真頼も直ぐに立ち上がり、闘志の眼差しは雪穂を睨むように、真っ直ぐと見つめ道場の方へと足を運んで行った。

「なぁ、羽黒の母君殿よ。なぜ雪穂という女は京都出身のわりに京都弁ではないようだが」

 道場にと向かう途中、美琴はふと気づいたかのようにして紀子にと聞いた。

「そうね、確か親の都合で色んなところに引っ越しながえらの暮らしをしていたから標準語なんだと思うわよ。京都出身だって言うのもただ単に高校の時の引っ越しで京都に住み始めたからだって言ってたし」

「そうなのか。それよりも羽黒よ、余もその試合を見てもよいか?」

 好奇心なのか、この時美琴は真頼と雪穂の試合、正確には雪穂の剣道を見てみたいと思った。

「多分いいと思うぜ。それに、雪穂さんが勝ったとしても許嫁になるとは限らないぞ」

 ふてくされた表情を浮かべ、不満をあらわにし羽黒は横目で紀子を見た。それでも一方の紀子は以前と何も気にしていないような素振りを見せた。

「なんでよ、いい話だと思うわないの?それに羽黒、あなただってそろそろ結婚を考える年ごろなのよ」

「それを決めるのは僕だろ。それに、美琴を守るためにもまだ早いと思う」

 それを聞くと美琴は頷き「考え直してくれぬか」と言い紀子に頼み込んだ。すると紀子は道場の方に足を運ばせている足を止めず、歩き続けながら口にした。

「確かにそうかもね。だけど、彼女ならそれも踏まえてあなたのことを考えてくれると思うわよ。さあ、行きましょう、審判は私が主にやるけどちゃんと見届けたいでしょ?」

 羽黒は紀子の言う「それも踏まえて」と言う言葉が理解できず暫くその場でポカーンと突っ立っていた。すると美琴に服を引っ張られ、我に返ったのか足を再び道場の方へと動かすことにした。


  ■■■


 道場では真頼が正座している横に雪穂が正座をして両者ともに既に道着は着け終わっており、面紐を縛っている時であった。雪穂は先に面紐を縛り上げ、立ち際に真頼に言うかかのように、面越しでも伝わるくらいの声量で言った。

「私は本気で羽黒さんのことを想っています。だからもし負けるようであれば私は真頼さんに認められるまで何度でも挑むつもりですから」

「へぇ、そこまで本気で思っているのなら羽黒のどこに惚れたのか教えてくれないかしら」

「それはもちろん、羽黒さんの強さに惚れました。私が子供の頃はとても弱かったんですよ、でも羽黒さんのおかげで私は強くなれました」

「羽黒のおかげ、で?」

「えぇ、今の強い私は羽黒さんのおかげなんです。子供の頃に私を助けてくださって、その時から私は羽黒さんのことをひと時たりとも忘れたりしておりません」

 真頼も面紐を結び終え、立ち上がった。真頼は決意を決めたのか、面の奥には強張らせたような顔つきがあり、それでいて凛としておりどこか引き締まった声で言った。

「そう、確かに羽黒は強いわ。だけどね、それだけじゃないの。羽黒は強い分弱いの。それはまるで生まれたての小鹿そのものみたいにね。あなたはそんな羽黒を支えることができるのか私が見極めてあげる」

 そう真頼が言った時だった、道場の出入り口の引き戸を引く音が聞こえてきた。そちらの方に真頼は顔を向けると、紀子が初めに入ってきた。それにつられるかのように羽黒と美琴が入ってきた。

「はぁーい、じゃあ真頼さんに雪穂さん、試合を始めるから位置に立って礼。公式戦ってわけでもないから立ったままから礼をして開始ね。羽黒もそれでいいわよね」

「まぁ、いいとは思うけどさ、さっきも言った通り雪穂が勝ったからと言ってすぐに結婚するわけでもないし許嫁になるとは決まってないからね」

「そうじゃぞ、いくら羽黒の母君でも自分の花嫁くらい羽黒自身に選ばさせてやってはどうじゃ」

 美琴は羽黒に便乗するように、紀子にとお願いするように言った。だが、それでも紀子は喜々とした態度で気にする素振りを見せずに言った。

「確かにそうかもしれないけどね美琴ちゃん、羽黒は自分からアタックする子じゃないの。つまりはそのまま放置しておくと一生結婚しないどころか恋人もできないのよ」

 そう紀子が言うと、紀子はいつの間にか審判としての持ち場に立っていた。羽黒はそれを見て呆れたのか、それとも紀子の勢いに逆らうのを諦め美琴の横に立ち試合を見守ることにした。

「それではお互いに礼」

 紀子が「礼」と言うと真頼と雪穂は互いに礼をして、互いに竹刀を向けあい構えた。面を被っていても互いの目線はお互いをらみ合っており、まだかまだかと「始め」の言葉を待っていた。本来であれば短い間のはずなのだが長く感じてしまう。しかし、すぐにそんなことは無いかと教えるかのように「始め」の言葉が放たれた。

 最初に仕掛けてきたのは雪穂の方であった。雪穂は何のためらいもなく、竹刀を交わらせ真頼の竹刀の上を越えるかのように自分の竹刀を持ち上げた。そして瞬時に振り下ろし、竹刀を真頼の小手目掛けて振り下ろした。その瞬間だった、真頼はそう来ると思っていたのか自分の竹刀を瞬時に上に振りかぶり、がら空きとなった雪穂の面に打ち込もうと振り下ろす瞬間だった、真頼の竹刀が雪穂の面までおよそ十五センチの所で雪穂の竹刀に当たった。雪穂は自分の竹刀で真頼の竹刀を受け止めたのであった。すると雪穂はさらに上に振りかぶり、自身の竹刀を真頼の竹刀に引っ掛けるようにして持ち上げた。もちろんこの時、胴ががら空きになっていることに真頼は理解していた。雪穂ももちろん、その事を理解しており雪穂の竹刀は真頼の胴にと引き込まれるかのように胴に当たり雪穂はすり抜けるかのように真頼の横を抜けて行った。

「胴あり、一本」

 紀子のその声で一本目が終わった。そして羽黒はあまりの強さに感動、あるいはビックリしたのか思わず声を漏らしてしまった。

「す、すごい。真頼姉ちゃんと互角、あるいは真頼姉ちゃんよりも強いかもしれない・・・」

「だから言ったでしょ羽黒。雪穂さんはね若いころに剣道に精を出すために親元を離れて京都に引っ越したのよ。さあ、引き続き試合を再開しますよ」

 そう言われ、真頼と雪穂は再び竹刀を向けあわせお互いに再びにらみ合い構えた。そして再び紀子の「始め」との声で始まった。

 紀子の「始め」の声で初めに動いたのは真頼であった。真頼は後ろへと一歩退き、雪穂の動きを探った。それに対して雪穂は追うようなことはせずその場で真頼の様子を伺うかのように構えている。

 これを見て真頼は、足を前に出して紀子との距離を縮めることにした。真頼はたった一歩で二歩分歩いたほどの距離に近づいた。しかもそれはあまりのことに雪穂はビックリしたのか、上手く反応できず距離を詰められるのを許してしまった。真頼と雪穂の竹刀は交じり合った。真頼は勢いを殺さず、交じり合った雪穂の竹刀の下を潜り、雪穂の小手にと竹刀が近づいた。しかし、雪穂は真頼が自分の竹刀の下を潜った時点で小手に来ると分かっていた。真頼の面の所にできる一瞬の間を見逃さず思いっ切り竹刀を振りかざし面にと打ち込もうとした。だが、真頼の狙いは小手ではなく突きであったのか雪穂が面を振りかざしたところに突きを入れた。

「突きあり、一本」

「は、羽黒よ、今真頼は一歩で雪穂との距離を縮めたのじゃよな。まるで二歩近づいたように見えたのじゃが」

「あぁ、あれが真頼姉ちゃんの得意技だ。重心は前に維持したまま左足に体重をかけて右足を少し浮かせる。これによって踏み出した時の歩幅を二歩分、又はそれ以上の距離を一歩で近づくことができるんだ」

 雪穂は真頼のその技量に関心し、賞賛を投げるようにして言った。

「なるほど、確かにビックリはしましたが二度はその手には乗りませんよ。次でどちらかが一本取ったら決まる、気を引き締めないとですね」

「まるで今まで本気でやってなかったような言いぐさですね雪穂さん」

 真頼は皮肉めいた声で言うと、雪穂は面の奥から笑みを浮かべた。

「そんなことないですよ。ただ、最後となる人間はどうしても満身創痍になるんです、だから引き締めてやらなきゃいけないんですよ」

「そうかもね、さあ二人とも構えて、泣いても笑ってもこれが最後になるんだから」

 最後の最後、それにも関わらず紀子は呑気に、陽気な態度を取っている。

「なぁ、羽黒よ。お主の母君はなぜこのような重要な物事に対して軽いノリなのじゃ」

 そんな紀子に対し驚きを隠せず、ついに美琴は羽黒にと疑問を問いかけた。

 改めて考えても不思議だ。答えの分からない羽黒はただ疑問を疑問のまま終わらせることしかできなかった。

「さあな、これに関して実の息子である僕からしても重症だと思う」

 羽黒は紀子を睨みながら言っ。しかし一方の紀子は気にも留めないかのように表情であった。それを見た羽黒は呆れて、これ以上言っても意味はないと悟り、審判に集中しようとした。

「さあ、三本目、初め」

 その言葉で三本目は始まった。

 これで最後となるためか、お互いに取りに行くかのように攻めに転じるように、前に出た。

 先に手を出したのは雪穂であった。雪穂は面を狙うかのように真っ直ぐと真頼の面を打ち込んだ。真頼は自分の竹刀で雪穂の打ち込んで来た竹刀を打ち込みで受け止め間合いを詰めた。雪穂は間合いを詰められたことによって自然的に真頼と鍔迫り合いとなる形になってしまった。雪穂はそれを嫌うかのように後ろに引き下がり間合いを取り、交わっている真頼の竹刀を上から越え、いつでも小手を狙えるポジションにと構えた。それに対し真頼は、自分の竹刀の上を越えて小手を狙ってきた雪穂の竹刀を自分の面側に竹刀を斜めに引くように受け止めた。その時だった。雪穂は真頼の左面を狙って打ち込んで来た。真頼は竹刀を斜めに引いたため、その瞬時に左面に隙が開いてしまったのだ。真頼はすぐに対応できず、雪穂の竹刀は綺麗に真頼の左面にと打ち込まれた。

「面あり、一本。勝負あり」

「羽黒よ、雪穂の竹刀は面の真ん中には当たっていなかったぞ」

 美琴は驚いたように、指をさして言った。美琴が驚くのも無理はなかった。剣道を知らない者から見れば基本的面打ちは真ん中に当たらなければいけないと思うだろう。しかし、左面にも有効打突ある。

「いや、雪穂の竹刀は刃筋を真っ直ぐと左面に当たっていた。左面は分かるか?」

 美琴は分からず顔を横に振り羽黒に「どのようなものじゃ」と聞いた。

「左面と言うのは相手の左側の面に当たることだ、それに対して右側に当たる場合は右面と言う。一本として取られるときは普通に面扱いとして一本取られるんだ」

 右面、左面は羽黒が言った通り竹刀が面の真ん中ではなく、面の縦真ん中の鉄の一本線の右側、左側に当たることである。普通に打ち込んでは中々一本取れるものでもなく、打ち込む方向に対して竹刀の刃面をしっかりと立てなければならない。

 そして今回は雪穂の竹刀の刃面はしっかりと真頼の右面に当たっていたため一本が取られたのだ。

 雪穂はその場で面を外し左手で面を抱えて言った。

「勝負ありましたね。流石羽黒さんのお姉様だけあってとても強いんですね。こんなに汗をかいたの初めてです」

 すると真頼も同様に面を外し、ほんわかな雪穂とは対照的に、どこか悔しげに叫んだ。

「確かに私の負けよ、だけど肝心の羽黒が納得いってないでしょ」

 羽黒は真頼の圧に負け「お、おう」とその場任せの言葉しか言えなかった。それを見かねた美琴はあきれ果てたのか、溜め息を吐き言った。

「だったら雪穂殿に暫くここに住んでもらってはどうじゃ?」

 まさか美琴から提案を出すとは思ってもいなかったのか、羽黒は慌てた素振りを見せた。

「ちょっ、どう言うことだよ美琴。確かに(うち)には部屋はいっぱいあるが、なんで雪穂さんに暫くの間住んでもらうことになるんだよ!?」

 羽黒の質問に対し、美琴は何も答えない代わりに雪穂の方を向いた。

「お主よ、羽黒を想う気持ちに嘘偽りはないのじゃな?」

 美琴は真剣な眼差しと声で雪穂を見つめた。雪穂は「はい」と言い美琴の言葉に応えた。

「だったら、暫くここに住むことによってその想いを羽黒に伝えて最後の判断は羽黒にゆだねる。羽黒の母君もそれでよいだろうか?」

 すると紀子は「その手があった」とでも言わんばかりに、手を打ち言った。

「それはいいわね、それなら羽黒の気持ちも分かるし。じゃあ、それでいいかしら雪穂さん?」

「えぇ、構いませんよ。それの方が羽黒さんも真頼さんも納得するでしょう、いいですわよね」

 真頼はもう判断を羽黒に任せるしかないと思い、諦めて羽黒にと忠告をした。

「分かったわよ、それでいいわ。羽黒、その場の雰囲気で流されないようにね。あなたそういうところがあるから」

「分かってるよ。――雪穂さん、もし母さんにお願いされて許嫁になったのなら無理しなくてもいいんだからな」

「本当に羽黒さんはあの頃と変わらず優しいんですね。分かってますよ、そもそもこの話を持ち掛けてきたのは私からなんですから」

 そう雪穂は羽黒に笑みで答えて見せた。羽黒は雪穂の「あの頃」の言葉が頭に引っかかり、羽黒ははたしてどこかで自分は雪穂とどこかで会っていただろうかと頭を悩ました。そんな羽黒の思考を遮るかのように紀子が声をあげた。

「さぁ、これで決まったことだし私はそろそろ仕事があるからお暇するわね。それと、今日は時間を作ってくれてありがとう真頼さん」

「いえ、私は暇でしたから。それと、いくら羽黒が心配だからってちゃんと羽黒の気持ちも考えてあげてくださいね」

 紀子は真頼の注意に苦笑いを浮かべて「はいはい」と言い道場を後にして行った。


  ■■■


『今日は大変な目に合った。母さんは僕が守護者として美琴を守ることを聞いて僕に変な本を渡して来た。そして家に帰って来た母さんは僕のお見合い相手兼ね許婚として雪穂さんを連れてきた。何事にも順序があると言うのに、それを飛ばしていきなり許婚などと言われると心の準備ができない。だが、ひとまずは美琴の御蔭で保留と言うよりか考える時間ができた。そういえば今日は抑止力団体の攻撃はなかった。攻撃されないに越したことは無いだろう。それにしても美琴が無事に学校に通うことができ、友達ができたことになによりも安心だ。今の美琴には何よりも同じ歳くらいの友達がいたほうが少しは安らぎにもなるだろう』

 そう羽黒は自分の部屋で寝る前に日記を書いていた。

 父である和徳が他界して羽黒が弥栄家に引き取ってもらった時、真頼の勧めで日々のことを夜、寝る前に書いてみたらとの案で書き始めたのである。初めの頃は何を書けば良いのか分からず一行も埋まらなかった。それでも次第にはしっかりと文となるようになっていった。そして今ではこうして夜の寝る前に日記を書くことが日課となっていた。

「羽黒さん、まだ起きていますか。起きていたら少しお時間をくださりますか?」

 羽黒が日記をある程度書き終わりひと段落下ところであった。ふすま越しに雪穂の声が聞こえてきた。

「別に大丈夫ですよ。どうかしましたか雪穂さん?」

 すると雪穂はふすまを開け、羽黒の部屋にと入ってきた。寝巻用の、白い生地に薄桃色の菊がら模様の着物を着ていた。

 立ち話をするものでもない。羽黒は雪穂にと座るように指示した。

「では、失礼します。それとなんですがね、お互い敬語は止めませんか?それに、呼び捨てで構いせんよ」

「そうですか、でも流石にまだ呼び捨ては早いかと。――それとなんですが、僕って一度雪穂さんとお会いしていましたっけ?」

 なんとなくであった。雪穂はどことなく羽黒と一度、あるいはそれ以上の面識を持っているような素振りであったため、それとなく羽黒は聞いてみた。

「小学生の頃のこと覚えていますか?その頃は苗字が沢渡(さわたり)だったんですが」

 そう言われ羽黒は俯き昔の記憶を辿っていくと確かに小学生の頃にも雪穂と言う少女の名を聞いた気がする。確か同じクラスで名は沢渡雪穂だったはずだ。彼女の言葉通りであれば沢渡雪穂は今の赤藤雪穂だということだろう。そして羽黒はやっとの思いで思いついたことに喜び、夜にも関わらず大きな声を上げた。

「ひょっとして沢渡雪穂さんですか!?苗字が変わっていたもので気付きませんでしたよ。確か同じクラスでしたよね」

「やっと思い出してくださいましたか。苗字は父と母が離婚して母に引き取られ母の苗になったんですよ」

 やっとのことで思い出してくれたため雪穂も嬉しくなり、座ってはいるものの今にも舞い上がりそうにし、若干と前のめりにして言った。

 羽黒は雪穂の苗字が変わったことに理解し、またこうして会えることに驚き、いつの間にか声を漏らしていた。

「まさかこうして会えるとは思いませんでしたよ」

「えぇ、転校してからもう会えないと思いましたが何とかして羽黒さんのお母さまにお願いして今回の件を考えてもらったんですよ」

「それにしても、なんで僕なんかとお見合いを考えたんですか?僕以外にもいい人はいると思うんですけど」

 なぜ自分なのか、母を、紀子に相談してまでしてやることだろう。それが分からない羽黒は今でもその事が信じられなかった。

 すると雪穂はもじもじとすると右手で服の袖口を持ち口元を隠し言った。

「一目惚れ、って言うんですかね。私が羽黒さんに初めて会った時のこと覚えてますか?」

 記憶が記憶であって小学生の頃となると流石に覚えておらず、羽黒は首を横に振った。

「私が羽黒さんに初めて会ったのは私がいじめられてた時のことでした。他の女の子たちから暴力を振られてた時に羽黒さんが私を庇って下さったんですが、本当に覚えていませんか?」

 そう言われると羽黒は確かにそのような事があった気がした。思い出していくうちに段々とその時の記憶が鮮明に思い出してきた。確かその時はたまたま体育館外の裏を通り掛かった時に複数人の声が聞こえて何事だと思い駆け寄ると、雪穂が三、四人にいじめられており、自分は近場に落ちていた手頃の木の棒を拾い竹刀に見立てて使ったのであった。それを思い出し、羽黒は自分の取った行動に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「そんなこともあったな。その後に真頼姉ちゃんから手加減しろとかやりすぎだとか言われた気がするぞ」

「えぇ、翌日羽黒さん先生に呼び出しされて叱られていましたよ」

「そうだったけなぁ。でもよ、なんでやり返さなかったんだ?あんなに強いんだから何とかなりそうな気がするんだけどな」

「あの頃は剣道もやっていませんでしたし、剣道が強いからって喧嘩とかが強いわけじゃありませんよ。それに――」

 すると、雪穂は突然と黙り込み、俯いて下を見た。羽黒はどうしたものか「それに?」と聞き返した。

「よく母から『それくらい我慢しなさい』って言われてたんです、だから我慢してきたんです。だからと言ってやりたいこととかを我慢していたわけじゃありませんよ。ただ単に痛いとか、いじめを受けたくらいで泣くなとか、我慢しろ、って言われたんです」

 雪穂は何事もないように、さも当たり前のように笑顔で言う。だが羽黒からしてみればとおかしいことである。彼女は同情をすることなど求めてはいないだろう。それでも羽黒はそんな彼女を放っておけなかった。こんなことをしても助かるわけでも報われるわけでもない。それでも気付いたときには彼女を抱きしめていた。

「雪穂、我慢なんてしないでくれ。痛みを我慢したって痛みは無くならいし辛いだけだ。痛みは我慢するものなんかじゃない」

 すると雪穂は何を感じたのか、自然と目から涙が流れていた。今まで誰にもこんなことを言われたこともなく、優しい言葉など掛けられたこともなかった。そして、何よりも自分が心から愛する者からの言葉のためだろうか。嬉しさという感情が涙となり流れていた。

「やっぱり、羽黒さんは優しいんですね。私は、私はもう我慢しなくても、いいんでしょうか?」

「あぁ、痛みなんて我慢するもんじゃないよ。我慢なんかしてたら体を壊すだけだよ。体を壊して剣道がやれなくなるのは嫌だろ?」

 自然とであった。不思議と「雪穂」と呼び捨てで彼女の名を呼んであげることができた。

「はい。それに、やっと私のことを呼び捨てで言ってくれましたね」

 そう雪穂に言われると、そのことに気付いたのか羽黒は少し顔が赤くなり、一歩下がり雪穂との距離を取り言った。

「やっぱりまだ早いかな?」

「そんなことありませんよ。昔は互いのことを呼び捨てで言い合っていましたから今の方が変じゃないですか」

「それもそうだな。それとなんだな雪穂、お見合いのことについてなんだけどな、別に嫌なわけじゃないんだ。ただ、今は色々とあって忙しいんだ。だから、お見合いのことは僕なりのケリを付けてからになるかもしれないがいいかな」

 美琴の事もある。中途半端な状態で、想いで決めればそれはお互いに傷つくだけだ。だからこそ羽黒は中途半端に決めたくなかった。

 そう羽黒は雪穂に伝えると、雪穂は笑顔で答えた。

「はい、私はいつでもあなたのことを待ってます。ですから、羽黒さんも無理を、我慢はしないでください」

 そう言われると羽黒ははにかんだ笑みで「あぁ」と言い答えた。

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