第五十八話 力の目覚めとマヌケの代償
「先生の敵……! 絶対に殺さなきゃっ!!」
完全に敵意をむき出した目で俺とフランを睨む女の子。
ぼろ布を服のように纏い、その間から覗く真っ白な足のチラリズムが目に毒だが、正直命の危機が差し迫ったこの状況では頬だって緩まない。
年齢は明らかに年下だろう。 フランよりは下のはずだ。
しかし、そんな相手でもすでに俺は勝てない状況にあった。
あの子は強化魔法が使える。
そのために身体能力が俺を軽く上回り、手も足も出なくなっている。
「女の子が物騒なこと言うんじゃない!!」
「死ねええっ!!」
陸上選手真っ青の加速力で接近する女の子に、フランが間に割って入り受け止める。
「この子は……! やめなさいっ!!」
腕をつかみ、押し返すように両腕を押さえるフラン。
無論、その体は強化魔法特有の光に覆われている。
「悪いフラン! 強化相手じゃ無理だ」
「分かってる!!」
元気に返事をしてくれるが、残った俺はどうする?
戦えないなら逃げるか? ていうかフラン一人じゃ心配だ。
いったん宿まで走って皆を呼ぶか!?
「じゃまするなあああああっ!!」
「えっ!? 嘘っ!?」
フランの驚くような悲鳴に思わず振り返る。
フランより小柄なその女の子が、力比べでフランを押し返しているのだ。
「嘘だろ!?」
片手で分厚い長テーブルを振り回すんだぞ!?
そのフランがパワー負けするだと!?
「どけえええっ!!」
「きゃあああああっ!?」
女の子はフランの手を振りほどくと、腹に抱き着いて持ち上げ、俺に向かって投げ飛ばした。
「フランっ!! ごあっ!?」
「ご、ごめんリューマ!」
「やあああああああっ!!!!」
フランに気を取られたところに女の子が凄まじい速さで迫ってくる。
「くっ……のおっ!! マスバレット!!」
起き上がるフランが両手を構えて詠唱する。
しかし発射される鉄球を女の子は苦も無く躱した。
「獣並みの反応速度じゃねえか!?」
「だったら、築くは鉄壁、アイアンウォール!!」
フランが手を振り上げると同時に鉄の壁が地面を突き破って出現する。
「こんなんもあるのか」
「ふふん!」
「ドヤ顔はまだ早いって!」
「なによこれええっ!?」
突然進路を塞がれたことに腹を立てているのか、壁からガンガンと叩く音が聞こえる。
「このっ!! このおっ!!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
何度も壁を殴る鈍い音が響き渡る。
今のうちに逃げるか!
「もう!! じゃまっ!!」
ゴガンっ!!
「リ、リューマ……」
「うっそだろう……!?」
厚い鉄の壁にポッコリとふくらみができていた。
それがどういう事かは言わずもがなだ。
「ちょっとあの子ヤバいよ!?」
「あんなん殴られたら俺死んじゃうって!?」
「こっちからいける!! 見つけたっ!!」
急いで逃走しようとしたけど遅かった。
壁と建物の隙間を潜り抜け、獲物を見つけた肉食獣のように迫ってくる。
「くっそ速ええ!?」
「リューマだけでも逃げて!!」
「フラン!!」
「早く!!」
俺たちだけじゃあ無理だ。
フランの言葉に弾かれたように宿へ向かって走り出す。
「にげるなっ!!」
「全に粧すは鉄、メタルスキン!!」
繰り出されるナイフの攻撃、それと同時に発動するフランの魔法。
刃が通るはずだった柔肌が鉄の色に変わり全身を覆っていく。
その魔法名の通り鉄の皮膚だ。 刃はフランの腕に止められる。
「このっ!!」
「どいてよっ!! 先生の敵なんだよ!?」
「先生って誰の事!?」
「先生は先生だよ!! 敵は殺すの!!」
酷い興奮状態に会話は通じない。
フランは歯を食いしばって手を振りぬいた。
女の子の小さな顔に鉄のビンタが炸裂する。
「小さな子供がこんなもの振り回して!!」
「いたい……、~~っ!! 大っ嫌い!!」
直後、フランが真後ろへと吹っ飛んでいく。
残された女の子はこぶしを握り締めて前に突き出している。
「はっ……!! フラン……? フランッ!!」
足を止めてフランを呼んだ。
しかし、いくら叫んでもピクリとも動かない。
脳裏に浮かぶのはあのパンチの威力だ。
おい、嘘だろ? フラン?
心臓の音がとたんに耳を叩く。
息が詰まりそうになる。
全身から汗が噴き出る感じが気持ち悪い。
そんなことどうでもいい!! フラン!! フラン!! 返事をしてくれ!!
「おれが、一緒に行っちまったから……? やめて、おけば……?」
判断を間違えた。
夜だから大丈夫だろう? 追っては退けた?
結果は来てるじゃないか。
考えがなかったのは俺の方だ。
明日の事ばかりで今の可能性を忘れて……。
「俺の……せいで……」
止めていれば……。
「うう……いたい、いたい! 逃がさない、先生の敵。 敵は殺してくる……!」
横たわるフランから目を離せない。
視界の隅に何かが迫る。
でも体が動かない……。
「りゅ、う……ま」
「フラン?」
「死ねえええええええ!!」
見えている端っこに一瞬何かが光る。
俺は反射的に体を動かした。
「ぐあっ!?」
次の瞬間、目の前をナイフが走り、首筋を激痛が襲う。
それと同時に頭が動き出すがはっきりとわかる。
首を斬られた、それはいい、よくないけどいい!!
フランが、俺を呼んだんだ!!
「フラン!!」
「よけるな!!」
女の子が無茶苦茶なことを叫びながらナイフを突き出し、俺は住んでのところでそれを避ける。
フランはまだ生きている。
なら、ならまだ、後悔は後でいい!!
「えいっ!!」
「ぐあああっ!?」
今度は左足に激痛が襲う。
振り向きざまに振り払ったナイフが左足の太ももを切り裂いた。
「ぐっ!!」
「捕まえたあああっ!!!」
俺の右手を万力のようなパワーでつかんだ女の子は、片手で俺を上に振り上げ、そのまま地面へと叩きつけた。
「がはっ!?」
意識が飛んだかもしれない。
一瞬ブラックアウトした視界も音も何かもがずれた。
でも、死んでない。
死んでないなら……。
「フランを……、クラリス……」
クラリスなら、魔法で治せる!!
だから……。
「今度こそ……、死ねえええええ!!!!」
「しねしねしねしね……、うるせええんだよこのやろおおおおおおおおおっ!!!!」
子供相手でも、もうかまってらんねえんだよ!!
地面をたたいて体をはじき起こし、かすむ目ん玉をこじ開けて女の子へと拳を突き出す。
せめて顔面に一発……!!
何とか一瞬でもいい、フランを担いで逃げられれば!!
そして耳に届いたのは、殴る音でもなく、切られる音でもなく……。
「ぎゃっ!?」
長く重く響く銃声のような音と、女の子の悲鳴だった。
「え?」
視界がゆっくりと鮮明になっていく。
「なんだ、今の?」
右腕に違和感を感じた。
傷はない、でもわずかな痺れを感じる。
麻痺と言うよりも、硬いものを殴った反動のような……。
それに、今の銃声のような音は……?
「く、うううう……!! よくも、やったなあああ!」
「なんであんな遠くに……? いや、ふらついてる!? ダメージが通った!?」
視界が戻ったときには、目の前でナイフを振り下ろそうとしていた女の子が、数メートルも吹っ飛ばされていた。
纏っていたぼろきれも前面が弾けとんでいる。
一体何が起きた?
右手を見ているとそこで気づいた。
いつの間にか、左手が首元で握られていた。
「これは……お守り?」
アニエス陛下がくれたお守りだ。
温かい、中で光ってる?
「やっぱり、敵は……殺してくるんだよ。 先生……、先生、敵は、ころしてやるうううっ!!」
「くる!?」
一段と強い輝きを纏った女の子は、地面を蹴ると一瞬で間合いを詰めてくる。
とっさに右手を突き出し、ナイフをガードする。
なんでもいい! さっきのをもう一回!
鉄砲じゃない、この世界にあるもんか。 じゃああの音はなんなんだ!? 俺にもう一回見せてくれ!!
「なんだっていいからあああっ!!!」
突き出した手のひらにナイフが突き刺さる瞬間、いや、その先端が触れた時、あの銃声が夜の空に響き渡る。
そして今度は、はっきりと見た。
手のしびれが一瞬だけ起こり、そのナイフを粉々にぶっ壊したのを。
その一瞬で手の中に感じる力が飛び出していったのを確かに感じた。
「え? うそ、なんで? 壊れた? なんで!?」
「今のを、俺がやった……」
よくわからない確信がある。
俺はこの世界の加護がないために魔法を使えない。
なのに、今さっき起こった、手を突き出しただけでナイフを粉々に破壊したのは自分なんだと。
「よくも、よくも先生がくれたナイフを!!」
「くそっ! もう一回、やり方は!?」
女の子は怒りの激情を目に宿して突進してくる。
強化も鉄の肌もない俺が受けたら間違いなく死ぬ!
だから、何をしたのかは分かったから、俺にどうやるのか教えてくれよ!!
「まだ死ねないんだってええっ!!」
がむしゃらに叫んだ。
状況がよくわからなくて、それに流されているだけでも、俺たちが生き残る可能性に必死にしがみついた。
だから……。
『ほら……』
『あなたは……』
目の前にアニエス陛下が、幽霊のように映っていてもなんとも思わない。
『陛下?』
『手を出して、想像なさい。 簡単でいい。 力を溜めて、放出するの』
『放出……』
『あの子はなんて言ったかしら……。 そう、たしか、しんぷるに』
「イン……パクトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」
叫び声をかき消すように轟音が町を震わせる。
腕から放出されたそのエネルギー波は、衝撃波となって目の前のすべてを破壊していく。
全ての窓が割れ、地面が粉々に粉砕されていく。
フランが作り出した鉄の壁も数秒と持たず砕け散り吹っ飛ばされていく。
そして轟音が収まる時には、目の前のすべてが砕け散り、消し飛んでいた。
「はあ……はあ……」
なんだ……この破壊力は……?
今が深夜の時間帯でよかった考えてしまう。
まるで巨大な何かが通ったかのように地面も建物もひび割れ、この通りにあるもの全てを遠く彼方へと吹き飛ばして……。
「おれが……ぶっぱなした……」
そうだ、あの女の子は?
俺を殺そうと怒りに燃えていた女の子の姿は見えない。
吹っ飛ばされた? 瓦礫に埋もれた?
ああいや、女の子のほうはいい。 強化魔法ならそう簡単に死なないだろう。
それよりもフランだ。
「フラン……、フランッ!!」
倒れているフランに駆け寄ろうとして左足が痛んだ。
切られていたんだっけ……。
それでも足を引きずって近づき、フランを抱え起こした。
胸は動いている。 息はある。
首に手を当てた。 脈を探り、リズムを図る。
正常……だよな? くそ、もっとユーロンさんに聞いとけばよかった。
応急処置とかは教えてもらってるけど、傷ついてぶっ倒れるのはいつも俺だったから忘れちまってた!?
「う、ん……」
「フラン! 今すぐクラリスんとこに戻るからな!!」
「ごめん……」
「言うなよ、何も言わなくていい。 俺が止めてりゃあ……いや、だから今は」
力なく横たわるフランを何とか背負って、宿へと歩き出す。
足も首も痛い。
血が止まらない。
深夜とはいえここまで暴れれば当然人も集まってくる。
徐々に何事かと割れた窓や崩れかかった建物から知らずに住民たちが顔を出す。
通りの惨状に注目が言っている間に路地裏を通って宿を目指す……が、足が思うように動かなくなってくる。
血が出すぎたんだ……。
確か太ももと首って切られたらダメな血管通ってなかったっけ? 動脈?
「うあっ……!?」
何もないところで躓き転びそうになるのを何とかこらえた。
でも……フランを担ぐのがきつくなってきた……。
あと、宿までどんくらい……?
「はぁ……はぁ……」
「やはり、こっちに来ていたか」
「えっ!?」
背後から突然声をかけられる。
その聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは……。
「坂越さん……」
「今朝……いや、日はまたいでいるから昨日ぶりだな、赤穂君」
マウリ峡谷で会った俺と同じ日本人、坂越藤次郎だった。
坂越さんは、小さな女の子を、さっき俺たちと戦ったあの女の子を抱えて立っていた。
「まさか……、知り合いですか……?」
「あまり、乱暴なことはしてほしくなかったんだがな……」
「冗談でしょ……、ナイフと殺気振り回して、死ねか殺す以外言わない子供ですよ」
坂越さんは女の子の顔にかかる髪をさっと横に流すと、悲しそうな表情を浮かべる。
「その子、坂越さんの子供ですか?」
「いや、こちらに来てしばらくした後、孤児だったこの子を拾った。 親も故郷もなくなって、森で暮らしていたと……。 そんなところを見て、そのままにしておけなくてな」
「…………今俺たちと戦うつもりですか」
「流石にここではできないな。 街の中だ。 無関係な人を巻き込みたくはない」
「でもその子をけしかけたでしょう!?」
「王都に置いてきたつもりだったんだがな。 まさか、こんなところにいるとは思わなかった。 君と別れた後、仲間に連れられてベイエルに向かったと聞いて急いだんだ」
立っていられずに膝をついた俺に坂越さんは近づいてきた。
そして、目をのぞき込むように顔を寄せてくる。
「君は、魔法が使えるのか?」
「いや、分かるでしょ? 俺と同じ異世界人なんだから……」
「そうだ、異世界人だ。 なぜか俺たちは魔法が使えない」
もしかして坂越さんは、俺たちがこの世界で魔法が使えない理由をしらない?
「なら、なぜ君はあんなことができた。 赤穂君なのだろう? あの場所でこの子と戦ったのは」
「悪いけど、教えられませんよ……」
だって俺だってわからないんだから。
ただ、俺がやったんだってよくわかりもしない確信にしがみついて必死にやっただけなんだ。
「そうか……」
坂越さんは少しだけ考えたように黙り込み、そして立ち上がった。
俺は最後の気力を振り絞ってこぶしを握り締める。
またあれができるかはわからないけど、できるのならできてくれ。
「ここで、やるつもりですか……」
「いや、街の中では戦わない。 ただ、私たちは既にこの町の出入り口を監視している。 君たちが町を出た次第、君たちを追い、攻撃する」
「リューマ……」
坂越さんの宣戦布告に目を覚ましたフランが俺の服を握った。
大丈夫だよ。 心配すんな。
坂越さんは女の子を抱えなおして、来た道を引き返していく。
「そんな傷を負っても渡す気はないのだろ?」
「俺以外に聞いても同じでしょうね。 毛頭ありません」
それを最後に、坂越さんは振り返らず夜の闇に消えていった。
やっぱり……もう来ていたんじゃないか……。
「くそ……、クソッ……」
地面をやけくそに殴った。
拳に血が滲み鈍い痛みがじわじわと広がっていく。
でも、もう立てない……。
体が冷たい、硬い地面が全身に押し付けられる。
いつの間にか倒れていた。
目の前にフランの頭がずり落ちてくる。
「う、あ……、フラン、ごめん……」
頭、打っちゃったかな……。
通りから聞こえる住民たちの喧騒が遠のいていく。
目の前もだんだん暗くなっていった。
こんなに急に力がなくなってくるなんて……。
誰か助けてくれないかな、なんて都合のいいことを思いながら、ここで俺は意識を手放した。




