第二十五話 減らそうとして増えた
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
「では、今日はここまでとします」
「ありがとうございました!」
授業終了の鐘が鳴り、生徒達の礼が重なる。
「来週の授業の始めに、今日やった水属性単発砲撃の魔法陣の模写を提出してもらいますから、忘れないように。 いいですねマートニーさん?」
「は、は~~い……」
サルヴェール先生から出された宿題を忘れぬよう、念を押されたフランが消沈した様子で答えた。
俺でも魔方陣のどの術式がどういう効果をもたらすかは、授業は可能な限り真面目に聞いていたからわかる。
模写程度の宿題なら何とかなりそうだ。
サルヴェール先生が退室し、束の間の休憩時間が訪れ周りから話し声が聞こえてくる。
「うぉぉ……も、もしゃ~……」
「どういう嘆きだ」
フランの嘆きに突っ込みつつ席を立つ。
「龍真君、行くの?」
「ああ、なるべく早いほうがいいと思ってな」
これから早速メリッサの教室に突撃してみる予定だ。
大丈夫、そこまでの道はちゃんと覚えた。
「僕も行くよ。 協力するって言ったし、それに第二クラスとなると龍真君だけじゃ心配だよ」
「ん? そういやクラリスも変な心配してたな。 なんかあるのか?」
「うん。 この騎士学校はもともと二つあったのは知ってるよね?」
「ああ」
知ってますとも。
それが原因で初日から遅刻するなんて大ポカやらかしたからな。
「こっちの第一が貴族専用で、第二がその他用だろ」
「うん。 でも、それが一つになったんだよね。 でも、学校は同じでも貴族と平民が一つのクラスで同じように扱われるのは強い反発を呼んだんだ」
「貴族からだよな」
「そう。 だからせめて、貴族と平民はクラスだけは別々になったんだ」
今でこそ一つの国として貴族たちは協力して国営に携わっているものの、もともとは別々の国の貴族がより集まったもの。
同じ国領ならまだマシだが、別の国領に属する貴族同士の間は悪いほうが多い。
そして貴族の嫡男は、その現当主の跡を継ぐために常にそばにいて仕事を学び、その思想が強く受け継がれる。 良くも悪くも。
嫡男だけでなくその兄弟も然り。
その貴族の生徒が平民と同じクラスなら、平民は貴族に逆らえない事をいいことに、貴族の生徒が同じクラスの平民を従わせ、別の、特に仲の悪い貴族の生徒に群れてちょっかいを出しに行くことがある。 いわゆる数の暴力、いや圧力。
これが原因で、子どもとはいえ末端での厄介事が本家に持ちこまれて、家同士のぶつかり合いになるのは昔はよくあることだったらしい。
学校側としては家同士のいざこざを、兄弟を通して持ちこまれるのは勘弁。
だから貴族と平民は別々のクラスなのだ。
しかも貴族だけのクラスも、貴族の属する国領の分布が偏らないよう気を配ってるんだとか。
「たいへんだな~」
「他人事じゃないよ。 そこに殴り込みに行こうって言うんだから」
「いやいやそんな乱暴なことはしない」
「ほんとにぃ?」
「ほんとほんと」
心外だなぁ、そんなことするわけないじゃないか。 相手の出方次第だが。
立ち上がっていた俺に気づいたのか、嘆き終わったフランが顔を上げる。
「あれ? 何処か行くの?」
「おうトイレだ。 お前も行くか?」
無言のつつきをくらった。
「痛てえ」
「あれは龍真君が悪いと思う」
「自覚はある」
休み時間といってもたった数分しかないから、ハワードと共にすぐに例の第二クラスに向かう。
「俺ら第三だから近いと思ったら意外と遠いのな」
「物理的に距離を置くこともしてるからね」
貴族たちのクラスだけが集まった校舎、通称貴族棟。 まさに無駄な広さを生かしたごり押し。
まだ休み時間だからか、廊下にたむろする生徒の数はそこそこ多い。
だがその生徒のほとんどが、どこかしら気品というものを感じさせる佇まいをしている。
「間違いなく場違いだな」
「気にしても仕方ないよ」
とは言うけど、こっちを見られてるのはやはり落ち着かん。
俺とメリッサが決闘したのはすでに周知されてるし、その野次馬の中にはここの連中も当然いただろう。
そのせいか向けられるのは好奇、嫌悪、警戒と様々、檻から飛び出した動物園の動物みたいな感覚。
係員が飛んで来ないだけマシか。
「並びからして、こっちから数えるならあっこだな」
「うん、あそこだね。 第二クラスって書いてある」
ほほう、ビンゴ。
教室の扉の上、教室名が書かれているであろう札を見てハワードが頷く。
これで第二クラスと呼ぶのか? 確かに覚えた数字が書いてある。
「そんじゃあ開けるぞ」
「くれぐれも失礼な態度とかは取らないでね」
「善処する」
というわけでさっそく扉を開ける。
「ちょっとしつれーしまーす」
「あー……」
ハワードが額を押さえるのを横目に教室に入ると、教室内で談笑していた声がピタリと止む。
なんか最近こういう反応ばっかで慣れてきたよな。
「あの、何かご用でしょうか?」
一番近くにいた女の子が何用かと聞いてくる。
「ああ、セザールってやつに用があって来たんだけど、そいつどこ?」
「え? セ、セザール様ですか、その……今はもう、学校を……」
その女の子が気まずそうに言う。
何があったかはもちろん知ってる。
「何? 学校やめたの?」
「あ……はい。 少々、込み入った事情がありまして……」
「じゃあせめてセザールが今どこにいるか知らない?」
俺が極々自然な流れでセザールの居場所を聞き出そうとすると、一人の男子生徒が立ち上がり近づいてくる。
身長はやや俺より高めで、体つきはがっしりとしている。
そして鋭い目つきが俺を睨みつけていた。
「セザールに言ったいなんの用だ。 リューマ」
「ん? 誰なんです?」
相手が俺の名前を知っているというのには心当たりありまくりなのでもういい。
だがこいつのことは知らない。 誰だ?
「まずは俺の質問に答えろ」
「色々聞きたいことがあっただけだよ。 で、あんたは?」
上から目線且つ高圧的な態度の言い方にちょっとカチンと来てしまった。
「貴様などに名乗る名はない」
「じゃああんたの事はどうでもいい。 別に知りたいとも思わねえし」
「何だと?」
くいっとハワードに袖を引かれる。
ん、いかん。 落ち着け。
相手の態度に腹が立ってるせいで、売り言葉に買い言葉で返してしまった。
これが原因でメリッサとの決闘なんていざこざに発展したんだ。
過ちを繰り返すわけにはいかない、うん。
一拍間をおいて心を切り替える。
「まあアレダ、そういやメリッサと変な噂たってなあって思ってさ」
「ふん、そんなくだらんことで貴様らのような平民がこっちまで来たのか」
その男が呆れた様に顔をそむけ溜息を吐く。
そしてのその横顔に僅かな既視感を覚えた。
あれ? こいつ……。
今朝、昇降口付近で立ち話してた時、こっちを見ていた誰か。
振り返った時にはもう後頭部しか見えなかったが、なんとなく似ているような……?
「彼女から聞いての通り、もうセザールはいない。 分かったらそこの悪魔の息子と共にさっさ失せろ」
「あ? てめ……」
「龍真君! ダメだよ!」
一瞬無我夢中で何か口走りそうになって、ハワードに小さい声で止められる。
くそ、この野郎、俺大っ嫌い。
「あ、ああ、分かったよ。 でも、も一個用があるんだけど」
「何?」
「メリッサはいないのか? 便所掃除がどこまで進んだか聞きたいんだけど」
メリッサの話が出た瞬間、僅かにだがこの男は顔をしかめた。
ずっとこいつの顔を見て話してたんだ。 気づかないわけがない。
相手の顔を見て話すのは大事だ。 そう思い直す。
「あの、メリッサ様でしたら、一昨日の夜から風邪を引いたと聞いているのですけれど……」
「そうなのか?」
俺が最初に話しかけた女子がそう教えてくれる。
「はい、でもなんだかお見舞いに行こうとしても……」
「おい……!」
「え!?」
だけど、その途中であの野郎が急に割って入り言葉を遮る。
「もういいだろう、セザールは学校をやめた、メリッサは風邪で休みだ。 もうすぐ次の授業が始まる、俺たちは貴様らほど暇じゃないんだ。 さっさと戻れ」
これ以上何も言うことはないと無言の圧力をかけてくる。
「ああそうかい、そりゃあ悪かったよ。 じゃあな。 戻ろうぜハワード」
「あ、ああうん。 し、失礼しました」
俺はさっさと歩きだし、ハワードは律儀にも礼を言って戻ってきた。
「ふう、やっぱりついてきて正解だったね。 僕が止めなきゃまた決闘騒ぎになってたかもよ?」
「ん、まあ、悪かった。 ついこう、カチンと来てな」
「そっか、でも、ありがとね」
「おう。 でだ、アイツの態度、見たかよ」
「うん」
あいつもあのクラスにいるってことはおそらく貴族だ。
気になるのはなんであいつがあの女子の言葉を遮ったかだ。
「あの目、余計なこと言うじゃねえって感じの睨みかただったな」
「それはあてつけじゃない?」
「それでもあの止め方は不自然すぎる。 余計なこと言ってんなって、態度で言ってるようなもんだ」
セザールが怪しいと思ってたけど、あの野郎も十分くせえよな。
あ。
「あ」
「どうしたの?」
「セザールの居場所聞けてない」
「ああ~」
「しまった、アイツの態度にカチンてきたから話が逸れちまったんだ……」
「龍真君は情報収集とか向かないタイプだね」
「面目ない」
まったくもって面目ない。
しかも、調べ物を調べにいって更に調べたいものが増えるとか。
「あーもー……あ、そうだ、ハワードはあの野郎がなにもんか知ってるか?」
「ごめん、さすがに顔だけじゃ分かんないや」
「そっか……」
ハワードはそれなりに貴族内の事情は知っている方だ。
有名どころには結構詳しい。 だけど知ってるのは名前だけだからハワードが分からないのも無理はないか。
この世界には写真なんてものもないし。
くそ、ちゃんとあの野郎の名前も聞いとけばよかった。
「そうだ、クラリスのクラスってどこだ?」
「え? クラリスさん? 確か第一って聞いてるけど」
「よし、クラリスなら何か知ってるかもな……と、ここだ」
ちょうどよく第一の前を通り過ぎようとして踏みとどまる。
「ちょっと失礼しまーす」
「ちょ、龍真君また! せめてノックはしよ!?」
「でも教室の扉にノックするって違和感ない?」
扉を開けてクラリスを見つけたところで予鈴の鐘が鳴り響く。
「うお!? マジか!?」
「あら? リューマさん、どうなされたのですか?」
「ああわりい! クラリス、昼飯一緒にできるか?」
「え!? あ、はい、よろしいですけど」
「サンキュ、じゃあまたあとで! ハワード急いで戻ろう!」
「あ、ま、まって! す、すみませんでした!」
何やらクラリスの教室が変に騒がしいが気にしてる場合じゃない。
俺たちは急いで自分たちのクラスに戻った。
「ふぅ、セーーフ」
「はぁ、はぁ、龍真君て、結構後先考えないよね」
「はっはっは、今更今更」
次の授業の先生が入ってくる前に何とか戻ってこれた。
それと同じく友達と話していたフランが顔を上げる。
「あれ? お帰り、遅かったね」
「おう、でけぇ方だからな」
「んがっ!? そんなん言わなくていい!!」
「ぐほっ!?」
「はあ、もう知らない」
飽きもせず続けられるやり取りにハワードは笑いながら呆れ、俺はフランの傍を通り際にまた突かれた。
ああそろそろ俺の横っ腹に穴が開きそうだ。
もう開いてんですけどね。
「それでどうだったの?」
「出たモノの事か? 冗談、冗談だ!」
もうやめるからその手を下すんだ。
「……もう」
「知ってたのか」
「今朝話してたじゃん」
「ああまあ、結果だけ言うと問題解決しに行って問題が増えた、かな」
おうフラン、バカを見るような目で見るのやめーや。
グサッて来るだろうが。
「全然だめじゃん」
「おう知ってる、面目ねえです。 だから、昼休みにクラリスらと作戦会議だ」
「りょーかーい」
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
部屋に本鈴の鐘が鳴り響き、ほぼ同時に次の授業の先生が入ってきた。
「えーでは、授業を始めます」
「起立、礼」
「はい、よろしくお願いします」
昼まで後2つ授業がある。
それまでに、次は何を調べるのか纏めておこうか。
~~~~~~
王都内で多くの人が住む場所に選ぶのが居住区だが、貴族達の住む第一級居住区、それ以外の平民たちが住む二級以下の居住区以外にもう一つ存在する。
通称スラム街。
王都の最外周城壁に沿うように位置し、西の門のすぐ傍から北の門近くまでの西スラム。
反対に東門から北門まで、城壁に沿うようにあるのが東スラムだ。
本来は第四級居住区と区分される場所だが、その名称で呼ばれることはほとんどない。
ここは王都の外、各国領の地方から出稼ぎにきた貧困層の民が寄り集まりできた場所だ。
元々はそれなりに治安のいい場所だったが、土地代が非常に安く木製の簡素な家が乱立しているせいか隠れ家的な役割を見いだされ、各地の荒くれ共が根城として活用するようになり、徐々に治安が悪化。
騎士団も治安改善を何度も行うも、ついに回復することなくとうとう匙を投げ、ここの騎士の見回りは日に一回、昼間に一度となった。
そしてここで起きた問題はほぼ放置、何か起きても騎士団は知らんぷりという無法地帯と化した。
とはいえ、さすがに大きい事件が起きれば当然騎士団は出動する。
逆に言えば小さないざこざや、表に出ない事には関与しないということではあるが。
そんなスラム街の一角、この辺りでは二番目に大きい元宿屋として使われていた建物がある。
通りに面しているものの、まだ昼前にも関わらずその建物の前を人が通る気配はなく、いたとしても裏路地の隅っこや道の端に数人、毛布にくるまって座っているだけだ。
そしてその通りを堂々と歩いていく青年が一人。
整った身なりや、毅然とした歩き方から格式高い家の者であることが伺える。
そんな人が一人でここを通れば、すぐに裏路地に引き込まれ身ぐるみをはがされる。 それが女であるならば……もはや言うまでもない。
だから普通の人はスラムに入るなんて自殺行為は絶対しない。
だが、薄暗い建物と建物の間から覗く獲物を見るような獣の目は、その人物を睨むだけで決してその眼の主は動こうとしなかった。
あの人に手を出せばどうなるか、分かっているからだ。
つまり、この堂々と歩く人物も普通ではないということだ。
その青年が件の元宿屋に迷うことなく辿り着き中に入る。
仲は埃っぽく、放置されてからすでに何年も経っていることが分かった。
建物に入ってからの青年の足取りは、走りはしないものの急ぐように速足で中を進んで階段を上がり、ある部屋の扉を乱暴に開ける。
「おいセザール!!」
「おーう、どうした?」
部屋の奥で椅子に座って転寝していたもう一人の男、セザールと呼ばれた者が目を覚ます。
のんきな声を出すセザールに、入ってきた青年は声を荒げる。
「どうしたもこうしたもあるか!! お前がバカなことをしていたせいで、もう捜査の手がこっちに回ってきてるんだぞ!!」
「まあ落ち着けよ、だからってここにいるなんて誰がわかる?」
「落ち着け? なぜのんきでいられる!? クラリスらがお前を嗅ぎまわってる。 あいつの使いがクラスに来た。 完全にお前を訝しんでる! お前の家のやつに聞けばお前がどこに行ってたかくらいは当りがつくだろう。 メリッサをさらう時だって目撃者が絶対にいないと何故言い切れる! 甘すぎるぞ!」
青年は少し後悔していた。
この青年の家は十家の一つヴァロア家を主に持つガーディアンの武門で、ヴァロア王家が治めた旧ヴァロア王国貴族の名家でもある。
同盟統一後は各王家にもガーディアンとして実力ある騎士を輩出し、王家からの信頼も厚い家となった。
しかし30年前、ザントライユ王家のシメオン王太子と共に戦った当時のカルロス侯爵(現公爵)が、シメオンに認められガーディアンとなってからは、ザントライユ王家のガーディアンの座を奪われたと目の敵にしている。
実際には王家に就くガーディアンは一家だけという決まりはなく、その数年後にはザントライユ王家のガーディアンとして彼の家の騎士も選出されているものの、先を越されたというほぼ一方的な確執は埋まることはなかった。
それ故に、この青年の家はファイエット家の足元を狙い続けていたのだ。
そして、セザールと個人的に友好関係にあった彼が今回の事を聞き、その作戦からファイエット家を揺さぶれるのではと、この話に乗ったのだ。
だが現実は甘くなく、このセザールの甘い見通しにより早くも瓦解を見せていた。
(いや、見通しが甘いの俺もか。 くそ……)
男が内心悪態をつく。 だが、この話に乗った以上、尻尾を切る用意はあるもののせめて、ファイエット家を一揺すりはしておきたい。
後はどこで手を引くか。 こちらに飛び火する前に……。
男が引き際を考えている中、後ろの入り口から数人、革鎧を付けた戦士風の男たちが入ってくる。
「なんだ、どうかしたのか?」
「おう、そろそろあの嬢ちゃんどうすんのかって思ってな。 まだ何も聞いちゃいないんだ。 あんなとこに放っとかれちゃ、俺たちにゃ生殺しだぜ」
「おいおい、まだ手を出さないでくれよ? まだ準備してる途中らしいんだから」
「けっ、わあってるよ」
下卑た笑みを浮かべる男どものリーダー格の大男にセザールが言う。
「んで、バルドアはどうした?」
「その準備とやらで出てるよ」
「いやぁー? 今戻ったよ?」
その男たちの後ろから、さらに一人入ってくる。
間延びしたしゃべり出しなのに、短くはっきりとした言い終わりの妙に緩急の付いた話し方をする男だ。
その顔の左側には目の上から口の横まで真っ直ぐに切り傷が入っている。
「おうバルドア! どうすんだよあの嬢ちゃん! そろそろ作戦とやらを話してくれてもいいんじゃねえか? うまい話があるって言うから俺たちゃあ乗ったんだぜ?」
「まあーーまあまあ、ねー、まずは落ち着いて」
「おいバルドア、悪いが悠長にはもうできんぞ」
「んんー?」
青年が新たに入ってきたバルドアに向かって言い放つ。
「今セザールを追っている連中がいる。 俺の予想では明日か明後日には嗅ぎつけられるだろう。 相手はファイエット家だ。 舐めちゃいけない」
「ああ? そんなん後ろでふんぞり返ってる貴族連中にやれんのかよ!!」
「それは一部の腐ったやつらだけだ。 俺らの様にガーディアンに名を連ねる貴族は別格だぞ」
貴族としての誇りからか、青年が大男の言葉を険しい顔で否定する。
「まあ、そうか……うん、なー……うーん……そだなぁ……」
「……」
青年はバルドアが考えている間静かに待つ。
彼の懸念はもう一つある。
セザールが連れてきたバルドアという男、自分が知らないわけがない。
指名手配されている盗賊の一人だ。
そして彼が仲間と言って連れてきた大男の連中。
彼らはメリッサの顔を知らなかった。
だから彼女の誘拐の際はセザールも同行している。
こんな厳つい風体の男どもが動けばそれだけで目につくし、セザールの顔を知っているやつがいればそこから足がつく恐れもある。
こいつらが仲間だと知ったのはこの話に乗って、足を深く突っ込んでしまってからだ。
セザール一人ではメリッサをさらうなんて無理だろうとは思っていた。
だがまさか、バルドアの一味が絡んでいるとは思わなかった。
「よし決めた、やろう。 もうやろう、お待たせするのは申し訳ないしな」
「なに?」
「明日あたりにぃ……しようかなーーと思ってたけど、作戦、今日やろう。 準備はもぉ、終わったことだしな」
もう後悔しても遅い、ここまで来たのだ、せめてやれることを全てやって切り離す。
少しでもファイエット家を追い抜き、父を、自分を、自分の家を押し上げるために。
貴族の立場、家の矜恃、己の凶行、全部を承知の上で様々な思いが複雑に渦巻く胸の中、青年は覚悟を決める。
「では、そのプランを聞かせてもらおうか」
マティアス・ラ・マンディアルグはもう戻れない。




