0.第零話 『農園で暮らそう』
「トミカ、あなたはクビよ」
トミカ、私の名前だ。細部にこだわったクラシカルなおもちゃを連想しそうな名前だけど、『富花』の漢字の画数がなんちゃらで、男子の収集癖を刺激しそうな名前となった。
ともかく私――榊原トミカは10年務めたギルドからお暇を頂戴しました。
10年といえば、伝説のロックバンドが解散して再結集するまでの期間ぐらい長いよ。
ワケを知りたいね、ワケを。
「私、ギルド長のこと殴りましたっけ?」
「いいや?」
そうだね。上司を殴っていたらこの人はヒステリックに騒いで警察沙汰にしているだろう。
「私が昨日の夜、バーでケンカした相手が、取引先のお偉いさんだったとか?」
「誰かを殴ったの?」
「いえ、例えです」
そんな事実はない。昨日の夜は急にあなたに言われた倉庫整理でずっとここにいた。
「なんの話?」
「こっちのセリフですが?」
私は当ギルド唯一の薬師でございますが?
ギルド所属の探索者総勢28名分のポーションを、素材集めから製造、管理まで全部私が一人でやってきました。
え、やっとボーナス?とか期待して来たんですけど?
解雇ですか。あぁ、だから倉庫整理させられたのね。
いや、いいからワケを言えよ。
「私たちは上に行きたいのよ。あなたは向上心が無い。品質はずっと同じ。それなら買った方がいいじゃない」
このギルド長とは創設当初からの付き合いだ。
だから顔を見ればわかるのよ。
嘘だな。
発破を掛けて焦らせ、「反省してる? なら給料は減るけど置いてあげる、感謝して」と減給の口実を作るやり口なのだ。
前にもあった。
確かに私の仕事は実際平凡よ?
必要なポーションを必要な分だけ揃えて、管理し続ける。それだけ。
でもそれが破綻すれば、ダンジョン攻略の進捗に大きく影響しかねない。
だから私は責任感を持って仕事してきた。
それはもう神経質なぐらい完璧主義なほどまでに、品質管理を徹底した。
そこはキチンと評価してもらえてると思えばこそ、これまで文句も言わずに働いて来たけれど。
所詮は生産職。
裏方だ。
戦闘して戦利品を持ち帰って稼ぐ彼女たちからすれば、私なんて替えの利く部品に過ぎないのでしょうね。
「かわいそ。反論もできねぇでやんの」
「あの人、30歳でしょ? 人生終わってるね」
「しゃーない。やる気ないんだから」
「少しくらい愛想が良ければね」
「これで少しは反省するんじゃない?」
聞こえてますが?
言い返せなくて悔しい。いや、言い返したら負け。
「万年中堅から抜け出して給料が上がれば、それなりに働けたんですけどね。残念だなぁ」
「何?」
あらやだ。口が滑ってしまいました。
「お望み通り、辞めます」
ギルド長はぽかんとしている。
いや、お前がクビって言ったんだろうが!!
「古いよしみで10年も我慢して置いてやったのよ! 感謝して恩を返そうとは思ないの!? それを憎まれ口をたたくなんて、あなたみたいな非常識な人はどこも雇ってもらえないわよ!」
決めつけるな。私だって10年の経験があるんだ!!
と息巻いたものの、悲しいかな、再就職は困難を極めた。
再就職の面接で、私は過去の自分を責めた。
「え? 薬師の方ですか……30歳で下位職業ですと、ちょっと」
「最終学歴は高卒で、探索者ねぇ。で、今Eランクはひどいねぇ」
「30歳か。30歳はちょっとねぇ……」
「この資格の欄、空欄なのは、書くの忘れちゃった?」
方々面接を受けたものの、全滅。
そもそも面接って苦手。いや嫌いですね。
なんか目線と視線、声の質で、脈無しって初めからわかるんだよね。
履歴書なんかで私を理解したつもりにならないで欲しいよ、まったく!!
若くて美人の受付募集ならそう書いとけ!
あと、資格の欄は空白じゃねぇ! 英検3級なめんなよ!
でも、私には知識と経験があります!!
10年間、ポーション作ってきました!!
この国は実力を重んじると信じてますから!
「ポーションねぇ。あなたこれ、販売認可が無いでしょう? 横流しとか、違法に販売とかされたらうちが困るでしょう?」
ちょっと何言ってるかわからない。
え? それと私、関係ないですよね?
「最近はほら、薬師の違法販売グループが社会問題で……わかるでしょう?」
販売認可の無い人がポーションを非合法に売りさばく事件が世間を騒がせているんですってよ。
ならば、他のギルドに移籍だ。
「あなた、前のギルドでかなりもめ事を起こしたらしいじゃないですか」
「ウチは、やる気の無い方はちょっと……」
「おたくは雇わない方がいいって、言われているんでね」
あのギルド長に腹いせに悪評を吹聴されていたらしく、どこも取り合ってもくれなかった。
慣れないスーツとヒールで、現実に打ちのめされる。
この先どうすればいいのか、答えはスマホも教えてくれない。
お金は生きていくために必要だ。
「本当にそうか?」
このコンクリートジャングルの中に、私が求めるものなんてあるか?
なんだろ? 思いつかない。
ぶつかってくるおっさん。これ見よがしに歩きたばこしている不良。酒を飲んで大声で騒ぐ若者。
値上がりして量が減っていく食材。
知らないうちに変わってる流行。
やかましい音楽。見分けのつかないアイドル。
私は、誰のためにここに残っているのだろう?
昔の仲間への義理? 楽しかったあの頃の名残?
ちがう。
ただ、何も動かずそれが将来の私のためだと思っていたんだ。向いていない生き方でも我慢してやり続けなければならない。
立ち向かっていかなければならない。
そこに疑問を持ったことも無かったんだ。
世の中ダンジョンで変わった。
だからもういいんじゃないかな。
昔ながらの生き方をしてみたけど、私なりの生き方を私のためにしてみても。
少なくとも、試しても誰の迷惑にもならないんだ。
「よし」
思い立ってからは早かった。
だって迷ってたらまた、居たくもない場所で停滞しちゃうからね!
「お買い上げありがとうございました!!」
「ありがとうございました」
まず、10年間無趣味無休で貯めた貯金を費やしマジックバックを買いました。
お値段なんと金五百万なり。
最小の収納力だけど、私一人の持ち物だけなら十分ですよね。
身辺整理をして必要な物だけを詰め込み、部屋を解約。
もう引き返せない。
いざ行かん!!
慣れ親しんだ第二の我が家!!
その名も『緑のダンジョン』
ここには、私が作った秘密の農園がある。
そう、私は引っ越すことにしたのだ。
ダンジョンの中に。




